第83話 聖女は喪失感に涙をこぼす
「リュウさん。火傷の痕なんかより、もっとおぞましいものを見せてあげるわ」
ミツキ・レッセントはそう言って、礼服胸元のボタンに指をかけてゆきました。
まさか、この女――公衆の面前で、裸身を晒す気ですの?
アリーナの観客席からは、期待した男性客の下品な歓声。
女性客から、戸惑いと制止の悲鳴が上がります。
やがて礼服の上半身は完全にはだけ、ミツキ・レッセントの裸身が投光器の下に照らされました。
「き……きゃああああああっ!!」
観客のうち、誰が上げたのか分からない悲鳴。
それが引き金となって、アリーナ中に混乱が巻き起こります。
人型形態時の竜人族は、人族や他の魔族と大差ない。
若い女性特有の美しい裸身が、そこには存在しているはずでした。
しかし雷竜公ミツキ・レッセントの上半身は、本人の言う通りおぞましい姿をしています。
肩から先、首から上は白磁のように白いのに、胸や背中の肌は濁った灰緑色。
乳房などは、存在しません。
代わりに無機質な機械部品と、有機的な謎の器官が体外に飛び出しています。
金属製のチューブと血管のような管が、上半身全体を這いまわっていました。
こ――これは――
わたくしは冒険者になってから、多くの禍々しい魔獣達を見てきました。
しかしこれは、どんな魔獣より禍々しくて歪な姿。
恐らくは人や魔族が踏み込んではいけない領域に、踏み込んでしまった技術。
生命への、魂への冒涜。
「竜化暴走抑制装置、【キマイラソウル】。私が番を持たずに竜化しても、理性を失わない理由がコレよ」
堂々とした口調とは裏腹に、ミツキ・レッセントの紅い瞳は虚ろで悲し気でした。
この【キマイラソウル】という装置について、わたくしは予めアーウィン・フェイルノート様からある程度の情報を得ております。
アーウィン様の専門分野からは外れていたので、直接研究・開発には携わっていないそうです。
しかしマシンゴーレムの開発仲間などを通じて、概要は聞いていたのだとか。
【キマイラソウル】は内部に、人工の竜魔核を有しています。
装着者――いえ。被験者の竜魔核と人工竜魔核を結び付け、疑似的な番の状態を作り出す装置。
さらには竜化した被験者を機械竜へと変えて戦闘力を上げる、生体鎧としての役割も兼ねているそうです。
雷竜公はその姿を全ての人々に見せつけながら、ゆっくりと1周ターンしてみせます。
そしてことさら上半身を見せつけるかのように、車椅子上で動けなくなっているリュウ様へとにじり寄りました。
「あっ……ああ……あっ……」
変わり果てた姿になってしまった妹弟子を見て、リュウ様の顔は悲痛に歪みます。
違います、リュウ様。
ミツキ・レッセントがこんな姿になったのは、あなたのせいではありません。
わたくしが思っていたことを、代わりにミツキ・レッセント自身が語り始めました。
珍しく、意見が合いましたわね。
「リュウさん……。この体になったのは、あなたのせいじゃないわ。手術を指示したのは我が父、ツクヨミ・レッセント。理由は……死んだ兄の代わりね」
大武闘会前、フクに集めてもらった情報――住民の噂話などを繋ぎ合わせていくうちに、わたくし達はレッセント家の内情をある程度理解しました。
そしてアーウィン様が研究者達から集めてくる情報も併せて、こう判断したのです。
――本来【キマイラソウル】の手術は、ミツキ・レッセントの兄に施される予定だった。
兄は妹と違い、幼い頃から次期領主・時期魔王竜となるべく教育を受けていたそうです。
妹のミツキ・レッセントが雷竜領を飛び出して、火竜領で魔法修行などできた理由。
それは上の兄が優秀な後継者候補であったため、彼女自身にはある程度の自由が許されていたから。
――そう言えば聞こえは良いのですが、実際には両親から放置され気味だったとのことです。
しかし後継者候補だった兄は2年前、竜魔核に異常をきたす病にかかってしまいます。
そのせいで、婚約者だった女性と番になることもできなくなったそうです。
先代魔王竜ツクヨミ・レッセントが【キマイラソウル】の開発を急いだのは、強い後継者を必要としたからなのか?
疑似番を生み出す装置で、息子の竜魔核を癒せる可能性に賭けたのか?
それは、ツクヨミ・レッセント本人にしか分かりません。
分かっているのは【キマイラソウル】の完成を待つことなく、ツクヨミの息子――ミツキ・レッセントの兄は病死してしまったということです。
半年後。
息子の後を追うように、ツクヨミの妻も衰弱死を――
わたくしが仕入れた情報と推測が間違っていないことが、ミツキ・レッセント自身の口より語られていきます。
ご丁寧に拡声の魔道具を使って、アリーナ中に聞えるように。
自暴自棄になっているのでしょう。
お家事情の大暴露です。
『分家の誰かが雷竜公となり、雷の魔王竜の称号も継ぐものだと思っていたわ。まさか眠っている間に、改造手術を施されるなんて……。こんな姿にされるなんて、あんまりよ……』
同情の沈黙が、アリーナ中を支配します。
しかしその沈黙を破るような爆弾発言を、ミツキ・レッセントは言ってのけました。
わたくしが、薄々感じていたことではありましたが――
『1年前。機械竜となった私の力を試す戦闘実験の際、私は父ツクヨミを殺したわ』
どよめきが湧き起こります。
先代ツクヨミ・レッセントの死亡時期については、数日前に病死したという発表を信じていない者が多かったのでしょう。
しかし後継者ミツキ・レッセントの口から、「先代を殺害した」という発言を聞かされるとは。
『もう、そんなことはどうでもいいの。私が先代を殺害したことに不満がある者は、武力をもって挑んでくればいい。魔王ルビィ様に泣きついて、魔王軍を派遣してもらってもいい。私はそれら全てを、力でねじ伏せる』
アリーナ内はしんと静まり返って、誰も言葉を発そうとしません。
皆が、本能的に感じ取ってしまったのです。
――逆らっても、無駄だと。
『さあ、【キマイラソウル】の力を見せてあげる。……「部分竜化」!』
ミツキ・レッセントの両腕が、一瞬だけ黄金の鱗に包まれました。
きれい――
わたくしは思わず見とれてしまいましたが、すぐに黄金の鱗は覆い隠されます。
鉛色をした、装甲板によって。
山岳地帯で戦った、機械竜の腕と同じ。
ミツキ・レッセントは、両腕だけを竜化させたのです。
「そして……見せてもらいましょう。あなた達の魂と、竜魔核の結びつきを」
竜化した鋭い爪の先端が、中空に青い文字を描いてゆきます。
これは……魔法文字!
ミツキ・レッセントの爪から次々と描き出されるルーンは、宙を舞いわたくしとリュウ様の間を飛び回り始めました。
ちょうど2人の間に、円状のゲートを作るかのように。
すると不思議なことに、光の糸が見え始めたのです。
はじめはうっすらと。
徐々にはっきりと、明るく輝いて。
これがわたくしとリュウ様を結び付けている、魔力の糸?
魂と竜魔核を繋ぐ、番の証。
細い光の糸は輝いていて、とても美しい。
そして縒り合わさり、太くなっていて、強固そうに見えました。
「正直、妬ましいわね。竜人族同士の番でも、こんなに強く、綺麗に結びついている事例は見たことがない。……簡単には、切断できないか」
ミツキ・レッセントは反対側の手で、先程とは別の魔法文字を描き始めます。
今度の魔法文字は、赤い光の文字でした。
赤い魔法文字も青い魔法文字と同じく、わたくし達の魔力の糸を円状に取り囲みます。
その瞬間、なんとも言えない不快感が走りました。
リュウ様も同じらしく、お顔がわずかに歪みます。
すると、徐々に――
本当にゆっくりとですが、縒り合わさっていた魔力の糸が解け始めたのです。
ダメ!
このままでは、魔力の糸が――
1本だけ大きくほつれた魔力の糸に狙いを定め、ミツキ・レッセントは軽く爪を閃かせます。
すると、驚くことが起こりました。
細い細い魔力の糸が、甲高い音を立てて機械竜の爪を弾いたのです。
「切れない! なんて強度なの!? ……ならば、これでどう?」
ミツキ・レッセントの爪に、激しい電光が走りました。
雷魔法――おそらくは番同士の繋がりを断ち切るために開発された、新魔法を纏わせているようです。
先ほどと違い、ミツキ・レッセントは全力で爪を振るいます。
激しく火花を散らしながら、魔力の糸のうち1本が切断されました。
するとどうでしょう。
わたくしの胸中を、凄まじい喪失感が走り抜けました。
なんですの!? これは!?
胸が、張り裂けそう!
地面に這いつくばったままになっているわたくしの瞳から、涙がポロポロと零れ落ちました。
――魔力の糸のうち、1本切れただけでこれ?
繋がりが完全に断たれてしまったら、わたくしはどうなってしまいますの?
薬物で理性を剥ぎ取られているはずのリュウ様も、苦悶の雄叫びを上げていました。
「安心して、リュウさん。苦しいのは、今だけだから。その人族との繋がりを断ち切った後、すぐに私と番になれば喪失感は癒えるから」
優しい声音でミツキ・レッセントは言いますが、安心などできようはずもありません。
わたくしとリュウ様の繋がりは、無数の魔力の糸がより合わさってできているのです。
それを、全部切断するなど――
何回もあの喪失感が繰り返されるなんて、番でなくなる前に発狂してしまいますわ。
――この、番を断ち切るという新技術。
本当に、成功例はあるのでしょうか?
そこでふと、わたくしの脳裏に疑問が湧きました。
もし仮に、わたくしとリュウ様の番を解消できたとして――
痺れる口と喉を必死で動かし、わたくしは疑問を口にしました。
「レッセント閣下……。閣下はすでに、【キマイラソウル】と疑似番の関係にあるはず。それを解消して、リュウ様と番になるなど可能なのですか?」




