275.申し訳ない
3月初旬のある日。
「お電話ありがとうございます。株式会社未来創造、総合受付です」
私は休憩がてら、会社の総合受付に寄った。
親しくしてくれている受付嬢をランチに誘いたいからだ。
誘おうとしたら丁度連絡が来たらしい。
娘の琴葉は、学校では幼馴染の大海くんと莉緒ちゃんと距離を取り出したようだ。
そして、しずかから家を追い出された聡が会社の休憩室を占拠している。
いよいよ大変な事になりそうだ。
警察の捜査によっては、旦那の誠が逮捕されるだろう。
轢き逃げの上証拠隠滅を測ろうとしているのは目に見えている。
後は、何とかして誠を警察に自首させるか。
安易に自首を勧める事は出来ない。
琴葉に危害が及ぶかもしれないからだ。
詩季くんからも言われた。
犯罪を隠している以上バレた際には、家族であっても何をしでかすかわからないと。
「え、ちょっと待ってくださいね。近くに上の者が居ますので確認します」
「どうしたの?一旦、保留にして!」
受付嬢の子が慌てた様子で電話を保留にした。
表情は、青ざめている。
「け、警察から電話で事故に関しての調査協力の依頼で――」
私は急いで、受話器を耳に当てて保留を解除した。
「お電話変わりました――」
『おや、その声は高梨葉月さんですか?』
「た、確か……」
『白村詩季くんの事件を担当しています、井原と申します』
以前、琴葉が詩季くんの事故に関する情報提供の際にお話してくれた警察の方だ。
「お電話があったという事は……そう言う事ですか?」
『その可能性が高いので捜査に対して協力して頂きたい。こちらとしても強制捜査はしたくはありません。本日、今から伺いますが?』
「分かりました。上層部に警察からの捜査が来る事は伝えます。すみませんが、私は娘を避難させても?」
『わかりました』
強制捜査となれば、娘の身の安全が心配だ。
電話を切って受話器を戻す。
「あなた……この会社を辞めなさい」
「え……」
「言い方間違えた。転職活動しなさい。あなたの年齢なら時間をかけてじっくり転職先を選べば……いい所に転職できると思うから」
仲良くさせてもらっている受付嬢に転職をオススメする。
20代前半の可愛い女の子。
誠や聡とかの上層部は、黒宮家との関係を改善すればいいとだけ考えている。
だけど、スワングループもとい黒宮家がうちを見捨てた理由は、品質ではない。
品質なら10年以上も取引を続けてくれないはずだ。
見捨てられた理由は、この前である程度想像がついた。
旦那である誠が詩季くんをひき逃げした。
そして、詩季くんの両親が事故に遭って大変な状況なのに帰国しなかった。
そこに、私たち家族のいい加減な行いが絡んでしまった。
さらには、詩季くんが轢かれるきっかけは、子供たちだ。
そりゃ、見捨てられるよ。
犯罪を隠す上層部。
自分の子供のピンチに放置する両親。
現状の契約期間満了を持っての取引停止は、子供たちが大学を卒業する年だ。
そこは黒宮家からの温情だと思った。
だけど、その温情にも隠れた条件があったんだと思う。
「そ、それって……」
「ちょっと連絡したいから付いてきて」
「う、うん」
受付嬢と一緒に会社の外に出て公衆電話に入る。
ブー♪
小銭を入れようとしたタイミングでスマホにメッセージが届いた。
『 (白村詩季) お忙しい所すみません。そろそろ、警察が動き出します。琴葉さんと葉月さんには避難をオススメいたします』
『 (白村詩季) URL』
『 (白村詩季) 避難用にこちらでホテル手配しています。セキュリティも万全です』
詩季くんから避難先のホテルを紹介された。
詩季くんは捜査状況を把握しているようで、会社に電話が来たことも含めるとドンピシャのタイミングだ。
それに、URLのホテルはかなりのいい所だ。
詩季くんのバックには確実に黒宮家が居る。
娘を守るためには、頼るしかない。
公衆電話にコインを入れて琴葉に連絡を入れる。
あぁ。
本当なら倖白くんにもこういう事をしてあげないといけなかったのだ。
私の娘のためにわがままを言って日本での保護者を名乗り出たのに。
倖白くんにはしなくて琴葉にはする。
『もしもし?』
非通知での電話に琴葉が警戒しながら出た。
「琴葉。私」
『お母さん?!どうしたの、公衆電話から……』
「ちょっと、スマホに履歴残したくなくてね」
『何かあったの?』
琴葉も緊急事態を感じ取ったようだ。
「今日、警察が詩季くんの事故の件で捜査協力が来たの。今からホテル名言うから急いで避難してほしい」
『そ、それなんだけど、私のところに詩季からホテルのURLだけ送られてきた。神戸鳳ホテル』
「そ、そこ。そこに避難して!」
『わ、わかった』
公衆電話を切って受付嬢の子と会った。
「何があったんですか?」
「この会社はそう長くはないと思う。近い内に潰れる可能性の方が高いと思う。だから、潰れる前に転職した方がいいと思う」
「そうですか。でも、私の生活は私が決めますので。私は若くて可愛く見えるので、ギリギリまでは葉月さんと一緒に働いますよ」
私への忠誠心とも言える事を言ってくれた彼女に感謝しかない。
倒産ギリギリまで一緒に働くことのデメリットも解った上での発言だと思うと本当に嬉しく思う。
「会社に戻ろうか。警察が来る準備しないと」
「警察ですか」
「うん。多分、私の旦那の件だと思う」
会社に戻る。
すると、会社のフロアで人だかりが出来ていた。
「拒否する!!」
フロア内に、大きな声が広がっていた。




