6章
次の日――正確には、次の部活動参加の日と言おうか。
あの激臭事件直後に――もう着替えが無いよぉ――と言って、メニュー時に着込んでいた体操服にしぶしぶ着替えた日向妃菜。
あんな臭い体操服が一転、汗を染み込ませたフレグランスな香りへと進化――いかんいかん。少しキモいな。
聞いた所、小さい頃から代謝が良く、めちゃくちゃ汗っかきだったらしい。
そんな事も臆面も無しに言うのだから、そう言う所だと思う。
兎にも角にも、その後、日向妃菜から正式な謝罪があり、後日――今に至る。
ちなみに、部活動も1日休日を挟んだため、次の部活動は、2日後の今日と言う事になる⋯⋯いや、本当だよ?
そんなこんなで今日も部活動に励む私。今日は、どんなメニューだろうか。
「はい。集合⋯⋯はしているか」
紙を片手に藤井部長が声をかける。
「メニューだけど、短距離と長距離で別メニューを行います」
紙に目を通しながら、藤井部長が読み上げていく。
「短距離グループは中島君に仕切ってもらいます。⋯⋯中島君よろしくね」
藤井部長から任命された男子生徒は、柔和そうな声で承諾した。
この部活動において、数少ない男子部員である。確か男子3人位しかいなかったのではないか。
2年生の中島司さんと1年生の時谷数斗と早乙女信二。
⋯⋯しかしまぁ、女子をそうだが、男子も少ない。ゆくゆくは部員0名で廃部になるのでは無いだろうか。⋯⋯何かそんな感じがする。
「なら、短距離グループはアップするよ。ついてきて」
中島さんが他の短距離グループの部員を引き連れる。結構こなれているな。
「なら長距離グループも集まろうか」
藤井部長の指示を待つ3人。
「⋯⋯さて、何やろっか?」
おいおい。
「ウソウソ。ごめんごめん」
見ると、日向妃菜と高橋心和も私と同じ懐疑的な表情をしていた。
おほん、と藤井部長が咳払い。
「今日は皆で北コースを走ります」
⋯⋯マジで?
「北コー⋯⋯本気っすか!?」
日向妃菜が突っかかる。
高橋心和は全力の困り顔。
1対3。北コース走りたいグループと北コース走りたくないグループの抗争が勃発。
「私だって走りたくないよ」
なら0対4で走らなくてもいいじゃん⋯⋯
「なら走らなくてもいいじゃないっすか」
疑問を唱える日向妃菜。クソ⋯⋯先に言えば良かった⋯⋯
「今日走るのは、北コースの登り口だけだよ?」
藤井部長が応える。それを聞いてなんだぁ、とはならないのでは?
「なんだぁ」
おい日向。
「最初の1キロ位しか走らない⋯⋯と思う」
高橋心和が耳打ちする。そこまでなら余裕で走り切れる。正直、10本走れと言われてもクリア出来そう。
「よし。1人15本」
「15本⋯⋯本気っすか!?」
日向妃菜が突っかかる。
高橋心和は全力の困り顔。
⋯⋯ってまだやるんですか?
「私だって⋯⋯って、ウソウソ。ごめんごめん。1キロ10本ね」
日向妃菜のツッコミか高橋心和の困り顔のせいだろう。藤井部長が訂正する。
声を大にして言いたいのは、決して私が呆れ口調で発した言葉のせいではない事。ここ重要。
「さ、準備に取り掛かろう」
藤井部長からの指示に3人は従った。
この春山高等学園から北に行ってすぐの所に山がある。これが正にデカい山で標高は約700メートルだが、片道5キロも坂道が続く。
傾斜も登るにつれて上がっていくため、好き好んで走る人はいない。いるとすれば、行き過ぎたドSかドMではないか。⋯⋯って聞いたんだもん。
しかし、今日走るのは、最初の1キロと言う事で、傾斜も緩く、さほど苦労はしないとのこと。やったぜ。
あぁちなみに、と藤井部長が付け足す。
「ゴールタイムは自由で良いけど、8から9割の力で走ろう」
それくらいなら、インターバル走と似ているし、大した事なさそうだ。
「私、こういうの苦手⋯⋯」
隣で高橋心和がローテンションで呟く。
「大丈夫だ。さほど⋯⋯いや、きっと⋯⋯多分大丈夫だ⋯⋯恐らく大丈夫⋯⋯」
日向妃菜が前向きなのか後ろ向きなのか分からない声を出す。ホントかよ。
「さぁ行くよ!1本目!」
藤井部長の掛け声でメニューがスタートした。
スタートするやいなや、日向妃菜が猛ダッシュをかける。すごい。こんなダッシュ力持ってたんだ。
負けじと、藤井部長も食い下がる。
トップは日向妃菜と藤井部長。ちょっと離れて私と高橋心和が続く。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯ムリ⋯⋯ムリ⋯⋯」
隣で高橋心和が音を上げる。まだ1本目ですよ。
そのまま日向妃菜がトップでゴール。タイムは目測だけど、3分20秒といった所か。めちゃくちゃ速い。
ちなみに藤井部長は3分30秒。私は3分45秒くらいで、高橋心和は4分ちょいでフィニッシュ。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯ムリ⋯⋯もう⋯⋯ムリ⋯⋯」
高橋さん、それ前から言ってる。
「⋯⋯よっし!1キロ7分ペースで降りて、すぐ2本目行くよー」
藤井部長の掛け声で2本目に移る私と――
「いける⋯⋯私はいける!!」
何故かやる気に満ち溢れている日向妃菜。
「⋯⋯」
あと、死人が1人。
その後も本数は進み、9本目に差し掛かっていた。
「君乃やべぇな。余裕かよ⋯⋯」
そんな事無いよ
まぁ正直残りの体力的にも、何本でもいけるわけでは無いのだが、ペースを1キロ3分40秒〜3分50秒で走っているおかげか、そこまで体力の消費はしていない。
「⋯⋯」
だから、高橋心和みたいに死ぬわけでは無い。
そんな事よりもだ。
日向さんも余裕そうじゃん
日向妃菜も藤井部長もまだまだ走れそうな気がする。日向妃菜なんか2本目以降も3分30秒台でゴールしている。何か特別なメニューをこなしているのか?
「はい。ラスト行くよー⋯⋯はい頑張って」
死人――高橋心和を抱えながら、藤井部長が声をかける。
「⋯⋯」
すごい。藤井部長が叩いても反応がない。
「良いんすか?心和死んだままっすけど⋯⋯」
「良いよ。このまま置いとこ」
日向妃菜の問いかけを一蹴する藤井部長。すごい。ここまでやってもまだ死んだままだ。
「はい、10本目!」
死人を寝かせたまま、10本目がスタート。時間があれば埋葬くらいはしたかったな。
「うおりゃゃぁ!!」
開口一番、今日1のダッシュを切る日向妃菜。そこに負けじと食い下がる藤井部長。
仕方ない。今日のラストだ。やる気が全然違う。
私もやる気を出すべきなのかな⋯⋯なんて思っていると、スタート付近から大きな声が聞こえてきた。
「おーい!藤井ー!ちょっとー!」
自転車を爆速で漕ぎ回すのは陸上競技部顧問の宮田先生だ。
「こっちに――うわっ!!!」
あ、コケた。
「ぷっ⋯⋯なっちゃん先生大丈夫⋯⋯?」
笑いをこらえながら心配する藤井部長。この人先生には当たり強いな。
「下に高橋が死んで――って、今はどうでも良い!!」
いや、少しは心配してよ。
「藤井部長、ちょっと会議室まで来てくれ」
「いや、私メニューの途中――」
「良いから!」
藤井部長を制して坂を駆け下る宮田先生。様子からかなり慌てる印象だが、ヘタをすればまた――
「――うぁっ!!」
あ、またコケた。
「ぷっ⋯⋯そんじゃあ私学校戻ってるから、残りダウンしてから帰って良いよ。何かあったら、会議室にいると思うから、声かけて」
私達に指示を出し、宮田先生に続く藤井部長。
「あ、後高橋の回収もお願いね」
良かった。忘れられてなかった。
じゃあ行ってくると藤井部長。
歩道横の獣道に入っていった。なるほど、あそこを通ってきたのか。
「んじゃ、私たちも行くか」
日向妃菜の問いに頷く。しかし、高橋心和を抱えたまま下まで下るとなると、2人がかりでも骨が折れそうだ。
⋯⋯一方一気に部室まで突っ走る日向妃菜――高橋心和を置いたまま。
あんたら友達では?と言う疑問もどこへやら、私も高橋心和を置き去りに部室まで向かった。
⋯⋯だって、重たいんだもん。
第6章です。
少しでも皆さまの目に止まって頂けますと幸いです。