4章
ある晴れた平日の昼下がり。
私は校舎裏のベンチで一人寂しく弁当を食べていた。
⋯⋯一人寂しくなんて少し語弊があるかも。
僻みでも妬みでも無く、友達と食べようが、一人で食べようが、弁当の味は変わらないのだ。
友達や先輩からご飯の誘いがあれば一緒に食べるし、一人でも気兼ね無しに食べるし。
そんな少し寂しい――私は寂しくないけど――事を思いながら、弁当をつついていると、後ろから肩を抱かれた。
「全く、寂しいよ君乃は」
日向妃菜である。
よく見ると、手に購買で買ったであろう惣菜パンが握られていた。
⋯⋯何が?
「部活だよ部活。先に帰りやがって」
どうやら、部活動の終わりに長距離歓迎会を企画していたらしい。まぁ、聞いた所で参加するわけでも無かったが。
「昼も一人で食べてるじゃん。相手居ないの?」
おっと、踏み込みづらい部分に足を入れたぞ、こいつ。
おほん。確かに、まだ友達と言える間柄の人と巡り会えていない私だけど、いずれ巡り会える可能性も無きにしもあらず――
「さーて、飯だ飯〜」
聞けよ。
日向さんだって一人じゃない?
私も言い返してみる。
「私は心和待ってるの」
ドヤ顔で返す日向妃菜。⋯⋯少しムカつく。
「つーか、下の名前で良いよ」
いや、いきなりは抵抗あると言うか⋯⋯
「何だよぉ、心和も下の名前で呼んでいるのに⋯⋯」
そういえば、高橋心和も陸上競技部の長距離に入ったんだっけ。
入部届を掲げ、満面の笑顔を見せた日向妃菜と少し困り顔の高橋心和を思い出した。⋯⋯そういえば、日向妃菜といる時、大体困り顔だったような。
すると、弁当袋をぶら下げ、高橋心和登場。
「速いよ。どこ行ったかと思った」
走ってきたのか、少し息が上がっているように見える。
「あれ、君乃さんもいるじゃん」
少し嬉しそうな声を上げながら弁当を広げる高橋心和。⋯⋯しかし何だ、下の名前で呼び合う事が流行っているのか?
そうだ、と勢い良く手を叩く高橋心和。心臓飛び出るかと思った。
「藤井部長からの伝言だけど、今日は全員参加だって」
「それ今日言う事か?」
日向妃菜がツッコむ。クソ、私も同じ事思ってしまった⋯⋯
「ユニフォーム合わせだって。あと、私も今日聞いた」
ムっとしたのか、やや不機嫌モードの高橋心和が答える。
しかし、部長がそんな感じでこの先大丈夫だろうか?
「君乃も今日部活来るでしょ?」
私の弁当を物色しながら問いかける日向妃菜。
正直今日も帰宅しようかと思ったが、部長命令なら仕方ない。あ、この野郎、楽しみにしてた卵焼き持っていきやがったぞ。
どうしようかな⋯⋯
これ以上奪われまいと弁当箱を日向妃菜から離す私。
「妃菜、食べ過ぎ」
見かねた高橋心和が、私の弁当箱に自分の卵焼きを入れた。ありがてぇ⋯⋯
「パンだけじゃ足りないって」
弁当泥棒が何を言うか。
私はふと気になった事を聞いてみた。
日向さんと高橋さんって、元々陸上競技部出身なの?
「私は違うけど、心和は陸上競技部出身だよ」
高橋心和の弁当箱と格闘?していた日向妃菜が答えた。
「うん。私がやってたのは長距離の3000メートル障害です」
日向妃菜から弁当を守っていた高橋心和が続けて答える。
「ていうか高橋って。心和で良いよ」
どうやら本当に下の名前で呼び合いっこが流行っているらしい。
「君乃は恥ずかしがり屋だから、中々呼んでくれないんだよ」
日向妃菜がいたずら笑みをうかべる。
ちなみに、私を下の名前で呼ぶ事を認めたわけでは無いんだけど⋯⋯
「私は⋯⋯色々な部活に入ってた」
弁当強奪を諦めた日向妃菜が続けて答える。
ん?色々って⋯⋯
「色々は色々だよ。バスケにバド、テニスにバレー、あと――」
もう大丈夫。
しかし、何故に球技?
「妃菜は助っ人で呼ばれる事が多かったよね」
道理で。
「陸上競技部でも好成績残したぜ。短距離だけど」
ドヤ顔で語る日向妃菜。だからムカつくって。
なら何で長距離を?
「何となく?」
キョトン顔の日向妃菜が答える。⋯⋯クソ、少し可愛い⋯⋯
「だって、やるからには広く、深くが私の信条だもん!」
前言撤回。良く分かんない事言いだしたぞ、こいつ。
「ごめんね。良く分かんないよね」
申し訳無さそうに謝る高橋心和。うん。とっても。
「実は、私と妃菜は他県から入学してきたの」
代わりに代弁する高橋心和。だから良く知らない訳か。
「そう言えば、君乃はなんで長距離に興味あるの?」
お茶を飲み終えた日向妃菜が問いかける。
なんでって⋯⋯何となく?
いざ言葉にしようとしても、何て言えば良いのか分からない。⋯⋯あれ、前も似たような事聞かれてなかったっけ?
私が感じた疑問はさて置き、今日の部活動について考えてみる。確か、体操服があったはずだから、それで凌ぐとしよう。
「運動着どうしよっかなー」
既に昼食を食べ終え、手持ち無沙汰感満載の日向妃菜は少し困り顔で呟く⋯⋯あれ、今何て言った?
「ねー。ランニングウェアとか支給されて無いもんね」
続いて高橋心和。⋯⋯本当に大丈夫か?陸上競技部⋯⋯
さて、時間が変わりいざ部活動へ。
部室で簡単な自己紹介をし、簡単なミーティングを行ってから、グラウンドに陸上競技部部員10名が集結した。⋯⋯うん。少ない⋯⋯
陸上競技部のホームグラウンドの隣では、野球部がキャッチボールをしているし、離れた場所からは吹奏楽部が個人練習か、思い思いの音を響かせている。
「おほん」
全員が揃ったのか、藤井部長が咳払いをする。
「改めてだけど、私が部長の藤井真です。今日は新入部員も入った事だし、ユニフォーム合わせと全体練習を行おうと思います」
おぉ、中々素晴らしい部長っぷり。
「⋯⋯では、なっちゃん先生よろしくお願いします」
前言撤回。ダメだこりゃ。
急に振られたなっちゃん先生とやらは、予想していなかったのか、慌てふためいている。
「うぇっ!?⋯⋯えーと、陸上競技部顧問の宮田夏花です⋯⋯学校では、家庭科を担当してます⋯⋯」
およそ部員と間違われてもおかしくはない低身長の女性顧問は、視線を右往左往しながら、言葉を捻り出した。⋯⋯と言うか顧問いたんだ。
「えーと、その⋯⋯なんだ⋯⋯頑張れっ!」
恐らく及第点以下の無茶振りに答えた宮田先生。仕方がない。良くやった方です。
「なっちゃん先生テンパりすぎ」
陸上競技部の部員がケタケタ笑いながらツッコむ。
「うるさい!仕方ないでしょ!?」
顔を真っ赤にした宮田先生がキレ気味に応える。⋯⋯可哀想に⋯⋯
「ご覧の通り、なっちゃん先生が拗ねちゃったので、私から説明するね」
フルボッコにした張本人が何を言うか。
「まず、今から女子と男子に分かれて練習用と記録会用のユニフォーム合わせをします。」
藤井部長が淡々と述べる。⋯⋯その横で宮田先生はまだウジウジしていた。
「女子は部室で。男子はグラウンドで合わせを行ってください。その後、全体でアップをして、短距離グループと長距離グループに分かれて練習してください」
以上です、と藤井部長が今日1日のメニューを発表し、散り散りになる。なんだか、意外にまとめ上手だな、この人。
そんなこんなで、種目別の練習メニューに移った長距離グループ――っていっても、藤井部長、日向妃菜、高橋心和、そして私の4人だけなんだけど。
ちなみにユニフォーム合わせは、記録会用のランニングパンツがレーシングブルマとランニングタイツの2択だったため、1対3の得票数により、膝上のランニングタイツを発注する事となった。
唯一のレーシングブルマ賛成意見を唱えた藤井部長曰く「ユニフォームはエッチくてなんぼでしょ!?」との事。
まったく、こちらから見れば迷惑甚だしい。
「はい⋯⋯今から長距離の練習入ります⋯⋯」
藤井部長が物凄く残念そうな声を上げる。いや、声。
「今日はどうします?」
ワクワク顔の日向妃菜が問いかける。こいつ、恐らく、走れるのを喜んでいるぞ。⋯⋯犬だ、犬。
「今日はロードです⋯⋯」
いい加減機嫌直してください。
「みんな東西南北で良い⋯⋯?良いね⋯⋯」
ローテンション部長が言うや否や、日向妃菜と高橋心和が元気良くそれぞれの方向を指差す。何をしているのでしょうか?
「自分がランニングしたい方向を指差して、かぶらなければ走れる遊――メニューだよ」
日向妃菜が説明する。⋯⋯いや、今遊びって言いかけたでしょ。
「人気なのは、東と西。それから南かな。」
すかさず高橋心和がフォローを入れる。
なんで?
「お店が多⋯⋯走りやすいカラダヨ」
高橋心和さん?
「おほん!⋯⋯北はすぐ山があるから、不人気ダヨ」
高橋さん、もう良いよ⋯⋯
見ると、高橋心和の顔がみるみる赤くなっている。今にも泣きそうだ。
藤井部長はと言うと、機嫌が直ったのは良かったが、めちゃくちゃ寂しそうな表情を浮かべている。
「とにかく、遊――行こうぜー」
藤井部長の表情が見えていないのか、日向妃菜は続けざまにミスしながら言葉を紡ぐ。
こんな感じで大丈夫だろうか。⋯⋯いや、大丈夫じゃ無いなこれ。
第4章を読んでいただき、誠にありがとうございます。
第5章以降は更新スピードが遅くなっちゃいます…
申し訳ございません…