5章
少し暗みがかり、街の灯りがぼちぼち灯された夕暮れ時――ちょっと前に開かれた長距離グループによるコントも終わり、いざロードへ。
ランニングしていると、登校中は気が付かなかったが、結構栄えた街並みを見せてくれる。
私が住んでいる街とそこまで変わらないはずだが――恐らく、初めての部活動でハイテンションになっているのであろう。
こう言う風に、普段なら思いもしない事をランニングの間思えるからこそ、私は走る事が好きなんだなと再認識できる。
ちなみに、私が走っているコースはいわゆる「南」であり、途中軽いアップダウンがあるのと、飲食店だったり、スポーツ用品店、服屋、はたまた文房具店なんかがあちこちで店を構えているため、結構人気のあるコースらしい。⋯⋯って日向妃菜が言ってた。
日向妃菜と高橋心和は、それぞれ「東」と「西」を選んでいた。
「東」は飲食店に特化したコースで、「西」はファッションを先取りしたオシャレな服屋が数多く出店している。⋯⋯らしい。
「東」も「西」も平坦な道が続き、走るのにもってこいなコースとなっている。
⋯⋯らしいんだもん。文句なら日向妃菜に言ってほしい。
藤井部長が選んだ「北」はと言うと、学校のすぐ近くに大きな山があり、ランニングと言うよりは登山をしている気分になれるとの事。
⋯⋯何より、日向妃菜が1度走っており――もう2度と走らん!――と言うくらいだから、まぁ、とてつもないコースだろうなと予想できる。
しかし、私が――走るなら北以外で――と言ったばかりに、正式なじゃんけんが行われ、あろう事か、私が勝ってしまった。
⋯⋯その時の藤井部長の顔ったら、この世の終わりみたいな表情をしており、絶望顔ってこんな表情なんだと、勉強させてもらった事を思い出した。
大変申し訳ないが、これも勝負の結果なんです。
などと考えている内に、程よい距離を走ったのではないか。体感で6〜7kmほど走ったであろう。
藤井部長から、往復1時間ほどで帰るよう言われており、丁度これくらいと言ったタイミングで腕時計を確認する。
28分3秒、4秒、5秒⋯⋯うん、程よいタイムだ。
往路でこれくらいのタイムなら、復路も同じように走れば1時間手前でグラウンドに着く計算だ。
正直、疲労感はあまり無く、もう少し探検したい気分ではあるが、藤井部長との約束を守らなければならないので、大人しくグラウンドに向かう。
来た道を引き返す中、ふと反対側の歩道に目をやる。
丁度部活帰りか、同じ学生服を着た男女が楽しそうに歩いていた。恐らく、カップルなのだろう。
そういえば、私が生まれてこのかた、男子と付き合った試しがない。
中学時代に1回だけ告白された事はあるが、その時部活動に必死だったため、断った経験がある。
聞いた話だが、フッた男子はサッカー部のエースらしく、裏でちょっとしたゴタゴタがあったそうな。
もしも、部活動に固執していなければ、告白をOKしていただろうか。
⋯⋯いや、無いな。だって彼女になるって、なんだか面倒くさそうだもん。
高校では付き合えるのだろうか⋯⋯そんな事を考えている内に、グラウンドに到着。
腕時計を見ると、54分12秒と表示されていた。少し速い気もしたが、まぁ誤差の範囲でしょ。
「おかえりー」
グラウンドに入ると高橋心和が手を振っていた。
周りを見渡しても他の長距離メンバーがいないって事は、どうやら私は2位だったらしい。
速かったね
「そんなでも無いよ。途中で休憩挟んだし」
伸びをする高橋心和。
他の人は帰ってきていないの?
「妃菜はもう帰って来てるって。」
なら、私は3着目か。しかし、こうもゴールが早いって事は、裏技的なものがあるかもしれない。後で聞いてみよう。
「ふいー。おかえりおかえりー」
どこからかやって来た日向妃菜がグラウンドに戻ってきた。
「どこ行ってたの?」
「あー部室。新しい体操服に着替えてた。いやー良かった良かった」
持ってきてたの?
そうだとすれば、用意周到この上ない。⋯⋯が、何か異臭がする⋯⋯日向妃菜の方から⋯⋯
「ん?前の体育で使ったやつだよ?」
おい。
隣の高橋心和も絶句している。
日向妃菜が着込んだ体操服から少し、いやだいぶ変な匂いがしていた。
「なんでそんなの着てるの?⋯⋯いや、言わなくて良いや」
流石に不思議に思ったのか、自分の服の匂いを嗅ぐ日向妃菜。
「臭くないよ、ほら」
そう言って、高橋心和と私に近づいてくる。
「ちょっ、近づかないでよ!」
くさっ⋯⋯うぇっ⋯⋯ゲホっ!
しまった。ちょっとむせた⋯⋯
「なんだよー皆して⋯⋯」
落ち込む日向妃菜。いや、悪いの貴女だよ?
「お待たせー⋯⋯クッサ!!何!?この匂い!?」
藤井部長がズタボロの状態でグラウンドへ到着。良く見ると、ランニングウェアのあちこちに木くずが刺さっている。
藤井部長の満身創痍っぷりにも言及したいが、まずはこっちだ。
「ほら、部長も臭いって言ってるって!」
「ウソだー。部長、臭くないですよね?」
そう言って藤井部長に近づく日向妃菜。よし。匂いの根源が離れたぞ!
「ウソ!?これ日向の匂い!?⋯⋯って止めて!臭い!!」
「えー⋯⋯そんなに臭い?」
さらに落ち込む日向妃菜。お前の鼻は飾りなの?
「ふぉふぃふぁふぇふ、ふふぁふんふぉふぃふぃふふぉ」
鼻を塞ぎながら話す藤井部長。⋯⋯なんて言ったの?
「ふぁふぁふぃふぁふぃふぁ」
高橋さんもなんて言ってるの?
あと、どうして聞き取れているの?
「はーい⋯⋯」
気分を落とした口調の日向妃菜。
貴女までどうして?私がおかしいの?
ふぁあ、ふぁふぁふぁぶぁふぁふぅふぃふぉ
「なんて言ったの?」
聞き返す日向妃菜。クソ、何で私だけに聞くの⋯⋯
助けを求め、目線を彷徨わせ――しまった!近くに誰もいない!
「ねぇってばー⋯⋯」
何故か泣きそうな日向妃菜。クソ、可愛い⋯⋯
私は覚悟を決め、はっきり伝わるよう息を吸い込ん――
ぶふぇっ!!げふっ!!
ダメだわ。臭すぎて喋れやしない⋯⋯
「大丈夫!?」
はいふぉうふ
「だから何て言ったの!?」
肩を思い切り掴む日向妃菜――衝撃⋯⋯いや、激臭でさらに咳き込む私――
5分⋯⋯いや、体感10分くらい決死のショートコントが続いたのだった。
第5章です。
第6章も作成に時間がかかるかもです…