278.罪
僕は電話で桜さんを呼んだ。
葉月さんからの申し出は仮の話だが、
僕への損害賠償は犯人にしてもらうとして、犯人の家族である葉月さんには、治療費を払って貰いたかった。
桜さんは、家の用事を済ませて1時間位で来てくれた。
陽葵は居ない。
陽葵が来てしまうと、少々、ややこしくなると思ったから同時に羽衣にも連絡して陽葵を遊びに誘ってもらった。
「桜さん。急にお呼びだてして申し訳ありません」
座りながら謝罪をする。
この謝罪の仕方は、僕の親しい間柄の人達では暗黙の了解だ。
謝罪は、本来立って行わないといけないが、僕の脚の状態を知っている人達は、座った状態でするように言ってくれたので、この形が定着した。
「いいよ。それと、言われた物は持ってきたよ」
母さんは、僕の隣から立ち上がって椅子を持ってきて後方に座った。
「葉月さん。こちらは、西原桜さんです」
「はじめまして。西原桜と申します。詩季くんとは、娘の恋人であり息子と仲良くして頂いております」
「はじめまして。高梨葉月と申します。隣に座る琴葉の母です」
もしかしたら、この後は殺伐とする可能性がある。
僕が被害者という立ち位置なら桜さんも被害者の保護者という立ち位置だろう。
確かに、ボールを取りに周りを確認せずに飛び出した陽菜ちゃんに、監督を怠った桜さんに非もあるだろう。
しかし、逃げたという点では被害者なのだ。
「詩季くん。君に言われた通りに、君の治療費を私達が支払った分の領収書持ってきたけど」
「桜さん。落ち着いて聞いてくださいね」
「う、うん」
桜さんは、冷静に物事を判断出来る人だ。
だから、大丈夫だと思う。
だけど、この場に陽葵や陽翔が居ればどうなるだろうか。
大荒れする可能性がある。
「警察の結論が出てはいません。しかし、現状、出てきた証拠諸々を総合すると、ここに居る高梨葉月さんの旦那さんである高梨誠さんが僕を轢き逃げした犯人。つまりは、陽菜ちゃんを轢き逃げしたかもしれない可能性が出て来ました」
「そう」
桜さんは、僕からの話を聞いて数回頷いた。
「あ、あの。先程、詩季くんが言った通り、警察の判断が出ていない中ではありますが、私どもの家族が西原さん一家にご迷惑をおかけした可能性があります。申し訳ありませんでした」
葉月さんが、深く頭を下げた。
「その件に関しては、子どもの監督を怠った私達にも責任はあります。それに、詩季くんが助けてくれましたので、深く追求するつもりもありません」
「は、はい」
「それで、詩季くんは何の話し合いで私を呼んだの?」
お2人間での話し合いは終わったようで、僕にボールが投げられた。
「葉月さんは、僕の治療費をお支払いしたいとの事ですが間違いないですよね?」
「うん」
「僕の入院に関する治療費は、西原家が支払っています。西原さんにお支払いをお願いしたいです。警察が事件の結論を出しましたらですが」
桜さんは持って来ていた領収書のコピーを葉月さんに手渡していた。
「解りました。結論が出るまでに再就職先を見つけてお支払いを開始したいと思います」
葉月さんは、桜さんから受け取った領収書のコピーを受け取って手帳にしまった。
「葉月さん。母さんの働いている会社で働きませんか?」
「そ、それは、スワングループ?」
「違います。スワングループには黒宮直経営の企業から出向という形を取っています。その出向元の会社です」
「ほ、本当にいいの?」
葉月さんは驚いた表情をしている。
葉月さん自身、再就職に関しては相当な苦労をすると思っていたのだろう。
「僕の治療費に関して……最初は桜さんの持っている領収書が全額だと思っていました」
「ち、違うの?」
「黒宮家が8割ほどを負担していたみたいです」
「そ、そうなんだ……」
僕の入院費は、長期間の入院が影響もしているのか少々高くなっている。
「それで、黒宮家当主の方と話して、母さんの下で働くことで黒宮家分への支払いを免除にしてくれるそうです」
「そ、そうなんだ」
「まぁ、本音としては、母さんが働く上で気の知れた人が隣に居ればと思いまして」
葉月さんは母さんの方向を向いた。
「……いいの?」
ある種の因縁もある2人だ。
「……だってさぁ、葉月。かなり、げっそり瘦せたでしょ?それだけで、相応の罰は受けたでしょ?詩季の入院を黙っていたのは許せない。だけど、相応の罰は受けたよ」
母さんの言う通り、葉月さんはやつれているように見える。
この数か月間本当に苦しんでいたのだろう。
「……お願いします」
葉月さんは母さんに頭を下げた。
「琴葉さん」
「……え?」
「勘違いは無しですが、僕の恋人は陽葵です。友人として以前のように下の名前で呼ぶだけです。前も言いましたが、琴葉さんは悪くありません。自分自身に罪を感じる必要はありませんよ」
「で、でも、私の行いが原因で……」
「その時は怒りましたね。だけど、水に流しましょう。葉月さんのサポートできるのは、琴葉さんだけですよ」




