第十四話 修行の日々
数日後。
再び工房に姿を見せたのは、丹羽長秀だった。
その背後には従者が数人、重そうな荷を担いでいる。
「……丹羽殿、また?」
庄三郎が眉をひそめる。
長秀は無言で布包みを下ろさせた。
炉の前に並んだのは――山のように積まれた玉鋼。
それに、銭袋がいくつも添えられている。
「これは……」
鉄之助が思わず声を漏らす。
長秀は真っ直ぐに彼を見据えた。
「信長様は言われた。試しの一振りを打つにしても、鍛錬の場がなければ力は育たぬ。
ゆえに、この鋼を使って鍛えろ。そして――半年のうちに、一番の刀を納めよ」
「半年!?」
鉄之助の声が裏返る。
「期間を区切らねば、刀はいつまでも“打ちかけ”に終わる」
長秀は静かに言い切り、踵を返した。
従者たちがぞろぞろと去っていく。
工房には、玉鋼の山と、ぽかんと立ち尽くす鉄之助だけが残された。
「……は、半年って、今俺さらっと死刑宣告された!?」
背後でふらふら漂うひよっこ怨霊が、また鉄砲を抱く仕草をしている。
「父さん!? いやいや! 刀を打つ話だって! なんで鉄砲推しで混ざってんの!? そんな余裕あるかぁぁ!」
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「坊主」
低い声とともに、光忠が姿を現した。
その眼光は炎のように鋭い。
「泣き言は要らぬ。半年でお前を“凡庸”から引きはがし、一人前を超えさせる」
「ひ、一人前超え……!? いやいや、俺まだヒヨコの殻すら割れてないんですけど!?」
光忠は取り合わず、炉に身を寄せた。
「鉄を打て。何度でも打て。己の汗と血で叩き込み、魂を宿せ。
二代目景光には遠く及ばぬ。だが“業物”には届く。半年で、それをやらせる」
鉄之助の心臓が、ドクンと鳴る。
(……景光、父さんの先祖のあの名工……。そこまでは無理でも、“業物”を……俺が……!?)
「おい坊や」
割り込むように椿が工房の隅からひょっこり顔を出した。
「椿さん!? なんでいるの!?」
「何言ってるの。応援料、つまり利息を見張りに来てるのよ♡」
「やっぱり銭絡みぇぇ!!」
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こうして、鉄之助の“半年修行”は幕を開けた。
最初に待ち構えていたのは――丹羽長秀の「無言の審査」と、光忠の「職人のゲキ」だった。
炉の炎が揺れる。
火床を前に、鉄之助の試練の日々が始まろうとしていた。
数日おきに、丹羽長秀はふらりと工房を訪れた。
その足取りは軽いのに、刀を手に取った瞬間の空気は凍りつく。
鉄之助は毎回、心臓が潰れそうだった。
だが、丹羽はほとんど語らない。ただ一言だけを残して去っていく。
そして光忠が、職人の冷たい解説を浴びせ、鉄之助が悲鳴混じりに理解する。
――それが繰り返された。
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一か月目
丹羽は刀を手に取り、目を細めた。
「……弱い」
光忠がすぐさま断じる。
「腰の肉が痩せすぎておる。身幅と反りの釣り合いが死んでいる。振り下ろせば、折れて終いだ」
鉄之助は頭を抱えて叫んだ。
「つ、つまり! スリムに見えて骨スカスカのヒョロ刀ってことかぁぁ!」
庄三郎と与一は顔をしかめた。
「……聞いてるだけで不安になる刀だな」
「兄貴の悲鳴の方が怖ぇわ」
丹羽は無言のまま刀を置き、去っていった。
鉄之助は膝から崩れ落ち、炉にすがる。
「ひ、火床ぁぁ……俺を見捨てないで……!」
背後で光忠が鼻で笑った。
「泣くな、坊主。まだ始まったばかりよ」
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二か月目
丹羽は工房に入り、刀を手に取る。
「……荒い」
光忠が冷たく言い放つ。
「折り返し鍛えが甘い。地鉄に砂目が浮き、刀身の肌が荒れ果てておる。これでは刃持ちは望めん」
鉄之助は炉に額を押しつけ、叫んだ。
「要するに! 表面ピカピカ、中身ザラザラのボロ雑巾刀ぁぁぁ!!」
与一が口を覆って吹き出す。
庄三郎は真剣にうなずいた。
「いや、雑巾は言い過ぎだが……確かに耐久性はないな」
丹羽はやはり無言で刀を置き、背を向ける。
光忠が鋭い視線を鉄之助に刺した。
「坊主、槌の力が軽すぎる。熱を見極めず、形だけを追ったな」
「ひぃぃ……! じゃあ俺の槌さばき、豆腐叩いてるのと同じってこと!? 精進しますぅぅ!!」
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三か月目
丹羽は刀を見て、短く言った。
「……鈍い」
光忠はすぐさま補足する。
「延ばしが足りん。焼き刃も浅く、切先が弱い。これでは潰すだけの鈍刀よ」
鉄之助は天を仰ぎ、絶叫した。
「つ、つまり! ナイフじゃなくてスプーン! 尖るべき刀が食器になってるぅぅ!」
丹羽は一瞥すると、何も言わずに去った。
鉄之助は炉の前に崩れ落ちる。
「……俺、三か月で“ヒョロ刀・雑巾刀・スプーン刀”って評価だよ!? もうコレ、包丁屋にも置けないじゃん……」
光忠は鬼のような目で怒鳴った。
「泣く暇があるなら叩け! 火を読め! お前の槌はまだ迷っておる!」
「ひぃぃぃ! 光忠コーチ、怖すぎるぅぅ!!」
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四か月目
丹羽は刀を手にし、わずかに目を細めた。
「……力はある」
鉄之助は耳を疑った。
(い、今褒めた!? 今“ある”って言った!?)
光忠が淡々と解説する。
「地鉄に粘りが出てきた。叩き込みの熱が、ようやく刀に宿ってきたな。だがまだ粗い。仕上げが甘い」
鉄之助は拳を握りしめて叫んだ。
「つまり! 筋トレで筋肉はついたけど、フォームがガタガタ! 力自慢のガチムチ初心者ってことかぁぁ!!」
丹羽の眉がかすかに動いた。
鉄之助の胸がじんと熱くなる。
(やっと……やっと“成長してる”って認められたんだ……!)
光忠は鬼のような目でさらに追い込む。
「調子に乗るな! 力だけでは刃は立たん。ここからは、心を刻め!」
「はいぃぃぃ!! 俺の心も鉄並みに叩き直されてますぅぅ!!」
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五か月目
丹羽は刀を見て、静かに告げた。
「……古い」
光忠が補足する。
「姿が時代遅れ。野剣に近い。力はあるが、見栄えが悪い」
鉄之助は顔を青ざめさせた。
「つまり! 強いけどダサい! ムキムキなのに肩パッドのオッサンみたいな刀ぁぁ!!」
庄三郎が思わず吹き出す。
与一は腹を抱えて笑い転げた。
だが鉄之助の額には大粒の汗が流れていた。
(ち、力はあるって褒められたけど……“古い”って……! まだダメなのか……!)
光忠が烈火のごとく怒鳴った。
「坊主! 残り一か月だ! 己を削り、鉄を練り、魂を打ち込め! さもなくば一生“凡作”で終わるぞ!」
鉄之助は全身を震わせながら、炉に向かって吠えた。
「……分かってる! もう後がねぇ! 絶対に……絶対にこの手で光る一振りを!!」
炉の炎が、これまでにないほど赤々と燃え上がった。
丹羽の無言の眼差しと、光忠の冷酷な叱咤が――鉄之助を、限界のさらにその先へと追い込んでいった。




