125.入る?入らない?
春乃さんが家を後にしてから、僕と羽衣は昼食を食べた。
15時を過ぎた位に、母さんが家にやって来た。
リビングに祖父母も集まって、臨時の会議が始まった。
「詩季、羽衣。黒宮家への訪問なんだけどね」
家に訪問してきた理由は、黒宮家への訪問日時の確認が主な目的なようだ。そして、僕と羽衣の様子を見に来たのだろう。
「何時になりそうですか?」
「いくつかの候補を貰ってて、最短で明後日。第2候補で、1週間後。第3候補で、9月に入った最初の土曜日」
母さんからあげられた候補日は、3日あった。
そこから都合のいい日を選択して欲しいとの事だ。
「まず、明後日はどう?」
「私は、用事ないから大丈夫」
「僕も用事はありませんね」
羽衣の編入に必要な手続きを行わないと行けない日は、予め除外しているだろう。
第1候補の明後日は、僕と羽衣2人とも予定は無いようだ。
「その日でもいいかな?」
「「大丈夫!(です)」」
変な所でハモってしまうのも僕たち兄妹なのかもしれない。
「お母さんね、次は、黒宮直轄の会社で働く事になった」
母さんは、次の就職先が決まった事を伝えてきた。
僕の予想通り黒宮の会社で働く事になったようだ。まさか、黒宮家が直接経営している会社に入るとは思わなかったけど。
そして、これは僕と羽衣を守るための選択肢だろう。
「私が、会社を辞める事で、黒宮家は取引を辞めるはず。私が、橋渡し役だったから。何より、お義父さんとお義母さんは、詩季に関する一件で聡を見限ったの」
父方の祖父母は、僕の一件で父親を見限った。
元々、父親や孫と孫娘の報告を母さんに頼んでいた。だけど、今回、母さんは父親の会社を辞めて自分たちの直接経営している会社に入る。
つまりは、父親達の会社との繋がりを続ける必要性が無くなるのだ。
「これは、愚痴になるけどね。賢い詩季ならこれ見たらわかるよね」
そう言うと、母さんは1枚の手書きの図を見せてきた。
「それ、私が最後に見たあの会社における株主の割合。筆頭株主はね、黒宮から嫁に出た人なの。つまりは、父親達の会社は、間接的に、黒宮の傘下的な立ち位置」
そして、主要な取引先は黒宮が間接的に経営に関わっている会社が主だそうだ。
「黒宮が離れたら一瞬で潰れますね」
「その通り。私が橋渡ししてしまったけど……」
「いえ、母さん。あくまで、母さんはきっかけですが、母さんが橋渡し役にならずとも遅かれ早かれ今と同じ状況になっていたでしょう。石川くんの父親に接近するとかね」
あくまで、母さんはキッカケに過ぎない。
資金提供の話を母さんが拒否したとしても別の人に接近して今と同じ状況になっていたのは間違いない。黒宮と言う影響力が強い家だ。それ位の事は、普通に出来るだろう。
「それでね、詩季と羽衣にはお願いと言うか、提案があるの」
母さんは改まった表情で、僕達の事を見てきた。母さんは、何かお願い事があるようだ。そして、そのお願い事は黒宮関係か?
「これはね、向こうから言われた話ではない事は前提だよ」
向こうが指すのは、黒宮家だろう。
「お父さんとお母さんとも、日本に帰ってきてから話をして2人が納得するならって条件で同意は得てる」
「母さん、とりあえず本題を教えてくれますか?」
前置きはいい。とりあえず、本題を聞いてから細部を問い詰めればいい。
「黒宮家に入らない?」
「養子縁組ですか?」
「養子縁組では無い。黒宮家の一員にならないかって事」
母さんからの提案は、父親が縁を切った黒宮家に入らないかという事だ。入ると言っても、戸籍上は今のままで、黒宮家という組織の一員になるイメージのようだ。
「詩季と羽衣は、黒宮の直系の血を引いているからね。お義父さんにお義母さんも、2人が望むなら受け入れると言ってる」
母さんも長期間考えていたようだ。
「何か、物凄い事になっていますね」
僕と羽衣の図り知らぬ所で、色々な事を動いていたようだ。母さんは、父親の会社の将来を含めて、僕たちの先を考えているようだ。
まぁ、本質を言うと、黒宮から縁を切ったつもりが、僕と羽衣の子育てに間接的に大きな影響を与えていたのだ。
だから、母さんは黒宮との関わりを維持する手段を探していたみたいだ。
それが、黒宮の直営の企業ヘの転職なのだろう。
ただ、母さんだけが僕と羽衣を守るために、黒宮と直接的に関わって僕はそれを享受するだけでもいいのか。
「そう言えば、父親には弟さんとか居るんですか?」
「……居るよ。父親の会社の主要取引先の社長の旦那さん」
「なんか、狭い世界やな」
羽衣が、反応した。会社の主要の取引先が弟の妻が社長を務めている会社だったとは。
何と言うか、詰めが甘いなと思った。
「そして、弟さんは黒宮を継いでいないですよね?」
黒宮家の当主が変わった場合は、ニュースになる事がある。なっていないという事は、父方の祖父が当主を続けている。
確か、現在の年齢が75歳か。その年になって、次男に当主の座を譲っていないという事は。
「母さん、僕が黒宮に戻ったとして……長男の血筋が当主を継ぐなら、僕がその路線に入るなんて事にならないですよね。その場合、羽衣も政略結婚とか利用される恐れも……」
「当主に関しては、次男の息子さんに継がせるように教育を行っているから問題は無い。2人が黒宮に入っても当主を継がないといけない訳では無いし、政略結婚もない。私が、そうさせない」




