〜謀られた男たち〜
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「決して他国に渡してはならない。未来永劫この国に繋いでおくためにも……確実に射止めなさい。」
息子が欲しい言葉はこれだったのだ。
「もし……父親として言わせて貰えるなら。唯一を見つけられたのなら、躊躇わずに大切にしなさい。」
「父上……、ありがとうございます。」
私に似ず何でも卒なくこなす優秀なキレもの。性格も見目も良く老若男女にモテる兄王子。聞き分けが良く賢い子。そう言えば聞こえはいいが、実際には自己がないだけだった。自分にも周りに興味がない。むしろ政に自己は必要ないのだからと特段懸念を抱くことはなかった。ただ我が子と思えば、些か気の毒でやるせ無いものだな、なんて思っていた私。全然そんなことなかった。自己がないとか勝手に決めつけて憂いていた父親気取りの過去の自分を叱ってやりたい。あなたの息子、魔王だよ!って教えてあげたい。
第一王子が順当に立太子することになった。第二王子とは違い、第一王子は玉座に相応しい人格者だと皆が思っているし、私もそう思っていた。15歳を迎え王太子になった。となれば次は伴侶探しだ。可愛い息子のためならば!と私は直属の暗部の者たちを動かし、私が出した多岐に渡る厳しい条件を満たした者を探し出し、尚且つ私が変装して直に接触し、その際の厳しい審査を通過した歳の近い令嬢がふたり。どちらを選んでも間違いなしの素晴らしい令嬢たちだ。そこに王妃が気まぐれで男子をひとり捩じ込んできた。「私の可愛い息子でもあるんですから口出しする権利はあるでしょう?そのご令嬢たちに私は何の文句もありませんから安心なさって?ただ時代の流れ的には良くないと思うの。後世のために今から前例を作っておいても良いのではなくて?」くすくすと可笑しそうに笑いながら理由を取って付けた。まぁ、言いたいこともわかるのでそれを承認した。結果、私は息子に脅されることになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今日は私が住んでいる本宮で家族揃っての晩餐の日。普段王妃とは可能な限り一緒に摂ることにしているが、王子たちは違う。なので今日は久しぶりに可愛い息子たちとゆっくり食事を楽しめる特別な日なのである。
兄王子は口数少なめに王妃が楽しそうに話す内容に耳を傾け相槌を打ったりしている。
王妃に一生懸命自分のことを話して聞かせる弟王子はやんちゃ盛り。長男より3歳年下で今はまだ11歳。最近は王子という立ち場を理解し始めたところで、王子=モテるという幻想を抱き始めている。分け隔てなく誰とでも仲良くなれる社交的なところは長所であるが、近ごろは短絡的なところが見えはじめて心配なのである。兄王子が私たち親や周囲の手を全く煩わせない子どもだったので、弟王子には初めての経験をたくさん積ませてもらっている。とある病への罹患報告を受けた時には、危険域に達したら即座に現場から離脱させよと次男に付く暗部の者たちへの指示には徹底に徹底を徹底的に重ねた。王族たるもの常に貴族の模範とならねばならぬ。方向性を誤って模範されたら困るのだ。今は適当に王族眼帯禁止令があってーとか言ってまだなんとか凌げている。
可愛い息子ふたりに、愛する妻を眺め美味しい食事をいただく正に至高のひと時であった。
食後のお茶はティールームでと、場所を移動しソファで寛いでいる時だった。
徐に兄王子が立ち上がり、父上と母上にお話がありますと腰を深めに折る。ただ事ではない緊迫感に人払いをする手が震えた。それと同時に弟王子には音の壁を立ち上げていたらしい。
「婚約者を内定したくお願い申し上げます。」
たったひと月足らずで選ぶとは何とも情熱的ではないかと感動した。
「私は公爵家御令息だけを望みます。」
感動で……?目の前が真っ白に燃え尽きた。
「もう一度、いいかな?」
「えぇ、何度でも。私が望むのは公爵家の御令息だけです。」
聞き間違いではなかった。あろうことか選んだのは男子。
「理由を聞いても?」
「はい。候補である他の令嬢たちと接することで、私が求めているのは公爵令息殿であると確信するに至りました。それまでは、そう特別な想いではないと自認していましたが、それが間違いであったと、自覚するに至りました。」
「お世継ぎ的な問題も、ないわけじゃぁないんだけど、どうしても、どうにもならない感じの、あれなのかな?」
王妃が全く動揺していない。もしや王妃は戯れに捩じ込んできたわけじゃない?王妃の狙いは最初からこれだったのか?いくら視線で尋ねても淑女の笑みで返されるばかり。
「あと、あれだ、ええと、お相手の意向は確認してあるのかな?」
大事なことを聞くのを忘れていた。落ち着け自分。話の主導権をこちらが握らねば。思考を研ぎ澄ますためにもと紅茶をひとくち。
「公爵令息殿は、もしもの時には私と共に国を出て市井で暮らしてゆくと。そう覚悟を決めてくださいました。」
盛大に紅茶を吹きこぼした。
息子が国を捨てるほどの覚悟。
着いて行く令息の覚悟。
それほどまでにふたりは想い合っているんだね。
件の令息は、兄王子の側近の弟。
いつの間に6歳年下の彼と愛を育んだのだろう。
弟を溺愛している側近君。弟君が出奔したら怒るだろうな。
兄王子にオリハルコンな忠誠を捧げている側近君。息子が出奔したら怒るだろうな。
うん、どうやっても側近君がぶち切れる未来しかない。
ふたりが国を出る結果になったら、出奔した2人共々認めなかった私もキレられる。
ふたりを認めたら、私は恨まれるかもしれない。でもキレられはしないはず。ふたりはキレられると思うけど、私は無事なはず。
もしキレられたら、国を出るって脅されて仕方なかったんですーって泣けばイケる気がする。
よし、方策は固まった。
「ち、ちなみに、側近君はその、ふたりのことは知ってるの?」
「いえ、まだ。ふたりの心の内だけで留めてあります。ですが、恐らくその時には兄の方も……」
だよね、知ってた。国を出ることになったらあの一騎当千朝飯前な側近君もついて行くよね。国内戦力が目に見えて減りはしないけど、実質半減だ。だから敢えて内定させるわけか。兄王子から提示された交渉のカードはたった1枚。そのカードが最強すぎる。
「わかった。認めよう。彼は決して他国に渡してはならない。未来永劫この国に繋いでおくためにも……確実に射止めなさい。」
兄王子が欲しい言葉はこれだったのだ。国王からの命令。国益の為という名目で言質を取ることが目的だったのだ。
「それから側近君にふたりの関係を伝える時には最上級の配慮をすること。決して彼を怒らせてはいけないよ?」
その日を思い今から冷や汗が止まらない。
その後音の壁を解除し、状況のわからない弟王子に兄王子が「極秘任務の報告だったんだ。内容を知ってしまうと他国に狙われてしまうかもしれない危険なものだ。君を守る為にもまだ教えられないんだ。すまない。」と、病に罹患した弟王子が理解しやすい設定で教えてあげていた。こんな優しい子が腹黒王子になってしまったなんて。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「陛下、私たちがアドルフの役に立つ機会はまだまだありますよ。」
そう言って愛する妻が慰めてくれる。
「君は、今日のことまで見抜いていたのかい?」
いつ王位を譲っても構わないと思うほどに優れた王太子にしてやられた。
「パーティー始まってすぐの挨拶でやらかすとは思ってもみませんでしたよ?」
見抜けなかったのはタイミングだけなのね。
「君はいつから勘付いていたんだい?」
蚊帳の外にされ過ぎて父悲しい。
「えぇと、王宮の図書館に招待してもいいですか?って許可を求められた時ですかね?」
「それ最初じゃん…」
「顔合わせのお茶会の時に、美しい銀髪に見惚れていた、って報告があったんですよね。」
「だからそれ最初じゃん…」
「もう、いつまで拗ねてるんですか?」
拗ねるでしょ。私だけ気付いてなかったなんて。
「可愛い息子が幸せを自ら掴み取りに行ったのですよ!私たちが祝わなくてどうするんです?」
わかってるんだけどさ。
「それに、覚えてますか?あの子が婚約者の内定をお願いした時のこと。」
そりゃあもう覚えていますとも。恐怖でがくぶるでしたからね。
「あの子、何も嘘は吐いていないんですよ。」
思い出したのか、ふふっと笑い声を立てる。
「そうなんだよね……」
「あの子には私たちを騙すつもりは無かったと思いますよ。私たちが勝手にそう勘違いしただけで。あの子はずっとアシェルのことしか言っていなかったんだと思いますよ。」
「そうなんだろうね。あの日から腹黒王子になってしまったと泣いて過ごす夜もあったんだけど、むしろ清いままだったわけか。まぁアシェルの存在を交渉材料にされた時には魔王降臨って感じだったけど。」
「陛下、私はまだ役に立つ機会があるといいましたよね?」
はい、聞きました。
「あの子たちは子を成せません。」
はい、お世継ぎ問題ですね。
「そして弟王子は、アホの子ルートに入りました。」
なにそれ聞いてないけど。
「弟王子の子どもがさらに次代の王位継承権者になる確率が現在最も高いです。」
そうだね。
「しかし弟王子は、アホの子ルートに入りました。」
だからそれがなんなのか気になる。
「では弟王子の下にもうひとり子どもがいたらどうなるでしょう?」
ハッとして、グッときて、パッと目覚めた。
「そういうことです。」
妖艶に妻が微笑む。
「この新しいネグリジェはお気に召しませんか?」
「そうですね、ネグリジェを身に付けていることがお気に召しませんね……」
妻と息子に謀られた。私、国王なのに。
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