第79話 聖女は服屋の女にドヤられる
■□ソフィア・クラウ=ソラス■□
『きゃあ~!! ランスロット様ぁ! 素敵ぃ! さすがアタクシ、ソフィア・クラウ=ソラスの婚約者!!』
アタクシは拡声の魔法を使い、大音量でランスロット様に歓声を送りました。
彼への応援というのはもちろんですが、周囲の女共へのアピールという意味もありますぅ。
なんといってもランスロット様は、ミラディア神聖国の英雄である剣聖!
見目も大変麗しい!
この「奉竜大武闘会」でも強さと華麗さを遺憾なく見せつけ、注目の的ですわぁ。
変な女共が群がる前に、アタクシのものだということを周知しておかなければ。
「お客様。申し訳ありませんが、拡声の魔法はご遠慮ください。周囲のお客様の御迷惑になりますので」
大会係員が何やらゴチャゴチャ言ってきましたが、聞こえないフリをしてやりましたわぁ。
ちょっとぐらい、融通を利かせなさいなぁ。
だいたいミラディース教会の聖女であるアタクシが、一般客と同じ席だというのがおかしいのですわぁ。
ミツキ・レッセントのような、貴賓席を用意しなさいなぁ。
あ。
でも雷の魔王竜ミツキ・レッセントと近くの席は、嫌ですわねぇ。
魔王竜には、怖い印象しかありません。
地竜公ブライアン・オーディータを思い出して、鳥肌が立ってしまいますわぁ。
席に対する不満を感じている間にも、決勝戦は進んでゆきますぅ。
なんですのぉ?
あの「にゃんこマスク」とかいう、珍妙な格好の格闘家は?
やたら凹凸の激しいスタイルが、無能聖女ヴェリーナ・ノートゥングを思い出させてイラつきますぅ。
『ランスロット様ぁ! そんな珍妙な格好をした女、さっさとやっつけて下さいなぁ!』
また、拡声の魔法を使ってやりました。
係員もようやく諦めたようで、渋い顔でアタクシを睨んでくるだけですわぁ。
ですが代わりに、文句を言ってきた女がいました。
2列前の席に座っていた女ですぅ。
「ちょっと! 聞き捨てならないわね! 珍妙な格好ですって? にゃんこマスクさんの衣装は、私の店で作ったのよ!」
平民っぽいくせに、やたらと洒落っ気のある服装をした若い女でした。
服飾関係の人間でしょうか?
その女の発言に、周囲の観客達がどよめき始めました。
「お姉さん、それってマジか? にゃんこマスクさんの衣装の話」
周囲にいた観客達が、興味津々といった様子で口を挟んできますぅ。
「大マジよ! あの猫尻尾と猫耳のギミック、私が徹夜で仕込んだんだから!」
「仕事を受けたってことは、にゃんこマスクさんの素顔を知ってるんだよな? どんな人なんだ?」
「覆面レスラーの素顔を、明かせるわけないでしょう? ……でも、これぐらいは教えてもいいかな? 『女神様か?』っていうぐらい、とびっきりの美人よ!」
観客席は、感嘆の声に埋め尽くされました。
きぃ~っ!
なんですの?
男も女もみんな、「にゃんこマスク」、「にゃんこマスク」と。
もっと、ランスロット様を見なさい!
男は彼に憧れなさい!
女は彼の婚約者であるアタクシを、羨みなさい!
「ふん! ツルペタストーン聖女さん、しっかり婚約者さんを応援しといた方がいいんじゃないの? 私の見たところ、そろそろにゃんこマスクさんが本気を出すみたいよ」
つ――ツルペタストーン!?
詳しい意味は分かりませんが、アタクシの体型を見てバカにしましたわねぇ?
聖都ミラディアでは理想のスタイルと言われている、無駄な肉がないスマートボディの良さが分からないなんて――
これだから、魔国の連中は嫌なのですわぁ。
――ハッ!
服屋の女ごときに、腹を立てている場合ではございません。
にゃんこマスクが、本気を出すですってぇ?
ちょっと身体強化魔法が上手いぐらいで、神剣を抜いた剣聖に勝てるわけが――
アタクシは武舞台に視線を戻して、腰が抜けそうになりました。
なんですのぉ!?
にゃんこマスクの化け物じみた魔力は。
あれではまるで、人の形をした魔王竜――
いけませんわぁ! アタクシ!
どんなに恐ろしくても、今回は失禁ナシですのよぉ!
アタクシが膀胱に力を入れた時、にゃんこマスクの姿がかき消えました。
会場中の観客が息を呑んだ次の瞬間、凄まじい破裂音が響き渡りますぅ。
にゃんこマスクが、ランスロット様の眼前に瞬間移動していたのですわぁ。
しかも、下段蹴りを放った姿勢でした。
ランスロット様はすぐ剣を横薙ぎに振るいますが、にゃんこマスクはまた姿を消してしまいました。
次の瞬間には、武舞台の端まで移動していますぅ。
いったいどうなっていますのぉ!?
伝説の空間転移魔法ですのぉ!?
「いよっしゃぁ! ナイスロー! ナイスロー! 鉈でぶった斬るような一撃! これはもう、決まったわね」
服屋の女が勝手に断定するのが、やたら癇に障りました。
「ふ……フン。足など、急所ではありませんわぁ。何度蹴られたって、致命傷には……」
「何度も蹴るですって? 1発であんたの婚約者さん、足が動かなくなったみたいだけど?」
「……え? 嘘ぉですのぉ!」
服屋の女が指摘した通りなのか、ランスロット様はその場から移動しておりません。
そんな馬鹿なぁ。
教会聖騎士だって、身体強化魔法は使っていますのよぉ?
剣聖ともなると、相当な使い手ですのよぉ?
それなのに、足を蹴られたぐらいで動けなくなるなんて――
にゃんこマスクは、いったいどれだけ身体強化していますのぉ!?
唖然としている間に、もう1発下段蹴りが命中しました。
今度は、逆の足ですわぁ。
ランスロット様の膝が、折れかけますぅ。
『ランスロット様ぁ! 勝ってぇ! アタクシのためにぃ!』
拡声魔法最大音量で、アタクシは叫びました。
愛する婚約者からの声援です。
これでやる気を出さない男など、いないはず。
ランスロット様は歯を食いしばり、崩れ落ちそうになる体を奮い立たせました。
ですがその背後に、にゃんこマスクが回り込んだのですぅ。
おのれぇ!
背後から攻撃するなど、卑怯な!
にゃんこマスクは両腕で、ランスロット様の腰にガッチリ組み付いてしまいますぅ。
ちょっとぉ!
他人の婚約者に、気安く抱きつかないで下さるぅ!?
「あれをやるの? やっちゃうの? 石畳の武舞台でも、剣聖なら死なないでしょう。やっちゃえ! にゃんこマスクさん!」
服屋の女は期待に満ちた目で、にゃんこマスクを見つめています。
いけませんわぁ!
大技の予感がしますぅ!
ランスロット様、逃げてぇ!
アタクシの祈りも空しく、ランスロット様は豪快に背後へとブン投げられました。
にゃんこマスクはそのままブリッジして、ランスロット様を後頭部から地面に叩きつけますぅ。
破砕音と共に、武舞台がひび割れました。
叩きつけた箇所は、石畳が陥没してしまっていますぅ。
ランスロット様はお尻を天に突き上げた状態で、ピクピクと痙攣しておられました。
ああ――
我が婚約者ながら、カッコ悪ぅ~。
試合終了を告げるゴングが、鳴り響きますぅ。
「いよっしゃぁあああっ! ジャーマン・スープレックスで決めるとは、さすがにゃんこマスクさん! 分かってるぅ!」
周囲の観客は大盛り上がりですが、特に服屋の女が嬉しそうなのがムカつきますぅ。
別に、あなたが勝ったわけではありませんことよぉ。
なのになんで、そんなにドヤ顔ですのぉ。
皮肉でも言ってやろうかと、口を開きかけた時ですわぁ。
「危険です! 観客の皆様! お逃げ下さい!」
係員の緊迫した叫び声が聞こえました。
アタクシが反射的に上空を見上げると、何かが回転しながら落ちてきますぅ。
あれは――【神剣リースディア】!?
ランスロット様が武舞台に叩きつけられた時、手からすっぽ抜けましたのぉ!?
「ひいっ!」
アタクシは反射的に、へたりこんでしまいました。
太股の間に、落下してきた神剣がサックリと突き刺さりますぅ。
観客席の床は、コンクリートと呼ばれる石に似た固い物質で作られておりました。
それを易々貫くなんて、さすがは【神剣リースディア】。
――って、感心している場合ではありませんわぁ!
聖女服のロングスカートが、神剣によってコンクリートの床に縫い付けられてしまいました。
係員が刺さった剣を抜こうとしますが、相当深く刺さっていてなかなか抜けません。
「ツルペタストーン聖女さん。あなたの彼氏、痙攣してるだけじゃなくて口から泡まで噴いているんだけど? 回復魔法の達人なんでしょう? 早く、助けに行ってあげた方がよくない? せ・い・じょ・さ・ま」
服屋の女が、ニマニマした顔で言ってきます。
くっ、この女ぁ!
この状況で動いたら、スカートが裂けてしまいますぅ。
それを分かってて、言っておりますわねぇ。
結局刺さった神剣は、係員と周囲の男性客の4人がかりでようやく抜けました。
しかしアタクシのスカートには、穴が開いたまま。
「仕方ないわね。貸しにしといてあげるわ」
服屋の女はそう言って、自分の羽織っていたショールをアタクシの腰に巻きつけてくれました。
これで、スカートの穴が隠れますぅ。
くっ!
こんな奴に情けをかけられるなど、屈辱ですわぁ。
「そのショール、あげるわ。代金のかわりに、今度私の店で買い物してよ」
「ふ……ふん。アタクシ忙しいですから、買い物に行くのは無理ですわぁ。踏み倒させてもらいますのよぉ」
「そっか……。じゃあ別の形で、貸しは返してもらおうかな? 私はにゃんこマスクさんの大ファンだから、彼女が困った時に手助けをするっていうのでどう?」
「もっと機会がありませんわ。正体の分からない女の手助けなど……」
「覚えてたら、機会があったらでいいわ。じゃあね、ツルペタストーン聖女さん」
ヒラヒラと手を振って観客席を立ち去る服屋の女に、アタクシはなんとも言えない敗北感を覚えました。
「……あ! ランスロット様ぁ!」
アタクシが武舞台へと視線を戻した時、ランスロット様はすでに医務室へ搬送された後でしたわぁ。




