第十三話 褒美と新たな火
工房に朝の光が差し込む。
火床では炎がごうごうと唸り、煤の匂いが立ち込めていた。
庄三郎が火箸を操りながら、真剣な表情でうなずく。
与一は槌を担ぎ、にやりと笑った。
「兄貴、そんな顔で火睨んでると石像みてぇだぞ」
鉄之助は苦笑しながらも、胸の奥がざわついていた。
――その時だった。
「……坊主」
低い声が耳の奥に響く。
「うおっ!? 誰ぇ!? 兄上? 与一? いや違うよな!? まさか俺、火床と会話しはじめた!?」
思わず大声を上げて肩を跳ねさせる。だが、兄も弟も気づいていない。鉄之助だけが震える声を聞いていた。
「落ち着け。火床がしゃべるか。……わしだ、光忠よ」
「ひぃっ!? 朝っぱらから出てくんなよ! せめて夜限定にしてくれない!?」
工房の熱気の中、その声だけは冷ややかだった。
「昔、わしはひとりの息子を尾張へ流した。
長船に残せば、嫉妬としがらみに潰されるほど才があったゆえな」
「うわ朝から重っ! 俺、まだ寝ぼけ眼なんですけど!」
「だが尾張にも鍛冶衆は多い。
長船の名を掲げれば利用され、疎まれ、早晩行き詰まる。
だからこう告げた――
『備前長船の名は重すぎる。尾張でそれを掲げれば、腕を買う者も縛る者も群がる。ゆえに隠せ。技だけを生かせ』とな」
鉄之助は炉の火を見つめながら、小声でつぶやいた。
「……なんだよその設定。やけにドラマチックじゃねぇか」
その血が、今の自分にまで続く。
長船に連なる“隠れ十代目”。その重さが、じわりと胸に沁みていく。
――その時、工房の戸口から控えめな咳払いが聞こえた。
戸口に立っていたのは、浅黒い肌にきびきびとした眼差しを持つ若武者だった。
落ち着いた気配の中に、戦場で鍛えられた鋭さが漂っている。
「突然の訪問、無礼を承知で参った」
庄三郎が火箸を止め、与一も怪訝そうに振り返る。
鉄之助は慌てて立ち上がり、煤けた前掛けを直した。
「えっ……だ、誰?」
「名は丹羽長秀。このあいだの戦で鉄砲を担った小姓の兄だ」
その言葉に鉄之助の胸が詰まる。
――父が身を挺して庇った、あの小姓。
「……!」
声が出ない鉄之助に、長秀は深く頭を下げた。
「その節は、弟が命を拾った。蔵六殿の犠牲あればこそ。兄として、礼を尽くさねばならぬと思った」
母・お咲が奥から現れ、涙をにじませて黙礼する。
庄三郎は唇を引き結び、与一は拳を握りしめていた。
――その中で、ひよっこ怨霊がふらふらと揺れ、懐かしむように手を伸ばしていた。
「父さん……」
鉄之助の胸が、熱く締めつけられた。
⸻
長秀は懐から包みを取り出す。
「信長様より慰労の褒美を賜った。だが、ただ渡すだけでは蔵六殿に報いることにならぬ。
ゆえに俺が預かり、ここへ届けに参った」
布包みには、銭と上質な玉鋼。
炉の炎が反射し、鈍い光を放った。
「さらに――信長様は刀を求めておられる。
槍も弓も必要だが、良き刀は人の心を支える。
そのための一振りを、この工房に打たせたいと」
庄三郎は思わず息を呑む。だが長秀の眼差しは、最初から鉄之助を射抜いていた。
「なぜ……俺に?」
鉄之助の声は震えていた。
「聞いた。蔵六殿の火を最も近くで受け継ぎ、あの戦で火床を守ったのはお前だと。
信長様も、ただの小僧とは思っておられぬ」
「お、俺……?」
背後でひよっこ怨霊が「やれる」とでも言うように揺れた。
光忠も重ねるように言う。
「坊主、試しの一振りだ。日の本一を目指すなら、今こそ槌を振れ」
(……ここで逃げたら、父さんの命が繋いだ火を無駄にする……!)
鉄之助はぐっと息を吸い込み、銭と玉鋼を見つめた。
炎の赤がその瞳に宿る。
「……分かりました。俺が――必ず打ち抜きます」
その声はまだ若い。だが、確かな熱を帯びていた。
長秀は力強くうなずく。
「ならば、俺が証人となろう。鉄之助、お前の刀――しかと見届ける」
⸻
その夜。
火床の赤は一層強く燃え、鉄之助の槌の音が、村の空に響き渡った。




