第66話 聖女は先生になる
わたくしはリュウ様、フクと一緒に、冒険者ギルドへ出勤しました。
一緒に依頼を受けなくても、わたくしの方はわたくしの方で稼いでおかなくては。
リュウ様が頑張っているのに、自分だけのんびりしているというのは気が引けます。
1人でも危険が少なそうな、採取系依頼を受けようと思っていました。
リュウ様はママさんとクエストの内容について確認作業をした後、ギルドの出口へと向かって行きます。
「それではフク。わたくしの分まで、リュウ様のことをお願いします」
「オイラはなるべく、ご主人様の傍に居たいんだけどな~。ま、しょうがないね。リュウの面倒はちゃんと見るよ」
「すまねえなフク。アテにしてるぜ。――そんじゃ、聖女さん。行ってくるからな」
渋々といった様子で、リュウ様の元へと飛んで行くフク。
ですがアテにされて、満更でもなさそうです。
わたくしに手を振り、背を向けて歩き出すリュウ様。
スイングドアを開けて出て行くその背中に向かい、わたくしは祈りました。
「ミラディースが妹神、戦いと研鑽の女神リースディースよ。どうかリュウ様にご加護を」
わたくしが普段信仰しているミラディース様は、慈愛と安息の女神。
戦とは縁遠い神様です。
なので教会聖騎士などが戦場に赴く時は、ミラディース様の祝福ではなく戦女神リースディース様の加護を願うことが多いのです。
リースディース様はミラディース様の妹神ということもあり、教会とも縁が深い女神様。
歴代剣聖が振るう神剣リースディアは、リースディース様の御髪の1本が地上に現出した姿だと言い伝えられております。
わたくしは、しばらくそのまま祈り続けていました。
ふと気づいて周りを見渡すと、他の冒険者の皆様もリュウ様とフクが立ち去った方向へ向けて祈りを捧げています。
本当にもう――
このギルドの皆様は――
何だか目頭が熱くなってしまいました。
「みんなぁ、リュウはきっと今日も大丈夫よぉ。とぉ~っても可愛くて、すっごい回復魔法を使えるフクちゃんだってついているんですものぉ。さあ、自分達の仕事をこなしなさぁい」
ママさんがパンパンと手を打ち鳴らすと、みなさんは散り散りになって自らの仕事に取り掛かりました。
さて、わたくしも何かお仕事を探さなくては。
そう思い、依頼掲示板の方へと歩き始めた時です。
「聖女ちゃ~ん。こっち、こっち」
カウンターの中からママさんが、ニコニコしながら手招きしています。
現役冒険者時代は剣鬼オーヤンと呼ばれ、恐れられていたとは思えない素敵おねえスマイルですわ。
「ママさん、どうされたのですか?」
「実はねぇ、聖女ちゃんにうってつけのお仕事があるのよぉ」
「わたくしに? 力仕事でしょうか?」
わたくしの取り柄といえば、ちょっと力持ちなところ。
身体強化魔法を使えば、巨大ドラゴンを持ち上げるぐらいは簡単です。
「ううん、今回はちょっと違うのよぉ。聖女ちゃんには、この子達の相手をしてもらおうかと思ってぇ」
ママさんが視線を向けた方向を見れば、カウンターの前に3人の男女が並んでおりました。
歳もバラバラです。
冒険者登録ができるギリギリの年齢であろう12~13歳の少年から、20歳ぐらいと思わしき女性剣士さん。
ベテランらしい風格を漂わせた、魔道士冒険者のオジサマまでいらっしゃいます。
「ねえ聖女ちゃん。あなた先生をしてみない?」
先生?
わたくしが先生?
「えっと……、ママさん。わたくしまだ、人様に何かを教えられるほどの冒険者経験は……」
ランクこそギルドに数人しかいないゴールド級ですが、わたくしの冒険者経験は1年未満。
とても人様に、冒険者のあれこれを教えられるほどのベテランでは……。
魔道士のオジサマや女性剣士さんは、明らかにわたくしより経験が長そうですし。
「あらぁ? あなたには冒険者を始めるずっと前から修行している、アレがあるでしょう?」
そう言われてわたくしが最初に思いついたのは、体術です。
確かにこれなら、物心つく前から訓練しています。
身体強化魔法を教えろという可能性は――まあ低いでしょう。
身体強化魔法自体はそれほど難しいものではありませんが、繊細な制御は高等技術。
剣術や格闘技と上手に組み合わせて使うには、長い年月をかけて修行しなければなりません。
剣鬼オーヤンと呼ばれていたママさんも、身体強化魔法とカタナを組み合わせて使っていました。
ちょっと講習をしたぐらいで何とかなる代物ではないことは、ご存じのはずでしょう。
「体術の講習ですか? それなら多少はできると思いますが」
シャドーボクシングのワン・ツーから、ハイキックを披露してみせました。
身体強化魔法は使っておりませんが、手足からは空気を裂く音が鳴ります。
ギルド内に居た皆様から、拍手が巻き起こりました。
「う~ん、惚れ惚れするような技のキレねぇ。でもこの子達が教わりたいのは、体術じゃないのよぉ」
ママさんの言葉に、生徒希望の3人が頷きました。
「元ミラディース教会の聖女・神官として、回復魔法を教えてあげて欲しいのよぉ」
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「えーっと、皆さま。本当にわたくしなどが、回復魔法の講師でよろしいのですね?」
ギルドの裏手にある広場で、わたくしは受講希望の3人に向けて問いかけました。
小さな傷を治すにも1日がかり。
脆弱な回復魔法しか使えないわたくしが、人様に教えてもよいものでしょうか?
「聖女さんの『リカバリーライト』を、見たことがある。術式展開のスピード、正確さ、魔力の練り方、どれも芸術的だ」
魔道士のオジサマが、拳を握って力説して下さいます。
魔道士といえば、攻撃魔法を優先して身につける方々。
回復魔法は専門でないのでしょうが、魔法の使い手だけあってわたくしの術式が見えているようです。
「恐れ入ります。ですがわたくし、肝心な癒しの力が弱くて……」
「それは何か、体質的なハンデだろう? とにかくオレは、君の回復魔法技術がギルドで1番だと判断した。だから頼む、教えてくれ聖女さん。……いや、ヴェリーナ先生!」
ずいっと詰め寄られて、わたくしは1歩退いてしまいました。
「先生」呼びも、何だかむず痒いですわ。
魔道士のオジサマは4人パーティを組んで冒険者業をしていたそうなのですが、最近回復役さんが家庭の事情で離脱したそうです。
そこで新たなヒーラーさんが加入するまで、自分が回復魔法を取得してヒーラーを兼任したいとのこと。
女性剣士さんは、ずっと単独冒険者としてやってこられた方。
これからもソロに拘りつつ、難度の高い依頼に対応できるように回復魔法を取得したいそうです。
13歳の少年は弓の使い手。
しかし若過ぎるために、組んでくれる相手が見つからないそうです。
そこで回復魔法を身につけ、人材としての価値を上げたいのだとか。
正直、悩みます。
講師を引き受けてよいものでしょうか?
なぜ悩むのかというと、わたくし後輩聖女のソフィア様育成に失敗しておりますもの。
回復魔法にも指導力にも、自信がないのです。
3人の受講希望者達は、瞳をキラキラと輝かせながらこちらを見つめてきます。
こんな時、リュウ様が居れば何かアドバイスをいただけたでしょうに――
(おおっ、呪文無詠唱に加えて発動時間は一瞬。おまけに魔力操作が恐ろしくスムーズだ。何だよ聖女様、とんでもない達人じゃねーか)
突如脳裏に響き渡ったのは、リュウ様が以前おっしゃってくれた言葉。
出会ったあの日――
巨鳥ルドランナーの鞍上で、わたくしの貧弱な回復魔法を絶賛してくれたのでした。
そうですわ。
彼に褒めてもらえたわたくしなら……きっとやれる!
「わかりました。精一杯講師を務めさせていただきます。みなさま、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げると、3人の生徒達は同じく深い礼で返してくれました。
「では講習に入りたいと思うのですが、その前に調べておきたいことがあります」
わたくしは懐から、球状の魔道具を取り出しました。
サイズは大きめのビー玉くらい。
色は透明で、中には何も入っておりません。
「これは慈愛石と呼ばれる、癒しの魔力を測定する魔道具。ミラディア大聖堂にある、ミラディースの宝玉の簡易版です」
ミラディースの宝玉は、触れた者が秘めた癒しの魔力を測定する魔道具。
簡易版である慈愛石にも、同じ効果があります。
もっとも聖女候補が触れる前提で作られているミラディースの宝玉と違い、慈愛石は回復魔法初心者向けの魔道具。
測定できる癒しの魔力上限が、ミラディースの宝玉とは比べ物にならないほど低いのです。
最初に石を手渡したのは、魔道士のオジサマです。
「慈愛石を握り、誰かの傷を癒したいとイメージしてください。そのまま魔力を流し込むと、石が光るはずです。あとの2人は、そのやり方をよく見ておくように」
魔道士のオジサマは、普段から攻撃魔法を使っている方ですもの。
今の説明で、充分理解できたはず。
講習の時間は有限。
このように相手の適性や経験に合わせ、効率の良い指導をしていかなくては。
魔道士のオジサマが魔力を込めると、慈愛石は白く発光しました。
「はい、もう結構です。オジサマは魔道士だけあって、初めから癒しの魔力も強いようですね」
わたくしは魔道士のオジサマから、慈愛石を回収します。
他の2人は羨ましそうな顔で見ていましたが、彼は真剣な表情で自らの手の平をしげしげと見つめていました。
さすがは魔道士。
わたくしがなぜこんな測定を行っているのか。
そして癒しの力が強いことによる危険性まで、感じ取っているようです。
次にわたくしは、女性剣士さんへと慈愛石を手渡します。
「傷を癒すイメージってのはできるけど……。魔力を流し込むってのがちょっと理解できないねえ。アタシは魔法全般苦手だから」
「ええ。もちろんこちらで、サポートさせていただきます」
わたくしは女性剣士さんの腕をさすりました。
彼女の体内にある魔力を動かし、慈愛石へと流すマッサージです。
「……あっ! 何かが体の中から、手の平へ向けて流れていく! これが魔力ってやつなのかい? 分かる。ヴェリーナ先生、アタシにも分かるよ!」
「この感覚が、回復魔法を実践する時にも大事になってきます。しっかり体で覚えてくださいね」
女性剣士さんが持つ慈愛石も、チカチカと光を放ちました。
しかしその光は、魔道士のオジサマより弱い。
ご本人は不服そうでしたが、わたくしは安心しました。
魔法初心者なのに、癒しの力だけやたら強いというケースは危険なのです。
「最後は僕ですね。先生、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
わたくしは弓使いの少年に、慈愛石を手渡しました。
石が光らなかったらどうしようかと、不安に思っているのでしょう。
体中が緊張していて、カチコチです。
これでは魔力の流れにも、悪影響が出てしまう。
わたくしは丁寧に、少年の腕をマッサージしていきました。
あら?
わたくしが触れた瞬間、少年の緊張がさらに増してしまいましたわ。
顔まで真っ赤になって……これはどうしたことでしょう?
「変なこと考えてっと、リュウに殺されるぞ~」
背後から女性剣士さんが、よく分からない野次を飛ばしてきました。
「そ……そんなんじゃないやい! あっ! ヴェリーナ先生、分かりました! これが魔力なんですね。すごいや、手に集まってゆくのが分かる……。独学でやろうとした時は、全然理解できなかったのに」
成長した自分に興奮する少年を見て、わたくしも心が弾みます。
やっぱり人にものを教えるのは――
成長していく様子を見られるのは――
楽しい!