1章
私の処女作です。
更新は⋯するかもしれないし、しないかもしれないし⋯
少しでも興味を引いていただけたら幸いです。
あぁ⋯また夢を見た。暗い闇の中、ゴールテープが見えない濃霧の中をもがき苦しみながら進む夢。光すら届かないロードを、前へ後ろへ迷いながら走り続ける――そんな悪夢。
これは2度寝確定だな。せっかくなら、もっと目覚めの良い夢を見ないと⋯
どんな夢が良いかな?友達とショッピングに出かける夢?可愛い服を買いに行く夢⋯
「君乃!いい加減起きなさい!!」
私の慎ましやかな作戦は、母さんの怒号で呆気なく無に帰した。クソぉ、あともう少しで眠れそうだったのに。
⋯それにしても、朝から大変元気な事で。まるで、子グマを必死に守る親グマみたいだ。
そんな私の考えを知ってか知らないか、親グマ―母さんは呆れ顔で続けた。
「あんたはもう⋯もうすぐ高校生になるんでしょ?いつまでこんな自堕落な生活してるの!?」
部屋の時計に目をやると、午前7時過ぎを指している。そこまで慌てる時間でもない。
そんなに怒ったら、綺麗な顔が台無しだよ。
私がベッドとこんにちはしながら、精一杯に放ったお世辞に母さんは背中に張り手で応えた。痛い。暴力反対だ。
背中を擦りながら、洗面所に向かい、顔と髪を洗ってから、歯を磨き、髪をドライヤーで乾かす。小学生の頃からのこの順番だ。
ヘアスタイルも小学生の頃からショートボブにしている。そこまで手入れに時間もかからないので気に入っている。⋯それに結構可愛いし。
お次は朝ごはん⋯と言いたい所だが、少し時間が押しているので、今日は軽食を摂ろう。
⋯冷蔵庫にエネルギーゼリーあったかな?そんな事を考えつつ、パジャマからランニングウェアに着替える。中学時代から代わり映えの無いランニングウェアを身にまとい、冷蔵庫を開ける。
しかし、第2次成長期とは良く言ったものだ。成長期に達したはずだが、身長も伸びやしないし、胸も大きくならない。……まぁ、胸の事は仕方ないか。
お、エネルギーゼリー発見。それに、スポーツドリンクも。リビングの冷蔵庫からお目当ての物を回収し、口に運ぶ。
正直、味は気にしていない。美味しかろうが美味しくなかろうが、栄養を補給出来ればそれで良い。
さて、栄養補給と軽い水分補給もしたし、ストレッチもした。今日は、どこへランニングするか―そんな事を考えつつ、走り出す。
これが私―若奈君乃の朝のルーティンである。
今日は桜並木のある公園まで走ろう。季節的にもきっと桜が咲いている時期だし。
考えながらも、足を進める。途中、アップダウンのある道を1キロ5から6分ペースで走っていく。
別に本番前のウォーミングアップと言う訳ではないから、もっと遅いスピードでも良いのだが、何分クセであるから仕方ない。
そんな事を考えていると、あっという間に公園に着いた。
腕時計のストップウォッチを見ると、26分21秒、22秒……1キロ平均5分ちょっとと言った所か。確かに、少し速いペースで走っている。
帰りは1キロ6分から7分ペースに落とすか⋯帰りの事を考えつつ、ストレッチを始めた。
それにしても、朝の公園は気持ちが晴れやかになる。健康目的のためか、ジョギングに勤しむ青年、仲睦まじやかに歩いている老夫婦⋯あ、あっちには、はしゃいでいる犬と懸命にリードを持っている男の人⋯それから、木に突進している女の人
⋯木に突進している女の人!?
私は思わず2度見をした⋯いや、だって、意味分かんないんだもん。
意味不明な⋯いや、ホント意味不明だな―行動をしている女をストレッチしながらチラ見した。
年は私と同じ15歳くらい。身長は女性の平均よりも10センチ位高いくらいか。ショートヘア。スポーツウェアを着ているあたり、ウォーミングアップか、日頃からこの公園を利用してそう。胸は⋯ムカつく事に結構デカい。多分、Dカップはありそう。⋯少し悲しい。
―あ、気づかれたかも。意味不明女はこっちをジッと見つめ、私はサッと目を逸らした。意味不明な行動をしているんだ。絡まれたらタダでは済まない―
私は何も見ていません。私は知り合いなんかじゃございません。だからどうか、声をかけないで⋯
懸命な願いを聞き入れてくれたのか、女は怪訝な顔をしつつ、また木にタックルし始めた。
神様ありがとう⋯今まで神の存在に否定的だったけど、ちょっとだけ神様を信じてみようかな⋯
私が信仰の決意を固めたその時、いきなり耳に生暖かい吐息を感じた。
―フヒャアっ!!
何だこれは、何なんだ。一体全体何なんだ。不意をつかれた。いや、知らない女性に対して失礼では?あーもう、意味分かんない―
私の妙に火照った顔を尻目に、さっきの女は楽しそうに笑った。
「アハハハっ!!フヒャアっだって!!」
私の事は気にかけない素振りでさっきの木にタックル女は声をかけた。
「いやーごめん、ごめん。さっきまで私の事見てるし、何かあったのかなーって思って」
私はムカつき半分に、耳に残った違和感を手で払い除けた。
「それで、どうしたの?ずっと私の事見てたけど⋯」
続けて女。少しくらい私の言う事を待ってほしい。
えっと⋯何してるのかなーって⋯
「あー、さっきの?木にタックルしてたの」
いや、見れば分る。もう少し具体的に話していただきたい。
えっと⋯どんな理由かなーって⋯
私の必死に言葉を捻り出した日常会話的な?問いかけに彼女は答えた。
「あー、スタートダッシュの練習だよ。」
スタートダッシュ?練習としてはあんまり意味ないんじゃ⋯
「マジで?!あー、また意味のない練習してた⋯」
うなだれる女を尻目に私はふと気になった事を聞いた。
あの⋯どうしてスタートダッシュの練習しているの?
「私、もうすぐ高校生になるんだけど、陸上競技部に入ろうと思って。」
⋯ほうほう、なんで?
私の頭に掲げられたハテナマークは消えない。
すると、女は続けた。
「んーと、陸上競技部に入るからには、大会に出るわけじゃん?1位になりたいじゃん?だからだよ!」
聞く人100人中100人が聞き返したくなるおバカ回答を爽やかな顔で言い放った。
んーと、陸上競技部に入る予定で、大会で上位に入るために、まずは良いスタートダッシュが切れるようになりたいと⋯そう言う事かな?
私の懸命な回答に女はそうそうと頷いた。
そういえば、陸上競技部のどの距離を走りたいの?短距離?長距離?
見るからに、女子にしてはガタイが良い方だ。―多分、いや恐らく短距離だろう。
「あー、長距離。」
はい、残念でした。案外、人は見かけに寄らない事が判明した。
しかし、長距離選手はスタートダッシュの練習なんかしないし、そもそも練習方法を間違えている。なんだろ⋯この子少し、いや大分おかしいぞ。
「んー、ネットで調べたのが良くなかったのかなぁ?」
また意味不明な事を呟いたぞ、この女。
私は聞かなかった事にして、再び走り始めた。さっさと帰ってダウンしてしまいたい。
「あー、ちょっと!」
女が話しかけてきた。もー、さっさとこの女からおさらばしたいのに⋯
「君、名前は?」
この野郎、言うに事欠いて私の名前を聞くとは⋯
個人的に人に名前を教えたく無いんだけど⋯まぁ、もう二度と出会う事はないし⋯
若奈君乃だよ。貴女の名前は?
「妃菜。私、日向妃菜っ!」
この野郎―日向妃菜は満足げに答えた。
これが、私、若奈君乃と日向妃菜との出会いである。
―言っておくけど、金輪際出会わないよ?そう思った矢先。
「よろしくね!君乃!」
彼女は笑顔で答えたのだった。