いざ、本丸へ!
「東京国税局査察部の伊呂波坂です。只今から、査察を行います」
麻奈未は衆議院の議員会館の中にある連間才明の事務室に入ると、身分証と捜索差押令状を掲示して告げた。
「おい、ここがどこかわかって言ってるのか?」
第一秘書の敷島幸雄が麻奈未に凄んできた。しかし麻奈未は敷島を相手にせず、
「連間先生、よろしいですね?」
奥のソファにゆったりと腰を下ろしている連間に尋ねた。連間は眉間にしわを寄せて、
「伊呂波坂、と言ったか?」
麻奈未を見た。麻奈未は敷島を避けて進むと、
「はい」
連間を睨みつけた。
「そうか。あの男の娘か。親の敵討ちに来たのか?」
連間は立ち上がって麻奈未を見た。麻奈未は身分証をスーツの内ポケットにしまうと、
「父は関係ありません。始めてください」
チラッと後ろに居並んでいる査察官達を見た。
「何するんだ、貴様ら!」
敷島が査察官達を妨害しようとした。すると、
「やめんか、馬鹿者!」
連間の一喝で敷島は引き下がった。
(いくらでも探せ。ここには何もない。徒労に終わる)
連間はニヤリとした。
(お前らよりも私の方が数段上だという事だ。昨夜は驚いたが、それも折り込みずみ)
麻奈未は連間が悠然と構えているのに気づいた。だが、黙々と作業を続けた。その間、敷島は査察官を睨め詰めるようにして歩き回り、時折、連間を見て指示を仰ぐような素振りを見せた。しかし、連間は黙って前を見据えたままで、敷島を見ようともしなかった。
麻奈未達は事務室を隈なく探し、机の引き出しを全て取り出して隅々まで調べた。戸棚も戸を外して奥の板まで叩いて隠し扉がないか確認した。更には、椅子の裏、机の裏、ポットの中、急須の中、茶筒の中、冷蔵庫の中も調べた。
「見つかりましたか?」
しばらくして、麻奈未が査察官達に尋ねた。しかし、査察官達は首を横に振るだけだった。
「先生」
敷島は麻奈未達の様子に何かを感じて嬉しそうに連間に近づいた。連間は麻奈未達を見渡して、
「どうしたのかね? 入って来た時と勢いが違っているように見受けられるが?」
嘲笑うような顔で訊いた。麻奈未は連間を見て、
「探しているものが見つかりませんでした」
敷島が麻奈未に詰め寄り、
「見つかりませんでした、だと? 大騒ぎして乗り込んで来て、先生に迷惑をかけて、この責任、どう取るつもりだよ、嬢ちゃん?」
噛みつきそうな顔で麻奈未を睨みつける。連間は敷島を止めようとしない。むしろもっとやれという顔をしていた。査察官達は互いの顔を見合わせた。それを見て、敷島は勝ち誇った顔を麻奈未を向けた。さあ、どうするという態度だ。
「ここでは見つけられませんでした、という事です」
麻奈未は敷島を無視して連間を見た。
「何だと、こら! 訳のわからねえ事を言ってるんじゃねえぞ!」
無視されて怒った敷島が、麻奈未に掴みかかろうとした。
「やめろ。大人げないぞ」
連間は実力行使をしようとした敷島は止めた。
「どういう事かね?」
連間は余裕の笑みを見せて尋ねた。麻奈未は連間を見下ろして、
「査察はここだけに入ったのではありません。貴方の自宅、貴方のメインバンク、貴方の行きつけの料亭、貴方の馴染みのクラブの女性のマンション、貴方の伊豆の別荘。全てに入っています」
麻奈未の言葉に連間は目を見開いた。敷島は唖然としていた。
「貴方の余裕ぶりから、ここには何もないとわかりました。我々も、どこが本丸なのか手探りだったので、少し時間を稼がせてもらい、貴方の様子を窺っていました。では、失礼します」
麻奈未は憤然とする連間を尻目に、またしても威嚇している敷島を無視して、事務室を出て行った。
「先生、放っておくんですか? あんな女、先生のお力をもってすれば、懲戒解雇にできるでしょう?」
連間の裏事情を知らない敷島が憤激したが、
「敷島、長い間、ご苦労だったな。私はどうやら終わりのようだ」
連間はスッと立ち上がって敷島を見た。
「え?」
敷島は何を言われたのかわからない顔で連間を見た。
「私物を片づけろ。もうすぐここを出なければならない」
連間は奥の部屋へ歩いて行った。その時、ドアが四回ノックされた。
「だれだ!?」
敷島が開けるなり怒鳴りつけると、
「警視庁捜査一課の石動と言います。敷島幸雄さんですね?」
オールバックの髪で、切長の眼をした黒スーツの長身の男が身分証を見せて告げた。
「何の用だ?」
敷島は怯まずに尋ねた。石動は敷島に詰め寄り、
「東京国税局の職員が暴漢に襲われた事件の事で、お尋ねしたい事があります。ご同行願えますか?」
同時に一緒に来た黒スーツの捜査員二人が敷島の背後を固めた。
「先生!」
敷島は連間に助けを求めたが、
「連間先生にもご同行願います!」
石動は奥の部屋の方を見て大声で言った。
「見つかったそうです。女将の私室の金庫に隠されていました。これでブレインホークからの裏献金の流れが解明できます」
麻奈未は料亭を調べていた査察官からの連絡を統括官の織部に伝えていた。
「そうか。ようやく連間を検察に送検できるな」
織部の声も弾んでいた。彼は伊豆の別荘へ行っていた。
「はい。自分もこれから料亭へ向かいます」
麻奈未も顔を綻ばせて応じた。
「頼んだよ。父上からの懸案事項が片づくな」
「そうですね。後で父に知らせてもいいでしょうか?」
麻奈未が訊くと、
「本来なら、守秘義務と言いたいところだが、構わんよ。知らせてあげてくれ」
「ありがとうございます」
麻奈未は電話の向こうの織部に頭を下げた。そして、通話を一旦終えると、スマホを操作して別の電話にかけ直した。
「お母さん? 今、大丈夫?」
麻奈未は舗道を車に向かいながら言った。
「大丈夫じゃないわよ。何よ、こんな朝早く……」
母の美奈子の声は起き抜けのものだった。
「朝早くって、もう十時を過ぎてるわ。まだ寝ていたの?」
麻奈未は後部座席に乗りながら尋ねた。
「昨日というか、明け方近くまで起きてたのよ。貴女と同じ生活リズムだと思わないでよね」
美奈子の声が言い返した。
「わかった。もう少ししたら、かけ直すね」
麻奈未は苦笑いをして通話を終えた。車はすでに走り出していた。
(お父さんは仕事中かな?)
父も勤務中だと判断した麻奈未は電話ではなく、ラインで連絡をした。誰よりも早く動向が知りたいと思ったからである。
(連間議員には関係ないと言ったけど、実際のところ、三十年前の一件はずっと気にかかっていた。胸のつかえが取れた気がする)
麻奈未は送信を終えると、スマホをスーツの内ポケットにしまった。
元妻の綾子に朝早く電話で起こされた木場隆之助はそのままベッドから這い出ると、出かける支度をして、家を出た。綾子と凛太郎がいた頃は手狭に思えた一軒家だったが、今では物悲しくなる程広く感じる。
(せめて、凛太郎に帰って来て欲しかったが、綾子との同居で懲りたのか、がんとして帰ろうとしなかった)
別れる以前から、隆之助は綾子の息子に対する過干渉を気にしていた。
(俺が言っても、揉めるだけだったからな)
隆之助は苦笑いをして、門扉を閉じると、駅へ向かって歩き出した。
「お」
すると、舗道の先に見慣れた顔が立っていた。綾子である。
「随分と早いご出勤なのね」
綾子は腕組みをして眼を細めた。隆之助は苦笑いをして、
「君に叩き起こされて寝不足だが、事務所の経営者としては、そうも言っていられないからね」
綾子はフンと鼻を鳴らすと、
「そんな経営者の方に申し訳ないんだけど、少しお時間よろしいかしら?」
隆之助に詰め寄った。相変わらず、いい匂いがする。隆之助は綾子に知られれば引かれるような事を思っていた。
「構わないよ。君の仰せなら、どこへでもお付き合いするよ」
隆之助は綾子を見つめた。
「おかしな事、言わないでよね!」
綾子は顔が熱くなったのを気づかれないように踵を返すと、
「ついて来て」
スタスタと歩き出した。
「はいはい」
隆之助はフッと笑うと、綾子を追いかけた。
「む?」
太蔵は昼休みに外へ出た時、麻奈未からのラインに気づいた。
(そうか。遂に連間を追い詰めたか)
太蔵は顔を綻ばせ、スマホを懐にしまうと、舗道を歩き始めて、
(美奈子さんにお礼を言わないといけないな)
ふと今でも最愛の人である美奈子の顔を思い浮かべた。そして、スマホを取り出すと、美奈子にダイアルした。
「おや?」
しかし、話し中であった。
「麻奈未か」
太蔵はそう察すると、またスマホを懐に入れた。
(長くかかりそうだ)
昼休み中には美奈子と話せそうにないと太蔵は考えた。
連間才明の関係先が一斉に査察に入られた事は、お昼のニュースで報道されていた。
(伊呂波坂麻奈未め、全国放送のニュースで、あんなに映って!)
事務所のテレビで東京国税局の査察のニュースをソファに座って観ていた野間口絵梨子は歯軋りした。
「連間才明と言ったら、与党の大物ですよね? 凄いですね、東京国税局は。大金星って事ですよね?」
事情を知らない一色雄大が向かいのソファで嬉しそうに言ったので、
「うるさい!」
絵梨子はガラスのテーブルが振動するくらい強く叩いた。
「ひっ!」
その迫力に一色は飛び上がってしまった。
「忌ま忌ましい!」
絵梨子は記者達の質問に一切答えずに国税局の玄関へ駆け込んで行く麻奈未が映されているのを睨みつけて叫んだ。
「あ……」
そこでようやく、一色は地雷を踏んでしまった事に気づいた。
(それにしても、野間口先生の執念深さは怖いものがあるな。そろそろおさらばした方がいいかな?)
一色は野間口税理士事務所から逃げ出す算段をしていた。
凛太郎は事務所でぼんやりとしていた。訪問予定だった法人にドタキャンされたのだ。
(凛太郎さん……)
そんな凛太郎と二人きりになったのに、優菜は何もアクションを起こせないまま、お昼休みになっていた。
「優菜さん、休憩してください」
そこへあたふたと入って来た綾子が告げた。
「あ、はい」
優菜はハッとして立ち上がると、
「お昼に行って来ます」
ハンドバッグを抱えると、そそくさと事務所を出て行った。
「お帰り、母さん。どこに行っていたの?」
凛太郎は我に返って尋ねた。綾子は顔を赤らめて、
「どこだっていいでしょ? あんたは仕事はどうしたの?」
自分の席に着きながら訊いた。凛太郎は、
「ドタキャンされたんだよ。急に出かける用事ができた、なんて見え透いた事言われてさ」
口を尖らせて言った。
「もしかすると、午前中の国税局の査察と関係あるのかもね」
綾子はニヤリとした。
「え? 査察? 麻奈未さん?」
凛太郎は即座に反応した。綾子は眼を細めて、
「知らないの? あんた、ニュースも観てないの?
「え?」
凛太郎は慌ててソファへ動くと、テレビのリモコンを操作した。
「あ!」
点いたチャンネルでは国税局の玄関が映されていた。各報道の記者やカメラマン達がゾロゾロと動いている。
「さっき、ネットのニュースを観たけど、麻奈未さんが颯爽と歩いているのが映っていたわよ」
綾子が得意そうに教えたので、
「それ、どこ?」
凛太郎はスマホを取り出して、検索を始めた。
「国税局、査察、連間で出て来るはずよ。トップニュースだから、すぐ見つかるから」
綾子は隆之助に言われた事を思い出し、顔を赤らめた。
「そうなの? よし!」
凛太郎はネットニュースに夢中で、母の異変には気づいていなかった。




