207.帰る
「帰る準備は、今からするんだよ……羽衣?」
「わかってるよぉ~~」
「そう言って、明日の帰るタイミングでバタバタするんでしょう?」
「しないもん!」
正式に、明日に僕と羽衣は、母方の祖父母……僕たちの家に帰ることになった。
帰宅の準備をする際に、バタバタしないように羽衣は母さんから釘を刺されていた。ここに、来る際の準備でもてんやわんやしていた。
「詩季、よろしくね。このじゃじゃ姫」
「わかりました。厳しく見ておきます」
「詩季にぃまでぇ~~」
そう言うと、母さんは黒宮本邸から春樹さんが運転する車に乗り込んで、一足早く家に帰って行った。
家で、僕たちが帰る準備をしてくれるようだ。
「さぁ、帰る準備しますよ」
「うん」
部屋に戻って、帰宅準備を進めていく。
僕と羽衣共々準備がほとんど終わってきた。
コン♪コン♪コン♪
「はい?」
部屋の扉をノックする音が聞こえたので招き入れると春乃さんだった。
「どうしたんですか?」
「清孝様と誠子様が、2人と会いたいと」
「わかりました」
清孝さんが会いたい理由は、恐らくは今日の話し合いの件だろうと思う。
春乃さんについて行き、清孝さんの執務室ではなく、清孝さんと誠子さんの部屋に案内された。
「どうして、お部屋に?執務室ではなく?」
「はい。お2人が、お部屋で会いたいと仰せです」
コン♪コン♪コン♪
「失礼します。詩季様と羽衣様をお連れしました」
「どぉ〜ぞぉ〜入って!」
誠子さんから許可が出た事で僕と羽衣は部屋に入る。春乃は、僕たちの入室を確認するとここから離れる足音がした。
「帰る準備の中呼んで、ごめんねぇ〜〜」
「いえ、こちらこそ1週間お世話になりましたし」
誠子さんが話しかけてくれるが、清孝さんは大人しい。今日の会議の話を聞くなら清孝さんがメインで話すと思っていたのだが。
「あの、用件は今日の話し合いに関してですよね?」
ここは、僕から話題を切り出すべきだと判断した。
「いやいや、その件は春樹くんやしずかさんから聞いているから大丈夫」
「……では、どのような用事で呼ばれたのでしょうか?」
これで、僕が呼ばれた理由がわからなくなった。
「ただ、孫達と遊びたかったの。せっかく、1週間もお泊まりしてくれたのに、何も遊べたり出来なかったからね。この人なんて、緊張しまくってついつい、黒宮の当主モードになるんだから」
なるほど。
清孝さんがここまで黙っていたのは、緊張していたからなのか。にしても、この人の緊張は、意味合いを計らないと大変な目に遭うだろう。
「ささ、お菓子も用意したから食べましょう!」
誠子さんが机の上に、沢山のお菓子を置いてくれた。
僕達の年代の好みのお菓子を僕達の方に、2人の好みのお菓子を自分達の方に置いていた。
「ささ、遠慮なく食べていいよ」
「ありがとうございます!……おいしいぃ〜〜」
羽衣も1週間も居れば慣れてきたようで、目の前にある高そうなお菓子を摘んで食べだした。
本当に美味しいのだろう、羽衣の頬っぺたはとろけている。
「美味しいですね!」
僕も食べたが、やはりいいお菓子だからだろうか、本当に美味しい。
「そうでしょ?この人が、選んだんだよ」
「ありがとうございます。清孝さん」
「ありがとうございます!」
「……お、おう」
「もう、あなたたらぁ〜〜せっかく、孫がお礼言ってくれているのに、そんなに固くなってどうするの!」
2人のプライベートでの関係性がよく分かる。清孝さんは、誠子さんの尻に敷かれている。
そこからは、清孝さんの緊張もほぐれた事もあり、4人で楽しくお話をした。
翌朝、起きてから春乃さんにお願いして掃除機などの掃除器具をお借りして、お借りした部屋の掃除を行う。
掃除とかは、本邸に勤務する方が行うと言われたが、お世話になった礼として行いたいと言った。
「準備出来た?」
母さんが、迎えに来た。
「出来てるよ!」
「珍しく、羽衣が頑張ったので、昨日のうちに終わりました」
「んなぁ〜〜詩季にぃさんの意地悪〜〜」
母さんの後方では、春乃さんがキャリーケースを持ち出していた。
春乃さんも、僕達が乗る車に同乗して帰る事になっている。
「春乃さん」
「詩季く……詩季様!」
多分、春乃さんも自分の家に戻る事が楽しみなのだろう。ここでの呼び方を間違い掛けていた。
「1週間ありがとうございました。顔馴染みが居てくれたお陰で、何とか過ごせたと思います」
「ううん。私は、私の仕事をしただけだから」
「これでやっと、陽翔くんにアピールできますね?」
こう言うと、春乃さんの口が引き攣った。
僕とも大分仲良くなった春乃さんは、馬鹿正直な言動をとる事も増えてきた。
「あれ?手刀したいけど!出来ませんか?そりゃ、ここでは、僕が主人ですからねぇ〜〜」
「むむむ、プライベートモードになった時、覚えててよ?」
僕が春乃さんにふざけているのは、色々な意味もある。
主従の関係だが、その主従に囚われた関係に落ち着きたくないので、ふざけている面もある。それに、素の春乃さんの方がいい笑顔なのだ。
この笑顔を失わせてしまえば、陽翔くんに怒られる事は間違いない。
「詩季様、お荷物運んでもよろしいですか?」
「はい。羽衣の分もお願いしてもいいですか?」
「かしこまりました」
春樹さんが、僕と羽衣の荷物を車に運んでくれる。
僕たちは、本邸の玄関に歩いていく。
「詩季さん!」
「これは、真司郎くん」
恋愛相談を受けた、真司郎くんが待っていてくれた。
「表情が明るいですね。いい事でもありましたか?」
「はい。幼馴染の2人と話しました。それで、和解する事が出来ました」
「それは、良かったですね」
僕は、プライベート用のスマホを取り出した。
「真司郎くん。プライベート用のスマホでも連絡先を交換しましょう。さすれば、検閲されずに、恋愛相談できますよ?」
「あはは、何言っているんですか詩季さん。でも、交換しましょう」
真司郎くんと連絡先を交換した。
黒宮家支給のスマホには、真司郎くんの連絡先はある。だけど、プライベートでも彼とは話したいと思ったのだ。
「剣くんもまた会う時ですね」
「はい。詩季さんと競い合えるように頑張ります。ライバルとして認識しています」
ライバルか。
これまた、大きな期待だと思う。
「では、1週間お世話になりました」
本邸を出て車に向かって歩いていく。
車の前に着くと、清孝さんと誠子さんが待っていた。
「わざわざ、ここまでお見送りに来て下さりありがとうございます!」
母さんが、2人にお礼を言った。
それに、合わせて僕と羽衣も一礼する。
「そんなに、かしこまらなくていいよ。この人が、言い出したんだから」
誠子さんが、そう言うと、清孝さんは僕と羽衣の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「またな」
清孝さんは、一言そう言うと離れた。
「清孝さん。またです!」
「また、お菓子期待しています!」
僕と羽衣は、そう言って車に乗り込んだ。
「では、出発します」
車は、家に向けて出発したのだ。




