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【間話】 織田信長と備前長船の刃

本作のベースとなる備前長船の刀と信長に関するお話をまとめました

一 刀を育てた里、備前長船


 備前国・長船おさふね

 今の岡山県東南部にあるこの地は、昔から鉄と火の里として知られていた。

 吉井川の清流と、山々の炭が刀づくりに最も適しており、

 ここから生まれる刀は「備前物びぜんもの」と呼ばれ、やがて日本中に広まっていった。


 鎌倉時代の中ごろ、ひとりの天才刀工が現れる。

 その名は光忠みつただ

 長船派の始祖とされ、彼の打つ刀は柔らかく光を帯び、刃文は美しく波打った。


 その後、長光・兼光・景光といった名工が続き、

 長船派は「天下一の刀工集団」と呼ばれるほど栄える。

 彼らの刀は、武士にとってただの武器ではなく、

 心を映す鏡のような存在でもあった。



二 戦国の嵐の中で


 しかし、時代が進むにつれ戦乱が絶えなくなり、

 名刀よりも実用の刀が求められるようになる。


 長船の職人たちは、一日に何振りも刀を鍛えるようになり、

 その腕はさらに磨かれていったが、戦と災害は容赦なく彼らを襲った。


 永禄年間(1550年代)、吉井川流域では何度も洪水が起き、

 鍛冶場が流され、刀工たちは各地に散った。

 播磨、美作、京の都――

 それぞれの地で鍛冶たちは生き延び、長船の名を残した。


 それでも、彼らが守り続けたのはひとつだった。

 “よく斬れるだけでなく、まっすぐな心で打つこと”。

 長船派の職人たちは、刀に人の心を宿すと信じていたのだ。



三 信長と光忠


 時は移り、尾張に新たな風が吹く。

 織田信長――。

 若い頃から“うつけ者”と呼ばれながら、

 彼は誰よりも強く、そして誰よりも考える男だった。


 伝承によると、信長は備前長船の刀をこよなく愛したという。

 中でも光忠作の刀を二十数振りも集めていたと記録する古文書も残っている。

 「光忠」という名前は、信長にとって特別な響きを持っていたのだろう。


 彼は刀を単なる武器ではなく、

 “自分の志を映すもの”として扱っていた。

 その刃を磨くことで、自分の心もまた磨かれる。

 光忠の刀は、そんな信長の精神を映す鏡だった。



四 燭台切光忠しょくだいきり


 光忠作の中でも最も有名な一振りが――

 燭台切光忠しょくだいきり・みつただ


 後に豊臣秀吉、伊達政宗へと受け継がれた名刀である。

 政宗が家臣を斬った際、燭台ごと両断したという逸話が名の由来だ。

 その見事な切れ味は、戦国随一の名刀と評される。


 刃渡り二尺三寸余り。

 地鉄は細かな板目に杢目もくめを交え、刃文は穏やかでありながら力強い。

 その美しさと鋭さの両立こそが、長船刀の真骨頂だった。


 この刀の流れを辿れば、

 光忠から始まる備前長船の血が、織田、豊臣、伊達、徳川へと受け継がれていったことが分かる。

 まるで日本の歴史そのものが、この一振りに宿っているようだ。



五 信長の時代に生きた長船派


 信長が尾張を統一していく永禄〜元亀の頃、

 長船の刀工たちは依然として健在だった。


 吉井川の洪水以前、備前国では多くの職人が各地の大名に仕え、

 戦国の名立たる武将たちが“長船物”を佩刀していたことが分かっている。


 信長もまた、そうした名刀を求めた一人であった。

 ただの装飾や権威のためではない。

 「正しい意志で斬る者が持つべき刀」――

 それが、信長が理想とした備前の刀だった。


 戦国の終わりが近づくとともに、

 長船の工房は天正の大洪水で大打撃を受け、一度は姿を消す。

 しかし、その技と思想は、各地の弟子や流派によって受け継がれていった。



六 物語へのつながり


 本作の中で描かれる“光忠の刀”は、まさにその象徴である。

 信長の父・信秀が遺した形見の刀。

 それは「人の心を正しく映す刃」であり、

 信長と信勝の兄弟をつなぐ絆として語られる。


 刀は人を試す。

 心が濁れば、刃もまた曇る。

 だが、己を磨けば、その光は人を照らす。


 備前長船の刀は、火と鉄で鍛えられた“心の鏡”だった。

 そしてその思想こそが、信長という人物の中で息づき、

 物語の根にある“信じる力”の形を作っている。



結び


 刀はただ斬るためにあるのではない。

 どんな心で握るか――それが刀を決める。


 長船の職人たちが守り抜いたのは、

 鉄よりも、人の信だった。


 その火は、信長の時代にも、

 そして今もなお、物語の中で燃え続けている。


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