56.同盟結成
陽葵さんと羽衣は、初対面では無かったのだ。
これは、文化祭当日の朝の出来事である。
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「おはようございます」
「おぅ、詩季にぃおはよう!」
朝起きて、リビングに移動すると、既に羽衣が起きていた。
「朝から元気だな。時差ボケとかないん?」
「えっへん。そう言うのは、向こうが合わせる物なので!」
「意味わからないんだけど?」
時差が、自分に合わせるなんて意味不明な事を言ってる時点で、羽衣は今日も絶好調という事なので安心しておく。
「へいへい、詩季にぃさん。髪やったげるからここ座って」
悩みどころだった。
いつも通りなら、この後に家に来る陽葵さんに髪をお願いする所だ。
だけど、妹にお願いすると言うのもありだと思う僕もいる訳でして。
髪のセットに関して、陽葵さんから羽衣に浮気しようかしないかの狭間にいるのだ。
「ほれ、早く座る」
仕方がない。
久しぶりに日本に帰ってきた羽衣からのご好意だ。
大人しくご享受するのが、兄としての役割だろう。
と言う謎理論を唱えながら、妹に髪をお願いするべく椅子に座った。
いつもは、陽葵さんのブラシを使ってくれているが、今日は、羽衣のブラシを使うようだ。
「へいへい、旦那。ご所望の髪型は、ありまっか?」
羽衣は、ご機嫌に髪型の注文を伺ってきた。口調に関しては、突っ込まない。
突っ込んでしまえば、羽衣のペースになる事を経験から学んでいる。
「画面通りの髪型にして」
スマホの画面で、何時も陽葵さんにして貰っている髪型を見せる。
「へぇ〜〜詩季にぃさんが自撮りを保管してるなんて珍しいじゃん」
「これは、友人が撮影したのを送って来たんですよ」
羽衣に見せた写真は、陽葵さんが、僕の髪をセットし終えて満足した時に撮影して送ってきたものだ。
「ふぅ〜〜ん。この撮影主さんが、何時も旦那の髪をたぶらかしてる人ですかぁ〜〜」
「こらこら、言い方!」
「私も負けないからぁ〜〜」
羽衣に、髪のセットをお願いしていると、定時になった。
この定時は、陽葵さんが家に着く時間だ。
ピンポーン♪
インターホンが鳴り、祖父母のどちらかが招き入れたのだろう。
「おはよう〜〜詩季くん!」
陽葵さんが、家に到着したようでリビングに入ってきた。
「えっ、詩季くん。何で、私以外の女の子に髪してもらってるの?――そこ変わって!」
普通、初対面の女の子がいた場合は、知らない女の子の方に注目が行って、僕が陽葵さんに、妹だから勘違いしないでと説明するお約束パターンが崩されてしまった。
と言うか、髪の方向に注目が行くとは、誰が予想出来ただろうか。
陽葵さんは、羽衣に体当たりをして僕の頭を確保した。
「詩季くんの頭は、私がするの!」
陽葵さんは、カバンから僕の髪を解く用のブラシを取り出そうとした時に、羽衣も動き出した。
「今日は、私!」
羽衣が、陽葵さんにお返しの体当たりをお見舞いして、僕の頭を奪還した。
「んもぉ〜〜、詩季くん。その子誰?」
やっと、陽葵さんは羽衣の事を認識したようで、僕に、羽衣の事を聞いてきた。
「僕の妹だよ。妹の羽衣!」
「羽衣ちゃん?」
陽葵さんは、僕と羽衣の顔を交互に見て納得した表情を見せた。
「確かに、似てる!」
陽葵さんは、羽衣の近くに歩み寄って手を出した。
「私、西原陽葵って言います。詳しい事は、詩季くんから聞いてるかな?」
「はい。詳しい事は、詩季にぃさんから聞いています。白村羽衣と言います」
2人は、喧嘩すること無く握手を交わしていた。
「それでぇ〜〜詩季にぃ。私が、イギリスに居る間に、いい出会いがあったとは聞いてたけど、もしかして、この可愛い女の子?どうやら、毎日、髪やってもらっているみたいだし?」
羽衣は、自然と僕の髪をやる席を陽葵さんに譲っていた。こっちの方が、面白いと思ったのか、僕の目の前に立って顔を除き混んできた。
「……黙秘権を行使――」
「ダメ!」
とことん僕は、妹に弱いのだろう。
陽葵さんを始めとして沢山の良い出会いが有ったという事を改めて話した。
しかし、羽衣は、僕の返事が気に入らなかったのか、僕の髪を結い終えた陽葵さんと話し出していた。
「ねぇ、詩季にぃさんとどんな感じなん?そう言う方向で見てるんでしょ?」
「うん。頑張ってアピールするんだけど、軽く流されてる……」
「解る!」
何だか、羽衣と陽葵さんが意気投合しているように見える。
羽衣が言っていた、僕をそう言う方向で見ているは、どう言う意味なのかは、解らない。
知りたいと思うが、知らなくてもよいと何処かしらからか警告をされている気がするので、取り敢えず流しておく方がいいだろう。
「では、詩季くん同盟結成だね!」
「そうやな!詩季にぃを傷つけたら許さないで?」
「解ってる!」
またも変な同盟が結成されている。
校外学習の6人班のメッセージアプリのグループ名が、「詩季くん同好会!」になっていたり、羽衣と陽葵さんは、「詩季くん同盟」が結成されていた。
何だかんだ、羽衣と陽葵さんが仲良くなってくれたのは嬉しい。
2人は、連絡先を交換していた。
2人が話していると、僕は、学校に行かないといけない時間になったので、僕と陽葵さんは家を出ることにする。
羽衣は、母親と合流して学校に来るみたいだ。
「じゃ、詩季にぃまたねぇ~~」
家を出る時に、羽衣からそう言われた。




