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〜王太子殿下18歳の誕生日パーティー。本人的には事件です〜

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 陛下の挨拶が終わり次は今日の主役、殿下の挨拶だ。

「本日はこの祝いの席で、皆に報告したいことがある。」

 殿下の言葉を受け、その隣にすっと並び立つ私の弟。


「今日は婚約者の決定を伝える日だ。」

 殿下と弟は、お互いの意思を確かめ合うように一瞬だけ目配せをした。


「内定したのはこちらの公爵家令息。」

 私の可愛い弟が有象無象の視線を浴びている。賞賛する気持ちは同じだが、減るから見ないでほしい。


「そしてこの婚約は白紙に戻す。」

 会場内の響めきが一瞬で沈黙に落ちた。


 ばさり。王妃殿下が口元を隠された。あれはかなり苛立っているようだ。


「ただ皆にはできれば婚約成立の場に立ち会ってほしい。」


 困惑する会場内の者たちを他所に、殿下は王族席を降りて来た。そして私の目の前で跪いた。


 跪いた殿下が音の壁を立ち上げたようだ。続けて近衛騎士たちが私たちを取り囲む。

 騎士の壁と、音の壁。


「私の生涯唯一の伴侶として、私があなたを愛し続けることを許してくださいませんか?」

 殿下に左手を取られる。


「どういうことですか?何がどうなっているんですか!?」

 そして呆気に取られた。


「私が生涯あなたを愛することの許しを乞うています。失礼……」

 私の左手を裏返した。上着の袖口に指先を忍び入れ手袋を半分ほど引き下ろし、露わになった手のひらを口元に引き寄せ柔らかく口付ける。


「私と結婚してください。」


「……結婚!?結婚はできないんです!!」



「その理由を聞いても?」

 手のひらに口付けを重ね、殿下が見上げてくる。


「それは1秒でも長く殿下にお仕えするためですよ!……知っているでしょう?」

 憤慨した。捧げた決意を忘れられたのかと悲しくもなった。


「……“一番近くで”が抜けているんじゃないか?」

 さらに手のひらに口付けを重ね見上げて問うてくる。そちらこそ忘れているんじゃないかと殿下も悲しげに眉を下げる。


「すみません、抜けてました……」

 自らの失態に脱力した。


「そこで提案なんだが、誰よりも近くで誰よりも長い時間私に侍るつもりはあるだろうか?」

 肩を落とす私を宥めるように、両手で私の左手が摩られた。


「もちろんありますよ……」

 聞かれるまでもありませんと、目線で殿下を射ってやる。


「ありがとう……」

 左手を再び口元に引き寄せつと目線を上げてから、手首の内側に二度、少しだけ位置を変え長めに口付けた。


「兄上、わかってますか?」

 弟がすぐ側までやって来ていた。首を傾げる仕草も、揺れる髪の毛も可愛い。


「はい。永久就職の確約をいただきました?」

 たぶん、そういうことだよね?と首を傾げ返す。


「合ってはいますが、役職名は伴侶ですよ?」


「はんりょ?………伴侶?」


「はい。殿下と結婚するということです。構いませんか?」


 思考がここまで鈍ったのは初めてだった。言葉はわかるが理解ができない。殿下に左手をくいっと引っ張られたので振り返る。


「愛しています。」


 その言葉とその表情が思考をひたひたと満たしてゆく。満杯になる寸前、捕獲された左手と中途半端に脱がされている手袋が目に入る。何をされたのか瞬時に理解してしまい、顔を背ける。

 その目元に朱が差していことに気付いた殿下は、ここぞとばかりに攻め立てる。


 指先へ軽めの口付けをひとつ。

 いつもそばに居てくれてありがとう。


 手の甲へしっとりとした口付けをひとつ。

 あなたをとても大切に思います。


 手のひらへ優しい口付けをひとつ。

 あなたを愛することを許してください。


 手首の内側へ舌を這わせる情熱的な口付けをひとつ。

 あなたのすべてを私にください。


 私は耐えきれず右腕で顔を隠した。


「殿下、やりすぎですよ。」


「すまない。こんなに嬉しかったことは、はじめてで……」

 殿下の声にも恥じらいが混ざっている。


「じゃあ皆さんに報告の続きします?」


 その言葉で我に返った殿下は立ち上がり、音の壁を消し近衛騎士たちを下がらせた。


「皆、待たせた。長らく私の側近を務めていた彼は今日から婚約者となった。彼が18歳になったら結婚する。こちらの彼は、側近殿の弟君で今日から彼の側近に就く。異議がある者は、後で陛下に伝えてくれ。では、皆はゆっくり楽しんでいってくれ。」


 殿下はひと息にそう告げると、徐に私を抱え上げ、会場を後にした。


 会場を出ると侍従と近衛騎士隊副隊長が待っていた。離宮の馬車も回してくれていたらしい。侍従と副隊長は御者席に。急なことだったが馬車も出迎えもすでに手配されていたことからすべてが察せられる。

 離宮の皆さんは本当に優秀だ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 儀礼用の衣装では落ち着かないだろうと弟君に側近……いや私の婚約者を預け、着替えを任せる。弟君にも楽にするよう伝えると、ふたりはバスルームに入った。

 恐らくまだ私の婚約者は自身の置かれた状況を飲み込めていないはずだ。少しずつゆっくりとで構わないが、しっかりと理解して貰わなくては。

 そのために今晩は3人で話し合いだ。

 自分の着替えを済ませ、ふたりが戻るのを紅茶を飲みながら待つ。

 そして侍女たちには何か必要なものがあれば声を掛けると伝え、下がらせた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「兄上、驚かせてごめんなさい。」


「そうだね、すごく驚いてる。なんでこうなったのかわからないんだけど、ふたりはすごく仲が良かったし、相思相愛ってやつなんだと思ってた。これは誰が求めていた結果なの?」


「それは殿下のところに戻ってからしましょう。」


「わかった。……ねぇ、大丈夫?」


 兄上が、酷く心配そうに顔を覗き込んでくる。


「えぇ、私は大丈夫ですよ。でも……」


 わざわざ目線を合わせてくれた兄上の耳下に左手をするりと忍び込ませ、喉元にキスを贈る。


「兄上が望まないのであれば、私が責任を持って攫います。取るに足らない万難しかありませんから。」


「それはこれっぽっちも万難じゃないね」

 兄上は可笑しそうに笑ってくれた。


「えぇ、兄上と私の手に掛かれば向かうところ敵は殿下しかいません。」

 私も笑う。

 例え敵が兄の様に近しく接してきた殿下であれ、兄上が望むなら私は何だってしてみせますよ。


 用意されていた着替えは小さめのサイズで新品が一揃え、肌馴染みの良さそうな何度か使われていると察せされる生地感の大きなサイズが一揃え。何とも抜け目のない輩が紛れ込んでいるらしい。


「兄上、私は先に出ます。兄上はきちんとシャワーも浴びてきてください。」


「え、でも……一緒に浴びていく?」


「ありがたいお誘いですが、さすがに今はまずいです。」


「そお?じゃあ私も着替えるだけで… 」


「兄上、ごねるなら私が洗って差し上げますよ?特に左手付近を徹底的に。」


「人様の部屋で弟に洗われる兄って…すごくダメだと思うから、自分で洗うよ。」


 兄上は冗談だと思ったのか、自嘲するように笑った。


 未だ困惑している兄上をひとり残し、私はひと足先に殿下の待つ部屋へ戻った。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 頭からシャワーを浴びつつ、思考を整理する。まずは事実の確認。殿下が弟との婚約を撤回すると宣言した。私の前に跪いた。そして結婚相手に私を据えると仰られた。私の左手が殿下に蹂躙された。

 そして今ここバスルーム。弟は私を攫ってくれると言った。私を決して離さないと。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「兄上にはシャワーを浴びて貰っています。決して据え膳ではありませんので、ご期待なさらないように。」


「なんでシャワー?………据え膳??」


「あなたが兄上の左手を汚しましたからね。」


「すまない。調子に乗った。」


「それで、殿下の側近は誰に任せるんです?私と兄上のふたりでも仕事は捌けますけどね、体裁があるでしょ?」


「隊長か、副隊長にお願いしたいと思ってはいるが本人たちの意思を尊重するつもりだ。」


「そこで断られたら、うちの執事に誰か見繕ってもらいますか?」


「そうだな、できればアシェルがすでに心を開いている者が望ましいからな。」


「ですよね、了解です。」


「あと、兄上ってば、私たちのこと相思相愛だと思ってたみたいですよ。」


「対外的にはそう見えるように接してきたから、そう思われても仕方ないのかもしれないな…。」


「というか、殿下は兄上に想いが伝わるように態度と言葉で示しました?」


「私なりには必死に……」


「見た目を裏切る純情爽やか童貞乙です。」


「……なんて??」


「なんでもないです。」

 爽やかに笑って誤魔化した。


「ここまでは予定通り。あとは3ヶ月後に籍を入れるだけ。もし兄上が望まない場合、私は即座に行動しますからね。」


「わかっている。」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「それでは、本当に殿下とウィルは恋仲ではないのですね?」


「私が好きなのはアシェルだけだ。」

「私が好きなのは兄上だけですよ。」

 揃った。


「おふたりとも、ありがとうございます。

 私は果報者ですね。私も殿下のことは慕わしく思っていますし、ウィルのこともだいすきですよ。それではどうして婚約者同士になったのですか?」


「それは色んな人の利害の一致があって」

「それは、色んな人の思惑の結果?」

 うん、仲良しだ。


「わかりました。では婚約者として精一杯努めさせていただきます。結婚後は、未来の王配として、ひとまずは王太子妃…?として振る舞えば良いのですね?それとウィルが私の側近に就いてくれると。」


「そ……ういうことだな。」

「そうですね。」

 やっぱり仲良しだ。


 私は今自分が置かれている状況と立ち場を理解した。明日からはもっと頑張らねば。


「これからは立ち場を利用して、もっと想いを伝えてゆこうと思う。だから、その。覚悟しておいてほしい。」

 仕事を頼まれるのも、増えるのも何ら支障ございませんからと心の中でお返事をし、頷くだけに留める。


「私もこれからは最愛の弟であり側近という立ち場を最大限に利用して、愛する兄上のお側をずっと離れませんから安心してくださいね。」

 可愛くて優しい弟の頭をすりりと撫で、これからもよろしくねと頷く。


 今日は泊まってゆくようにと、ひとり隣の部屋へと送り届けられた。弟は何故か殿下の私室のソファで寝るそうだ。「殿下を見張らないといけませんから」と笑っていた。弟が殿下の警護に着いてくれるのであれば安心して眠れる。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「それで?なんでこんなものがベッドサイドに準備してあるんです?」


「それは?」


「閨教育くらい受けたでしょう?」


 面食らった殿下の顔の憐れさに、仕込んだのは本人ではないことはすぐにわかった。というか聞かなくてもわかる。この人あれだけのことしておいて、未だに髪の毛に触れたい…程度のことしか考えてないからな。殿下の部屋着を用意した侍女といい、支援が強力だな。


「ちなみに兄上は、結婚しないって宣言してたので敢えて閨教育は受けていません。ただ護身のために、他人に触れさせてはいけない場所や見せてはいけない場所……という最低限の知識しか与えていませんので。重々御承知おきくださいね。」


「もちろんだ。その、結婚する前だが、手は繋いでもいいだろうか?」

 ほらみろ、やっぱりだ。髪の毛を触らせて貰ったら次は手を…ってことだろ?それでもこのヘタレ殿下的には保護者の許可を取っておきたいってことだろ?まぁ、さっそく美味しく戴いてしまおうって輩よりはよっぽど信頼できるけど。


「仕方ないですね。でも恋人繋ぎはまだ早いですからね。あと、兄上が嫌がったら即刻その手を切り落としますからね。」


「もちろんだ。ちなみに恋人繋ぎとは?」

 初心すぎてイラッとしたから私が直々に手解きして差し上げた。


「なるほど、これは確かにまだ早そうだ…」

 あんなキス贈っておいて、赤面しないで欲しい。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



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