〜 アシェル 〜
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ひとり送り届けられた寝室は夫婦用のものだった。殿下の私室と繋がっているのだから当然だが。私はここを使用するのを許された。この部屋の様子だと離宮の者たち皆が私が使用することを認めて準備してくれたのだろう。唯一の友人のアドルフが伴侶にと望んでくれて嬉しかった。これからは仕事も増えるし責任も増すけれど裁量も増える。私が能力を発揮できる機会が増えるのが嬉しい。
さっきバスルームで、ウィルは私を攫ってくれると、私を決して離さないと伝えてくれた。私も逃してあげられない。側にいることを選んでくれてすごく嬉しい。今日だって慣れない場所だしすごく広いベッドだから一緒に寝てもよかったのに。
大好きな2人がすぐ隣の部屋にいる。明日からは今までよりも一緒の時間がずっと増える。それがこれから永く続いてゆく。幸せだなぁ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
小さい頃、褒められることが好きだった。
これが読めるなんてすごいね。これが分かるなんてすごいね。使用人にも優しく接していい子だね。もっと褒めてもらえるように勉強を頑張ったし、誰にでも丁寧に接した。
褒められることに慣れたら次は認められ期待されることのが気持ち良さがわかった。
君ならこれが出来るはずだ。大人たちと同じテーブルに着きなさい。
そして殿下の学友に選ばれた。
王宮図書館に入れるようになって知らないことの多さを知った。剣術や魔法は殿下の近衛騎士たちが指南してくれるが敵わない人の多さを知った。
それに比例して褒められる機会も期待される機会も一気に増えた。そして未熟な私でも殿下が頼ってくれた。わからないところを教えてほしい。手合わせしてほしい。魔法式の構築を見せてほしい。頼られることそれに応えることに喜びを見つけた。
殿下はたくさんの人たちに慕われていた。同年代の子供たち、使用人たちに騎士の皆んな。私以外の大勢にいつも囲まれていた。そんな彼はいつでも誰にでも淡白に接していることに気付いた。私とふたりでいる時にはもっと軽やかに笑うのに。でも悪い気はしなかった。
私の初めての友だちで唯一の友だち。もうこれ以上友だちは要らない。私にも殿下にも。唯一の友だちを大切にしようと思ったら自然とやるべきことが増え、就くべき立場が明確になった。
私以外の友だちを欲しがらないように、他に居なくても殿下が困らないように、私がたくさん一緒に居よう。私以外の側近を置かないように、他に居なくても殿下が困らないように、私が居ないと殿下が困るように、私がなんでも仕事を熟そう。
側近になると決めた時、王妃殿下に呼び出された。生涯の忠誠を捧げる覚悟があるのならばこれくらい出来なければ困ります、とお叱りを受け王妃殿下直属の暗部で養成組に配属していただいた。
最初はひたすら修行。音や気配を魔法を使わずに消せるようになってからは修行の傍ら任務への同行。それすら慣れてくると簡単な任務だと預けられる案件。さすがに暗殺を命令されることは無かったが、ある貴族家から情報を取ってこい、他国の間諜を見張れ、隠密行動に有利な魔法式を開発せよなどなど。
とても役に立つ技術ばかり習得させて貰ったので王妃殿下には感謝している。
ただ少し脅されている。期限までに毒物を無効化する魔法を構築できないようであれば身体を直に慣らしていきますよと言われ、その期限まであと3ヶ月を切っている。医師監修のもとで行われるので怖いことはないはずなのだが、王妃殿下のあの時の笑顔がそうは思わせてくれない。魔法が使えない場合を想定しているので、予め掛けておいた魔法が条件を満たした時に自動で発動し、本人には発動と因果となる成分を認知させるという魔法だ。脅されてから既に3年近くになる。世界中の毒物の全てをまだ調べきれていないのだ…まだ植物にしか手がついていないし配合割合なんかも複雑すぎる…覚悟を決めた方がよさそうだ。
殿下は自身が自己主張ができない、欲っするものが何もないと思っているようだが、実際は欲することを過剰なまでに恐れているのではないかというのが私の見立てだ。
殿下は私を側に置きたいと欲してくれているから。本人は気付いていないようだけれど私は知っている。
殿下は私の髪を気に入ってくれている。言葉にされたことは無かったけれど度々視線を感じていたし、触りたいのか手がそわそわと動くことにも気付いた。
周囲から見た目を褒められることは小さい頃から多かったけれどそれらの言葉には何も感じないか、あからさまな時には不愉快な気持ちになった。きっとそんな周囲の人たちの言葉と殿下の視線の意味は同じなのだろうと察したが、殿下の視線に不快感などはなくただ嬉しかった。向けられる感情が同じでも相手によって受け止め方が変わることを知った。
それをきっかけに、殿下の視線を奪い、その視界を埋める銀色が増えるようにと髪を伸ばし始め、わざと結ばずにいた。いつか殿下が私の髪の毛を褒めてくれた時には、触わりたかったのでしょう?と教えてあげようと思っている。
殿下が友人として側近としてさらに伴侶として私を求めてくれた。殿下にも欲しいものがありましたね、相手が私だったらもっと欲しがっても良いんですよ、とも教えてあげよう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
6歳年下の弟ができた。
今まで接したことがある人は大抵が大人。歳の近い子どもといえば殿下だけ。それ以外の子どもたちとは接触したくないという気持ちが前に出てどうしても避けてしまっていた。
自分よりも遥かに小さくてか弱い生き物との初めての出逢い。私が守ってあげるし、私が可愛がってあげると意気込んだ。
赤ちゃんは想像していた以上に小さくて温かくてすぐに壊れそうだった。それに自分では何もできない。実際には侍女がいたけれど、私がやってあげないとこの子は死んでしまうと思っていた。赤ちゃんに頼られていると勝手に感じ、強迫観念から始めたことだったけれど嬉しくて進んでお世話をしていた。
殿下は家に来る度に、弟に会いたがった。私が会うたびに弟自慢をしていたのがいけなかったのか、とても興味を持たれてしまった。
弟は私に似たのか、大きくなってからも歳の近い子どもたちと会いたがらなかった。興味が無いような素振りだった。そのため弟は友だちがおらず、仲よくしているのは私だけ。だから私と同い年の殿下と会わせたら、兄のように思ってしまうかもしれない。そして殿下と仲良くなったら弟が殿下に甘えてしまうかもしれない。それは困ると思って断り続けた。
そうは思っていても私の主人に相当する人であるし、王子である。弟が王子という立場をしっかり理解し節度ある距離感を教えずとも持てるようになったら殿下に紹介してあげようと思っていた。
私が居なくなると邸内を探し回ったり、私と一緒のテーブルに着けるようにテーブルマナーを必死で練習したり、家に帰ると一目散に駆けてくる可愛い弟が、ある時を境にぎこちなく私と距離を取ろうとしてきた。
私にとってはただの可愛いおねだりなのだから気に病む必要はないのに、そんな我儘を言う自分はいけない子だと思っているようだった。そのうち耐え切れなくなるだろうと最初のうちは抱き着いたりキスをするのを我慢している今にも泣きそう顔が可愛いので余さず愛でることに徹していた。弟があまりにも長い期間辛抱するので、遂に私の中の何かが弟よりも早くブチリと切れてしまった。
それで殿下を家に呼び、弟に会わせた。
私と仲良くしてくれないなら私は他の人と仲良くするよ?私には他にも仲良しがいるんだよ?胸の中は澱み濁り、私はたぶん怒っていたんだと思う。
弟の顔が強張っている。不可解そうにしている。そして泣きそうな顔で席を立つのを見ていると胸の中が晴れ渡り、怒りはすっかり消え去っていた。
すっかり良くなった気分のまま弟に会いに行ったら喜んでくれているけれど、まだ弟の表情は固かった。凝り固まった表情も心も柔らかく溶かしてあげないとと思い一緒にお風呂に入った。
「ウィルの髪色きれいだよね。」
髪の毛を洗いながら褒める。深い紺色が青みがかっていてきれい。
「それに今の耳下くらいの長さもウィルに似合ってるよね。」
もっと長くても似合うと思うけど、
「うん、今くらいがいいよ。」
毛先から見え隠れする耳朶が可愛くてつい喰みたくなる長さがすごくいいと思う。
「兄上の髪の毛は僕よりもずっと綺麗で好き
です。」
気に入ってくれてるのは知ってるけど、好きなのは髪の毛だけなの?
「そう?好き?」
髪の毛だけじゃないでしょ?言って?
「はい。髪の毛だけじゃなくて、兄上の全部が好きです。」
「全部?」
好きって言ってくれた。全部だって。
「はい、兄上が大好きです。」
「うん、私もウィルが大好きだよ。」
怒りに満たされ晴れ渡った胸の中を今度はどろどろとした熱くて甘いものが満たしてゆくのを感じた。浴槽の中で私の膝の上に座り一生懸命大好きをキスで伝えてくれる弟が可愛くて可愛くて仕方ない。大好きなんだからいつも仲良しでいないとだめでしょう?大好きなんだからもっと私を欲しがらないとだめだよ?もっともっと欲しがって。どろりと重たく熱いものが胸の中から腹の底へ、更に深いところへと、どろどろと流れ落ち満たしてゆくのを弟は気付いていない。ぞわりとする高揚感が腰から背中へ駆け上がる。私の可愛い弟は、その時から私だけの愛しいウィルになった。
髪の毛を乾かすのも梳かすのも気持ちいいことでしょう?だから私以外の人に任せたらだめだよ?
胸の中にはまだどろりとしたもので満たされていたが熱さは多少引き甘さが際立つ。腕の中にいるウィルがこちらに更に擦り寄ってくるのを脚で絡め取ってゆく。私に回す腕の力が緩むたびにきつく抱き締める。離れちゃだめだよ?
目が覚めたのかウィルが擦り寄ってくる。
「まだ起きないで。今日はずっとそばにいて。」
今日はお休みだからもちろんずっと側にいるよ。昼までゆっくりベッドでくっついているのもいいね。
「たくさんキスして。」
昨日までずっと我慢していたいじらしさを思うと切なさに襲われた。我慢した分たくさん愛してあげないとね。
頭から耳、顔から首元まで、ウィルを腕の中に収めた体勢のまま届く範囲のあらゆるところにキスを贈る。キスを嬉しそうに受け取り心地良くなったのか目を閉じたウィルがそのまま眠りについてくれてよかった。私の熱くなった気持ちが治まりそうになかったから。
その日から我慢することを止めてくれたウィルのおねだりを全力で叶えてあげるのが私の楽しみになり、求められる気持ちよさを与えてくれるウィルだけは手離さないと決めた。ウィルが私のどろどろの心ごと、身体ごと全部求めてくれるようになるにはあと何年かかるだろうかという期待と自らの自制心を不安に思う不安定さに刺激を感じた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私には大好きなふたりがいる。私の承認欲求を満たし、さらにその欲求を押し広げるアドルフ。私の愛欲を貪り、その欲求を深く甘く誘うウィリアム。そのふたりと共にいることで優越欲が満たされ生存欲が湧く。どちらかひとりだけは選べない。私の幸せにはふたりのどちらもが必要だった。
だから転移魔法だって研究と実証を重ねて13歳のうちに使えるようにしたし、殿下の15歳の誕生日には音声通信ができるピアスだって作った。
公爵邸と王宮を馬車で往復する移動時間が口惜しい。もっと早く移動できればふたりそれぞれと過ごす時間が増えるのにと思ったのがきっかけだった。
空間転移魔法を応用してピアスを媒体に音声を届けることができるようにした。すぐ側に転移できるように常に居場所を把握できるような座標を示す魔法式も組み込んだ。
私と殿下でひと組、私の右耳。私とウィルでひと組、私の左耳。この2組だけにしたことをすぐ自画自賛することになった。
ふたりに婚約話が挙がった。
殿下に生涯仕えることで承認欲求は満たされる。たとえ妃を迎えたところでそれは変わらない。ただ妃に私の仕事が取られないように更に邁進すればいい。アドルフの休日は妃に奪われるだろう。休日が最低限になるように日々調整すれば私と過ごす時間は減らずに済む。そう思っていた。
ウィルは公爵家跡取りだが、それでも誰とも結婚させたくない。私のように養子を迎えてくれればいい。お互いの仕事の都合で会えない時間が増えても同じ家に帰れるならば、一番愛しているのが私ならばそれで構わない。そう思っていた。
そのふたつを叶えるために最も必要なのが私が結婚しないことだった。なので早々に宣言し、時折送られてくる見合い話には返事も出さずにすぐ焼却処分をするよう徹底した。
それなのにそんなふたりに婚約話が挙がるなんて。跡取りなのにウィルが選ばれたのが気に掛かったが、その理由を公爵家で王宮で探ったが何の情報も掴めなかった。ふたりが結婚したら私が公爵家の後継に戻されるのだろうか、殿下の側近を将来的には辞めることになるのだろうか。
相手がアドルフならばウィリアムを預けるだけの信はある。相手がウィリアムならば私の側近としての仕事も捗るだろうし、殿下を支えるのに不足のない能力を持っていることも確か。きりりと冴える精悍な顔つきの殿下に、愛くるしく麗しいウィル。ふたりが並び立つ姿も似合いに思える。ただふたりの側に私はいつまでもは居られない。恐らく側近を辞める時が来るのだろうから。例え兼務を許されたとしても共に過ごせる時間は僅かになってしまうだろう。
私以外がこれらの仕事を任され熟し、褒められる。その席を譲りたくない。私以外があの可愛いキスを贈られる。やはり渡したくない。私以外を頼らないで欲しい。私だけを愛してほしい。
婚約者公表までの3年間、日に日にその想いは強くなってゆく。
婚約者と過ごす定例のお茶会には、私も護衛として侍ることがあった。ふたりが仲良く話している姿を見せられる。音の壁を立てているので内容はわからないが楽しそうにしていることに変わりはない。特別恋人らしく触れ合ったり食べさせ合ったりはしていないようだったが、ふたりが私だけに見せる顔とはまた違う顔をしていた。悔しいし寂しい。ふたりが結婚したらこれが常になるのかと思うと凍てつくほどに冷たいものが足元からぱきりぱきりと這い上がってくるようだった。
ピアスの音声転移をふたり用に贈らなくてよかった。万が一のことを考えて持たせようかと思いはしたが、そうしなくてよかった。誰にも知られないところでふたりだけで会話ができるようになるなんて、いけないことだ。
足元から這い上がる冷たく刺すような痛みや、胸の内のどろどろとした焼け爛れるほどの熱は私を翻弄した。
ふたりの状況も自身の感情もどうすることもできずに3年が経つ。
遂にこの日が来てしまった、とそう思っていたのに。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夫婦用の寝室を出て殿下の私室へ向かう。
静かだったのでノックはせずにゆっくりと中を伺える分だけドアを開く。
「兄上?」
寝ているかと思ったが起きていたようだ。とりあえず立ち入らずにその場で待つ。
ソファに横になっていたウィルが起き上がりこちらに来る。私だけを見つめいそいそと近寄ってくる。この瞬間がすきだ。本当は駆け寄って抱き着いてほしいけれど、夜だから駆け寄るところは我慢してあげる。
「一緒に寝ましょう。」
何も言わなくても私が欲しいものを望んでくれる。抱き着きは無かったけれど手を繋いでくれたから許してあげる。
「殿下の護衛も兼ねているので、殿下も一緒に寝ますよ。」
じっとこちらを伺っていた殿下が狼狽えてソファの影に退避する。何なら説得を試みているようだがそれに構わずウィルが引き摺って寝室へと戻る。
「まだ眠くないので少し話しませんか?」
私がそう提案し、ヘッドボードに当てたクッションに私を真ん中に3人横並びでもたれ掛かった。
「そういえば殿下、今日お誕生日でしたね。今年の贈り物は自己申告制だって言ってましたけど、何がいいか決まりましたか?」
いつもちょっとしたお菓子などを贈り合っていたので今年もそうだろうと思っていたら先に自己申告制なるものを殿下が打ち出してきた。それなのに欲しいものはまだ決まっていないから決まったら伝えると先日言っていた。
「手を繋ぐことが誕生日プレゼントでいいんじゃないですか?」
ウィルが笑っていう。そんな私とウィルはさっき繋いだ手をそのままにしている。
「私たちは婚約者になったのですからね。手、繋ぎますか?」
それに勢い良く首を振る殿下。
「いや、プレゼントは他の物で頼む。」
「せっかく手を繋げるチャンスだったのに自分で捨てましたね。私が両手とも繋いでしまいますよ?」
またしてもウィルが笑って言う。
「それはそうなんだが…まだ心の準備がだな……」
「私たち手を繋いだことありますよ?手というか指先って感じですけど。」
あまりにもその初心な反応が可笑しかったので私も笑う。
「誕生日プレゼントとは別ですから安心してください?」
揶揄うつもりで殿下の真似をして指先を握ってあげた。
すると立てた膝に顔を埋めてしまった。耳が真っ赤で可愛らしい。その反応をウィルとふたりで眺めつつ、ウィルの反応も探る。今日はほとんどウィルに求められていないから少し物足りなかったのだ。私の視線と想いに気付いたウィルは微笑みを深め、悩ましげな眼差しで眺め回してからそっと身を寄せ私の首筋や喉にキスを何度も何度も贈ってくれる。殿下を煽っているつもりなのかわざとらしいリップ音を立てる。
聞くに耐えなくなったのか顔を隠したままの殿下が空いている片手を挙げる。
「誕生日プレゼント、決めたぞ。」
そしてやっと赤い顔も上げてくれた。
「何にしますか?」
ウィルに愛され首筋が疼いているのを誤魔化すために首を傾げて訊ねる。
「ピアスを交換してほしい。」
「……ピアス?」
「これだ。15歳の時に貰ったやつ。アシェルが着けている翡翠色のピアスと交換してほしい。」
「私も。」
すかさずウィルも参加する。
「交換でいいんですか?新しいものではなく?」
不思議に思い訊ねる。
「好きなひとの色を身に付ける。自分の色を好きなひとに身に付けてもらう。これがやりたかった。」
ウィルがうんうん頷く。髪の毛がふわふわ揺れて可愛い。
「なるほど。じゃあ魔法式を少し変えてから渡しますね。」
3人で繋いでいた手を離しピアスを外す。
受け取ったピアスの魔法式を展開し所有者を示す部分を変更した。そしてふたりに翡翠色のピアスをひとつずつ渡す。ふたりはそれをじっくり眺めてから自身の耳朶に装着する。
ふたりの耳朶に揺れる私の翡翠色。それは、私の所有を示す証のようで心をひたひたと温かく満たしてゆく。アドルフは私のもの。ウィルも私のもの。
着け終わったふたりが今度はそれぞれ自身の色を私の耳朶に挿し入れる。所有されることも快感なのだと教えられた。私はアドルフのもの。私はウィルのもの。
他愛もない話をしているうちにヘッドボードに預けた背中はずり落ち気付けば眠っていた。
たぶん朝だったのだと思うけれどまだ眠くて瞼が上げられず微睡の中だったのではっきりと内容が聞き取れたわけではないが、ふたりが私越しに会話をしている。
もちろんウィルには私を放って置いたらだめだよと擦り寄っておくことは忘れなかった。
しばらく後ウィルからのおはようのキスがいつもより際どく熱を孕んでおり、火照りと湿り気を帯び始め自然と目が覚めたが、それが余計に私を苛む結果となったのは仕方のないことだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「殿下、まだ兄上は寝てますから練習するなら今のうちでは?」
「寝顔が可愛すぎて直視できなくてだな……」
「ったく、この可愛い顔を見ないでどうするんです?どうにかなってしまいそうだと悶える気持ちは十分理解しますけど。」
「朝から刺激が強い……」
「兄上は朝も昼も夜もいつでも可愛く刺激的です。慣れてください。」
「やっぱりちょっと急すぎる。もう少し時間を掛けた方がいいよ。」
「あぁ、恋人繋ぎからの、髪の毛を触りたい…でしたっけ?」
「そうだよ、だからキスはまだ…」
「寝てるうちならノーカンです。私が許してあげている今のうちにちゃっちゃとキスしてください!おでこでしょうが!そんなおでこもすごく可愛い!唇からはすごく遠いでしょうが!早く!キスする!!」
「あ、いや、でも、うん、おでこも可愛い。あぁぁぁ、んーーーー、ちゅっ」
「おでこにキスできましたね!おめでとうございます!これを起きている時にできれば見事卒業ですね!」
「はぁ、はぁ、はぁ、すごい緊張した……まだドキドキしてる…ちょっと、あ、だめかもしれない……」
「それ以上はおひとりで。バスルームでどうぞ。私は兄上の寝顔を独り占めしておきますので。」
「じゃあ、ちょっと外すね……」
「ちょっとで足りるのが信じられない。私なら小一時間は掛かりますけど?」
「そうかもね、ちょっとじゃないかも…」
「髪の毛も触って行ったらいかがです?」
「それはまずいよ、本当、バスルームまで行けなくなるかもしれないから、あ、ほら、もう本当にまずい、行ってくる。」
「殿下が兄上の可愛さに悶絶して撃沈しましたよ。せっかくのふたりきりなのでゆっくりたっぷり仲良くしましょうね。」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
最後までお付き合いありがとうございました。
モブの戦いはここで一段落しました。
ですが、続編的な後日譚的なお話も続けて投稿してゆきます。そちらも宜しければご一読くださると嬉しいです。
次作、モブの見つめる先にはいつでも愛が
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よろしくお願いします。




