306.内通者
話は戻り、しずかが未来創造に交渉のアポイントを取る前。
〇〇〇
「春乃さん。今回は怒らないんだね」
「そりゃ、完全なお仕事の日ですからね。怒るに怒れません」
ホテルでの最終的な意思確認を終えてから春樹さんの車で、個室経営の料亭にやって来た。
「清孝さんとの食事で何回か使ってるけど、慣れないね」
「それは私も。だけど、こう言ったお店は店員さんの口も硬いからね。そう言った筋の人がよく来るからね」
和食のコース。1人辺り8000円(税抜)を3人分注文している。
「ねぇ、私もいいの?本来なら、食べたらダメなんだけど?」
「いいよ。黙ってりゃバレないんだし。春乃の分は、僕の自腹にすればいい」
本来、従者の春乃は、僕と相手の食事をしながらの会談の際は、食事をせずに傍に居るだけなのだ。
だから、僕の隣に座って一緒に食事を取ることに緊張を覚えているのだ。
「今回の食事の相手は、春乃もそうだし僕も知り合いだからね」
コン♪コン♪
「はい」
「お連れ様が到着しました」
「入れてください」
料亭の女将さんがお話の相手を連れてきてくれた。
個室の引き戸が開けられて呼び出された人が入って来た。
「お疲れ様です。水本るか巡査」
「春乃さんから聞いていたけど、本当に、黒宮家の人なんだね」
料亭にやって来たのは、井本警部補の部下として僕の轢き逃げ事件の捜査をしている女性警察官だ。
水本さんは、向かい側に座った。
それと同じタイミングで、女将さんが注文していたメニューを持ってきてくれた。
「高そうだね」
「税抜8000円ですよ」
「……高いね」
「ご安心ください。お代はこっちで持ちますので」
「いや、私が払う。流石に、被害者に奢って貰うと後々面倒になりそうだからね」
これで、今回の食事会は友人3人がそれぞれ割り勘で支払うただの食事会になった。
「それで、何で黒宮の協力者になったんですか?」
最終的に春乃さんに捜査状況を提供していた大元の人物は、水本さんだ。
「私、結婚して苗字変わったけど、旧姓は松本なんだよ」
「あぁ〜〜納得です。松本優花さんのお姉様ですか?」
「そそ。元々が、黒宮家に長年仕える従者の家系なの」
「つまりは、従者間の食事会でも面識あったんですね」
「そゆこと」
春乃さんが捜査状況とかの情報を仕入れて来る場面は、電話か月に1度の従者間の食事会だった。
「僕達も5月1日に動きますね」
「私達と同じ日に動くんだ」
「この情報は共有しといた方がいいでしょ?」
情報を共有していたとしても少しは驚いて貰わないと井本さんに怪しまれかねない。
それに、イレギュラーでミスをされても困るからだ。
「それに、5月1日にしたのには理由がありますよ」
「それはなに?」
「捜査協力ですよ」
捜査協力と言うのは建前的な意味合いが強い。
本当の目的は、自分達の過去との決別だ。
「未来創造としてはうちとの交渉は、どんな事よりも最優先事項でしょうから幹部連中は勢揃いしますよ」
「あぁ〜〜なるほど。交渉と称して幹部連中を足止めするんだね」
全てを言わずとも、水本さんは意図を理解してくれた。
「でも、こんだけ黒宮家を利用したとなると……?」
「黒宮家には入ります。ただ、当主にはなるつもりはありません。当主にしたい人は居ます」
「わがままだね」
「そりゃ、黒宮と復縁したからと言って清孝さんの思い通りに動きませんよ」
「堅物〜〜」
3人で、注文したご飯を食べていく。
「ねぇ、正直な感想言っていい?」
「多分、3人が思っている事は同じだと思いますよ」
「「面白くなってきた!!」」
考えていることは同じだったのか、僕と水本さんは同じことを言った。
「あれ?春乃ちゃんは、面白くない感じ?」
「……面白いですよ」
自分を子どもとして見てくれなかった、父親に対しての最大限の仕返しを慣行しようとしている僕。
そのために、利用できるものは利用してきた。
その代償は将来的に支払っていくことになるだろう。
「最後の詰めといきましょうか」
「私達は、11時に未来創造に行くつもり」
「なら、僕達は10時には行っていますね」
「捜査協力感謝する」
「こちらこそ。ご協力ありがとうございます」




