8章
昨日、駅前のファミレスにて開かれた作戦会議は、結論から言うと1時間もかからなかった。
着くやいなや、藤井部長の
「ごめん!用事思い出した!」
発言により、お開きになったのだ。
残された日向妃菜と私は、ただぼぉっとドリンクバーを啜り、日向妃菜の
「⋯⋯帰る?」
発言により終了を迎えた。
こんな事なら誘わないで貰いたかった⋯⋯とは言うまい。⋯⋯と言うか、誘われても行くなよ、私。
しかし、ファミレスへの移動中に大体の事は聞けた。
藤井部長曰く、伊藤さんは実家絡みで、この学校と関わりがあるらしく、それを聞きつけた宮田先生が陸上競技部のコーチに誘ったとのことらしい。
また、伊藤さんと宮田先生の関係性も、同級生だったから、らしかった。
いやしかし、それだけで陸上競技部のコーチに誘うには少し材料が乏しい。
まだ何かありそうだが、藤井部長が言うには、そこまでしか聞いていない、みたいだ。
そんなこんなで、季節は春。⋯⋯いや、何も変わっていないと思うだろうけれど。
しかし、変わっているんだな、これが。
朝の通学路――特に電車の窓からだと、それがひしひしと伝わってくる。
さて、駅の改札を抜けておおよそ6キロ進むと、我らが母校私立春山高等学園がある。
メニューでも走っているため、そこまでと言う感じだが、学校に続く一本道はかなりキツいと音を上げる生徒も多い⋯⋯らしいんだけど、ホントかなぁ?
学校前の急な登坂を越えた先に学校が――丁度校門当たりで見知った同級生が何やら話していた。
正直、朝から絡まれたくは――
「おーい!」
ウソでしょ⋯⋯
大声で私を呼ぶのは、この学校で一人しかいない――そう。日向妃菜である。
「おーい!!」
分かったって。
「おーい!!!!」
ちょっ⋯⋯うるさい。
鼓膜が逝きそうになってしまうではないか。
良く見ると、隣には高橋心和もいるが、何やら様子がおかしい⋯⋯と言うか、めちゃくちゃキレてる。
また日向妃菜が何かしたのであろう。全く、仕方のない奴だ。
「昨日はエラい楽しかったそうで⋯⋯」
突然、高橋心和が私に問いかけるが、ウソ、私何かしたっけ?
隣を見ると、日向妃菜が申し訳なさそうに下を向いている。そんな顔できたんだ。
ごめん。何かしたっけ?
「覚えてないんだー⋯⋯ウケるー⋯⋯」
そう言うが、怒気強めだ。少し恐い。
しかし、考えても理由が出てこない。
「昨日。部活。置き去り。」
⋯⋯あぁ、なるほど。つまり、昨日私たちが高橋心和本人を置き去りにしたことを怒っていたのか。
ホントにごめんなさい。
本人が怒っている以上、謝るに越したことは無い。
「ほら、君乃もこう言ってるしさ」
「うるさい」
高橋心和が静かにキレ散らかす。
「⋯⋯私には昨日からこの態度だよ⋯⋯」
日向妃菜が私に耳打ちする。
「⋯⋯君乃さんは良いよ。許したげる」
よし。許された。
「⋯⋯私は?」
「うっさい」
どうやら日向妃菜は許されなかったらしい。
ここ春山高等学園の体育では、少し遅くから体力測定が始まる。
まぁ、体力測定と言っても、他の学校で行われるものと対して差はないので、肩肘張らずに専念できる。
個人的にも高得点を出さなければ――みたいな事は一切無いので、テキトーにやろうかな。⋯⋯出来れば良いけど⋯⋯
「君乃ー!昼メシ代を賭けて勝負だー!」
はい、ダメー。
馬鹿みたいなハイテンションで私に言ってくるのは日向妃菜だ。
何で勝負しなきゃいけないの?
「寂しー事言うなよー」
正直、勝負とか面倒くさい事この上ない。出来れば、私以外とやって欲しい。
がしかし、これまで日向妃菜の無茶振り傾向からするに、断りは出来ない事も重々承知だ。
そんな事を考えつつ部室へと足を運――
「だから逃げんなって」
こいつ、逃げ道を塞ぐスピード速くなってない?
こうなったら、助け――もとい、高橋心和を呼ぼ――しまった!いない!!
「心和なら委員会の仕事に行ったぜ⋯⋯さぁ、勝負しよーぜ⋯⋯」
私の考えを読んだのかコイツは⋯⋯
はぁ⋯⋯分かったよ⋯⋯
こうなった以上仕方ない。渋々承諾する。
はい。そんなこんなで午後の授業――体育の時間である。
私が所属している1年E組は、スポーツ学科であり、言うなれば体育競技にご執心な奴らの巣窟でもある。
従って、男子生徒なんかは、勝ったらジュース奢りで――みたいな賭け事の話が良く飛び交う訳だが――
「よーし、君乃、勝負だ!」
まさか、女子でもこの会話が飛び交っているとは思うまい⋯⋯
体力測定は、50メートル走からソフトボール投げ、はたまた長座体前屈まで様々な種目が存在し、それぞれの成績に応じたポイントが設けられている。
それらを全てやり終え、最終的にポイントを合計する事により成績が振り分けられる。
何で勝負する?
まさか、合計ポイントで勝負とか言わないよな。
50メートル走やらソフトボール投げやら不得意な種目がいくつかある。
日向妃菜もすこぶる運動神経の塊だ。もし、合計ポイントで勝負と言ようものなら、刺し違えても逃げおうせてやる⋯⋯
「1500メートル走かな」
なるほど。私は内心ほくそ笑んだ。
私も腐っても陸上競技部の長距離グループの端くれだ。
練習でも勝負強さを遺憾無く発揮していた日向妃菜と同等――いや、それ以上の力は持っている⋯⋯と自負している。
中々面白くなってきた――が、しかし――
え?私シャトルラン選んだんだけど⋯⋯
その通り。1500メートル走と20メートルシャトルランは同じ持久走種目であり、選択制となっている。
「えー!?マジかよー!?」
日向妃菜がとても残念そうに落胆する。
でも仕方がない。勝負種目なんて聞いていないし。
諦めるんだね。
そう言って、日向妃菜の肩を持――
「⋯⋯私もシャトルラン走るっ!!」
いや、ムリでしょ。
「坂ちゃん先生に言えば何とかなるっ!!」
ここで言う坂ちゃん先生とは、我らが1年E組担任坂本学先生である。鉄血にして冷血――とはほど遠い、とても柔和で心優しい眼鏡をかけた日本史担当の男性教諭である。
だがしかし、とても強かな面も持つと噂の先生でもあり、断りを入れるのは難しいのでは無いか?
「良いよー」
2つ返事で了承する坂本先生
「やったー」
うそーん⋯⋯
「体育教師には僕から言っておくよ。頑張ってね」
にこやかに承諾する坂本先生。しかも日向妃菜の背中まで押している。
「あと君乃が1500メートル走したいって言ってました」
ちょっ、言ってな――
「併せて言っておくよ。若奈さんも頑張って」
日向妃菜と同じように笑顔で背中を押す坂本先生。
先生にここまで言われたら、もう何も言えない⋯⋯とりあえず、愛想笑いでもしておこう⋯⋯
とりあえず、ウソをついて私を1500メートル走に出しやがったコイツに果てしなくイラついたので、チョップをお見舞いする事にした。
「痛っ⋯⋯なんだ、どしたよ?」
どしたよ?じゃないよ⋯⋯
「ごめんてー。でもこれで勝負出来るじゃん。良かったよ」
アンタはね?
ここで不満を漏らしても現状は変えられない。
時刻も、次の授業――体育に差し掛かっている。
私はため息を吐きつつ、体操服に着替えるのであった。