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海に誓った願いは

作者: 公社

「着岸完了!」


 各国の商船が行き交う我が国の近海は昔から商船や街を襲う海賊が多く、これを掣肘し、海の安全を確保することが王国艦隊の使命。我ら第二艦隊も多くの海賊を討伐して後、その帰途に就いたところです。


 ただ、帰港して終わりとはいかない。損傷箇所の確認や修理手配、航海記録の報告など、やることはたくさんあります。が……


「では……報告書の提出は任せるよ」

「逃げるな(グイッ)」

「うきゅっ」


 首根っこを捕まえられて変な悲鳴を上げるこの方は、第二艦隊提督のロルフ・アンドレア伯爵。私、メルヴィ・アールストレームが副官として仕える御方です。


「ゲホゲホッ……そういうのは君が得意だろ」


 戦には滅法強く、海賊がその名を聞くだけで逃げ出すと言われる名提督ですが、反面書類仕事は大の苦手。そういうところは昔から変わらないけど……


「だからと言って部下に押しつけていいとでも?」

「暴力反対〜」


 私に捕まれて痛かったのか、喉元をさする提督が恨みがましくこちらを見ますが、最強の武力集団のボスが情けない声を上げないでください。


「やれやれ、相変わらず賑やかだな」

「……何の用だ、ヒマ人」

「嫌味か」


 そこに現われたのはステファン様。ホルムグレン侯爵家の嫡男で、若くして王国の軍事戦略を指揮する統合作戦部の次長を務めるエリート官僚。ロルフ様とは学生時代からのライバルで、いつもいがみ合っています。


「わざわざのお出迎え、痛み入ります」

「久しぶりだね中佐。今日の君は一段と美しいな」

「あら、風呂にも入れず潮風でベタベタ。おまけに日に焼けて真っ黒だというのに、お世辞にしても信憑性がありませんわ」


 そんなわけで自然と私が仲立ちしているためか、ステファン様は不思議と私には優しい。


「色目を使うためにサボりに来たの?」


 だけど提督はそれも気に入らない様子。普段からアイツには気をつけろと仰いますが、何が悲しくて次期侯爵様が、行き遅れと言われる年まで船に乗り、肌も浅黒くなったような女に懸想するというのかと問いたい。


「馬鹿言うな。王宮からのお召しだ」




 急な話題の転換にロルフ様と顔を見合わせます。


 ……お前、何かやらかした? みたいな顔をしないでください。むしろ私は、提督が何か粗相をしたのではと思うのですが。


「心配するな。王太子殿下の頼み事だそうだ」


 私たちの様子を見て、警戒していると思ったステファン様がそうではないと否定されます。次長自らご丁寧に迎えにきたところを見ると、喫緊のお話かもしれません。


「メルヴィ、後は頼む」

「……と言いつつ嬉しそうなのは何故?」

「すまないね中佐。今度お詫びに食事でも一緒にいかがかな」

「アハハ……お気持ちは嬉しいですが、私などがご一緒しては、ステファン様の株を落としてしまいますからお気遣い無く。提督が事後処理を面倒くさがるのはいつものことなので」

「良い部下に恵まれたなアンドレア卿」

「そりゃどうも」


 こうして提督は王宮へと向かいました。



 ◆



「……です。よろしくお願いします!」


 それからしばらく後、我が艦隊にも新人の入隊があり、多くの兵員のほか士官候補も4名が配属された。


「次!」

「ヒルデガルド・エーデローゼです。よろしくお願いします!」

「全員、提督に敬礼!」


 初々しい若者たちの最後に挨拶をしたヒルデガルドという少女は何を隠そう国王陛下の末娘。つまり王女殿下であります。


 王族が軍人になるのは珍しくもありませんが、女性となると前例は少なく、ほとんどは王族が国民に寄り添っていると示すための形ばかりのもの。


 しかし彼女はにわか仕込みではなく、士官学校を主席で卒業。提督が王太子殿下から受けた頼み事とは、第二艦隊で面倒を見てほしいというものでした。


 最初にその話を聞いたときは反対しました。前線に立つということは危険と隣り合わせですもの。


 ですが姫の想いは強く、ならばウチに預けるのが最良だとお考えになったようです。


「これより提督から訓示を頂戴します」

「入隊おめでとう。まずは訓練航海だが油断はするな。いつどこで戦いが始まるか分からぬゆえ、今回の航海で多くを学び、一日でも早く我らの力となるよう、諸君らの健闘と成長に期待する。以上」

「敬礼!」




 ……ふむ。ロルフ様がいかにもといった雰囲気で訓示するところを見ると、なんだか嬉しく感じます。


 何故ならば、今は副官という役割を担っておりますが、兄弟のいない提督にとって、私は姉代わりのような存在。


 勉強がイヤだと邸を逃げ出せば首根っこを捕まえて引きずり戻し、嫌いな食べ物があれば宥めながら食べさせてあげ、1人で寝るのが寂しいと言えば添い寝……オホン。子供の時の話ですよ、誤解なきように。


 え? 首根っこ捕まえてるのは変わらない? さすがに今は食べさせてもいないし、無論添い寝もしてません。


 とにかく……手のかかる子だった彼が、お父上の死を機に人が変わったように勉学に励み、今のご立派な姿になられたことを、天上のご両親が見守っておられると思うと嬉しく思うのです。




「ではエーデローゼ少尉はアールストレーム中佐の指揮下に入るように」

「はっ、よろしくお願いします」


 新人士官にそれぞれ教育係が割り振られ、何故だか私が姫様の担当。


 普通なら副官が直接面倒を見ることはありませんが、王妃殿下やその実家の公爵家は姫の海軍入りにいい顔をしていないと聞きますから、私が担当するというのは、不手際が無い様にという部分が大きいのでしょう。


 提督の顔ををチラリと見れば、軽く首肯しています。信頼されるのは嬉しいが、気が重いですね。


「メルヴィ・アールストレームよ。よろしくね」

「よろしくお願いします」

「今日はオリエンテーションだから。みんなに紹介がてら、艦内を見て回るから付いてらっしゃい」

「はい」


 こうして艦内を回って説明しながら、みんなに紹介をしていくことになったのですが……


 どいつもこいつもウキウキしすぎだ。


 たしかに姫はとても美人だ。海軍にも女性士官や船員はいるが、それとは全く違う生き物。そんなお嬢様が配属になったと聞かされれば、連中が浮足立つのも分かる。


 だが相手は王女殿下。船の上では階級が物を言うが、一度大地に降り立てば……姫本人がそう思わなくとも、王妃殿下(バック)が黙ってはいない。これは私が目を光らせないと……


 って、誰だ。今、「下手に手出ししたら王家に罰せられる前に姐御に殺される」とかぬかしたのは?




「あの……中佐は何で提督の副官になられたのですか」


 その後、一緒に昼食を取りながら、艦隊を見た感想などを聞いていると、そんな質問をされた。


「ええと、それはどういう意味?」

「すいません。副官って大変なお仕事じゃないですか。こう言うのも変ですが、同じ女性として興味があって」

「12年前の海戦は覚えてる?」

「紅面のマンフレートですね」


 海賊マンフレート。各国が手を焼く残忍非道な大悪党で、その赤ら顔は拭う暇もないほど多くの者を殺めた返り血がこびりついたせいだと噂され、紅面のマンフレートと二つ名される男であり、提督と私の仇敵です。


 それは12年前のこと。王国近海にマンフレートが現われたと聞き、これに対峙したのが第二艦隊。


 当時の提督であったロルフ様のお父上が強敵に一歩も退かず勇敢に戦った結果、マンフレートは戦況不利と見て海域を離脱。


 以降今に至るまで、王国近海にその姿を見せることはなかったのですが……その代償として第二艦隊は半壊。提督、そして副官であった私の父や兄をはじめとする、おびただしい数の命が失われることとなりました。


「提督と2人で父や兄が散った海に誓ったの。いつか私たちの手で仇を取るってね」

「そうだったんですね……」

「逆に聞くけど、少尉はどうして海軍を志望したの?」


 だからこそこれは聞いてみたい。


 彼女と話してみると、実戦経験は無いものの、士官学校で真面目に修学していたことが良く分かります。ただ、事務方でも仕事はいくらでもあるのに、どうしてわざわざ海軍を選んだのか。


 彼女の健康的なお肌が日に焼けて真っ黒になるのはちょっと勿体無い気もするんですよね。


「ええと、その……」


 私が質問すると、それまでハキハキと話していた姫様がなんだかモジモジしだしました。


 もしかして……お化粧直し(トイレ)か?


「その……提督に憧れて」


 あー、そういうことか。


 私が自慢することではないが、たしかにウチの提督は男前だ。しかも若くして海軍随一の名提督と称される有望株。王女殿下のお眼鏡に叶うだけのものは持っている。


 そうかー、あの利かん坊が王女に見初められる日が来るとは……お姉さん嬉しくて泣きそうですよ。だから私と提督の関係が気になったんでしょうけど、そんな心配はいらないと断言してやりましょう。




「あと……それ以上に中佐にも」

「ふえ!?」



 ◆



「ってことらしいのよ」

「可愛い妹分が出来たね」


 その夜、新人たちの様子を伝えると、ロルフ様が苦笑いしています。


「何がおかしいんですか。女性の影すら見えない男の初ロマンスかと思ったのに」

「酷い言われようだ。けど勘違いで良かったよ」


 どうやら姫が私たちに憧れていたというのは、王族の皆さんもご存知だったようですが、少し認識が違っていて、ロルフ様を異性として慕っている。つまり恋慕の情だと思われていたらしい。


 ゆえに彼女が海軍を志望したことで、嫁ぎ先は自身の手で決めたかった王妃殿下はあまりいい顔をせず。といったところを、王太子殿下から今回の件を頼まれたときに聞かされたそうです。


「色恋沙汰の前に……俺にはやらなければいけないことがある。あの男を倒すまでは……」




 家族を失ったとき、ロルフ様は13歳。私はその2つ上の15歳。年端もいかぬ少年が当主。副官は唯一残った娘が家督継承者。復讐を誓ったものの、子供に何が出来ると嘲られ、第二艦隊は一時解散となってしまいました。


 しかし、我らは周囲の声をものともせず、士官学校での雌伏の時を経て、かつての部下たちを呼び戻し再び艦隊を結成。提督は今や王国随一の名将と謳われるまでに成長し、私もそれを副官として支え、共に数々の海戦で戦果を上げたため、「洋上の女傑」なんてありがたくもない異名を頂戴しております。


 ただ、仇であるマンフレートの姿を見ることはなく、気付けば私ももう行き遅れと言われる年。既にどこかで野垂れ死んだのではと、考えたくない想いがよぎることもあります。


「あの強欲な男がそんな簡単にくたばるものか。いつか姿を現したときは、この手で……討つ」

「ええ、そうですわね。でも奥方を迎えるのも伯爵家の当主として疎かにしてはなりませんよ」

「……それはまた改めて考えるよ」

「逃げるようなことがあればまた首根っこ捕まえて引きずり回しますよ」

「……善処する」



 ◆



「今日は少し波が高いな」

「新人にはいい勉強になりそうですね」


 訓練航海も7日目。最初は戸惑いながらだった新人の船員たちも少しずつ仕事にも慣れ、周りもそれを温かく見守っています。


 そして姫様はというと、やはり主席だっただけあって飲み込みも早く、マスコット的な扱いで見ていた男たちも実力を徐々に認め始めており、気象条件を除けば、さほど難しい局面にはないだろう。そう思っていたそのとき……


「お嬢! 海賊だ!」


 艦隊で長年勤務する老航海士が駆け込み、海賊の艦影が向かって来ていることを告げに来ました。


「マンフレートだ。紅面のマンフレートだ!」

「何だと!」


 私が叫ぶよりも早く、提督がそれに反応し、甲板に出て敵影を目視すると、身体の震えが止まらない様子。


「何でこんなときに……総員、臨戦態勢。信号弾を放ち増援を要請、各艦は守勢を維持せよ!」


 怖いからではありません。親を殺された怒りと仇を見つけたことへの身震い。私も同じく震えが止まりませんから良く分かりますが、今戦うわけにはいかないのです。


 なにしろ今回は新人たちの習熟訓練。先日の戦いで損傷した大型艦はまだ修復中で、今の艦隊は操舵し易い小型艦が中心。食い詰め者の小勢ならば十分対応できますが、あの数の船を相手にしては太刀打ちは難しい。


 とはいえ、すぐに逃亡を図れば敵の格好の餌食です。守勢に徹し、大がかりな戦闘に至らぬ程度に敵を牽制しつつ、増援が来るのを待つか、隙を見て退却する機会を待つしかありません。 




「納得いきません!」


 艦隊の方針を皆に伝えると、姫様が猛然と食って掛かってきました。


「敵を目前にして、逃げの一手だなんて」

「少尉、口を慎みなさい」

「最強第二艦隊が聞いて呆れます!」

「黙れ! それ以上の暴言は軍令違反と見なしますよ!」


 聞き分けの無い子供のようなわがままに思わず大声が出ます。その怒号で周囲の空気がピンと張り詰めますが、言わざるを得ません。


 私だってそんなことは言いたくない。ですが、初めての敵の襲来に気分が高揚しているにしても、状況を理解出来なさすぎです。


「メルヴィ、そのくらいで」

「提督……」

「忸怩たる想いは私も一緒だ。だが今回は被害を最小限にして海域を離脱することが最優先だ。分かるかエーデローゼ少尉」

「……了解いたしました」


 提督に諭されて持ち場へと向かう姫様。しかし、その顔には不満の色がありありと見えていた。


 無茶なマネをしないといいのだけれど……




(ドーン……ドーン!)


「戦況は?」

「現在敵の砲撃は単発なもの。深追いしてくる気配はありません」


 事前にしっかり方針を定め、攻撃に呼応せず散開を繰り返していたため、敵の砲撃は単発的なもので留まっており、今のところ大きな被害は出ていません。


 しかし、付かず離れずの距離で並行されており、油断すればすぐにでも襲いかかってくることでしょう。


「もうすぐ増援も来るはず。それまでの辛抱だ」

「はっ」


(ドォーン!! ドドドーン!!!)


「何事だ!」

「報告! 我が方から多数の砲撃を開始し、敵を一隻撃沈。そのため海賊艦隊が速度を早めて近づいています!」

「誰がそんな命令を下した!」


 まさか……


「提督、もしや姫様が」

「……台無しじゃねえか」


 提督の判断に納得がいかない様子だったのは仕方ないとしても、これは明らかな軍令違反です。


「エーデローゼ少尉!」


 そこでもしやと思い砲列甲板に向かうと、若い士官たちに交じって姫様の姿がありました。


 やはり、この子たちが……


「何をしているのですか!」

「黙って好き勝手にさせているのは我慢なりません。実際に敵船を沈めたでは……」

「馬鹿か! そのせいで向こうはこちらに交戦意思があると見て動き出したのよ!」


 船を沈めれば、こちらが明確に戦うという意思を表したにほかならない。そのため海賊艦隊は速度を上げて近づいてきており、砲撃の着弾で海面も大きく揺れています。


「やむを得ん。本艦を含め装甲の厚い何隻かで味方が撤退するまで時間を稼ぎ、即時撤退だ!」


 提督はそれだけ叫ぶと、他の者にも指示を出すべく足早に司令室へと戻りました。


「そんな……だって……」

「エーデローゼ少尉! 何をボサッとしているの。行くわよ!」


 今になって自分のしたことの結果が、何を引き起こしたのかに気付いた姫が顔を青くしていたそのとき、虚空の彼方から、こちらの甲板めがけて敵弾が降り注ぐのが見えた。


 このままでは……


「少尉!」


 そこで私の意識は失われた……






「気がついたか」

「提督、戦況は……痛っ……」


 気が付けば私は医務室におりました。


 提督の声で目覚めて慌てて起き上がろうとすると、右足に激痛が走る。どうやら砲撃の際、身動きの取れなかった姫を庇って負傷したらしい。


「姫は」

「君のおかげでかすり傷だ」


 あの後すぐに増援が来て、最悪の事態は避けられたようですが、血の臭いと、焼け焦げたであろう臭いが医務室まで漂っているのですから、無事とは言えないでしょう。


「副官……」


 そこに姿を見せた姫様。比較的軽症だった彼女は、率先して他の者の手当てに奔走していたようで、目の下にはクマができ、かなり憔悴していました。


「申し訳……」


(パシン!!)


「それで済むと思ってるの?」

「ふくか……」

「貴女の勝手な行動で、どれだけの者が命を落としたと思うの」


 目一杯の平手打ちで頬を赤く染め、涙目の姫様ですが、全ては彼女の短慮が引き起こしたこと。最初から逃げの一手に徹すれば、被害はもっと少なくて済んだのに……


「それがこのザマよ」

「でも……敵に背を見せるなど」

「では誇りとやらのために、勝てぬ戦いに身を投じ、将兵たちに犬死せよと?」


 遭遇したのは陸から遠く離れた遠洋。あの状況では一旦退いても、敵がすぐにどこかを襲う心配はないし、態勢を整えてから挑み直しても十分に時間はあった。


「ですが、あそこで我らが死んだら、その後海賊に襲われるであろう船や街は誰が守るの? それに、船員たちにも家族はいる。その者たちは誰が守るというの?」

「……それは」

「エーデローゼ少尉、勇敢と無謀は違います。要らぬ誇りを守るために死も厭わぬと言うのなら、貴女に士官たる資格はありません」

「…………」



 ◆



「やあメルヴィ、調子はどうだい」

「……次長様ってヒマ人なんですね」

「おいおい、折角見舞いに来たのに、アイツみたいな言い方するなよ」


 姫が怪我をしたと聞き、王妃殿下や公爵家は相当お怒りで、指導役である私の更迭を言い出したそうです。


 その後、原因が姫の軍令違反にあると知り矛を収めはしたものの、何も無しというわけにもいかないようで、入院中の身で形ばかりのものではありますが、姫に直接手を上げた責で謹慎という扱いです。


「部下の失態は上官の責任ですから」

「とはいえ半ば言いがかりだ。本音では未だに除隊させろと言ってる」

「それは困りましたね」

「心配ない。ロルフが激怒していたから」


 提督はそれなら自分も辞めてやると啖呵を切ったらしく、軍令部が正式に公爵家へ抗議したとか。


「お手数おかけします。提督にお咎めなどは……」

「無い。今は海賊討伐に必要な要員だ。何と言われようと軍部を挙げて拒否するさ」


 病室で伝え聞くだけですが、マンフレートが現れて以降、鳴りを潜めていた数多の海賊たちが各地で動き出したようで、第二艦隊も無事だった船や船員たちだけで討伐の任に当たっているそうです。


「今はゆっくり怪我を治すことだ。もっとも……復員したときにはマンフレートを討ち果たしているかもしれないが」

「どういうことですか」

「大規模な掃討作戦を進行中だ」


 他の艦隊も各地に派遣され、海賊勢力を徹底的に叩き潰す計画だとステファン様が仰いますが……


「王都の守りは?」

「修復中の艦艇は残っているが、今のところ地上部隊が中心だ」


 提督がそのような作戦を承認したと!?


「それはいけません!」

「無理をしてはいかん。置いてきぼりを食らったと思うかもしれないが……」


 ステファン様は、慌てて起き上がった私が置いて行かれたことに怒っているのだと思ったのか、ロルフが私にこれ以上傷ついてほしくないと思ってのことだと宥めてきましたが、そうではありません。


「12年前のことを覚えてないのですか!」


 あの海戦に至る前も、海軍は大規模な掃討作戦を敢行していた。


 しかし、敵がその網にかかることはなく、行方が分からなくなったところ、本体から離れて単独で哨戒活動をしていた当時の第二艦隊へ奇襲をかけるように姿を現したのです。


 結果的に海賊を追い払うことは出来ましたが、後手に回ったことで大苦戦したのは事実。普通に戦っていれば、ロルフ様のお父上も私の父や兄も死なずに済んだかもしれない。


「あの男は神出鬼没。艦隊のいない港だと知られれば……」

「私もそれは懸念したが、ロルフが策があると……」

「それって……」

「大変です! 海賊が王都の近海に現れました!」


 ステファン様が言う策とは何かと問おうとしたとき、軍令部の職員が血相を変えて駆け込んで来ました。




「軍服を出して」


 急報を受け、挨拶もそこそこに病室を後にしたステファン様の影が見えなくなったのを確認すると、私は付き添いの船員に準備を促します。


「副官殿、何を……」

「軍服を着るということは、出撃以外に何がありますか」


 そのお身体でと心配するのは良く分かる。だけど、私は行かなくてはなりません。


 いや、もしかしたら私抜きでどうにかなさるつもりだったのでしょう。それでも……




「次長」

「アールストレーム中佐?」


 まだ完治していない足を庇いながら港まで来ると、航海可能なくらいには修理の終わった艦船が何隻か係留されており、その近くにステファン様がいました。


「何を……とは聞くまい。乗りに来たか」

「無論」

「ダメだ。形だけとはいえ君は謹慎中の身だぞ」


 しかし、他に艦隊指揮を出来る士官はいません。


「まさか卿が指揮なさるのですか? 無礼を承知で申し上げますが、知識があるだけでは無理ですよ」

「しかし、君を出すわけにはいかない」


 時間を稼ぐのなら、より扱いに長けた者がいたほうがいい。そう頼んでもステファン様は首を縦には振りません。


「とにかく、君はダメだ」

「私は行かなくてはならないのです!」

「提督と誓った願いのため、ですか?」


 ステファン様と押し問答していると、割って入る声が聞こえました。


「少……いえ、王女殿下……」




 そこに来たのはヒルデガルド王女殿下でした。例の件で責を問われた彼女も、内々に謹慎中のはず。一体どうしてここに?


「そのお体で迎え撃つと?」

「提督のお考えが私と同じなら、ここで稼ぐ時間が多ければ多いほど有利になります」


 地上部隊の応戦だけではどうしても被害が大きくなるし、流れ弾が街へ向かう恐れも大きいが、艦隊が攻撃を引き付けて連携することで、勝つのは難しくとも防御は固くなります。当然、船の扱いに慣れた者であることが前提です。


「仇を討ちたいという想いもあるのは否定しません。でもそれ以上に街の人々が守れるなら、援軍が来るまで耐えて敵を打ち滅ぼせるなら、それは軍人としての本懐ではないでしょうか」

「援軍が間に合わないかもしれませんよ」

「だとしても、守るべきものがいて戦わないという選択肢は私にはありません。これが無謀ではないこと、王女殿下なら分かりますよね」


 それに……間に合わないという可能性も私の中にありません。


 提督なら、今回の作戦を聞いた時点でどういう状況になるか気付かないはずはない。必ず手を打っている。そう信じてます……


「信頼しているのですね」

「共に誓いを立てた同志ですから」

「……分かりました。では私がアールストレーム中佐を防衛艦隊の代理提督に任じます」

「王女殿下!」

「ホルムグレン卿、全ての責任は私が取ります。越権行為は承知の上ですが、ここは最善の選択を」


 凛として命令を下す王女殿下の圧に、ステファン様も「ああ、もう!」と片方の手で頭を掻きむしり、指揮権を私に移譲するよう指示を出されました。


「中佐。いえ、提督。ご武運を」

「必ずやご期待に添いましょう」



 ◆



「撃てーっ!」


(ドゴォン! ドオーン!!)


 湾の入り口に布陣した我らの前に、海賊船が続々と姿を見せ始めました。


 敵はこちらの陣の突破を図りましたが、防衛艦隊、そして左右の岬に備えた砲台からの攻撃に攻めあぐね、今のところは膠着状態です。


「普通なら退くわよね」

「じゃないってことは、待っているんだろうな」


 見る限り姿を見せているのは、有象無象の下っ端ばかり。肝心の大将は未だ姿を現していませんが、彼らが退かぬということは、間違いなくその襲来があるということでしょう。


「ステファン様は乗艦されなくてもよかったのに」

「いやいや、洋上の女傑の戦いぶりを間近で見る機会など、ロルフがいては一生無いだろうからな」

「買いかぶりすぎです」

「そうでもないさ。アイツがいなければ、とっくに君に求婚するくらいのことはしていたさ」


 ……はいはい。冗談は陸に戻ってから聞きますから。


「冗談ではないんだがな……」

「提督、新手が来た。……マンフレートの本隊だ!」

「おいでなすったわね」


 ステファン様が更に何かを言い募ろうとしていたようですが、残念ながらそれどころではないようです。


「総員! ここからが踏ん張りどころよ。みんなの命、預からせてもらうわ」

「おおーっ!!!」




「三番艦被弾! 後退します」

「小型艦を左右から展開。岬の砲台と連携して敵を攪乱して」

「提督、敵本隊来ます!」

「撃ち返せ!」


(ドオオーン!!)


「くそっ……」

「メルヴィ、完治してない足で動き回っては……」

「提督がそんなザマでは部下に示しがつきませんよ」


 マンフレートの本隊が加勢し、海賊の勢いがそれまでより格段に増してきました。


 損傷した艦を入れ替えながら、散開して敵の襲撃を受け流してはいますが、狭い湾の中ではそれも限界があります。


 そろそろ限界が近い……ロルフ様なら、こういうときはどうするのか……


 ……最後まで諦めない。そうですよね。




(ドドドドーーーーン!!!)


 そのときです。敵の密集した地点に左舷からの一斉砲撃。方角からして地上隊の砲撃ではありません。


 ということは……


「援軍だ! 第二艦隊……ロルフの旦那だ! 他の艦隊も来ている!」


 老航海士の歓喜の声を聞き、砲撃のあった方向を見れば……間違いない、見間違えるものか。第二艦隊の隊章を掲げた艦隊が斉射の後、海賊艦隊に特攻する姿が見えた。


「ロルフ様……」

「やれやれ、間に合ったか」

「よし! 敵本隊は第二艦隊に任せ、我らは周辺の艦船を掃討する。撃ち方用意!」



 ◆



「遅え」

「悪い。お前の指揮だったら間に合わなかったな」


 港に戻ると、提督とステファン様が何やら言い争いをしています。


 今回の作戦は王都近海に無防備な状態を作り出して敵を誘い出し、各地に散らばっていた艦隊がそれを襲う。つまり、マンフレートが常套手段としていたものをお返しする作戦だったのでしょう。


 その肝は防衛部隊がどれだけ耐えられるか、そして、援軍がどれだけ早く到着できるかですが、艦隊の到着が予定より遅れたのだと思います。


「ふざけるな。と言いたいところだが、事実だから仕方ない。謹慎を破った件は俺が上手く処理しておく」

「宜しく頼む」


 ステファン様は肝を冷やしたことでしょう。頼まれたとはいえ、実戦指揮など久しぶりだったはず。しかも予定より来援が遅れたとあっては、文句の1つも言いたいでしょう。ロルフ様が頭を下げていますので、そういうことだと思います。


「労いの言葉をかけてやれよ」

「言われなくても……」

「そう言えば、船の上で彼女に求婚したんだ」

「はあ??? お前何してんの!」


 何でしょう? ロルフ様が渋い顔をしたと思えば驚いたり怒ったり……何を話しているのでしょう。


「心配するな。あっさりフラれたよ」

「別に心配なんか……」


 今度は呆れたと思えばホッとした顔をしたり、そしたら今度はむくれ顔。いがみ合っている割になんだかんだ仲が良いのよね。


「ったく素直じゃねえな。彼女はお前との約束を守ってここまできたんだ。仇であるマンフレートを討って、この先どうするか、きちんとお前の口から話してやるのが筋だろ。さあ、副官殿がお待ちだ。行ってやれ」


 最後にステファン様が提督の肩をポンと叩くとそのまま王宮へと向かったようで、残されたロルフ様がこちらへとやって来ます。




「メルヴィ……」

「提督、ご無事のお戻り、また仇敵を討ち果たしたこと、お喜び申し上げます」

「いや、君が港を死守してくれたおかげだ」


 どうしたのでしょうか。いつもより提督の歯切れが悪いです。きっと仇を討ったことで感慨深いものがあるのかもしれません。


「あの日の誓いがようやく果たせたな」

「ええ」

「それで、これからどうする?」


 漠然とした言い方ですが、仇を討つという誓いを果たした以上、私が艦隊に残る理由は無いだろう。この先の身の振り方を考えても良いのではないか。そう仰いたいのだと思います。


「もし嫌じゃなかったら、俺と結婚してくれないか」

「え? いや、何を……」


 提督の突然の提案に言葉が出てきません。


「提督であればもっと素敵な方がいくらでも……」

「実はさ、俺はあの日、仇を討つというほかにもう1つ誓ったことがあってね。もうこれ以上大事な人を失わないよう、俺が必ず守るってね。だから、メルヴィは船に乗ってほしくなかった」


 まるで迷惑だったかのような言い方に、そんな! と私が言いかけたのを提督が手で制し、言葉を続けます。


「昔から君には世話になりっぱなしで……だけど結果、君を危険な目に遭わせてしまった。父上や兄上の仇を取った今、もう船に乗る必要は無いだろう」

「……」

「これからは妻として、君を守っていきたい」


 どうしましょう……そのようなつもりでお仕えしていたわけではないのですが……


「ダメか?」

「……実は、私も仇を討つというほかにもう1つ誓ったことがあります」


 人前では涙すら見せなかったロルフ様が、部屋でひっそりと泣いていたのを見たとき、共に仇を討ちましょうと誓ったあの日のことは今でも覚えています。そして、いつまでもこの人を支えていこうと秘かに誓ったのです。


 もしかしたら最初は父と兄を失った悲しみを紛らわせるためだったのかもしれません。でもあれから12年、私はこの方の側でお仕えすることこそが、今でも使命だと感じています。


「もし妻という立場でもよろしいのならば、生涯ロルフ様の側でお仕えしとうございます」

「もちろんだ」


 ロルフ様がそっと私を抱きしめます。弟のように思っていた方にこんなことをされる日が来るとは、何だか不思議な気分です。


「ただ、私でよろしいのですか」

「君は十分に美しい。俺がそう思うんだから間違いない」


 えーと、見目の問題とかそういうことではなくて……


「副官の仕事ですよ。提督の書類仕事を全部押し付けられると知ったら、なり手が……」

「……じゃあ続ける?」

「仰せとあらば」


 貴男の側に一生いる。そう誓ったのですから……


「では……報告書の提出は任せるよ」

「逃げるな(グイッ)」

「うきゅっ」


 だから一生逃しませんよ。ロルフ……

お読みいただきありがとうございました。

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