排除命令
「ちょっとちょっとちょっと!置いていかないでくださいよ~・・・」
しばらくして、ちょっと文句を言う鵜堂と案内役の兵士が走ってきた。
「置いていかないでって・・・・。置いてかれるほうが悪いんでしょ?」
小林はそう冷たく言い放つと、またツカツカと歩き始めた。リーダーよりも前を歩く、サブリーダー。
「いいのか?サブリーダーがリーダーの前を歩いてて」
大高が中野にそう声をかける。中野は落ち着いた様子で
「別に問題ありませんよ。それより、小隊長がサブリーダーの後ろを歩いていると言うことの方がどうかと思いますけどね」
と言いニヤッとした。
「おっと、皆さん一旦止まってください」
案内役の兵士が小林の前に出て、一行の足を止めた。
「この部屋が第三小隊の皆さんの部屋となりますので、しばらくこの部屋で待機していてください。大高小隊長はこのまま艦橋までご案内いたします」
兵士はそう言うと、大高を連れてまた歩き始めた。第三小隊の戦闘機乗りたちが廊下に取り残される。
「・・・・・・・いいなぁ、艦橋」
大江がボソッとつぶやいた。
「ま、とにかく入りましょうよ」
秋原が先頭で用意された部屋に入る。続いてサブリーダー小林。
「おお、広いですね!第三小隊の詰め所とは全然違いますね!」
ミカ試作1号は部屋の広さに驚いたようだ。だが実際は大して広さは変わっていない。
「あーあ。飛行戦艦の癖に部屋から外が見られないなんてつまんねーの」
備え付けの椅子に腰掛けると如月はそう言ってため息をついた。
「しょうがないですよ。窓なんてあったら危ないですし。そんなに外が観たいんなら旅客機に乗れば良いじゃないですか」
大江が隣に座った。
「そうですよ。あくまでも戦艦なんですから」
反対隣にミカが座る。
「おおう、モテモテだな修二よ」
小林が真ん中の如月を茶化す。こういうことが好きな人なのでこれは仕方が無い。
「ええ、モテモテですよ。話は変わりますがそろそろサブリーダーも結婚したほうが良いんじゃないですか?だってもう三十五ですよね?」
「まだ二十八だ!」
如月の言葉に少々むきになる小林。他人をいじるのは好きだが自分がいじられるのは嫌なようだ。
「まあまあ落ち着いてくださいよ。怒ると早死にしますよ」
「あっそれフラグじゃね?」
如月の何気ない言葉にフラグを感じ取る秋原。
「残念だったな小林。お前はそう長くないぜ。フラグ立ったし」
「えっ・・・」
秋原の言葉がなかなか効いたようでサブリーダーはそれから黙ってしまった。
「・・・・・ちょっと悪いことしたかな・・?あんなにしおらしくなるとは思ってもみなかった」
小さな声で秋原は隣に座っている鵜堂にそう言った。
そのころ大高は高天原の第一艦橋に来ていた。
「おお・・・・・さすがは最新鋭の戦艦だ・・・」
見たことも無いような機械が所狭しと配置され、三百六十度視野モニターが前後左右の映像を映し出している。
「この艦は従来のものとは異なり、艦橋が艦の内部に設計されている為、艦橋に攻撃が来にくい造りになっています。一応第二艦橋として艦上部に従来型のものも設置されていますが」
案内役の兵士はあたかも自分のことのようにそう言う。
「それはすごい・・・・・。ところで、君の名前を聞いていなかったが」
大高は案内をした兵士にそう言った。
「私ですか・・・・。私は第一航空輸送大隊所属、加藤亮平と申します」
案内役の兵士は加藤と名乗った。
「第一空輸大隊の加藤・・・・?お前、昔第一小隊にいた加藤か?」
聞き覚えのある名前に大高が反応する。
「おや、ご存知でしたか。でも、まあ、それもずいぶん昔の話ですよ」
「知ってるも何も、演習とはいえオオタカ一機で七七式戦車八両を撃破したのは後にも先にもお前ただ一人だからな」
「あれはたまたまですよ」
加藤は薄く笑いながらそう答える。
「やっぱり、戦闘機なんか飛ばしてるよりも、ゆっくり輸送機を操縦してるほうが楽しいですよ」
「・・・・・そうか。まあお前の選んだ事だからな。私は何も口を出すつもりは無いよ」
大高はそう言うと、艦橋のモニターに目をやった。
「艦長!きじはらがミサイル発射管を開きました!」
一人の兵士の声が艦橋に響く。その途端、高天原の艦橋モニターに赤の縁取りが現れた。
「何っ!?一体どういうことだ!直ちにきじはらと通信しなさい!」
空軍には珍しい女性艦長、橋本が艦橋に通る声でそう指示を飛ばす。
「既に試みていますが応答ありません!」
「何と・・・・・!!ミカ!これは一体どういうことなの!?」
艦長が、艦隊のミカシステムを統率しているミカ三号に問う。しかし、ミカ三号は橋本の方を振り返りもせず、ただ黙ってコネクションシートに座っていた。
『橋本艦長!これは一体どういうことだ!キジハラが砲門を開いたぞ!』
ソウルドッグのハングドマン艦長から高天原の艦橋に直接通信が入った。
「こちらでもまだ自体を把握していません。とにかく、直ちにきじはらから離れてください!」
艦長がそう言った時だった。
「きじはらからミサイル発射!五秒後にソウルドッグに命中します!」
モニターには、艦首ミサイル発射管から放たれた幾筋ものの煙がソウルドッグに向かって飛んでいっているのが映っていた。
『クソッ!撃ってきやがった!・・・こちらソウルドッグ!これよりキジハラの迎撃にかかる!』
その通信の後すぐにソウルドッグの艦尾から光の束が放たれるのが映ったが、そのすぐ後にミサイルがエンジンに命中した。そのすぐ後、ソウルドッグのエンジン部分が大爆発を起こし、艦の高度がだんだんと下がっていくのがモニターに映されていた。
「なんてことだ・・・・」
大高は言葉を失った。きじはらはこの艦隊唯一の駆逐艦だ。機動力も攻撃力も申し分ない。それに、飛行戦艦は構造上エンジン部を強化することが出来ないため、後方からの攻撃にはすこぶる弱いのだ。
「艦長!本部から通信です!」
誰かがそういった後すぐに、通信用モニターに見慣れた軍部のお偉いさんの顔が映った。
『先程、きじはらの所属する関東第二基地が壊滅状態にあると連絡が入った。生存者の証言によると、きじはらは船員が乗り込む前に突如ひとりでに起動し、基地を破壊してから飛び立ったそうだ。つまり今、君たちの横を飛んでいるきじはらは全くの無人艦であり、危険な暴走戦艦でもある。直ちに撃墜してくれ』
「ったく、連絡が遅いんだよ!全艦、直ちにきじはらを撃墜せよ!右舷砲塔、きじはらに照準を合わせろ!」
橋本がそう命令をかけた。すると今度は
「艦長!大型のミサイルが本艦に向けて発射されました!」
「くっ!可能な限りミサイルを撃ち落とせ!それと、第一小隊を全機発進させろ!」
きじはらから放たれたミサイルのうちのいくらかは、激しい弾幕をかいくぐり高天原の右舷に命中した。衝撃で艦全体が大きく揺れる。
「な・・・なんだ!?今度は!!」
鵜堂は持っていたコーヒーをこぼさないように注意しながら壁に手を付いた。
「今のは近いな・・・・・・。ここも危ないんじゃないか?」
そういいつつも持っていたコーヒーを啜るリーダー中野。すると突然
『緊急事態発生!緊急事態発生!第一、第二、第三小隊のパイロットは至急各格納庫へ集合せよ!繰り返す!第一、第二・・・・』
緊急を知らせる艦内放送が響いた。
「かくかくのうこだって・・・・・・・・ククク」
秋原が突然怪しく笑い始めた。おそらくツボだったのだろう。
「ほら秋原!笑ってないで行くわよ!!」
小林はそう言って全員をたたせると、駆け足で格納庫まで向かうように指示を出した。
『こちらソウルドッグ!エンジン損傷で高度を保てないためやむを得ず離脱する!』
「了解しました。今、貴艦の護衛に戦闘機部隊を発進さますので、ゆっくりと高度を落としてください。第一小隊、発進!!」
艦橋に響く橋本艦長の声。その声にあわせて操作係が格納庫のハッチの開閉ボタンを押した。ハッチが開ききる前に飛び出すエンペラー。一機、二機、三機と順番になおかつ素早く発艦していく。が、四機目が発進した瞬間、きじはらの左舷機関銃口が第一艦載機発進口に向けられた。そして五機目。今、艦を離れたその瞬間、五機目のエンペラーは弾丸の雨にさらされ機体を引き裂かれると、そのまま黒煙を吐いて回転しながら海面に向かって墜落していった。パラシュートは、開かなかった。
『こちら第一格納庫!エンペラーが一機撃墜されました!ここからの発進は不可能です!!』
整備士からの通信が第一艦橋に響いた。
「・・・・・・・・・・・」
艦長の額に汗が流れる。その間にもモニターには、ソウルドッグや高天原、後方に居たさくらにミサイルを発射したり主砲を撃ったりするきじはらと、きじはらの兵装を一つ一つつぶしに掛かっている第一小隊の四機のエンペラーが映っていた。
「艦長」
大高がそっと声を掛けた。
「・・・・・・なんでしょうか」
なるべく平静を保っているフリをしながら橋本が振り返った。
「この艦は・・・・・・一体、アメリカに何を届けようとしているのですか?」
大高の質問に、一瞬、一瞬だが艦長の表情が強張った。
「・・・・・さあ。それは私にも分かりません。ただ、軍事上の重要な物資、とだけ聞かされています」
「もしかして、ロボット兵器だったりするんですかね?しかも自律式の」
「ですから・・・」
「いえいえ、これは単なる中年の推測ですよ。どうぞお気になさらずに。・・・・・・・・さて、では私はお邪魔でしょうから、自分の居るべき場所に戻るとします」
大高は意味ありげにそう言うと、高天原の艦橋を後にした。
艦橋の戸が閉まるのを見届けてから、橋本艦長は近くにいた兵士を呼び寄せた。
「・・・・・アイツは何かを掴んでいるに違いない。もしも・・・・・万が一だが・・・・・もしも、第三小隊が貨物室に入ったら、この戦闘のどさくさに紛れて始末しろ」
「・・・了解しました」
兵士はそう返事をすると、艦橋から出て行った。
「大高小隊長、あなたは・・・結構まずいことに首突っ込んでるかも知れないですよ!!」
先ほどの兵士はそうつぶやくと、被っていた帽子を脱いで手に持ち、通路を第三艦載機発進口へ向けて走っていった。