〜王太子殿下18歳の誕生日パーティー〜
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
遂にこの日が来てしまった。
“殿下と側近様を見守る会"会員たちは会場内で会っても皆口数が少なく、張り裂けそうな胸の痛みを誤魔化すように微笑みを交わす姿が切なかった。
殿下に婚約者様がいることは周知の事実。それでもその日が来るまではと、現実から目を逸らし陰で見守ることを会員同士で許し合うことに救いを求めてきた。
今日婚約者様が発表される。
あぁ、明日からおふたりを愛でることはできないのだ。
王族が入場された。陛下、王妃様、第二王子、王太子殿下、そして初めて見る美しい少年………。少年!?
頭を垂れながらも会員たちに目配せをする。
会員たちに動揺が広がる。
陛下の号令で頭を上げる。陛下の挨拶。そして今日の主役である殿下の挨拶。
「本日はこの祝いの席で、皆に報告したいことがある。」
殿下の言葉を受け、その隣にすっと並び立つ青紺色の髪をした美しい少年。
殿下の隣に並ぶのに相応しい美しさ。けれどもやはり、そこに居て欲しいのはあなたではないの。
「今日は婚約者の決定を伝える日だ。」
殿下と青紺の君が一瞬見つめ合う。
少年の背丈が殿下の胸の辺りまで。
殿下を見上げる少年。
嗜好に合う体格差。
推せるカップリング。
けれどもやはり、やはりあなたではないの。
壇上のふたりが見つめ合う姿を側近様はどんなお気持ちで見守っているのか、考えただけで鼻の奥がツンとして目頭が熱くなってくる。
「内定したのはこちらの公爵家の御令息。」
見目麗しく、貴族位も高く、少年である。
申し分の無さに口を引き結ぶ。
「そしてこの婚約は白紙に戻す。」
その言葉は一瞬耳を通り過ぎた。期待している展開に都合が良すぎて驚いた。そんなこと現実では起こらないの、期待してはダメ。
ばさり。王妃様が扇子を広げられた。
王妃様は目元を細めていらっしゃるようだが、遠くてよく見えない。
「ただ皆にはできれば婚約成立の場に立ち会ってほしい。」
ちょっとお待ちになってね⁉︎婚約はされるのね⁉︎でもなぜ⁉︎少年の他に2人ご令嬢が候補に選ばれていたのは知っているから、そのおふたり以外の方ということでしょう⁉︎
会場内の令嬢をざっと見渡して可能性のありそうな方を探す。
あら?あのカップリングどこかで…
いいえ今はそれどころじゃないの。
会員たちを見やるとやはり同じ行動を取っている。その時、非会員のご令嬢が目を見張り咄嗟に口元を手で隠すのが見えた。
その目線を辿る。
殿下が壇上からひとり、降りてくる。
これは目を外してはいけない場面。
どうか。
どうか、彼の元へ。
そう祈ってしまった。
階段を降りたところには近衛騎士が数名と側近様がいる。
そして側近様の前で、跪いた。
「……ちっ 」
誰か彼らの近くに会員は⁉︎
すぐさま音が遮断され、視界を遮るようにおふたりを近衛騎士たちが取り囲む。
大丈夫、脚と腕の隙間からおふたりは見える。会話の内容と、遠くて表情がわからないだけ。
でもこれだけは言える。公式だって!!絶対これ公式だって!!
そこで会員たちの立ち位置を確認し、最も良い場所を取っているのが侯爵令嬢様であることを確認した。侯爵令嬢様が情報を共有してくださるはずだから、どうか落ち着いて会員たち。
件の少年も会話に加わってからほどなく、殿下は立ち上がった。
「皆、待たせた。長らく私の側近を務めていた彼は今日から婚約者となった。彼が18歳になったら結婚する。こちらの彼は、側近殿の弟君で今日から彼の側近に就く。異議がある者は、後で陛下に伝えてくれ。では、皆はゆっくり楽しんでいってくれ。」
殿下はひと息にそう告げると側近殿を抱え上げ、件の少年も従え会場を後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「侯爵令嬢様!」
「えぇ、わかっているわ、休憩室へ参りましょう。他の会員たちにも周知を。」
用意された休憩室に会員たちが漏れなく集まるのに然程時間はかからなかった。
「それでは緊急報告会をはじめます。」
そのお言葉にご令嬢方ご夫人方が、公式?公式なの?間違いはないの?とさざめいていた空気がぴたりと止まる。
侯爵令嬢様ともうお一方が部屋中央へ進み出でると自然とおふたりのための空間が出来上がる。
「私からはおふたりの行動を、そしてこちらの子爵令嬢からはおふたりのやり取りを解説を共有いたします。もちろん小道具の準備もばっちりです。急ぎ擦り合わせをしましたので、私が側近様、子爵令嬢は殿下を演じます。皆様、ハンカチと心臓にかかる負荷、足腰への衝撃、備えはよろしいですか?」
ごくり。
そこかしこから唾を飲む音がした。
深紅の髪のきりりとした美少女の前で、栗毛に眼鏡の小柄な少女が跪く。
栗毛の少女が、殿下。
深紅髪の美少女が、側近様。
「私はあなたを愛しています。どうか私と結婚してくださいませんか?」
栗毛の少女が、深紅髪の美少女の左手を右手で掬う。
「急にそんな、それにこんな時に。それに私の弟はどうなるんですか!」
深紅髪の美少女は取り乱すが、無意識に自らも左手を握り返す。
「私が愛しているのはあなただけなのです。失礼……」
掬いあげた深紅髪の美少女の左手をさらに両手で包み裏返す栗毛の少女。手首までの手袋半分ほど引き下ろし、露わになった手のひらを優しいキスを落とす。会員たちのどきどきたいう心臓の音、詰めた息の音が聞こえる。でもまだ始まったばかり。ここで倒れるわけにはいかない。
「私と結婚してください。」
「……結婚?結婚なんてできません!」
頭を横に振り言葉強めに断る深紅髪の美少女。
「その理由を聞いても?」
手のひらにキスをもう一度。栗毛の少女は妖しく微笑み問う。会員たちはハンカチを持つ手や爪先をもじもじさせる。
「だってふたりは相思相愛でしょ!……弟を悲しませたくないんです」
抗議する深紅髪の美少女だったが、すぐに泣きそうな顔で悲しげに眉を下げる。
「……弟君と相思相愛でなく、弟君もそう認識していたら?」
さらに手のひらにキスをもう一度。妖しさを増した微笑みに、見守る会員たちがもじもじを強めハンカチの皺も深くなる。そして揶揄うように笑う栗毛の少女。
「そんなこと、あるわけがありません……」
顔を伏せる深紅髪の美少女。
「そうだと言ったら?私が欲しいのは君だけなんだよ?」
肩を落とす深紅髪の美少女。その左手に両手で縋り付き懇願するように見上げる栗毛の少女。
「揶揄わないでください……」
可愛く睨め付ける深紅髪の美少女。
「揶揄う余裕なんてないよ……」
栗毛の少女の眼鏡がきらりと光る。見上げた顔は綻び、笑みを深めた。左手を引き寄せ手袋のはだけた手首の内側に二度長めにキスをした。
「ここで弟君が加わります。彼の唇は見ていなかったので省略します。」
栗毛の少女が淡々と告げ、深紅髪の美少女に次の言葉を促す。
「はい。結婚を申し込まれました。」
「そんな、本当に?………違うの?」
動揺と困惑と疑問でいっぱいな演技をする深紅髪の美少女の横顔を愛おしげに見つめる栗毛の少女。そして左手をくいっと引っ張り気を引く。
「愛しています。」
恥ずかしそうに顔を背けた深紅髪の美少女。
それを揶揄うようなキスの猛攻が始まる。指先、手の甲、手のひら、手首。
ロマンスが好物の会員たちに、その意味を知らない者はいない。キスの意味が深まるたびに火照ってゆく。
深紅髪の美少女が潤んだ瞳と吐息を漏らしてしまう口元を隠すように右腕を上げた。
「すまない。夢中になってしまって……」
栗毛の少女が左手で目元を覆い、恥じらう。
「はい、ここまで。この後は皆様もよくよく記憶していらっしゃるでしょう。」
その言葉で演目の終了を告げ、深紅髪の美少女は手を貸し栗毛の少女を立ち上がらせた。
ふたりの演技に入り込んでいて会員たちもはっと我に返る。
「姫抱っこ、初めて、見ましたわ…」
「会場を出る時の、殿下のお顔、とても余裕が無さそうで、張り詰めて、いらっしゃるように見えましたわ…」
「いつもクールな、側近様が、あんなお可愛らしい、反応をなさるなんて…」
「今日思いがけなくも、私たちの想いが公式になりました。恐らくおふたりは数日部屋から出て来られないでしょう……。今日のご招待のお礼の手紙は陛下宛にしましょう。異議を申し立てる家がないか探りを入れつつ、陛下には誰もおふたりの行く末を阻むことがないように取り計らっていただきましょう。」
「婚約のお祝いには何を贈ったらおふたりの邪魔にならず私たちの喜びを伝えられるかしら?」
「殿下と側近様を見守る会が正規な会として活動してゆくことを陛下にご許可いただきましょう。」
皆が口々に喜びに発する声はいずれも鼻声で、呼吸は荒く熱く、涙と鼻水でくしゃくしゃのハンカチの隙間から漏れる公式万歳の声。その騒めきに掻き消される「あれは謀りましたね」という栗毛の少女の呟き。
明日からは陰に隠れることなくおふたりを愛でることができる。その幸福に打ち震える会員たちであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
メイドホットラインで”我らが秘宝相成る"との緊急連絡が入った。それは過去一番の連携と速度で王宮内を駆け巡った。
あれはいつで誰だっただろうか、使われるはずもない暗号を考えたのは。
そしてパーティーの会場内で給仕を担当していたメイドの判断力と指揮。
このふたりには特別報酬を出さなくては。
連絡を受けた侍女長は急ぎ離宮内総員に通達を出した。侍従には、パーティー会場まで迎えの馬車を回すように、また公爵家へ外泊の許可取りを。調理人には、軽食を用意するように、また明日の食事もすべて軽食になる可能性があることを。メイドには、今晩と明日の側近様のお召し物の準備を。そして私たち侍女は、殿下の私室と間続きの伴侶用の私室及びおふたりの寝室、バスルームの準備を。
夜着と部屋着は敢えて殿下のものを着ていただきましょうと、メイドが用意した新品を捌ける侍女がいた。なるほど。神妙に頷いておく。
恐らく殿下はパーティーを抜けて戻られるでしょう。残された時間は僅か。それまでにおふたりが寛げる最高の環境を用意しなくては。
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それから暫く、おふたりが馬車で戻られたようで、出迎えに行くと婚約者様もご一緒だった。側近殿は足元が覚束ないご様子。見兼ねた殿下がひょいと横抱きにしてしまわれ、私たちに労いの言葉をかけてから私室へ向かわれた。
「夜のお作法に必要な物の準備を忘れたわ!」侍女のひとりが顔面蒼白になる。
「私も男性同士のお作法がわからなくて準備を後回しにしてしまったの!」もうひとりの侍女も同じく青褪める。
「大丈夫ですよ、男女のお作法で使用する物を代用できますからベッド脇の抽斗に揃えておきました。上級者向けの物も念のために各種取り揃えてあります。」
先程、婚約者様に敢えて殿下のお召し物を使わせるよう仕向けた侍女が事もなげに告げる。
それを聞いた侍女たちは安堵からの不敬。
「殿下、知識はあったかしら……」
いつ呼ばれても、何を求められても、全て提供できるようにしなくてはと意気込みつつも知識不足で尻込みしていた侍女たち。それを見かねた事情通の件の侍女より「これでお勉強なされては?」と渡されたのはロマンス本。
一度も呼ばれることは無く、気付けば朝。
ロマンス本を読み耽っていた侍女たちの目は血走っていた。
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お読みくださりありがとうございます。




