270.バレンタインデー
「し、詩季にぃ〜〜」
「何?恋する女の子みたいにモジモジして寒気がするんだけど?」
「ちょっと、酷くない?!」
2月14日のバレンタイン当日の朝。
朝起きて制服に着替えて陽葵のお迎えを待っていると、羽衣がそんな行動を取ってきた。
「それで何か用?」
「ほれ!バレンタインチョコなのだ!」
羽衣は綺麗に包装されたバレンタインチョコを手渡してくれた。
「ありがと」
「本命に近いチョコだかんねぇ〜〜」
「何それ?」
本命に近いチョコという新たなワードが飛び出した。
「だってぇ、兄とは結婚出来無いけど、好きなんだもん!だから本命に近いチョコ!」
「んまぁ、ありがと」
羽衣の解説を聞いても理解出来そうに無いので、素直にチョコを受け取る。
「まぁ、本命チョコは貰えるだろうしねぇ〜〜」
本命チョコ。
陽葵から貰えると嬉しいな。
お付き合いしている訳だから貰えると思う。思うけど、実際に貰えるまではドキドキだ。
「どうするぅ〜〜陽葵ちゃんの裸体にチョコ――待って、口が滑りました。手刀はおやめ下さい!」
羽衣の言いたい事を陽葵がした場合は、僕の理性が完全に崩壊しかねないので困る。
と言うか、陽葵はそんなことしないと思うけど。
いや、しないよね?
バカ妹が変な入れ知恵していなければ大丈夫か?!
「おはよう」
「あっ陽葵ちゃん。おはよう!」
インターフォンが鳴らなかったが、玄関先の掃除をしていた健じぃに入れてもらったのだろう。
「陽葵ちゃん!友チョコ頂戴!」
「あはは。羽衣ちゃん、正直だねぇ〜〜どうぞ!」
陽葵は、持ってきていた紙袋から小さな包みを渡していた。
「男の子にも渡すのぉ〜〜?」
「瑛太くんにはあげるかな?友チョコね。あとは、お父さんと仕方なく陽翔にも」
仕方なくと言う扱いを受けている陽翔くんを心の中で哀れんでおこう。
まぁ、陽翔くんも好きな女の子から本命チョコを貰えるのだからいいだろう。
「そ、それで……詩季にぃさんには、裸体チョ――」
「羽衣。聞こえてるよ?」
「あわわ、手刀だけはご勘弁を!」
「じゃ、頭グリグリだね」
「いだぁぁい」
本人にまで言うとは思わなかったので、制裁を下す。
と言うか、頭グリグリと伝えたら自分から頭を差し出したので、以外に狙ってされているのかと思ってしまう。
話は戻すけど、陽葵は、僕にチョコをくれる素振りはない。
「静子さん。冷蔵庫お借りしていいですか?」
「いいよ」
陽葵は、キッチンで食器を洗っている静ばぁに許可を貰って冷蔵庫の中にリュックから紙袋ともう1つ持ってきていた紙箱を入れていた。
用意を終えると、僕たちは学校に向かって家を出た。
途中で奈々さんと瑛太くん、そして春乃さんと合流した。
「奈々ちゃん!春乃ちゃん!友チョコあげるのでください!」
羽衣は、家から持ってきたチョコを2人に渡してチョコの交換をしていた。
ちなみに、朝、陽葵にも渡して交換していた。
「おぉ~~いいよぉ~~交換しよ!」
奈々さんは、紙袋からチョコを取り出して羽衣と交換していた。
「はい。羽衣ちゃん」
「ありがとうぅ~~春乃ちゃん!」
春乃ちゃんともチョコを好感していた。
「あっ瑛太さんと言う方に義理中の義理チョコ渡しますね」
「な、なんか、素直にありがとうって言えないんだけど……」
瑛太くんは僕に助けを求めている。
「多分、何時もかっこいい兄がお世話になっているのでチョコを渡します。だけど、私には彼氏が居るので本気にしないでください。という意味だと思いますよ」
「彼女から本命チョコ貰ったし、奈々以外に靡くわけ無いだろ!」
「詩季にぃさん。後半部分は正解だけど、前半部分は美化しすぎじゃない?」
2人から物凄いツッコミを受けてしまった。
「しきやん!友と書いて友チョコあげる」
「ありがと」
奈々さんから貰ったチョコを陽葵が用意してくれた紙袋に入れる。
陽葵からは義理チョコを沢山もらうかもしれないから持っといた方がいいだろうとの事だ。
「詩季くん。私からも。何時もお世話になっています」
「……2つ?」
春乃さんから渡されたのは、シンプルな包装のチョコと綺麗に包装されたチョコの2つだった。
「シンプルな方は私から。綺麗に包装されているのはお母さんから」
なるほど、春乃さんのお母さんから「娘がいつもお世話になっています」と言う意味合いのチョコか。
「ありがとうございます。そっちも、頑張ってくださいね?」
「……ばぁ〜か!」
春乃さんは、それだけを言うと奈々さんの隣に帰って行った。
そこから学校まで一緒に登校して、陽翔くんに渡すチョコを羽衣から受け取って、教室に移動した。
陽翔くんは既に学校に到着していた。
「おはよ。面白いお兄さん」
「んだよ。気味悪いな」
「ほれ。羽衣が。僕がいつもお世話になってます的なチョコ」
「お、おう。ありがとな」
教室に入った時からそうだが、陽翔くんは春乃さんをチラチラと見ている。
これは、本命の女の子から義理でもいいからチョコを貰えないかと期待しているのだろう。
「へい!陽翔の旦那ァ。義理だよぉ〜ん。今、渡しとかんと、感謝の心が薄れそうだからねぇ〜〜」
「言っている意味解らんが、あ、ありがとう」
奈々さんの言うことには納得だ。
今、渡しておかないと、最後ので上書きされかねない。と言うか、今しか渡すタイミングは無い。
「は、陽翔くん。放課後、時間ある?」
「う、うん」
さぁ、春乃さん。
(頑張れ!)
心の中でそうつぶやく。
関係性を動かす決心をした春乃さん。
彼女自身が自ら動く前提で策を授けた。
後は、彼女がどう動くかの問題だ。




