表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/49

第十四話 修行の日々

数日後。


再び工房に姿を見せたのは、丹羽長秀だった。

その背後には従者が数人、重そうな荷を担いでいる。


「……丹羽殿、また?」

庄三郎が眉をひそめる。


長秀は無言で布包みを下ろさせた。

炉の前に並んだのは――山のように積まれた玉鋼。

それに、銭袋がいくつも添えられている。


「これは……」

鉄之助が思わず声を漏らす。


長秀は真っ直ぐに彼を見据えた。

「信長様は言われた。試しの一振りを打つにしても、鍛錬の場がなければ力は育たぬ。

 ゆえに、この鋼を使って鍛えろ。そして――半年のうちに、一番の刀を納めよ」


「半年!?」

鉄之助の声が裏返る。


「期間を区切らねば、刀はいつまでも“打ちかけ”に終わる」

長秀は静かに言い切り、踵を返した。


従者たちがぞろぞろと去っていく。

工房には、玉鋼の山と、ぽかんと立ち尽くす鉄之助だけが残された。


「……は、半年って、今俺さらっと死刑宣告された!?」


背後でふらふら漂うひよっこ怨霊が、また鉄砲を抱く仕草をしている。


「父さん!? いやいや! 刀を打つ話だって! なんで鉄砲推しで混ざってんの!? そんな余裕あるかぁぁ!」



「坊主」


低い声とともに、光忠が姿を現した。

その眼光は炎のように鋭い。


「泣き言は要らぬ。半年でお前を“凡庸”から引きはがし、一人前を超えさせる」


「ひ、一人前超え……!? いやいや、俺まだヒヨコの殻すら割れてないんですけど!?」


光忠は取り合わず、炉に身を寄せた。

「鉄を打て。何度でも打て。己の汗と血で叩き込み、魂を宿せ。

 二代目景光には遠く及ばぬ。だが“業物”には届く。半年で、それをやらせる」


鉄之助の心臓が、ドクンと鳴る。

(……景光、父さんの先祖のあの名工……。そこまでは無理でも、“業物”を……俺が……!?)


「おい坊や」

割り込むように椿が工房の隅からひょっこり顔を出した。


「椿さん!? なんでいるの!?」

「何言ってるの。応援料、つまり利息を見張りに来てるのよ♡」


「やっぱり銭絡みぇぇ!!」



こうして、鉄之助の“半年修行”は幕を開けた。

最初に待ち構えていたのは――丹羽長秀の「無言の審査」と、光忠の「職人のゲキ」だった。


炉の炎が揺れる。

火床を前に、鉄之助の試練の日々が始まろうとしていた。


数日おきに、丹羽長秀はふらりと工房を訪れた。

その足取りは軽いのに、刀を手に取った瞬間の空気は凍りつく。


鉄之助は毎回、心臓が潰れそうだった。

だが、丹羽はほとんど語らない。ただ一言だけを残して去っていく。

そして光忠が、職人の冷たい解説を浴びせ、鉄之助が悲鳴混じりに理解する。

――それが繰り返された。



一か月目


丹羽は刀を手に取り、目を細めた。

「……弱い」


光忠がすぐさま断じる。

「腰の肉が痩せすぎておる。身幅と反りの釣り合いが死んでいる。振り下ろせば、折れて終いだ」


鉄之助は頭を抱えて叫んだ。

「つ、つまり! スリムに見えて骨スカスカのヒョロ刀ってことかぁぁ!」


庄三郎と与一は顔をしかめた。

「……聞いてるだけで不安になる刀だな」

「兄貴の悲鳴の方が怖ぇわ」


丹羽は無言のまま刀を置き、去っていった。


鉄之助は膝から崩れ落ち、炉にすがる。

「ひ、火床ぁぁ……俺を見捨てないで……!」


背後で光忠が鼻で笑った。

「泣くな、坊主。まだ始まったばかりよ」



二か月目


丹羽は工房に入り、刀を手に取る。

「……荒い」


光忠が冷たく言い放つ。

「折り返し鍛えが甘い。地鉄に砂目が浮き、刀身の肌が荒れ果てておる。これでは刃持ちは望めん」


鉄之助は炉に額を押しつけ、叫んだ。

「要するに! 表面ピカピカ、中身ザラザラのボロ雑巾刀ぁぁぁ!!」


与一が口を覆って吹き出す。

庄三郎は真剣にうなずいた。

「いや、雑巾は言い過ぎだが……確かに耐久性はないな」


丹羽はやはり無言で刀を置き、背を向ける。


光忠が鋭い視線を鉄之助に刺した。

「坊主、槌の力が軽すぎる。熱を見極めず、形だけを追ったな」


「ひぃぃ……! じゃあ俺の槌さばき、豆腐叩いてるのと同じってこと!? 精進しますぅぅ!!」



三か月目


丹羽は刀を見て、短く言った。

「……鈍い」


光忠はすぐさま補足する。

「延ばしが足りん。焼き刃も浅く、切先が弱い。これでは潰すだけの鈍刀よ」


鉄之助は天を仰ぎ、絶叫した。

「つ、つまり! ナイフじゃなくてスプーン! 尖るべき刀が食器になってるぅぅ!」


丹羽は一瞥すると、何も言わずに去った。


鉄之助は炉の前に崩れ落ちる。

「……俺、三か月で“ヒョロ刀・雑巾刀・スプーン刀”って評価だよ!? もうコレ、包丁屋にも置けないじゃん……」


光忠は鬼のような目で怒鳴った。

「泣く暇があるなら叩け! 火を読め! お前の槌はまだ迷っておる!」


「ひぃぃぃ! 光忠コーチ、怖すぎるぅぅ!!」



四か月目


丹羽は刀を手にし、わずかに目を細めた。

「……力はある」


鉄之助は耳を疑った。

(い、今褒めた!? 今“ある”って言った!?)


光忠が淡々と解説する。

「地鉄に粘りが出てきた。叩き込みの熱が、ようやく刀に宿ってきたな。だがまだ粗い。仕上げが甘い」


鉄之助は拳を握りしめて叫んだ。

「つまり! 筋トレで筋肉はついたけど、フォームがガタガタ! 力自慢のガチムチ初心者ってことかぁぁ!!」


丹羽の眉がかすかに動いた。

鉄之助の胸がじんと熱くなる。

(やっと……やっと“成長してる”って認められたんだ……!)


光忠は鬼のような目でさらに追い込む。

「調子に乗るな! 力だけでは刃は立たん。ここからは、心を刻め!」


「はいぃぃぃ!! 俺の心も鉄並みに叩き直されてますぅぅ!!」



五か月目


丹羽は刀を見て、静かに告げた。

「……古い」


光忠が補足する。

「姿が時代遅れ。野剣に近い。力はあるが、見栄えが悪い」


鉄之助は顔を青ざめさせた。

「つまり! 強いけどダサい! ムキムキなのに肩パッドのオッサンみたいな刀ぁぁ!!」


庄三郎が思わず吹き出す。

与一は腹を抱えて笑い転げた。


だが鉄之助の額には大粒の汗が流れていた。

(ち、力はあるって褒められたけど……“古い”って……! まだダメなのか……!)


光忠が烈火のごとく怒鳴った。

「坊主! 残り一か月だ! 己を削り、鉄を練り、魂を打ち込め! さもなくば一生“凡作”で終わるぞ!」


鉄之助は全身を震わせながら、炉に向かって吠えた。

「……分かってる! もう後がねぇ! 絶対に……絶対にこの手で光る一振りを!!」


炉の炎が、これまでにないほど赤々と燃え上がった。

丹羽の無言の眼差しと、光忠の冷酷な叱咤が――鉄之助を、限界のさらにその先へと追い込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ