3章
さて、入学式から1週間ほど経ったある日。
ここで私の生い立ちから中学時代について解説しようと思う。
⋯⋯個人的には迷惑甚だしい試みではあるけど――
まずは、私の出生⋯⋯は良いか、面倒くさいし。
私の両親は意外や意外、陸上競技経験者であり、父さんは長距離で、母さんはフィールド競技で素晴らしい成績を修めたとの事らしい。
――と言うのも、ここまで全て親戚同士の会話から抜粋しているため、事の真相は定かでは無い。⋯⋯というか、どっちでも良い。
それから月日は流れ、中学時代に陸上競技で優秀な成績を修めた私は、春山高等学園に入学した。
以上。過去編終わり。誰が何と言おうと終わりです。
そんな事よりもと私は考える。
入学早々、私の平凡で平均的な学校生活を享受する予定が、あの野郎――日向妃菜の蛮行により、めちゃくちゃにされる可能性がある。それは阻止せねば。
そんな事を考えつつ、机に広げたテキストを片付けていると、ドスドスと不穏な足音が聞こえてきた。
「陸上競技――
すんでの所で逃げ出す事に成功。
しかし、まわりこまれた!なんだコイツ、瞬発力半端なく良いぞ。
「なんで逃げるのさ」
若干不服そうな日向妃菜。諸悪の根源が何を言うか。
「まぁ良いや。それより陸上競技部に行こうぜ!」
日向妃菜にこの話を持ちかけられては、逃げる、困り顔の後逃げるを繰り返してきた私だが、いよいよ年貢の収め時というわけか。
私はそんな事を考えつつ、教室を出――
「だから逃げんなって」
くそぅ⋯⋯逃亡失敗。逃げようにも、首根っこを掴まれているため逃げ出せない。と言うか苦しい。
逃亡を諦め、タップし、日向妃菜は嬉しそうに部室へ向かった。――私の首を掴んだまま。⋯⋯いい加減離して⋯⋯
日向妃菜と文字通り生け捕りにされた私は、校舎裏にある陸上競技部の部室へ足を運んだ。
私立春山高等学園のスポーツ学科と言う位であるから、部活動も結構盛んで、どの生徒も大体部活動に勤しんでいる。
⋯⋯私はプライベートを大切にする義務があるので、当然、部活動には入っていない。むしろ、入りたくない。
さて、どう断ろうか⋯⋯
「新入部員連れて来ましたー!」
開口一番信じられない嘘を並べ、日向妃菜は部室に入った。
いや、私は違――
「でかした!」
ザ・部活動みたいな風貌の女性先輩が嬉しそうに日向妃菜の肩を抱く。まだ私何も言ってない⋯⋯
「私は3年の藤井真。陸上競技部の部長。よろしくね」
笑顔で藤井真部長が手を差し伸べる。それにしても、すごい名前だ。
「よく男子に間違われちゃうんだよ」
もしかして、私の心を読んだの?
ゴホン、と藤井部長が咳払い。
「改めて、ようこそ陸上競技部へ!」
何も言ってないです。
「基本的には夕練のみだよ」
だから、何も言ってないって。
「陸上競技には、短距離と長距離、それからフィールド競技があるんだけど、どこ希望?」
「長距離です!」
勢い良く日向妃菜。だから何も言っ――
「とりあえず、入部届書いてね」
どこからか取り出した紙とペンを渡す藤井部長。陸上競技部は皆、人の話を聞かないの?
「私が書いておくよ」
笑顔でペンを握る日向妃菜。もう勘弁して⋯⋯
「もし、入部を迷ってるんだったら、見るだけでも良いからさ」
藤井部長からの思わぬ助け舟。
私は全力で首を縦に振る。こら、残念そうな顔でこっちを見ないで。
「ここが陸上競技部のグラウンドだよ」
校舎から少し離れた場所にあるグラウンドは、何と言うか⋯⋯緑が生い茂り、良く言えば、自然観溢れる風景になっていた。
「荒れてるって思った?」
すかさず藤井部長。だから私の心読んだの?
「仕方ないんだよね。部員全員で10人もいないし」
時間帯からウォーミングアップをしているが、人数的に物足りない。そこまで力を入れていない事が分る。
「もう少し入部してくれる生徒が居ればね」
藤井部長がこちらを見ながらボヤいた。無視、無視。
とりあえず、と藤井部長。
「帰宅時間は皆マチマチだし、休みたい時に休めば良いよ」
「それに、今は仮入部みたいな感じでいけば良いからさ」
そこまで言ってくださるのであれば仕方ない。
内心シメシメと思いながらペンを走らせた。
「長距離希望だったよね?」
恐らく、日向妃菜を言った事を真に受けているのであろう。⋯⋯その通りだけど⋯⋯
「長距離は私含めて4人になるね」
部長、日向妃菜、高橋心和、それから私か。部活動としては、若干少ない気がする。
「とりあえず、今日は見てきなよ。好きな時に帰って良いから」
部長から鶴の一言を頂き、グラウンドに設置されているベンチに腰掛け、部活の様子を何の気なしに眺めた。
グラウンドを走っているのは4人くらいか。恐らく短距離を選んだ部員であろう。それと、テントで涼んでいる部員が一人――多分マネージャーかな。
長距離もさっきロードに行くと言っていたし――日向妃菜も一緒に。
いざ、部活動を見学するにしても退屈過ぎる。
帰ろうかな、と立ち上がった瞬間――
「おい」
いきなり後ろから声をかけられた。めちゃくちゃビックリした。
サングラスをかけた見るからに鍛えられた身体の男性で、どこか無愛想さを感じさせた。
「陸上競技のグラウンドはあそこか?」
さっきまで私が見ていた場所を指差す男性。
私が頷くと、無言で歩き出した。
少しはお礼とか言えないのかと思わずにはいられなかったが、口には出せない、どこか威圧感のような雰囲気を感じた。
いい加減お尻が痛くなったし、さっきの人と不要な関わりを持ちたくはないので、逃げ帰るように立ち去った。不穏な空気を感じたし。
まぁ、後は幽霊部員みたいな感じで居れば良いしね。
第3章は、主人公が陸上競技部に「仮」入部した話となります。
第4章からは、部活動の話メインで進む予定です。