第十話 戦の宴、そして帰郷
砦が落ち、戦は織田方の勝利で幕を閉じた。
夜になると、陣中には勝ち鬨とともに酒が回り、戦勝の宴が開かれた。
笑い声、歌声、槍を掲げる兵。
だが、その中央で信長は杯を手にしたまま、深く目を伏せていた。
喜びの喧騒の裏で――血に倒れた仲間たちの影が、静かに揺れている。
「……皆、よく戦った。だが忘れるな」
顔を上げたその瞳は、炎のごとく冴えていた。
「この勝利は、多くの屍の上に築かれたものだ」
信長は一拍置き、言葉をさらに強める。
「――我らが必ず日の本をひとつに束ねる。
刃が刃を呼ぶ醜い争いも、腐り果てた旧き世も、必ず終わらせる。
その時こそ、この無念を報いるのだ。……我らの子らのために」
信長の声は凛として高く、誰もが息を呑み、胸を打たれた。
そして彼は杯を傾け、酒を大地に注ぐ。
亡き者たちへの鎮魂と、未来への誓いを込めて。
⸻
当時の火縄銃は、まだ戦場での扱いが確立されていなかった。
湿気で火薬が暴発したり、銃身の連射で歪みが生じ、破裂する事故も少なくなかった。
それでも――「銃の雨」は敵を圧倒した。
史実によれば、この村木の戦いは、後世に「初めて鉄砲が本格的に運用された城攻め」として記録されている。
さらに一説には、この戦の後、信長が涙を流して仲間と杯を交わしたと伝わる。
若き当主が流したその涙は、ただの戦勝の喜びではなく、失った命への悼みだったのだろう。
鉄之助も――そんな信長の姿に、胸を打たれずにはいられなかったに違いない。
⸻
数日後。
鉄之助たちは村へと戻ってきた。
工房の戸を開けた瞬間、母・お咲が駆け寄る。
「……蔵六は?」
問いかけに、鉄之助は震える手で一振りの刀を差し出した。
父が生前、大切に飾っていた古刀。
血に濡れたその鞘を見た瞬間、お咲は膝から崩れ落ちた。
「そんな……蔵六……!」
庄三郎も嗚咽をこらえきれず、与一は顔を覆って肩を震わせた。
鉄之助は泣きじゃくる母の前に座り込み、形見を抱きしめるように差し出した。
「……父さん、最後まで……立派だった」
誰も言葉を返せなかった。
ただ嗚咽と涙だけが、工房に満ちていった。
⸻
その時だった。
背後で鈴の音が鳴った。
振り返ると、椿がそこにいた。
村まで付いて来たことも、その理由も、誰も知らない。
「……理由なんて、自分でも分からないのよ」
椿はかすかに笑みを浮かべると、ゆっくりと舞を始めた。
派手さはない。ただ、静かな祈りの舞。
それなのに、不思議と胸の奥が震える。
灯明の揺れる工房の中で、小刀と古刀がかすかに息をするように震えた。
刃に宿るものが、祈りに応じたかのように。
舞を終えた椿は、じっと鉄之助の刃を見つめた。
その瞳には、冗談ではない真剣な色が宿っている。
「……坊やの刃、ちょっと……ほんとにヤバいわね」
妖艶な笑みを浮かべたまま、彼女はそう呟いた。
――その一言だけで、鉄之助の背筋は総毛立った。
けれど次の瞬間、椿の口元に浮かんだ笑みは、なぜかいつもの悪戯っぽさを孕んでいて――。
(……あ、これ次は絶対ロクでもない展開だ……!)




