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【間話】丹羽長秀という男

 丹羽長秀にわ ながひで

 後年は「織田四天王」の一角に数えられる名将。派手な武功よりも、兵站や政務に長け、信長から「米五郎左こめごろざ」の異名を贈られるほどの実務家である。

 だが、この物語の時点では、まだ若き日の長秀。年の頃は二十代後半。槍働きに励む一方で、冷静に兵糧や武具の数を数える――そんな几帳面さを持つ青年武士であった。


 村木砦の戦い。

 長秀の弟は、信長のもとに仕える小姓のひとりだった。まだ若く、鉄砲を任されるには心許ない年齢。

 その弟が鉄砲の暴発に巻き込まれかけた時、ひとりの鍛冶職人が身を挺して庇った。

 蔵六。鉄之助の父である。


 火を扱う職人が、火薬の暴走から子を救った。

 その皮肉と、その勇敢さを、長秀は目に焼き付けた。弟の無事は、蔵六の命と引き換えであることを、痛烈に思い知らされた。


(あの死を、無駄にしてはならぬ)


 葬儀の場でも、長秀は鉄之助ら家族の姿を遠くから見守っていた。母の涙、兄たちの嗚咽、三男・鉄之助の呆然とした横顔。

 戦場で人の死を見慣れていたはずの長秀の胸に、奇妙なざらつきが残った。

 それは、ただの同情でも、哀れみでもない。

 「負い目」と「責務」。弟を救われた兄としての、消えぬ重みであった。



 それから幾日。

 清洲城にて、信長は長秀を呼び出した。

 広間に居並ぶ家臣の中で、信長は静かに言った。


「蔵六の子に刀を打たせよ」


 不意の命に、長秀は思わず眉をひそめる。

 鍛冶場を継いだのは長男の庄三郎のはず。次男の与一も槌を振るっている。三男の鉄之助はまだ若造にすぎない。

 なぜ、あえて彼に――?


「殿。嫡男ではなく、三男に命じられるのですか」


 問うと、信長は間髪入れずに答えた。

 短く、しかし揺るぎない声音だった。


「火の傍に残ったのは、あの小僧だった。火を護れる者は、刃もまた護る」


 ただそれだけ。

 理屈ではなく、直感。だが信長の直感は、幾度もの戦場で証明されてきた。

 長秀は言葉を失った。


(……殿はあの子を、見ていたのか)


 戦場の混乱の中、父の最期に寄り添い、火床を守り抜いた少年。

 信長の眼は、確かにその姿を捉えていたのだ。



 こうして丹羽長秀は、鉄之助の鍛冶を見届ける役を任された。

 それは単なる命令ではなく、長秀自身の願いでもあった。弟を救ってくれた父への恩義を、息子に返す機会。


 初めての試作刀を目にした時、長秀はただ黙って刀を手に取った。

 赤子のような一振り。重みは軽く、地肌はまだ粗い。だが――目を細めると、奇妙な熱が感じられた。

 未熟な鉄にしては、不思議な粘りがある。

 これは、ただの凡庸な鍛冶では生まれぬ火の色だ。


「……ふむ」


 そう一言残し、長秀は工房を後にした。

 鉄之助が顔を青くし、「え、それダメなの!? それとも褒められた!?」と混乱しているのも気づかぬふりで。


(あれは……まだ荒削りだ。だが――何かが宿りつつある)


 信長の直感が正しかったことを、長秀は少しずつ理解し始めていた。



 それから数か月、長秀は定期的に工房を訪れた。

 言葉少なに、刃を手に取り、ただ一言だけ評する。


「地が荒い」

「鈍い」

「……力はある」


 それ以上は語らない。だが、その一言が鉄之助を追い込み、また奮い立たせる。

 鉄之助が泣きそうな顔で槌を振り下ろすたび、背後で光忠の冷たい叱咤が飛ぶのを、長秀は気付かぬ。

 彼の眼に映るのは、ただ汗と涙で必死に鉄を打ち続ける少年の姿だった。


(……まだまだだ。だが、この火が消えぬ限り……)


 火を守った子は、刃をも守れるのか。

 その答えを、この眼で確かめるために。



 丹羽長秀は、誰よりも冷静に、誰よりも真剣に鉄之助を見届けていた。

 それは信長の命であると同時に、父の犠牲への誠実な返礼であり――弟を救ってもらった兄としての、揺るぎない責務でもあった。


(蔵六殿。必ず見届ける。あの子が“ただの小僧”を越える瞬間を)


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