第93話 聖女はオーロラリリィの高原で……
リュウ様の操るシルフボードは、かなりの速度で岩山を駆け上っていきました。
この先にあるオーロラリリィの高原は観光地であるため、途中の道がある程度整備されているのですわ。
低空飛行しかできないシルフボードでも、スイスイと山道を進むことができます。
もちろんフクも、飛びながらしっかりついてきておりました。
ソフィア様と、ランスロット様は――
お姿が、見えませんわね。
わたくし達の速度に、ついてこられないようです。
標高が上がり、耳がツーンとします。
そして少しづつ、周囲に霧が出始めました。
「こりゃあ、飛ばすと危ねえな。速度を落とすぜ」
リュウ様は、シルフボードを減速させます。
霧の濃さに合わせて速度を落としていくうちに、歩くようなスピードになってしまいました。
すでに、周囲は真っ白です。
リュウ様とわたくしはシルフボードから降り、徒歩で進み始めました。
「うーん。もうオーロラリリィの高原に入ったんだが、全然周りが見えねえな」
「オイラが、周囲を偵察してくるよ」
フクはそう言って、霧の中へと消えていきました。
あとに残されたのは、わたくしとリュウ様だけです。
なんだかこうして霧の中にいると、リュウ様と出会った日のことを思い出します。
あの日、朝靄に包まれた聖都ミラディア東門前で、わたくし達は出会ったのでした。
「なんかよ……。こうしていると、出会った日のことを思い出さねえか?」
リュウ様もわたくしと全く同じことを考えていたと知り、嬉しくなりました。
思わず顔が、ほころんでしまいます。
「なあ、ヴェリーナさん。俺達はこれから、オフクロに挨拶しに行くわけだけどよ……。ムラサメ家ってヴェリーナさんの実家と違って、貴族家じゃねえんだ」
ムラサメ家をはじめとする魔王四竜家は、ミラディア貴族に当てはめると公爵家相当の家格だと言われております。
でも確かに、貴族というわけではないのです。
「だからよ、ヴェリーナさんの実家であるノートゥング家の当主……アナスタシアさんの許可を得た今、ウチのオフクロの許可なんて得なくても、婚約しちまって大丈夫なんじゃねえかと思ってな」
「えっ……。ということは、つまり……?」
「ヴェリーナさんを、婚約者としてオフクロに紹介したいってことだよ。決定事項として、誰にも文句を言わせねえようにな。だから……」
ゴソゴソと、荷物袋を漁るリュウ様。
やがて、黒い小箱を取り出しました。
これはアーウィン様から受け取っていた、謎アイテム。
リュウ様の逆さ鱗から、作り出された品物のはずですわ。
パカッと音を立て、小箱の蓋が開かれました。
中にあったのは、指輪。
石はありませんが、二条の糸が絡み合うような凝ったデザインをしています。
「ヴェリーナ……。俺と正式に、婚約してくれ」
跪き、リュウ様は静かにそう告げました。
表面上は冷静ですが、少し声が硬い。
リュウ様は、緊張しているのでしょう。
わたくしも喉が詰まり、唇が震えます。
どうしましょう?
早く返事をしなければならないのに、声が全く出ません。
やむを得ずわたくしは、無言で首を振りました。
もちろん、縦にですわ。
ああ。
今回は耳だけではなく、顔全体が熱い。
「顔……真っ赤だな」
「……もう! リュウの意地悪!」
やっと声が出ました。
反撃開始ですわ。
こちらも、敬称なしで呼んでやります。
するとどうでしょう。
リュウは顔を背け、プルプルと震え始めてしまいました。
耳が真っ赤です。
ふふふ――
一矢報いてやりましたわ。
「おいおい……。いきなりその呼び方は、反則だろう」
「そちらが先に呼んだのでしょう? わたくしのことを、敬称なしで」
やっぱりまだ、恥ずかしいですわ。
でも、慣れていかなければ。
わたくしは今から、リュウの婚約者になるのですから。
トクトクと、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえます。
リュウの大きな手が、わたくしの手首を取りました。
ああ、この手。
出会った日に、巨大鳥ルドランナーの鞍上へと抱き上げられたことを思い出しました。
自分はこの手に引かれ、新しい世界に踏み出したのだと。
左手薬指に、指輪をはめられる感触がこそばゆい。
でも、心が満たされてゆく。
指輪が完全に通された瞬間、風が吹き抜けました。
みるみると、周囲の霧が晴れてゆきます。
高原に咲き乱れるオーロラリリィの花畑が、やっと露わになりました。
オーロラリリィはユリではなく、スズランの変異種。
小さな花を、たくさん咲かせるのが特徴です。
他にも、大気中の魔力と反応して発光する性質もあります。
わたくし達の周囲に咲くオーロラリリィも、様々な色の輝きを放っていました。
風に乗って、花びらの吹雪が巻き起こります。
まるで風の精霊が、わたくし達を祝福してくれているかのよう。
顔を覗かせた太陽に、わたくしは指輪をかざしてみました。
虹色の輝き――
ふと、既視感が湧きます。
「わたくし、これと似た雰囲気の指輪をどこかで……」
「ブライアン・オーディータのオッサンと、カーラさんの結婚指輪だろ? あれも竜人族の逆さ鱗から作られているし、アーウィンさんの作品だ」
リュウの説明によると、オーディータ夫妻の結婚指輪は互いの逆さ鱗から作られているそうです。
ブライアン・オーディータ様の指輪には、カーラ様の逆さ鱗が。
カーラ様の指輪には、オーディータ様の逆さ鱗が。
おまけに魔道具になっていて、竜化した時には逆さ鱗が生えていた部分に鱗として戻るのだとか。
おかげで竜化する時に外しても、失くすことがないそうです。
「この指輪にも、同じような機能があるのですか?」
「いや。俺は竜化キーアイテムが耳のカフスだから、違う機能にしてもらったんだ。ヴェリーナが辛い時に、支えられるような仕掛けをちょっとな」
どうやらその機能に関して、今はまだ秘密なようです。
わたくしが辛い時にとおっしゃっていましたから、使わずに済むならそれに越したことはないのでしょう。
わたくしは、あらためて指輪を見つめました。
二条の糸が絡み合うデザインは、わたくし達の魂と竜魔核を結ぶ魔力の糸を連想させます。
まさに、番の証。
「ヴェリーナ……」
リュウの手がわたくしの顎に添えられ、少し上を向かされます。
あ――
この体勢は、いけませんわ……。
リュウの整った唇が、徐々に近づいてきます。
このままでは、互いの唇が触れ合ってしまう――
でも――
まあ――
いいかも――?
全身から、力が抜けてしまいます。
自然と、瞼も閉じてしまいました。
もう何も、考えられない。
全て、任せてしまいましょう。
わたくしの愛する番に。
(ヴェリーナぁ……)
遠くから、名前を呼ばれます。
ええ、わたくしはここにおりますわ。
――ん?
今のは、リュウの声ではなかったような?
「ヴェリーナ・ノートゥングぅ~! 逃がしませんわよぉ~!」
今度は、ハッキリ違うと断言できます。
女性の声でしたし。
「あ~、クソ。だから、同行させるのは嫌だったんだ」
悪態をつき、赤髪を掻きむしるリュウ様。
わたくしも、残念ですわ。
素敵な思い出になるはずだったのに、邪魔されてしまいました。
声のした方に視線を向ければ、小柄な女性を背負った長身の男性が走ってきます。
聖女ソフィア=クラウソラス様と、剣聖ランスロット・コールブランド様ですわ。
なるほど。
ずいぶん早く、追いついたと思ったら――
わたくしほどの出力ではありませんが、ランスロット様も身体強化魔法を使えます。
脚力を強化した状態でソフィア様をおぶって走れば、シルフボードにも追いつけるというわけですわね。
ランスロット様、けっこうキツそうですが。
気配を感じて逆方向に視線を向ければ、偵察に出ていたフクも戻ってきています。
「リュウ~。ちゃんと、ご主人様にプロポーズできたかい?」
「ああ、フク。指輪渡すまでは、上手くいったぜ。ありがとうよ」
なんと。
フクはリュウと打ち合わせて、わたくし達を2人っきりにしてくれたようです。
誰かが見ている前でプロポーズを受けるなど、わたくし恥ずかしいですものね。
なんて気が利くにゃんこですの。
「あ~!! なんですのぉ!? その指輪はぁ!? アタクシ達を置いて行って、何をやってたんですのぉ~!?」
指輪を目ざとく見つけたソフィア様が、キャンキャンと騒ぎ立てます。
ですがわたくしの耳には、徐々に彼女の声が届かなくなってきておりました。
ただただ左手薬指の指輪に、意識が吸い寄せられます。
この日――
わたくしとリュウは、正式に婚約者同士となりました。
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オーロラリリィの高原でのプロポーズから、3日後――
わたくし達は、虹色の砂漠を進んでおりました。
暑いことは暑いのですが、日差しは心配していたほど強くありません。
日中の移動でも、肌を晒さないようにしていれば大丈夫。
シルフボードで高速移動できることもあり、思ったより快適な砂漠の旅です。
相変わらずソフィア様とランスロット様は徒歩なので、大変そうですが。
シルフボードで先行しているわたくし、リュウ、フクの3人は、オアシスで休憩してソフィア様達が追いつくのを待っています。
「……あら? あれは?」
ふと空を見上げると、白い鳥が飛んで来るのが見えました。
いえ、あれは鳥ではありませんわね。
鳥型のゴーレム、シミズバードですわ。
魔国では、伝書鳩の代わりに使われることが多いと聞きます。
シミズバードはわたくしの前に着陸すると、足に括りつけられた円筒状の容器をツンツンとくちばしでつつきました。
中身を取り出せということでしょうか?
蓋を開けてみると、中には手紙が入っておりました。
「まあ、ミツキからですわ」
手紙の主は、雷の魔王竜ミツキ・レッセントからのものでした。
内容は近況報告――というより、愚痴ですわね。
なかなか、魔王竜の後継者が決まらないそうです。
竜化できなくなり、レッセント家最強ではなくなったミツキは、いずれ魔王竜の称号と雷竜公の地位を返上しなければなりません。
しかしレッセント分家の方々も、称号を引き継ぐのを渋っているのだとか。
ミツキは力を失ったのに、なぜか雷竜公としての地位に留まらせようとする人々が多いのだとか。
無人島に引きこもり続けているのに、領主としての仕事が大量に書簡で届くのだとか。
「ミツキは自分で思っているより、周りから慕われているのですわね」
色々とトラブルはありましたが、みんな彼女が領主のままがいいと思っているみたいです。
魔国ヴェントランは、強き武力を持ったリーダーを求める国ですもの。
美しい黄金竜の復活を、信じたいのでしょう。
それともこれまでの失言や失策を、雷竜領に貢献することで償わせようとしているのでしょうか?
本人は肩の荷を下ろして、旅に出たいのでしょうが。
「『旅先で素敵な男性との出会いを』という目標を達成するのは、まだまだ先になりそうですわね。……あら?」
手紙の2枚目には、妙なことが書いてありました。
『海で漂流していた、トカゲを拾ったわ。仕方ないから、しばらく飼ってあげるつもりよ』
これは――気になりますわね。
海にトカゲ?
領主としての仕事を続けなければならない上に、トカゲさんのお世話。
ミツキが旅に出られるのは、ずいぶん先のことになりそうです。
「ふふっ、ミツキも大変そうですわね。……シミズバードさん、彼女にお返事を届けていただけますか?」
わたくしはその場でサラサラと、ミツキへの手紙を書いてしまいます。
内容はこの旅で見たこと、聞いたこと。
オーロラリリィの高原や、虹色の砂漠の感想。
手紙を書き終えるまでの間、シミズバードさんはきちんと待っていてくださいました。
どうやら元からお返事を受け取って帰るよう、術式が施されていたみたいです。
「それでは、よろしくお願いいたします」
わたくしの手紙を受け取ったシミズバードさんは、南西の空に向かって飛び立ちます。
雷竜領の方角ですわ。
飛び去る白き鳥を見送っていると、砂丘を歩いてくる2つの人影が見えました。
ソフィア様とランスロット様が、追いついてきたのですわ。
「さーて、そろそろ出発するかな?」
「リュウ。それはちょっと、意地悪ですのよ。あのお2人も、このオアシスで休憩させてあげませんと。……それにもう、そんなに先を急がなくても」
わたくし達はすでに火竜領に入り、かなりの距離を進んでいます。
リュウの故郷――
火竜領中心都市にして、魔国ヴェントラン首都――
「ブレイズシティ」は、もう目前です。
「第3章 雷竜レッセント」はこれにて完結です。
次話より「最終章 火竜クサナギ」がスタートします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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