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〜 ウィリアム 〜

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 気付いたときにはいつも一緒にいて、見えなくなると寂しくて、知らない人と居るのを見ると悲しかった。

 話がわかるようになってから微笑む侍女たちから兄上がまるで親のように面倒を見てくれていたと聞いた。それは今も変わらず、侍女たちに引けを取らないほどによく世話を焼いてくれる兄上だけれど、家に居ない時間が増えてゆくことに気づいた。そしてその時はあの知らない人と一緒にいると知った時、悲しくて胸の内がぐちゃぐちゃになった。そんな自分を宥めるため、兄上を自分のそばに留めるために我儘を言うようになった。

 早く帰ってきてね。兄上は微笑んで頭を撫でてから出掛け、いつもより少しだけ早く帰ってきた。お願いを聞いてくれたことが、兄上に少しでも早く会えたことが嬉しくて抱き着いてキスをした。

 いってきますのキスをして。兄上は微笑んで撫でた頭とおでこにキスをしてから出掛けた。帰ってくるのは遅かった。寂しくて眠れないまま帰りを待ち、帰って来たのを知るとすぐに会いに行った。

 一緒に眠って。シャワーを浴びた兄上が来るとすぐにベッドに引き摺り込んだ。気付かないうちに兄上が居なくならないようにしっかりと身体を寄せ服裾を握った。安心させるように兄上が優しく抱き締めてくれて嬉しかった。

 我儘だとわかりながらも兄上にお願いすることが増えてゆく。もっとずっと側で一緒に居たい。お願いするたびに笑顔で応えてくれる兄上。罪悪感という後ろ暗い感情を知った。それでも僕の望みが絶えることはなく徐々に激しさも増していった。

 行かないで。出掛ける前のキスをしてもらっていた時、口をついて出た言葉。言葉にするつもりは無かったのにと肩を竦め恐る恐る見上げた兄上はいつものように微笑み

 、いつものように頭とおでこにキスをしてくれた。怒らせなくてよかったとほっと息を吐いたのも束の間。さらに続けて頬に手を当て親指ですりすりと撫でる。撫で終えると徐に両頬にキスをしてくれた。すぐ近くで覗き込んだその瞳はいつもよりも深い翡翠色をしていて綺麗だった。増えたキスの数、慣れない場所に惚けているうちに兄上は出掛けてしまっていた。

 その時を思い返しては羞恥に胸が騒めき惚けてしまう。兄上に我儘ばかり言い過ぎたと今になって反省し、思いはしても言葉にはするまいと決意した。

 いってらっしゃい。キスを贈り合い見送る。

 おかえりなさい。労うように抱きしめる。

 おやすみなさい。ひとりは寂しいけれど兄上がゆっくり休めるように我慢する。

 そう努めていたのに。最初は我慢する私のことを哀れんでいるのだと思っていた。侍女たちが僕を見る目と同じで悲しげに眉も眦も下がっていたから。そんな別れのシーンに立ち会うことに侍女たちが慣れてきて表情が普段と変わらなくなっても、兄上の悲しげな表情は変わることがなくむしろ眼差しに硬質さを感じるようになっていることに気付いたある日。あの知らない人を家に連れて来た。僕にも紹介するからと一緒にガゼボでお茶をした。兄上がいつもと少し違う顔で笑っている。話す声もいつもと少し違う。僕の方を時々しか見てくれない。時間が経つほどに胸の中がぐちゃぐちゃになってゆく。苦しくて言葉も出せない。ここに居たくない。ふたりを残して僕は静かにガゼボを立ち去った。

 その夜、兄上が部屋に来てくれた。お茶会の時から様子が気になっていた、体調でも悪いのかと心配だったと。元気ならふたりでゆっくり過ごすからもういいよと侍女たちも下げてしまった。


「やっぱり少し元気ないよね?心配だから今日は私に入浴のお世話させてくれる?」

 部屋まで会いに来てくれただけで嬉しいのに更に構って貰えると喜んだ。


「ウィルの髪色きれいだよね。」

 髪の毛を洗いながら褒めてくれる。


「それに今の耳下くらいの長さもウィルに似合ってるよね。」

 僕を隈なく洗い上げ、兄上が僕の髪の毛を弄びながら呟く。兄上の真似をして伸ばしているところだったけれど、似合うって思ってくれるならこれくらいで止めておこうかな。


「うん、今くらいがいいよ。」

 そう言って髪の毛越しに耳にキスをくれる。


 僕もお返しにと兄上の髪の毛を洗ってあげた。

「兄上の髪の毛は僕よりもずっと綺麗で好き

 です。」

 お返しではなく本心から伝える。


「そう?好き?」

 兄上が照れたように訊ねてくる。


「はい。髪の毛だけじゃなくて、兄上の全部が好きです。」


「全部?」

 可笑しそうに笑う。


「はい、兄上が大好きです。」


「うん、私もウィルが大好きだよ。」


 昼間に感じた不快感も焦燥感もすべてが流れ出ていくようだった。兄上に好きだって言って貰えたのが堪らなく嬉しくて抱き着いていた。湯船の中でしっかり抱き留めてくれた兄上の肩や首筋など手当たり次第にキスを贈る。大好きなこの気持ちが兄上を埋め尽くすように、兄上に染み込んでゆくようにと無我夢中だった。突如我に返り謝ろうかと見上げた兄上の顔は、ひどく満足気で艶めいて見えた。

 お互いの髪の毛を乾かし合い、梳かし合う。心がとろりとしたのものに満たされ温められてゆく。そのまま同じベッドで兄上に抱き締めて貰いながら眠り、朝を迎えた。

 起き抜けに兄上に更に擦り寄った。

 まだ起きないで。今日はずっとそばにいて。

 兄上が僕を見る目がとろりと甘くなり微笑みもぐっと深まった。

 たくさんキスして。

 頭から耳、顔から首元まで、あらゆるところにキスをしてくれる兄上の眼差しの獰猛さと愛情深さに僕は意識を保てずにまたすぐに寝入った。

 その日から我慢することを止め、敢えて我儘を言うようになった僕には、唇へのキスは何歳になったらおねだりしようかという悩みができた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「殿下、兄上のこと恋愛の意味で好きですよね?」

 単刀直入に切り込んだ。


「恋愛感情ではないと思うが、一番大切な人なのは間違いない。」


「じゃあ私が兄上と結婚しますね。兄上と同じベッドで眠る権利を誰かに譲るなんて私には耐えられませんから。お風呂上がりの艶やかな顔や匂い、寝起きの可愛らしくも婀娜っぽい姿、私以外がそれを見るのは我慢なりません。殿下はあの令嬢のどちらか若しくはどちらも娶られれば良い。兄上のことを考えていたら会いたくなりました。早く会いたいので私はこれで。」

 まさか自覚していなかったとは思わず、苛立ち煽った。実際そうなったところで何も問題はないのだから。

 訝しげな表情をした殿下も何も言わず1回目のお茶会を終えた。


 それから2週間ほどで2回目のお茶会の機会が巡ってきた。前回のことがあるので少しだけ気まずいような気もするが、美味しいお菓子を頂く機会と思って割り切ろう。そう思い席に着くや否や。


「前回の発言を撤回させて貰えないだろうか。」

 殿下が頭を下げる。


「頭を上げてください。侍女が見ています。それと撤回の理由を教えてください。」

 思ってもみない行動に少しだけ動揺したが、理由は聞くまでもない。


「私はアシェルに劣情を抱いている。卑しいと思うが、それが恋愛の意味で好きということになるのだと理解した。私がこの身勝手な感情を押し付けたいと思ってしまうのはアシェルだけだった。そしてできることならば私も彼を伴侶にしたい。」

  無自覚に私の入る隙を残してくれる欲望に溺れられない寛容な殿下。あぁ、殿下が堕ちてくる。


「どうして自覚できたんですか?」

 揶揄うついでに聞いておく。想像に難くないが。


「前回ウィリアムが、アシェルの普段の様子を語っただろう…それが頭から離れなくてだな……」


「それだけで抜けたと。」


「他の令嬢では反応しない。」


「なるほど、わかりやすい解説でした。つまり私たちふたりは兄上を伴侶にしたい者同士ということですね。」


「そうなるな……ただアシェルの意に沿わないことだけはしたくない。それに婚約者候補に彼は挙がっていない。」


「それは何とでもできますよ。まぁそれも兄上の努力の成果ですが……

 そこで提案なのですが。私たちふたりで兄上を愛して死ぬほど幸せにして差し上げませんか?」

 殿下、堕ちるならもっと深くまで、ですよ。



 殿下は兄上を愛している。

 殿下は私を本当の弟のように慕ってくれている。


 兄上は殿下に忠誠以上のものを捧げている。

 兄上は私を兄弟以上に愛してくれている。


 私は殿下を兄のように慕っている。

 私は兄上の全てを愛している。


 私か殿下か。

 しかしどちらかひとりが兄上を独占するのは難しいと気付いていた。


 そんな時に殿下の婚約者候補に選ばれた。


 私が兄上を想う気持ちがただの恋情ならば簡単だった。兄上が殿下を慕う気持ちが恋情だったら感情の一端だけは捨てられた。兄上が私を想う気持ちが恋情だったら独占できた。私だけのものにしてしまいたい愛しい兄上はどちらかだけは選ばない。独占されることを望まない。それならばいっそ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 作戦は至極単純。

 まず第一に、殿下には陛下から許可をもぎ取ってもらう。アシェルと結婚出来なければ国を出ると切に訴えるだけの台本ならすでにある。王妃殿下はすでに手の内。今回の許可を貰う場面では援護射撃程度、むしろその後の陛下のフォローが主な役どころ。

 第二に、婚約者候補の令嬢ふたりにはなるべく早い段階で私が内定したと伝える。ただし婚約者が公表される日までは変わらず候補者として振る舞う権利と王太子妃教育を受ける権利は与えたままとする。彼女たちはとても優秀で人柄も申し分ないため、いずれは国の中枢で活躍して貰いたい。優秀な部下が多ければ多いほど私たち3人の仕事は減り、私的な時間を確保できる。

 第三に、私が婚約者に内定するのはお互いの虫除けのため。公表までは対外的に仲睦まじくも見せる。男である私が内定することで殿下を狙う令嬢たちの心を圧し折る。兄上と結婚した後も単に納得できない令嬢や側妃として子どもだけ産ませて欲しいと言う国母狙いの令嬢たちの心を圧し折る。婚約者発表の日以降は兄上が結婚式で身に付ける衣装のことや、私たちの私室や寝室の設え、兄上の夜着や部屋着のことだけを考えて過ごしたい。馬鹿な女たちには1秒たりとも煩わされたくない。

 第四に、兄上は殿下の伴侶に、私は兄上の側近に収まる。殿下は伴侶に膝を折り、私は主人に傅く。私たちふたりが愛しているのはあなただという想いが最も伝わりやすい構図だ。私が側近になるのは、おはようからおやすみまでの全ての行動を共にするため。愛妾にして貰っても良かったがそれを周囲がどう受け止めるのかを考えれば答えを出すのは一瞬だった。ただ愛妾だと噂されるのも悪くない。私室はふたりでひとつ。寝室は3人でひとつを使えるようにするため改築改装を予定している。これで兄上の望みを叶えるための体裁が整う。兄上がその結果に満足することを知っている私だからこそ立てられる作戦。兄上の本当の望み、それを殿下に教えるのはまだ早い。せめて唇にキスができるくらいにならなければ教えられない。

 第五に、これらの計画を知るのは私たちふたり以外は陛下と王妃殿下のみ。当事者である兄上には教えない。兄上の執着心も独占欲もまだまだ大きく育てられるはず。もっと私たちに欲望を抱いてほしい。そして出来れば嫉妬という感情を知って欲しい。


 最後に、殿下が18歳の誕生日パーティーで兄上に求婚した後の、私だけの作戦。


 兄上が殿下に寄せる想いは恋愛のそれではないけれど、歴とした執着だ。側を離れることはないとわかっていた。その忠誠心と初心さを利用して雁字搦めにしてゆく。


 私への想いも殿下同様恋愛ではないが、深い独占欲だ。手離したくないと思ってくれている。歪んだ愛情の器が溢れ返るほどに私の愛情を注ぎ、私無しでは居られないよう依存させてゆく。


 3年後のその日までに兄上がどれほど成長してくれるのか。その日以降は更に私の手に掛かり婀娜やかになってゆくだろう。その楽しみを思うだけで背筋がぞわりと粟立つ。あぁ、兄上が堪らなく愛しい。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


お読みくださりありがとうございます。

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