〜殿下の私室にふたりの重鎮〜
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
予定から数分遅れ、殿下と側近殿が帰城された。今日は急な配置換えがあり、本来非番であった側近殿に急遽公務に同行いただいた。その労いに紅茶を持たせたようだ。
受け取った側近殿は大変柔らかく微笑んでいた。
「これは、以前もいただいた紅茶でしょうか?」
ラベルを見ずに香りだけで言い当てた側近殿の教養の高さが身勝手にも誇らしい。
側近殿は殿下の恩寵であり、私の息子であると言っても過言ではない。
私は殿下が5歳になられた時にこの剣と忠誠を捧げた。5歳の殿下に忠誠を誓うこと躊躇いや不安は無く、いち早く近くに侍れる光栄に胸が高鳴った。その後ほどなくして殿下と側近殿はご学友として出逢われ、私とおふたりの付き合いは12年を超えた。
おふたりは同世代の子らとは既にその頃より一線を画していた。堅苦しい言葉遣いにまだ慣れず口調がたどたどしく年相応の幼さを見せることもあった。だがそれだけだった。話の内容や接し方、考え方はすでに上に立つ者のそれであった。側近殿の他にご学友たちは居たが、彼らは良くも悪くも年齢相応でありおふたりと距離が出来てしまうのは仕方のないことだった。
聞いた話にはなるが、側近殿は生まれて間も無く公爵家へ養子に入られ物心つく頃には既に後継者教育も受けられていたそうだ。だが側近殿が6歳の時、公爵家で念願の嫡男が生まれた。側近殿はその日のうちに公爵家の継承権を放棄し、公爵家を外から支えますと王宮内で力のある立場に就くことを表明されたそうだ。
その時に後継者教育が中止されることになったが、側近殿に与えられる学びのレベルが下がることを惜しんだ殿下が陛下に頼み込み、殿下と共に王族専属の家庭教師から共に王族教育を受けることになった。それからの11年間おふたりはお互いをライバルとし共に切磋琢磨されてきた。そして今は王立学院2年生。1年後の学院卒業と共に家庭教師による王族教育からも卒業する予定である。
卒業後の進路として、宰相にすべく宰相補佐に推す声が王宮内でも多かったが、彼はそれを固辞し、正式に側近となられる。
つまり側近殿は、正確には仮称側近殿または側近候補殿なのである。
しかし、限られた極一部の者の中で側近殿は既に正式な側近殿なのである。
側近殿は、
魔力量が極めて高く恐らく国内トップクラス。普段は周りに感知されないように細やかな調整をし魔法を行使しているため正確な力量が測り難い。
剣術、体術どちらも恐らく国内トップクラス。普段の戦闘訓練では9人居る近衞騎士隊の中で常に下位。若い隊員はまだ気付いていないようだが、側近殿は自身が負傷した状況、殿下を庇いながら戦っている状況などを独自に設定し己に負荷をかけ訓練を受けている。他の隊員が全力の一対一で向かってくるのだから不利になるのは仕方ない。しかも態と不利な手合いを取ることもある。恐らく相手の行動パターンを学習しているのだろう。もし彼に単身出撃かつ殲滅を命令した場合、必ず任務を完遂し戻るだろう。
側近殿は、側近という職務内容に含まれます!と言い張り暗部・諜報の類の活動もしている。それを見越してなのか幼少より語学も堪能。王族教育で暗殺術は教えていないはずなので公爵家で教育を受けたのだろう。
そんな側近殿が行使した転移魔法。
これは国内で恐らく彼しか使えない。
全方位武装展開な彼がさらに転移魔法を使えると他国にでも知られたら……
万が一他国に奪われた場合、厄災級の脅威となる兵器。国民であれば存在自体が国益。つまるところ正式な側近殿になったとしても全方位武装展開は極秘であることに変わりはない。
公に出来ない能力の高さ故に、いかに有能でも成人前のいち学生を就任させることができず、彼は正式な側近殿であり仮称側近殿だったのである。
さらに言葉を重ねるならば、側近職のみならず魔法士、近衞騎士、暗部をも兼ねた存在であるため「正式な側近」という表現もまた異なのである。
側近殿は自身の持てる全てをもって殿下にお仕えするために常に知識を吸収し、身体を鍛え、技を磨き、情報を収集してくる。学院と王族教育、公務の他にそれらをこなしている。殿下の休日に自身の休日を合わせ、友人として休日を一緒に過ごされて居る。つまり眠っている時間以外ほぼ毎日一緒なのだ。
極め付けに、側近殿は15歳の誕生日パーティーで誰とも婚姻は結ばず命ある限り殿下にお仕えすると宣言され未来までも捧げてしまった。
優秀でさらに眉目秀麗な彼なので、これには全ての貴族家が反発したらしいが、ものの数日で反発した事実が消えていたらしい。あまりにも早い鎮火であったため恐らく陛下が動かれたのだろう。
彼には以前から、女性が苦手、女性に興味が無いなどの噂があった。事実、熱の籠った視線を向ける有象無象には辟易し、その原因と考えられる自身の外見にはコンプレックスを持っていた。
そして美麗さとは正反対の存在となるべく、元より強さを求めるている彼を益々鍛錬に追い立てたのではないかと思ったこともあり、
それが私の心を苛んだ。
側近殿が、笑わない、視線が鋭い、冷たい表情、だとか陰で言われていることは知っている。その冷酷で苛烈、孤高な雰囲気が良いとか言われていることも知っている。それが殿下を警護している時に見せる表情なのも知っている。
しかし側近殿は殿下の前だけでは笑うのだ。それは私的な空間や休日に限られるが。
最初の頃は休日の警護担当で近くに侍っていても側近殿の笑顔を見ることは無かった。今にして思えばまだ全幅の信頼は得られておらず警戒されていたのだとわかるが、それに気付いた日には強めの酒を煽ったことは切ない思い出だ。私でさえ数年かかった彼の笑顔までの道のり。いまだに近衛騎士隊で彼の笑顔を見たことがあるのは私の他では副隊長くらいだろう。他の隊員のことも職務上は信頼してくれているのは知っているが、個人的な信頼を得るにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
彼らが側近殿の笑顔に出会えたら、私はずっと知ってましたけど?って自慢するんだ。そして強い酒を奢ってやるって決めている。
側近殿のお心は、不器用で臆病なところがある。戦闘能力が高くても、心の戦闘能力までも高いとは限らない。
来年、殿下の婚約者が決定する。
既に婚約者候補として3人が選ばれている。
来年以降もおふたりはこれまで通りで居られるだろうか。
側近殿が寂しい思いをしなければいいのだが。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「これを持って行け。」
殿下の指示で用意した包みが殿下から側近殿へ手渡されます。
「ふたりの好みだっただろ?」
好みの紅茶を受け取り嬉しそうな側近殿に、殿下も安堵したようです。
「ありがとうございます。」
側近殿の更なる笑顔に、殿下はお顔がますます緩んでゆきます。
側近殿が転移された後に着替えに向かわれた殿下は、穏やかな表情のままです。
先ほどの紅茶は殿下も気に入っておりましたので、執務室に戻りましたら淹れて差し上げましょう。それを励みに殿下には執務をがんばっていただかなければ。
私は既に子ども達を育て上げた年嵩であるため乳母ではありませんでしたが、王妃様に私の特技が買われ殿下がお生まれの頃より専属侍女としてお仕えしています。
殿下は全く泣かず手のかからない良い子であり、受け入れるばかりで我欲のない心配な子でもありました。
1歳になる前には既に歩いていましたし、発語もある大変成長の早い子でした。
そうなると次は自己主張が強くなる頃だろうと構えていましたが、その時期を丸ごとすっ飛ばし達観しているような落ち着きを見せる子どもらしさの無さが通常でした。
その様子は、私自身の育児の経験からはあまりにも不自然に見えましたので、私に見えないところで虐待などされているのではと本気で疑い暫く彼の周囲を監視しました。けれどもやはりそのようなことを考える不埒者はひとりも居りませんでした。
ある日専属侍女のひとりが休憩室で「人生3周目かよ」と呟いたのです。全く意味が分からずに訊ねると彼女の故郷には輪廻転生なる概念があり稀に過去の人生の記憶を持って生まれてくる子がおり、その子は往々にして幼き頃より老成しているとのことでした。なんとも不可思議な話でしたが、なるほどこれが3回目の人生であれば既に王族に生まれたことを悟り諦観されるのもやむなしと思ったこともありました。
殿下はその後も読み書きマナーも苦無く覚えられました。ただそういう教育の場で与えられる知識には興味をお持ちのようでしたが、その外周部には無関心でした。例えば、庭園を散歩している時には花の種類や保有する成分などには知識欲が現れますが、花がきれい、この色やこの花が好きなどのような情緒の発露は見られませんでした。食事のメニューや食材、お菓子や飲み物でも同じような反応をされるばかりでした。きっと何事にも頓着されない気質なのだろうと、私たち侍女は受け止めることに慣れてゆき違和感を感じることもなくなってきた頃。お茶会で側近殿と出逢われました。
5歳の誕生日を迎え、同世代のこどもたち10名からご学友を選定するための顔合わせが目的のお茶会でした。
一際目を引いたのは陽光を纏い煌めく銀髪。愛らしいお顔の男の子。佇まいは凛と澄んでおり、短めの銀髪が彼の纏う雰囲気を更に澄明にさせていました。
殿下の視線が彼だけには長く留まっていることが離れた場所からでもわかりました。
こどもたちはふたつのテーブルに分かれて席に着きました。殿下は話しかけられては端的に返答され、話を広げる盛り上げるは周りの子らに任せていました。お茶会の間中ずっと男女問わずテーブルの垣根を超えて殿下はちやほやされていました。
側近殿は殿下とは別のテーブルで静かに紅茶を飲んでいました。会話にも興味はないようでしたが嫌な顔はせず、ただ静謐さを保ち座って居られました。
お茶会が終わるまでに側近殿と交わした言葉はお互いの自己紹介のみ。それも名前だけ。他の子らは必死にアピールするべく好きなものや興味のあるもの、殿下へのおべっかなど多種多様であるなか、名前だけ。
殿下が初めて人に興味を示していたのに!とお茶会の後には側で見守っていた侍女たちが、お茶会の給仕に着けなかった他の侍女たちにどれほど無念かを必死に伝えておりました。お礼の手紙が届いたら、お茶会に招待するお返事を書くように仕向けなくてはと意気込む侍女も居りました。
側近殿を個人的にお茶会に誘うお手紙を書かせることができないまま2回目のご学友お茶会が開催されることになりました。
前回から人数は減り招かれたのは4名。選ばれたのは上位貴族のご令息たちで、もちろん側近殿も含まれていました。
前回のお茶会は大変賑やかでしたが、今回は幼さは残しつつも上品さも備わった上位貴族らしさがありました。話題は主に勉強の進み具合や、魔法実技はどのように教わっているか、剣術は誰に師事しているかなどお互いの情報を熱心に共有し合い、更に自分の成長に活かそうとする心構えがそれぞれから見えました。殿下も端的に答えつつも助言したり、質問したりと前回とは打って変わって会話を楽しんでいるご様子でした。
側近殿も自ら進んで発言することはありませんでしたが、人数が少ないためどうしても話を振られやすく、そのたびに必要最低限の言葉ですがきちんと返答されていました。
興味無さげにしている側近殿が、殿下が話す時だけは殿下を見据えつつ片耳が音源へ向くように顔を少しだけ正面から逸らし、手はお膝の上に置いているという可愛らしい姿勢の変化に気付いた時には拳を突き上げそうになったものです。私、よく耐えました。
2回目のお茶会後、なんとしても側近殿とおふたりで親交を深めて欲しい侍女たちの職務外の働きにより得た、側近殿が本好きであるという情報から本を釣り餌に「今度、王宮の図書館を案内しましょう」と手紙に認めるよう自然に誘導する作戦が練られ、いざ作戦開始。
「公爵家令息様は焼き菓子などにも手を付けておられなかったと記憶しておりますので、満足のいくお茶会ではなかったでしょう……王宮内の庭園……あ、図書館などであればご興味を示されるかもしれませんね。もっと時間があればよかったのですが……」
先日のお茶会のお礼のお手紙を4通纏めて渡し、一番最後の側近殿からのお手紙を読んでいる時に白々しく呟きました。
前3通を殿下が読み終え机に置くたびに目にも留まらぬ速さで回収していた別の侍女が、レターセットを1組だけいそいそと机にセットしました。
促されるや否や、素直に頷きペンを手に持つ殿下。僅かに緊張しながらも文字を丁寧に書き連ねてゆきます。その嬉しそうな横顔は少しだけ赤くなっていました。
それからのおふたりは共通して持つ知識欲に背中を押され、手紙のやりとりや王宮への招待が日常となってゆきました。
側近殿が王宮で共に学べるように陛下を説得するために、王妃様に根回しを済ませ味方を増やす手際の良さに当時は殿下の新たな一面を見せられ吃驚したものです。
何事にも頓着せずあるがままを受け入れてきた殿下が、自らの欲として6歳にして初めてご両親に我儘を言ったのです。これには私たち専属侍女はもちろん、陛下も王妃様も感激し密かにお祝いをしたものでした。
さらに10歳を過ぎた頃、殿下は自身の身の周りの世話は最小限とし、殿下の離宮に出入りするメイドも35歳以上の年嵩の者に限定するよう王妃様に直訴なさいました。
それは自分のことは自分で出来る側近殿に感化されたことでありましたし、その頃になると美少年な側近殿に擦り寄ろうとする年頃のメイドの行動が原因でありました。
殿下は自身の部下であるメイドに側近殿が不快感を持っていることに気づくや否や行動に移されました。それは主人としてとても不甲斐ないお気持ちだったのでしょうし、それに側近殿を守れなかった自身にとても落胆しておられるようるようでした。
殿下はそれまで周りの目を全く気にされておりませんでした。王族ですから誰かに見られているのが常であり、恐らく向けられる視線の意味などは考えたことがなかったのでしょう。それが側近殿に向けられる不躾な視線の多さや不可解な声掛けなどを側で体感し、こちらが無関心であっても勝手に相手から求められることがあると初めて知ったようでした。
殿下にはそれまで快も不快もありませんでした。あるがままを受け止めるお方ですが、内容にも相手にも関心がないので感慨は持たれなかったのです。これが初めての情緒の発露だったのかもしれません。
きっかけが良くありませんでしたからお祝いではなく、側近殿がより快適にお側に侍れるようにと専属侍女総出での作戦会議と相成りました。
側近殿のお誕生日を初めて祝うことになった6歳の時、殿下は何を贈ったら良いかと私たち侍女に相談されました。私たちは、一般的な返答の中から更に側近殿に当て嵌まりそうなものだけを取り上げてお伝えしました。
本、ペン、レターセット、ペーパーウェイト、好きなお菓子、好きな紅茶、カフスボタン、クラヴァット、ハンカチ。
ご自身の色を入れて差し上げると喜ばれますよと伝えた侍女がいた。それは婚約者や恋人同士がやるやつな!?と心の中で突っ込みはしましたが、敢えて訂正はしませんでした。
そして殿下がご用意するよう指示なさったのは、側近殿が好まれているお店のクッキーとリボンでした。
手のひらサイズの瓶に詰め込まれたローズマリーが練り込まれたクッキー。
青紺地のリボンに縁にはブルーのステッチ。
この指示を聞いた侍女はよく耐えました。
殿下の前できれいに一礼し部屋を出ていきました。その後侍女は向かった先の休憩室へ入った瞬間蹲ったそうです。
「謙虚が過ぎるし!可愛いが過ぎる!」と喚き散らし、休憩室に居た他のメイドたちにもその病は感染してしまったそうです。
翌年以降も殿下は自身の瞳の色をラベルの縁取りやステッチなどの細やかな場所にしか入れませんでしたし、贈り物も手元に残らないものばかりでした。
それに倣ったように側近殿も形の残らない似たような物を殿下の誕生日に贈ってくださっていました。しかしそこに添えられているのは側近殿の色ではなく殿下の瞳の色でした。
謙虚で可愛らしい贈り物を続けること10年。殿下15歳の誕生日。遂に身に付けるものを側近殿が贈ってくださいました。
殿下の瞳の色に限りなく近いブルーサファイアに、台座には漆黒の金属を使用した片耳だけのピアス。石は小ぶりですがとても貴重な魔石を使ったものだそうです。
それを殿下の耳に取り付ける側近殿の両耳には台座には銀、そしてご自身の瞳の色に近いエメラルドグリーンの石がきらりと光っています。
側近殿が自らデザインし、作られたそうです。
おふたりのお茶の準備をしようと一礼して部屋を出た侍女はよく耐えました。
這々の体でたどり着いた厨房で、地団駄を踏みながらこれまでの10年という長い歳月をかけおふたりが育んだ美しい友情について喚き散らしたそうです。「やっとここまで来た!」それを聞いた調理人たち、居合わせたメイドたちにもその病は感染してしまったそうです。
その日から殿下には、指先で耳朶に触れピアスの存在を確認するという日に何度かの重大な任務が課せられることになりました。
恐らく貰ったばかりの頃は意識的に落としていないか確認する作業だったような気がしますが、慣れてくると無意識に耳朶に触れ、頬を緩ませることまでセットの任務になりました。その重大な任務は、側近殿がお側に居られない時に多くお見かけしましたので、きっと寂しく思われた瞬間だったりしたのでしょう。
殿下はその日から毎日ピアスを付けています。外すことはありません。パーティーや式典に参加する公務の時も例外ではありません。
側近殿もいつも身に付けて居られるご様子で、大変仲睦まじいおふたりの姿に「若返った」「でも胸が苦しい」と涙ながらに訴えるメイドたち。それは殿下の離宮に立ち入るメイドだけに留まらず、陛下付き、王妃様付きのメイドたち、さらには侍女に侍従に調理人たち。私たち専属侍女にわざわざ訴えに来る者が後を断ちません。
今年はどうなるものかと王宮中のメイドたちが浮き足立った翌年、殿下16歳の誕生日。ピアス以前のいつも通りの贈り物に戻られました。その落差と更に特別感が増すおふたりのピアス。
その衝撃に耐えかねたメイドたちが一斉に休憩に入ってしまい、半日仕事が停滞したそうです。そのメイドたちは休憩室で皆で想いを吐露しては泣き、泣いては喚きの大騒ぎだったそうです。
殿下は6歳の誕生日から、側近殿からいただいた贈り物やお手紙、それらに付属したリボンやカード、箱や瓶を大切に保管されています。
これを他のメイドたちが知ってしまったら阿鼻叫喚になるのは目に見えています。致死率が高い情報兵器であるため決して外に漏らしてはいけないのです。
保管場所は抽斗のたった一段だけ。
そこに触れることを許されたのは私ただひとり。これが私の誇りです。
殿下は側近殿のことをとても大事にされています。厚い信を寄せてくださる臣下であるため重宝するのも当然でしょう。しかしそれに淡い想いの一欠片でも入っていたら…それを殿下が自覚されてしまったら…と私は気が気ではありません。
来年、殿下の婚約者が決定します。
さらにその3年後には結婚です。
殿下は無事にその日を迎えられるのでしょうか。
お読みくださりありがとうございます。




