第72話 聖女は魔道具職人にして錬金術士の男から悩みを聞く
わたくしは南東の方角へと向かいながら、フクからさらに回復魔法をかけてもらいました。
着ているアラクネ糸の法衣には自己再生機能があって、回復魔法で修復することができるのです。
こんな機能まであったとは――
どうりで今まで、激闘の中でも破れたりほつれたりしなかったわけです。
さらには浄化魔法で、血や汚れを落としてもらいました。
これで、他人と遭遇しても大丈夫。
「問題は、他人と遭遇できそうにないことですわよね」
わたくしとフクの行く手には、延々と岩山が広がるばかり。
雷竜領は不毛の地だとは聞いておりましたが、ここまでとは――
これは、思ったより危険な状況です。
せっかくフクから命を繋いでもらったのに、水や食料を確保できずに死亡する危険が出てきました。
「こんなこともあろうかと思って、これを拾っておいたよ~。オイラってば優秀。デキるにゃんこ」
フクが防御結界魔法に包み運んできたのは、わたくしの荷物が入ったバックパック。
リュウ様がドラゴン形態から人型に戻された時、鞍から落下してしまったものです。
「ありがとう、フク。とっても助かりますわ」
わたくしはフクの顎の下に手を入れ、撫でまわしました。
ゴロゴロと喉を鳴らし、気持ちよさそう。
これで、生存の確率が大幅に上昇しましたわ。
少量ですが、水や携帯食料も入っております。
それに、方位磁石が入っているのも大きい。
リュウ様が攫われていった南東を、目指すことができます。
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山岳地帯を歩き始めて、2日目。
わたくしは身体強化魔法の出力をセーブしながら、岩山の間を駆けていました。
出力全開で一気に岩山を飛び越え、先を急ぎたい気持ちをグッと堪えます。
この荒地で魔力を使い果たしてしまっては、本当に死んでしまいますもの。
途中で川を見つけて水を確保したり、魔獣を狩って食料にすることも忘れません。
教会を追放されたばかりの頃のわたくしだったら、どうしたらいいか分からず右往左往するだけだったでしょう。
そのまま、野垂れ死んでいたことでしょう。
しかし今は、冒険者生活で培ったサバイバル技術があります。
それを丁寧に教えて下さったのは、誰だったか――
思い出すと、胸がキュッと締め付けられます。
待っていてください、リュウ様。
いつも助けられてばかりでしたが、今度はわたくしがあなたを助け出します。
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山岳地帯を歩き続けて、3日目。
日が暮れかけ、今日の移動はここら辺でやめようかと思っていた時です。
「明かりが……。小屋が見えます」
まだ数km遠くですが、身体強化魔法で視力を強化して見たので間違いはありません。
人里離れた岩山の中なのに、木造の小屋がありました。
窓からは、明かりが漏れています。
1人で住むには、ちょっと大きめな佇まい。
煙突からは、煙が湧き出ています。
これは明らかに、人族か魔族が住んでいる証拠。
わたくしとフクは顔を見合わせ、頷き合いました。
身体強化魔法の出力を上げて、小屋への距離を一気に詰めます。
そして近づいてからは息をひそめ、小屋の様子を慎重に窺いました。
中にいるのは、わたくし達の味方や一般人とは限りません。
金竜機甲師団の詰所だという可能性だってあるのです。
わたくし達はしばらく周辺を観察した後、少なくとも軍事的な施設ではないという判断に至りました。
ならば中にいるであろう住民に不信感を抱かせぬよう、正面から堂々と挨拶すべきでしょう。
わたくしは玄関ドアの前に立ち、ドアをノックします。
「ごめんくださ~い」
反応は――
ありません。
ただ、人の気配はします。
「失礼しま~す。入りますわよ~」
わたくしは慎重にドアを開け、小屋の中を覗き見ます。
中は、ひどく散らかっておりました。
わけのわからない機械部品が乱雑に積み上げられ、足の踏み場もございません。
機械だけでなく、魔道具らしきものも散見されます。
ここは――
何かの研究所?
「どなたか、いらっしゃいませんか~?」
わたくしが再び呼びかけると、小屋の奥から怒声が聞こえてきました。
若い男性の声です。
「うるせェっ! 俺ァもう、仕事の依頼は受けねェ! 自分が食っていくために売る、最低限のものしか作らねェって決めたんだよォ!」
声に続き、ガチャンと何かが割れる音。
わたくしは警戒しながら、すり足で奥の部屋へと向かいました。
「仕事の依頼ではありません。わたくしは、旅の者です。雷竜領の都、シーナ=ユーズまでの道を教えていただけないでしょうか?」
部屋の外から、穏やかな物腰を意識しつつ呼びかけます。
すると数秒の沈黙の後、中にいた人物から「入れ」と声を掛けられました。
「初めまして。冒険者のヴェリーナ・ノートゥングと申します。こちらは、精霊のフク」
わたくし達の自己紹介に、部屋の中にいた男性は眉毛を吊り上げました。
少し、興味を持たれたようです。
この小屋の主らしき男性は、耳が長く尖った魔族――エルフでした。
年齢は、ちょっと分かりません。
エルフは20歳前後で成長と老化が止まり、以後は数百年も若い姿のまま生きるそうなので。
しかし彼の恰好は、まるでエルフらしくありませんでした。
翡翠色をした、癖っ毛の頭髪。
額には、眼球保護用のゴーグルがかけられています。
服装はツナギ。
まるで、職人や技術者のようです。
本来エルフは、筋肉の少ない痩せた体型をしている方が多いはず。
なのにこの方は、かなり筋肉質。
リュウ様に匹敵する、極上の細マッチョでは?
「へ……変な目で見るんじゃねェよ」
わたくしの筋肉鑑賞に気付いたらしく、エルフ男性ははだけていたツナギの胸元を押さえました。
「コホン! 失礼しました。あなたは、たった1人でこんな山奥に住んでいらっしゃるのですか? 色々と、大変でしょうに」
「余計なお世話だ! 他人の生活に、四の五のぬかしてんじゃねェよ。説教でもする気かァ? あんたは神官か何かかァ? 冒険者じゃなかったのかよ?」
「すみません、元神官なもので。あなたが何か、悩みを抱えているように見えたものですから……」
散らかった部屋もさることながら、このエルフ男性はお酒臭いです。
常に片手からは酒瓶を離さず、わたくしとの会話の間に飲んでばかりいます。
先ほど部屋の外から聞いた何かが割れる音は、グラスを扉に投げつけた音のようです。
割れた破片が、床に飛び散っていました。
荒れて他人を遠ざけ、酒浸りになっているのは明白。
「ハッ! 元神官ねェ! ミラディース教かァ? あんたに話して女神様に祈りゃ、俺の悩みはスカッと飛んでっちまうってかァ? ふざけんな!」
エルフ男性はわたくしの足元めがけて、酒瓶を投げつけました。
当てるつもりは、なかったようです。
床に叩きつけて瓶を割り、怯ませるという狙いだったのでしょう。
しかしわたくしは身体強化魔法を発動し、わざと1歩前に出ます。
エルフ男性の口が、「バカ!」と動いたのが見えました。
自分から酒瓶に、当たりに行ったようなものですから。
ですがわたくしは球蹴りゲームの要領で、ふわりと酒瓶をトラップしてしまいます。
足首や膝を柔軟に使い、足の甲で受け止めバランスを取りました。
パフォーマンスに、エルフ男性が絶句します。
「お酒の飲み過ぎはいけませんが、粗末に扱うのもダメですわよ。美味しく飲んでいただけるよう、作った人の想いが込められているのですから」
足の甲からひょいっと蹴り上げ、手でキャッチ。
そのままエルフ男性へと、酒瓶を返します。
「あんた……何者だ? 冒険者って言ってたが、ランクは?」
「プラチナ級に、なりたてでございます」
「はぁ~? プラチナ級だァ? 大陸中に数人しかいねェ、化物じゃねェか。それに、元神官だァ? どんな経歴だよ?」
「正確には、元教会聖女だったりするのですが……」
わたくしの発言に、エルフ男性は噴き出しました。
すっかり酔いが醒め、毒気を抜かれてしまったようです。
「元聖女で、現プラチナ級冒険者かよ! とんでもねェ経歴だぜ。……なあ、元聖女さん。気が変わった。俺の身の上話を、聞いてくれるかい?」
「ええ、もちろん。解決の助言ができるかは分かりませんが、他人に話すことで気持ちが軽くなるかもしれません」
「まずは、自己紹介からだな。俺の名は……」
――彼の名は、アーウィン・フェイルノート。
エルフ族で、年齢はこう見えても45歳。
職業は、魔道具職人にして錬金術士だそうです。
錬金術士は土や鉄から動く人形を作り出したり、金属を合成したりできる職業。
機械を作る技術者達も、今のところは錬金術士の仲間とされています。
魔道具は、道具に様々な魔法効果を付与したもの。
魔道具職人は、それを作る人々の総称ですわ。
錬金術士も魔道具職人も、エルフとしてはかなり珍しい職業。
ドワーフ族などには、多いのですが。
そんなわけでアーウィン様は、他のエルフさん達と価値観が合わず村を飛び出したんだとか。
その後は、各地を転々。
魔道具作りの修行をしたり、錬金術で生み出したゴーレムを使って仕事をしていたりしたそうです。
信じられないことに、ミラディア神聖国で公爵令嬢に魔道具作りと錬金術を教えていた時期もあるのだとか。
公爵令嬢に教えていたというアーウィン様の実績にも、魔道具作りや錬金術を教わりたがる公爵令嬢がいるという事実にも驚きですわ。
「とんでもねえことをサラっとやらかすバカ弟子だったが、紛れもねェ天才だった。特にゴーレムの扱いに関しちゃ、あっという間に俺を超えた。あいつにゃそのうち、俺の作ったとっておきゴーレムの操縦者になってもらおうかと思っていたんだがなァ……」
アーウィン様が荒れていた理由、その1。
ミラディア神聖国にいたという、その愛弟子さんが亡くなった。
時期は4年前。
反逆者の娘として、首をはねられたそうです。
わたくしは、すぐにピンときました。
リスコル公爵の娘ですわ。
公爵の反乱がなければ、レオンお父様は死ななかった。
なのでリスコル公爵の一族には思うところがあるのですが、絶望に打ちひしがれるアーウィン様を見ていると――
きっと娘さんは、悪い人ではなかったのでしょう。
「それに関しちゃ、もう4年も前の話だ。少しづつ、気持ちの整理もついていた。だが去年、さらに凹むことがあってなァ……」
アーウィン様はこの雷竜領に、技術者として来ていたそうです。
魔道具と錬金術。
両方に、造詣の深い者が求められた。
この雷竜領の次期主力兵器、「マシンゴーレム」を開発するために。
マシンゴーレムは機械、魔道具、錬金術などのあらゆる技術が詰め込まれた人型機動兵器。
平たく言えば、機械仕掛けのゴーレムですわ。
お弟子さんを失ったアーウィン様は、マシンゴーレムの開発に没頭しました。
雷の魔王竜、ツクヨミ・レッセントが要求した性能以上の代物ができあがりそうだったとのこと。
しかし1年ほど前、マシンゴーレム技術者としての仕事をクビになってしまったそうです。
理由は、上層部の急な方針転換。
操縦者が乗り込む兵器として開発し続けたマシンゴーレムを、自立型の無人兵器に変更しろといきなり要求されたそうです。
その要求を突っぱねたアーウィン様は、あっさり解雇されてしまったのだとか。
「1年前、魔王竜ツクヨミ・レッセントが死んだらしい。マシンゴーレムを無人兵器にっていうのは、後継者ミツキの方針だろう」
「えっ? 現在レッセント家の魔王竜は、ミツキ様なのですか? 先代が亡くなったことも、初耳です」
「対外的には、秘密にしているからな。だが、もうそろそろ正式に発表するはずだ」
「なるほど……。きっと公にはできない状況で、ツクヨミ・レッセントはお亡くなりになったのですわね」
「そうだろうな。……そして俺がマシンゴーレム技術者をクビになってすぐ、1番キツイことが起こった」
アーウィン様は、その事実をいまだに受け止め切れていないご様子。
沈痛な表情をして、唇を震わせながらボソリと呟きました。
「妹が……家族で唯一俺の理解者だった、イーリスが死んだんだ」
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