150.ズル
「今頃、詩季、陽葵にホテルで振り回されてるかな?」
駅で、電車を待つ間、先に口を開いたのは、陽翔くんだった。
話題は、今日、ホテルでお泊まりする事になった詩季くんと陽葵さんだ。
何だか、2人でお泊まりする事に抵抗感と言うか、両想い同士初のお泊まりにあるであろう緊張が無かった。
「ねぇ、質問に質問で返して悪いんだけど……」
「どうした?」
話題が変わった事もあり、陽翔くんとの空気は、何時通り(何時も通り)になったと思う。
「詩季くんと陽葵ちゃんって、2人でお泊まりするの今回が初めて?何か、前回も経験があるように、スムーズに話が進んでたけど……陽翔くんのお母さんも、すんなり、OKしてたし」
「はぁ〜〜珍しく、詩季が、ボロ出したな。こればっかりは、2人が演技しなかったのが悪い」
誘い方からして不自然だった。
陽翔くんに聞いたら、「2人が悪いから話す」と悪い顔になっていた。
普段のクールな印象の陽翔くんが、こんな表情をするのだから意外な一面を見られて嬉しいとも思った。
「うん。お盆前にな。詩季の祖父母……母方の方な!」
「大丈夫だよ。うふふ」
あわてて訂正してくる陽翔くんは、面白かったので、苦笑いしてしまう。
「詩季の祖父母が、旅行に行く事になって、最初は、家に泊まる予定だったけど、2人で出掛けたかったみたいでな」
陽翔くんから聞いた所によると、詩季くんは、陽葵ちゃんとデートに行こうとする。
しかし、詩季くんの脚とか、色々な要素が絡み合って、お出掛けは、ダメとなった。
その代替案として出されたのが、旅行期間中の2人のお泊まりだそうだ。
1日目こそ、1番下の妹さんの我儘もあり3人だったが、2日目は、2人きりだったようだ。
そりゃ、緊張せずに、スムーズに誘う訳だ。
「でもな、2人きりを除くと、中間テストがあった辺りだったと思うけど、陽葵が詩季のお家で寝落ちしてのお泊まりもあったな」
納得しているのもつかの間、とんでもない情報が流された。
つまりは、最初は、保護者同伴のお泊まりに始まって2人きりのお泊まりをして、今回は、ホテルでお泊まり。
もう、両家公認で付き合っていると言われても信じてしまうぐらいには、色々なイベントが起こっている。
それでいて、詩季くんは、陽葵さんの事が好きだと自覚したのは最近だと言うのだから、詩季くんの鈍感は、大罪だと思うし、陽葵ちゃんもよく諦めなかった…………というか、恋の暴走機関車と鈍感堅物男は、いいコンビだったのかもしれない。
そして、鈍感堅物男に恋を自覚させた羽衣ちゃんは、金一封物の功績だと思う。
「でもさぁ、陽葵の丸わかりの好意に、詩季は、全然、気が付かないんだぞ。鈍感すぎるよあいつ。まぁ、良い奴には変わりないんだけどな」
そうか、陽翔くんは、詩季くんが陽葵さんの事が好きになった事を知らないのか。
それにしても、妹の陽葵ちゃんの事を大事にしているんだろうな。今日、陽菜ちゃんのお世話もしっかりしていたし、家族想いなんだろう。
そんな、兄、陽翔くんに、陽葵ちゃんの恋路にとってプラスアルファになる情報を教えてあげよう。
「詩季くん。陽葵ちゃんの事好きだよ?」
「……え?あの鈍感野郎が?」
「うん。この前、話してたよ。陽葵さんの事が好きだって気がついたって」
「マジなのか?ほんと?」
「本当だって!」
予想以上に、慌てふためく陽翔くんが、面白い。
奈々ちゃんに、瑛太くんも知っているけど、生徒会長選挙に関しては、話していいか分からないから、話さない方がいいかな。
「だったら、このお泊りで関係性が発展するかもなぁ~~」
陽翔くんは、嬉しそうにしている。妹の恋路に進展があった事が、今日一番のいい出来事みたいだ。
「春乃は、好きな人いるのか?」
うへぇ?
急に、私の事を聞かれたので、驚いた。だけど、声を出さないように我慢した。
どう答えようかなぁ~~。
このまま、正直に気持ちを言ってもいいのか。
陽翔くんが、私の事好きなのだろうか。
今、気持ちを伝えたとして、お付き合い出来るのだろうか。
ずるい事をしよう。
「好きな人居る。私が、高校で出来た友人に、恋してる。本人は、無自覚だと思うけど、文化祭準備の時に、沢山、助けて貰った。それが、原因で好きになった」
「そ、それって……」
「さぁ、誰でしょう?正解できるといいね」
ずるい言い方だと思う。
この答えが、示すのは陽翔くん。陽翔くんは、答えの人が、自分だと気がつくだろうか。
気が付いた時、私に、対する態度は変わってしまうのだろうか。
今は、いい。
私も詩季くんの事言えなくなったと思う。
「じゃ、私は、ここで帰れるから。またね!」
家の最寄り駅に着いたので、ここで陽翔くんとはお別れだ。
ズルをして逃げた、私の恋路はどうなるのだろうか。




