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その二 わんこ、姫様を失う

 王家の紋章が刻まれたメダルを首から下げた黒犬の噂は、あっという間に町中に広まった。

 黒犬の頭をなでると出世するとか、黒犬に干し肉をやると商売が繁盛するとか、怪しげな話が町を賑わせていたが、クロの暮らしは変わらなかった。


 その朝も、クロはいつものように、町の市場に異常がないか見回りをしていた。

 すると突然、見知らぬ白犬が、クロの前に立ちはだかった。


 ―― はん! 人間にたぶらかされて、犬の誇りを失ったクロ公はおまえか?

 ―― 俺は、犬の誇りを失ったわけじゃない。人間と折り合いをつけて生きていくことにしただけだ。

 ―― ヘヘッ! ものは言い様だな。だがな、おまえの栄華もこれまでだ!

 ―― どういう意味だ?

 ―― おまえにメダルをくれた姫さんな、今夜、魔物の嫁さんになるんだよ!

 ―― 何だと?!


 クロが、話の続きを聞こうとすると、白犬は嫌らしい笑いだけを残し、どこかへ走り去ってしまった。

 クロは不安になり、朝ではあったが王城の裏門へと急いだ。

 あと少しで裏門にたどり着くというとき、門から一台の馬車が走り出てきた。

 クロは、胸騒ぎを覚え馬車の後を追いかけていくことにした。


 馬車は王都を抜け、田園地帯を走り続けた。

 途中、神殿や貴族の館などで、二度ほど短い休憩をとった。

 クロは、少し離れた場所から、馬車の様子をうかがっていた。

 白いマントに包まれたエヴェリーナ姫が、馬車から降り建物へと向かう姿を見かけ、クロは、自分の勘が間違っていなかったことを確信した。


 ―― それにしても、姫が魔物の花嫁になるとは、どういうことだろうか?


 犬であるクロは何も知らなかったが、この国は今、大きな災厄に見舞われていたのだった。


 エヴェリーナ姫の継母である現王妃とその娘のフレドリカ姫は、とにかく贅沢が大好きだった。

 舞踏会のたびに、新しいドレスを誂え、それに併せて装身具や小物まで新調した。

 妻と娘を溺愛する王は、二人にねだられるままに何でも買い与えてしまった。


 調子に乗った二人は、自分たちの居室から見える場所に手の込んだ庭を造らせたり、景色の良い海辺に豪華な離宮を建てさせたりした。

 その結果、長年に渡って蓄えられてきた王家の財産を、十年ほどで使い切ってしまったのだ。


 エヴェリーナ姫は、家臣たちからの悲痛な訴えを聞き、何度か王に進言した。

 しかし、そのたびに継母と妹から、自分たちに対する寵愛を妬んで二人を追い出そうとしていると告げ口され、王の目を覚まさせることはできなかった。


 ひと月ほど前、二人が親しくしている宝石商が、城へ怪しげな山師を連れてきた。

 金の指輪を十本の指にはめた山師は、せり出した腹を揺すりながら王に言った。


「王都の北にあるシルキア湖の奥に、巨大な岩山がございます。あの岩山の地下には、古き時代の金貨や宝石がどっさり埋まっていると言われております。それを掘り出しさえすれば、陛下は再び巨万の富を手にすることができましょう。お望みであれば、わたくしが力をお貸しいたしますよ。ウホッ、ホッホッホ!」


 確かに、王もかつてそのような話を父や祖父から聞いたことがあった。

 しかし、シルキア湖の岩山には魔物の城があり、岩山の埋蔵物も魔物が支配していると教えられた。

 遠い昔、王家と魔物は、互いの領分を侵さぬことで平和を保つ約束を交わしたと、王家の歴史書には書かれていた。


 王は、「自分には魔物の怒りを買うようなまねはできない」と告げ、山師に岩山の採掘を断った。

 頼りない王ではあったが、王家につらなる者としての自負までは失っていなかった。


 だが、王妃とフレドリカ姫は違った。二人は、誇りよりも金を選んだ。

 こっそり山師と彼が雇った鉱夫たちを、シルキア湖畔に立つ砦に行かせ、兵士に命じ岩山へ向かう船を準備させた。


 その船が、いよいよ岩山を目指して砦を出発することになった。

 船が岸を離れ湖の中央近くまで達したとき、恐ろしいことが起こった。

 鏡のように静かだったシルキア湖の湖面に巨大な渦が出現し、山師たちを乗せた船をあっという間に湖の中へ引きずり込んでしまったのだ。


 その夜、王城もまた奇怪な出来事に巻き込まれていた。

 いつものようにクロに食べ物を与えた後、エヴェリーナ姫が自分の居室へ戻ろうとしていたときのことだった。

 上空に突然黒雲がわき起こり、王城全体が闇に包まれた。

 城の尖塔に向かって、激しい雷鳴とともに一筋の赤い光が走った。

 王の居室に集まり震えていた王妃とフレドリカ姫は、盛大に悲鳴を上げた。


 エヴェリーナ姫は、侍女とともに王の居室を目指し廊下を歩いていた。

 その目の前を、フレドリカ姫の愛猫ベルタが、赤い目を光らせながら駆けていった。

 姫が侍女を連れ、ベルタを追うようにして王の居室へ入った途端、さらに激しい雷鳴が城内に轟いた。


「王よ! よくも約束を違えたな! 我の宝物を奪おうと船を出すなど断じて許せぬ! 長きにわたる我と王国との取り決めは破綻した。これより、この国を我がものとするために我は動く!」


 それは、岩山に住む魔物からの脅迫だった。

 その声は、フレドリカ姫に抱えられたベルタの口から発せられていた。


「我は、この国の正当な支配者として認められたい。王よ! おまえの二人の娘のいずれかを我に差し出し、我を王家の婿とせよ! 明日深夜、シルキア湖の湖畔に迎えの船を出す。もし、娘をよこさねば、そのときはこの王城を木っ端微塵に粉砕し、王都も地の底に沈めることにする!」


 三度みたび雷鳴が轟いた後、黒雲は消え、王城は闇から解放された。

 王と王妃のすがるような視線にエヴェリーナ姫が気づいたときには、すでに姫の魔物への輿入れは決まっていたのだった。


 輿入れの準備は大急ぎで進められた。

 翌朝に王城を出発しなければ、真夜中までにシルキア湖へたどり着くことは難しかったからだ。

 エヴェリーナ姫は、無理矢理馬車に押し込められ、湖に向かって旅立っていった。


 姫は、王家と国の平和を守るため、魔物へ嫁ぐことを受け入れた。

 唯一の心残りは、クロに何の説明もせぬまま、王城を出てきてしまったことだ。

 一日がかりでようやく砦に到着した姫は、後悔を胸に抱えて輿入れの時を待った。


 真夜中になると、どこからともなく一艘の無人の小舟が砦の下にやってきた。

 砦の人々が見守る中、花嫁衣装に身を包んだ姫が乗り込むと、小舟は静かに岸を離れていった。


 物陰でこの様子を見ていたクロは、我慢できずに人々の前に飛び出した。

 そして、静々と湖の奥へ進んでいく小舟に向かって吠えたてた。

 その声に姫が気づいたかどうかは、誰にもわからなかった。


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