第81話 聖女はガトリング砲を全弾叩き落とす
「にゃんこマスクさん……。嘘よね? あなたはプロレスラーであって、竜殺しの英雄ヴェリーナ・ノートゥングなんかじゃ……」
ミツキ・レッセントは拡声魔道具のスイッチを切り、震える声で問いかけてきます。
わたくしは飛び退いて〈アーマーアルモジロ〉から距離を取ると、懐から球状の魔道具を取り出しました。
それを、頭上へと放り投げます。
攻撃かと思われても仕方ない動作でしたが、ミツキ・レッセントと〈アーマーアルモジロ〉は何もしませんでした。
魔道具から、ほとんど魔力を感じなかったせいでしょう。
球状魔道具はパカッと開き、中から衣服が飛び出てきます。
これは衣類をあり得ないぐらい圧縮して、持ち運べる魔道具なのですわ。
飛び出してきたのは、アラクネ糸で編まれたおなじみの青い法衣。
わたくしは身体強化魔法を全開にして、目にも留まらぬ早着替えをしてしまいます。
とはいっても、にゃんこマスクの衣装の上から着込んだだけ。
1番時間がかかったのは、ブーツの履き替えだったりします。
覆面は取り、胸元へしまい込みました。
仕上げとして、アップにしていた髪をほどきます。
アナスタシアお母様譲りの黒髪が、サラリと腰下まで流れました。
なぜか観客からは、大歓声が上がります。
「本当に、凄い美人だぞ!」
などと、叫んでいる男性もいらっしゃいました。
素顔なんかより、にゃんこマスクの衣装の方が可愛かったと思うのですが。
「その黒髪……。その青い法衣……。やっぱり、あの時の……」
「あの時は、本当にお世話になりました」
ええ、もちろん皮肉です。
黒焦げにされて恨みに思わないほど、わたくし人間ができていないもので。
「こんなにリュウさんと近づいても、番としての繋がりを認識できないなんて……。そうか! リュウさんの竜魔核が、弱っているからなのね!」
番であるわたくしがリュウ様に接近して、繋がりを気付かれないかどうか。
そこが今回の救出作戦で、重要な点でした。
アヴィーナ島でシュラ様がなかなか気付かなかったぐらいなので、いけるとは踏んでいたのです。
今回はリュウ様のお力が弱っていたことも、幸運だったようですわ。
「山岳地帯でもリュウ様に紹介していただいたはずですが、改めて自己紹介させていただきますわ。彼の番にして、婚約者になる予定のヴェリーナ・ノートゥングと申します」
わたくしは法衣の裾を摘まみ、淑女の礼でご挨拶をします。
「あとは魔王ルビィ様にご挨拶を済ませれば、婚約は成立するという段階です。あなたの出る幕ではありませんよ? レッセント閣下」
若き雷竜公の表情は氷のように冷たくなり、瞳は憎悪に燃え上がりました。
ああ。
ニュースで見た表情と、機械竜の兜越しに見えた瞳ですわね。
「生意気な! どうやって【セレスティアルエンヴィー】から生き延びたかは分からないけど、今この場で惨たらしく殺してやるわ」
ミツキ・レッセントは再び拡声魔道具のスイッチをオンにし、アリーナ中に聞えるよう宣言します。
『観客の皆様。突然ですが、表彰式の前にエキシビジョンマッチを行います。我が雷竜領の最新鋭兵器、マシンゴーレム〈アーマーアルモジロ〉対にゃんこマスクことヴェリーナ・ノートゥング選手の模擬戦闘です。……殺りなさい、〈アーマーアルモジロ〉!』
命令と同時に、金竜機甲師団の男性が車椅子を押してアリーナの隅まで避難してくださいました。
――ほっ。
これでリュウ様が、戦闘に巻き込まれることはない。
〈アーマーアルモジロ〉は、保護対象であるリュウ様が離れるのを待っていてくれました。
しかし保護対象だと認識しているのは、リュウ様だけのようですわ。
わたくしに向けられる、6門の砲身。
右腕に内臓されたそれは、ガトリング砲。
アーウィン様から聞いています。
恐ろしい速さで、砲弾を連射する兵器だとか。
ガトリング砲の射線上には、標的のわたくしだけでなく観客席も含まれておりました。
砲身が高速回転すると共に、砲火が瞬きます。
嵐のように降り注ぐ、20mm口径の砲弾。
ミツキ・レッセントは〈アーマーアルモジロ〉に対し、何かを叫んでいました。
口の動きからして、「観客に被害が出ないようにしなさい」でしょうか?
しかしガトリング砲の発砲音が大きすぎて、彼女の声は届いていないようです。
一応ティアマットアリーナの観客席には、試合の余波に巻き込まれぬよう防御結界魔法が張り巡らされています。
しかし先ほどランスロット様の【神剣リースディア】が飛び込んでしまったように、それほど強固なものではありません。
ガトリング砲の弾なら、易々と貫通してしまうことでしょう。
アーウィン様が、マシンゴーレムを操縦者搭乗型の兵器にしたがった理由がよく分かります。
心を持った操縦者が乗っていれば、このように観客ごと標的を虐殺するなどあり得ないでしょう。
まったく――
仕方ありませんわね。
わたくしは身体強化魔法の出力を上げ、ガトリング砲の弾を手で叩き落としていきます。
後ろの観客席に逸らさぬよう、1発1発を丁寧に。
確かアーウィン様のお話では、1分間に3000発の連射速度でしたわね。
その程度なら、出力全開でなくても追いつけます。
最近やたらと、目がよく見えますし。
叩き落とした砲弾が、周囲の芝生を抉りました。
土煙も、派手に上がります。
もう!
法衣が汚れてしまいますわ!
土煙が収まった後には、無傷なわたくし。
そして弾切れで空しく回転する、〈アーマーアルモジロ〉のガトリング砲がありました。
「弾代が、もったいない兵器ですわね」
あまり詳しくはありませんが、大砲や銃の弾というのはかなり高価だったはず。
それを1分間に何千発もバラ撒くなど、景気のいい話ですわね。
ガトリング砲を撃ち尽くした〈アーマーアルモジロ〉は、左手を振り上げてわたくしに襲い掛かってきました。
手の甲から、収納式の短刀が伸びています。
なるほど。
ランスロット様が動作データを提供したというのは、本当なようです。
彼の片手突きに、よく似ている。
――しかし、遅い。
しなやかさがない。
リズムが単調。
そして、技に魂がない。
「【フィジカルブースト】、出力全開」
わたくしは〈アーマーアルモジロ〉の左手首を取り、一本背負いをかけました。
鉄巨人の体を空中に巻き上げ、武舞台上へと叩きつけます。
〈アーマーアルモジロ〉の巨体が激突し、石造りの武舞台は原形をとどめないほどに破壊されました。
「化け物め……」
「レッセント閣下にだけは、言われたくありませんわね」
わたくし機械仕掛けのゴーレムをぶん投げるぐらいは造作なくても、山岳地帯をまとめて吹き飛ばすような真似はできませんもの。
やはり魔王竜は、恐ろしい存在なのです。
なんとか彼女が竜化する前に、ケリをつけなければ。
「マシンゴーレム〈アーマーアルモジロ〉……。わたくしは、操縦者搭乗型兵器への路線変更をおすすめいたしますわ。観客を巻き込むことは、レッセント閣下の本意ではなかったのでしょう?」
「アーウィン・フェイルノートと、同じようなことを言うのね。無人兵器なら、それだけ操縦者の命を危険に晒さずに済むのよ。……それに、こんな捨て身の戦法も使えるしね。〈アーマーアルモジロ〉! リミッター解除! ヴェリーナ・ノートゥングを、抑え込みなさい!」
パチンと鳴らされた、雷竜公の指。
わたくしは嫌な予感を感じて、その場から横っ飛びに跳躍しようとしました。
――しかしその前に、〈アーマーアルモジロ〉の巨体が覆い被さってきたのです。
「くっ! 振りほどけない!」
先ほどまでとは、パワーが違います。
よく見れば機体各部には電光が走り、火花が散っている。
〈アーマーアルモジロ〉は、自壊寸前なのですわ。
「うふふふっ。今の〈アーマーアルモジロ〉は、リミッターを解除しているのよ。普段より数倍のパワーを絞り出せる。その代わり数分も持たず、機体中の人工筋肉が焼き切れてしまうけど。……それだけ時間があれば、充分ね」
ミツキ・レッセントは、スタスタとわたくしの前まで歩いてきました。
ガッチリ全身を抑え込まれていて、文字通り手も足も出ません。
せめてもう少し時間があれば、〈アーマーアルモジロ〉の人工筋肉崩壊に合わせて振りほどけますのに――
動けないわたくしの顔に向かって、ミツキ・レッセントは手の平を突き出してきます。
ちょうど、顔の左半分――自分の火傷がある方とは、反対側に向かって。
「ねえ、ヴェリーナさん。私は雷の魔法ほどじゃないけど、火の魔法も割と得意なの」
雷竜公の手の平に、灼熱の魔力が集中し始めました。
同時にわたくしの背筋には、冷たい汗が流れます。
――彼女が何をしようとしているのか、分かってしまったから。
「綺麗なお顔よね~。その半分が醜く焼け爛れても、リュウさんはあなたを愛してくれるのかしら?」
もちろん!
愛してくれるに、決まっていますわ!
そう答えようとして――
声が出ませんでした。
――怖い!
焼け爛れたわたくしの顔を見て、もしリュウ様が目を背けたら?
リュウ様のお顔が、苦渋に歪んでしまったら?
言葉では愛していると言われても、わたくしはそれを信じ切れるのでしょうか?
ああ――
これが、ミツキ・レッセントの味わった苦痛。
リュウ様の前から、姿を消した理由。
怖さのあまり、唇が震えました。
その様子を見て、ミツキ・レッセントは満足そうな笑みを浮かべます。
嫌です!
助けて! リュウ様!
どうにもならないと理解しつつも、わたくしは車椅子に乗せられたままのリュウ様に視線を送りました。
そして、確かに見たのです。
薬物で意識を剥ぎ取られ、状況を理解していないはずのリュウ様。
そんなリュウ様が、優しい笑顔を浮かべるのを。




