表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

〜天使の住う公爵邸〜

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ただいま。待たせてごめんね。」


「うん。今日は僕だけの兄上だったのに…」


「そうだよね、ごめんね。」


「うん。ちゃんと僕に返してね?」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 長男様のご帰宅に気付くと次男様は駆け寄って抱き着きました。抱き着いたまま恨めしそうに上目遣いで何やらお小言を言っているようです。おふたりの仲睦まじいお姿は我々使用人たちをいつも和ませてくださいます。


 朝方、急な仕事が入り長男様は出掛けられました。今日は1日兄弟水入らずで過ごされるご予定だったため、次男様はとてもがっかりされていました。長男様は、午後には戻るから庭園のガゼボで一緒にティータイムを過ごそうと約束をしてから出掛けられました。戻る時間がわかり少し安心したご様子の次男様は、ティータイムに出すお菓子を自分でも何か作りたいと仰られ、急遽厨房ではクッキー作り教室が開かれました。少しでも寂しさを紛らわせる助けになればと、メイドたちも加わり賑やかにたくさんの種類のクッキーを作りました。次男様は、出来上がったそれをご自身で型抜きしたものだけを長男様にと取り分け、他の皆で作ったものはご両親や執事をはじめとする全ての使用人に差し入れて欲しいと仰られました。


 次男様は長男様に劣らない聡明さと美しさをお持ちです。学力も魔力も申し分なく、後継者教育についても順調で吸収する速さに追いつかれまいとする家庭教師の方が大変そうだったと聞きました。公爵様と夫人の御人柄を濃く受け継がれ温和で快活、更に頭脳明晰。長男様を見習い勤勉な努力家へとお育ちになりました。大人びた言動をされることが多い一方で、先程のように小さな唇を尖らせ不満を漏らしたり、頬を膨らませて不機嫌なお顔を見せたりと長男様にだけは甘えたり我儘を言うこともあるのです。またご自身が作られたクッキーだけを食べて欲しいという可愛らしい独占欲もまた然り。

 悲しい思いをされている次男様には大変申し訳ないのですが邸内には、いじらしい天使様を拝める貴重な機会に感謝する者たちばかりです。


 兄弟おふたりには、月に一度だけ一緒に過ごすお休みの日、というお約束があります。今日がその日でしたから、次男様が不機嫌になってしまうのも仕方のないことです。

 長男様は学院に通いながら王宮でも講義を受けられ更に殿下の公務にも同行していますので大変お忙しく、休みなく過ごされていらっしゃいました。見兼ねた次男様がこのお約束を作られたそうです。単に、構ってもらえる日を作りたかっただけなんてこともあるかもしれませんが。たった1日でも心身を休ませる日を確保できたことは我々使用人からしても僥倖でした。

 寝る時間以外ほとんど邸内に居ない長男様と一緒に過ごす時間を確保するため……長男様のお部屋へお泊まりに行かれてもご迷惑にならないようにと、次男様はご自身で身の回りのことを熟せるようになりたいと申し出られ私たち侍女の手を離れてしまわれました。定期的な髪の毛のお手入れや指先のお手入れなどはさせていただいておりますが、我が子の成長を見るようでとても温かい気持ちにさせてくださる天使な次男様なのです。どうかこれ以上私たちが愛でる時間を奪わないで欲しいというのも本音ですが……。

 次男様の目標は、長男様です。とても真っ直ぐで一生懸命な気質でいらっしゃるので、尊敬する長男様と並び立てる日は必ず来るでしょう。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 外出から戻られた長男様が駆け寄った次男様をひっしと抱き留めます。駆け寄る姿を見つめる眼差しはとても柔らかでまるで我が子を慈しむかのようです。

 長男様は後継者教育が始まってすぐに、公爵御夫妻が本当の両親では無いと教えられました。こんな小さな子になんて残酷なと憤慨した私たちを他所に、長男様の態度は何も変わりませんでした。元より常に周囲に気を配り我々使用人に対しても感謝を口にされる慈悲深いお方でしたので、公爵御夫妻も突き離されたりしなくてよかったと心から安堵して居られました。そして聡明さとお心の清らかさを以てすれば第一王子殿下の御学友に選ばれるのも当然のことでした。それまでの長男様は外に出ることはあまり好まず家庭教師の講義の時以外でもひとりで図書室で勉強している時間が長かったと思います。それが5歳でご学友に選ばれてからは王宮へ招待されるなど外へ出掛ける機会が増えましたが、王宮へ出掛ける時だけはいつも嬉しそうにしていました。また図書室でひとりで勉強している時も以前より意欲的で、楽しんで学ばれているようでした。同じ年頃の子どもたちと触れ合い、新しい世界が広がりそちらで良き友ができたのでしょう。明るくなられた長男様が邸内を歩くと、通った後の廊下の壁や絨毯に花が咲いてしまいそうでした。

 その少し後に公爵夫人の妊娠がわかり、念願だった我が子にご夫妻は歓喜し邸内がより一層輝きを増しました。ご夫妻が懸念されていた長男様の反応は、意外にも大歓喜。初めて出逢う庇護すべき者に興味津々のご様子でした。そして次男様ご誕生からの長男様の愛らしさと言ったらまさに天使。そんな天使に乳母は仕事の半分を奪われる始末。さすがに長時間抱き上げることなどは難しく次男様を取り上げてしまうと、とても悲しそうにされていましたがそれも首が座るまでのこと。それからはいつも次男様を背負い行動を共にされ、甲斐甲斐しくお世話をされていました。嫌がりそうなオムツの交換などもなんのその。授乳、寝かしつけ、日光浴。離乳食、歩行訓練、読み聞かせ。そんな天使を日々微笑ましく見守る公爵ご夫妻と使用人一同。長男様は飽きることを知らず乳児期から幼児期を経て今現在でもしっかりと保護者をされて居られます。次男様が身の回りのことをご自身でできるようになると少しだけ寂しそうにして居られましたが、それが長男様のお部屋へお泊まりさせていただくためだと知ると、それはもうウキウキと喜びがダダ漏れでありました。氷の貴公子などと呼ばれる上位貴族の方が居られるとの噂を耳にしたことがありますが、我が公爵家の天使を前にしたら取るに足らない馬の骨に違いありません。

 あら、次男様お手製のクッキーが勿体無くて食べられないご様子ですが……見兼ねた次男様が手ずから食べさせて差し上げるようですね。そのお礼に長男様は紅茶を淹れて差し上げることにしたようです。

 この頃になると先程のようにどちらが兄で弟なのかわからない行動もよく見られます。お互いがお互いを大切に慈しんでいるのがこちらにもひしひしと伝わってきます。これが年頃の男女であればリア充爆発しろなどと物騒な言葉がどこかからか聞こえてくることでしょう。

 おふたりはきっといつまでも仲の良い兄弟なのでしょうが、間も無く増えるもうひとりの弟君もたくさん可愛がって欲しいものです。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「父上に相談したいことがあるんです…」


 先日王太子殿下の婚約者候補に選ばれた、もうすぐ9歳になる次男が執務室に押しかけてきた。珍しく気落ちしている様子に焦り、急ぎ執務室のソファに掛けるよう促し、私も隣に並んで座る。


「私、兄上にべったりじゃないですか…もう子どもじゃないんだから、兄離れしなきゃって思ってるんです…でも上手くいかなくて……そうしたら今度は殿下の婚約者候補に選ばれて……もう頭も心もいっぱいいっぱいで……」

 普段は大人のように立ち回りる次男が、年相応に悩んでいることが少しだけ意外であり、微笑ましくなる。


「そうか、思うようにできなくて困ってたんだな。辛かったな。まぁ兄離れに関しては、急に変えられるものじゃないからゆっくり無理をしないようにしなさい。それと婚約の件はまだ候補だし、他2人は女性だからあまり構えなくても大丈夫かもしれないよ?猶予も3年はあるわけだし。」


「……ゆっくりでもいいんですね。あと考えたことがあるんですけど、僕にも弟か妹が居たら兄離れできるんじゃないかなって。兄上と……妹か弟に気持ちが分散するからきっとできると思うんですけど。どう思いますか?」


 すごく賢い次男がなんか可愛い理論展開させてきた。確かにまだ閨教育はしていないからどうやって妹や弟が出来るのか、知らずに言っているんだろうけれども。しどろもどろに、そうかもしれないなと笑って誤魔化してしまった。


「父上、相談に乗ってくださりありがとうございました。母上にもお伝えしてきます!」


 来た時の暗い表情とは打って変わった輝かんばかりの笑顔を見せて次男は綺麗に一礼して執務室から出ていった。

 ところで母上に伝えるって、何をだろうか。まぁ全部伝わっても構わないけれど。いや、その、まぁ確かにいつでも全然ありだけれども。少しの気まずさを誤魔化すように、まだまだ子どもだったねと今まで静かに待機してきた執事に目をやると、彼は満面の笑みで片手の親指をびしりと立てていた。口元から覗いた白い歯がきらりと光ったのが癪に触る。


 そして愛する妻が新調した可愛い夜着を見せてくれるまで3日も掛からなかった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


お読みくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ