後編
クロスと別れ、先に自室へと戻ったスカヴェーは、傷こそ治っているもののぐったりとしている鷲の子をゆっくりと籠にいれ、毛布で包んだ。そして自分も椅子に座ると、召使いにコーヒーを頼む。一口飲み、ほっと息をついた後、また鷲の元へ寄った。
たまたま城へ用事があったスカヴェーは、その帰りにソラに引き止められたのだ。聞けば、我が娘が一人駆け出してしまい、どこに行ったのか分からなくなってしまったという。
スカヴェー自身、凄腕の闇魔法使いであったため、すぐに影の形を視て人がいないか探ったのだ。人ととれるものは無かったが、何やらせわしなく動いている影かいくつかある——何かあったんだろうとその場に寄ると、必死に子供を探す親の鷲がいたのだ。
すやすやと眠る鷲を見て、ようやくほっとした顔をした。応急処置で、あれ以外に有効な方法が無かったとはいえ、いくら副作用の効かない薬を打ったとはいえ、許容量を超える魔力を渡してしまえば子供なんてひとたまりもない。クロスなら大丈夫だろうと踏んだものの、内心少し心配だったのだ。
何があったのかはよく分からないが、クロスが彼に対してあそこまで泣いていたということは何かしらやらかしたのだろう……それは帰ってからちゃんと聞かなければ、と予定に食い込ませた辺りで、鷲がゆっくりと目を開けるのが見えた。
意識の混濁は見たところ無さそうだ。あとは体力の回復を待って野に放つのみ——そう考えていた矢先、彼がむくっと起きあがったかと思えば何やら黒い塊を嘴の先で作ったのを見え微かに目を見開いた。
驚くことに、その子は籠から降りて彼女の机に飛び乗ると、ここがよいとでも言いたげな顔をして居座り始めたのだ。
スカヴェーはこれを見て大きなため息をついた。どうやらクロスは少々加減を間違えたようだ。暴れる鷲を抑えて魔力測定器を付けてみると、微力ながら数値が出ている。
「只の鷲が魔獣になったわね……」
順応性が高いのか案外ケロッとしている当の本人を見ておでこに手を乗せた。このままでは野生に帰すわけにはいかない。かといって、ここで育てるわけにもいかない。
どうしようかと悩んでいると、鷲は器用に扉を開け、飛び出していったのだ。
裏口を閉めることも忘れ、口をあんぐりと開けて目の前でピンピンしている鷲を見る。向こうの方はどうやら怒っているようで、しかし何もしてこずにただただクロスを睨むだけだった。
「えっとぉ……もう体大丈夫?」
通じる訳がないと思いつつも一応声をかけてみると、彼はお陰様で、とでも言っているかのように片方の——クロスが掠めて怪我をさせた——翼を広げた。
鷲とはこんなにも賢い動物だっただろうか、と頭の中でこんがらがりつつも、ようやく裏口を閉め、恐る恐る彼を抱き抱えた。持つ事に対しては大丈夫らしく、大人しくしている。
どうしようか迷った後、とりあえず事情を聞こうと母親の部屋へと向かった。
「順応しているのよね、何故かしら」
スカヴェーもこれにはお手上げのようで、分からないと言い切った。医者である父親なら何かわかるかもしれないが、生憎彼は今出張中だ。
このままここにいさせるという案を出さなかった辺り、彼女には親鳥に対する罪悪感もあるのだろう。途方に暮れた顔をしたクロスに、スカヴェーは少し考える仕草を見せた後、おもむろに口を開いた。
「この鷲自身はどう思っているのかしら」
「どうって?」
「ここにいたいのか、親の元に帰りたいのか」
言われてみれば確かにそうだ。この子自身がここにいてもよいと思っているのであれば、親鳥に別れを告げれば解決だ。
しかし自ら親から離れたいものなどいるのだろうか、と思いつつもクロスは鷲に尋ねてみた。
「あなたは帰りたい?」
「…………」
ゆるりと首を傾げる。
「それとも、ここにいたい?」
「…………」
またまた首を傾げる。聞こえていないのかどちらでもいいのか分からない反応をされてしまい、クロスの顔にはありありと困惑の表情が見えた。
「ねぇ母さん、この子とお話出来ない?」
スカヴェーは微かに唸った。やったことはないが、確かどこかの本に書いてあったな、と。
「出来ないことはないはずよ。けれどやり方はわからないわ。どこかに載っているとは思うけれど……」
載っている、その言葉に、クロスはとある本のある一ページを思い出した。確かあれは————
「あれだよ!即死魔法【ダストデッド】が載ってる本!」
彼女の言葉にはっとする。取りに行ってくるわ、とスカヴェーは部屋を飛び出した。
残されたクロスは、机の上でのんびりとしている鷲の羽を触った。彼は少し嫌そうに羽を動かしたが、諦めたのかされるがままになっていた。
戻ってきたスカヴェーは、ペラペラとページを捲る。
「あったわ、魔力を同調することで相手の意志が伝わる……これね」
本によると、相手の魔力と自分の魔力を同調させる事によって、言葉とまでいかずとも、相手がどのような意志を持っているのかが分かる魔法だ。これは無属性魔法に分類されるが、魔力の同調がかなり大変なためほとんど使われていなかった。
しかし、今回は後天的な魔獣、しかも体内に通っているのはクロスが流した魔力だ。元から同じといってもよいだろう。
早速、クロスは鷲に流れる魔力を汲み取った。触れている手には微かに光が灯る。どれが成功かは分からないが、もう一度聞いてみようと問い掛けた。
「あなたは親の所に帰りたいですか?」
『どちらでも』
「どちらでも?じゃあ、ここにいたいですか?」
『どちらでも』
どうやら後者だったらしい。聞こえた、とはしゃぐクロスに対し、スカヴェーは少し困った顔をした。
「さてさて、どうしましょう……」
明確な意志では無かったため、選択権はこちらに譲られている。
「私はここにいてほしいけど、親鳥もそうだよね」
その時、外で鳥の鳴き声が大きくなったのが聞こえた。窓の方を見ると、先程の親鳥がこちらに向かっているではないか。
スカヴェーは少し迷った後、おもむろに扉を開き、鷲を抱えた。
我が子を見つけた親鳥は嬉しそうに鳴くが、微量の魔力を感じ取ったのかせわしなく飛び回り始めた。
「さぁ、どうしたいかは貴方に任せるわ。親と話してきなさい」
そう言って、スカヴェーは鷲を窓の外へと連れてった。彼は少しふらつきつつも、親鳥の方へと向かう。そして何やら鳴いた後——
「あら?」
——戻ってきたのだ。
親鳥と話がついたのか、彼らは何もせずに飛びさっていく。思わぬ展開に少し混乱しつつも、スカヴェーは後ろにいるクロスの方を向いた。
彼女は嬉しそうに顔をしたあと、大きく腕を広げた。鷲は彼女に向かって飛んでいく。
微笑ましい光景に少し笑った後、窓を閉め、またさっきの本の、次は別のページを開いた。
「クロス」
そして、はしゃぐクロスを呼び寄せる。近寄ってきた彼女にスカヴェーはある一ページを見せた。
「そろそろ貴方も持つべきかもしれないわね」
自室に戻ったクロスは、抱えていた鷲をベッドに乗せた。
「それじゃあ……ダーネス?」
名前は闇という意味のダークネスからとったようだ。ダーネスは毛布に寄せていた顔をクロスの方に向けた。
「これからよろしくね?」
何故か語尾が上がってしまったクロスは少しはにかむ。ダーネスはそんな様子の主人をみた後、ベッドから降りると同時に——
「えっ!?」
「よろしく、クロス」
——クロスと同じ位の背丈の男の子が、少し微笑んで彼女に挨拶をした。
最後までお読み頂きありがとうございました!