第45話 聖女は恥ずかしいお仕置きを受ける
海が割れたと同時に、わたくしは走り出します。
海水が流れて戻り、海に呑まれるなどという心配はありません。
なぜなら――
「【プラチナムワールド】!」
わたくしが走り出した瞬間、背後で発動したリュウ様の魔法。
それが割れた海の断面を瞬時に凍てつかせ、海水の逆流を塞き止めます。
ここまでは、お父上であるタツミ様の伝説と一緒。
「こいつはおまけだ! ありがたく受け取れ! 【フリーズバインド】!」
伝説を超えたのは、リュウ様も同じでした。
凍った海水の壁から氷の蔦が何本も伸びて、プラアーサ・クラーケンの巨体を拘束します。
これでもう、逃げられる心配はない。
わたくしは、露わになった海底を駆け抜けます。
200mはあった距離が、一瞬でゼロに。
ビーチの野次馬達が瞬きするほどの間に、わたくしはプラアーサ・クラーケンの眼前に辿り着いておりました。
「大海の支配者、災厄の魔獣プラアーサ・クラーケンよ。リュウ様の触手責めシーン、ごちそう様でした……ではありませんでした。あなたに、安らかな眠りを。慈愛と安息の女神、ミラディースの祝福があらんことを」
【フィジカルブースト】、全開。
わたくしは手刀、足刀を縦横無尽に振るい、プラアーサ・クラーケンの巨体を切り刻んでいきます。
「剣鬼」オーヤン様の愛刀逆鬼丸より、斬れ味では劣ることでしょう。
しかし、威力は互角。
手数に至っては、両手両足で繰り出す分わたくしの方が上なはず。
もっと速く。
もっと鋭く。
無心で手足を振るっていると、背後から声をかけられました。
「聖女さん、もう充分だ。こんだけ細切れになりゃ、いくらプラアーサ・クラーケンでも再生できねえ」
いつの間にかリュウ様が、すぐ背後まで来ていたのです。
わたくしは、攻撃を中断しました。
すぐさま、リュウ様が魔法を発動。
バラバラになったプラアーサ・クラーケンを、氷の塊に閉じ込めます。
「プラアーサ・クラーケンの肉は、ものすげえ高級食材なんだ。冒険者ギルドに納めりゃ、とんでもない値段で買い取ってくれるぜ」
さすがリュウ様、ちゃっかりしています。
「ん? 聖女さん。足の裏、ちょっと切ってるじゃねえか」
「あら、本当ですわ」
身体強化魔法を発動して皮膚の強度が上がった状態でも、意識外からの攻撃ではあっさり傷ついてしまうことがあります。
海底を駆け抜けた際に、岩かサンゴ、貝殻あたりで切ってしまったのでしょう。
足の裏を確認しますが、ちょっと血がにじみ出ているだけ。
あまり、深い傷ではなさそうです。
このぐらいの傷で、リュウ様の手を煩わせるのは気が引けますわね。
大きな魔法や高度な魔法制御を連発したせいで、相当に魔力を消費しているはずですもの。
ビーチに戻ってから、フクの回復魔法で治してもらいましょう。
そんなことを考えていたら、景色が半回転しました。
「ふえっ?」
「おっと。そんな足で、歩かせるわけにはいかねえな。『治療を後回しにして、感染症にでもなったら大変』とか言ってたのは、どこの誰だったかな?」
全く反応できないほどの早業で、リュウ様はわたくしを横抱きに抱え上げてしまいました。
「あの……リュウ様? わたくしよりも、プラアーサ・クラーケンのお肉回収を優先しないと……」
「そんなもん、あいつらに任せておけばいい」
リュウ様が顎をしゃくった方向に視線を向ければ、割れた海の間を走ってくるフンドシマッソーズ。
アヴィーナ島冒険者ギルドの皆様ですわ。
「おおーーーーっ!! さすがはダブルブリ級と、ブリ級! 恐れ入ったぞ!!」
「まさに『千言の魔術師』と、『剣鬼』の再来ではないかっ!!」
「お主達なら、トリプルブリ級も夢ではあるまい!!」
熱い口調で褒めたたえてくださる、フンドシマッソーズの皆様。
それは嬉しいのですが、恥ずかしいですわね。
お姫様抱っこされたままですし。
プラアーサ・クラーケンの回収をフンドシマッソーズに押し付け、リュウ様はわたくしを抱えたままズンズンと突き進んでしまいます。
剥き出しになった海底の道を、浜辺に向かって。
えっ?
ちょっとこのままでは、マズいのではありません?
「あの……リュウ様。回復魔法で治していただければ、わたくし自分の足で歩けます。下ろしてください」
「ダメだ。俺は魔力が尽きた。回復魔法なんざ使えねえ」
――嘘臭いですわ。
その証拠に、意地の悪い笑みを浮かべています。
「こんな風に抱きかかえられたままビーチに戻るのは、恥ずかしいですわ。ほら、大勢の人達が集まってきていますし」
指差した先には大歓声を上げたり、拍手でわたくし達を迎える海水浴客の皆様。
こんな衆人環視の中、お姫様抱っこのまま浜に戻るおつもりですの?
先ほど戦闘中に抱き留められた時や、以前やむを得ず横抱きでルドランナーに騎乗した時とは明らかに状況が違いますのよ?
「そうか、恥ずかしいか? これは罰だ。恥ずかしいのも、お仕置きのうちだ」
なんということでしょう!
この男、触手責めされる姿をわたくしが観戦していたことを根に持っているのですわ。
それに対する、羞恥プレイのお仕置きなのですわ。
こんな状況でもゾクゾクしてしまう、レオンお父様の血が憎い。
「……別に。慣れてしまえば、大して恥ずかしくはありませんわね」
せめてもの抵抗です。
「聖女ちゃんスマイル」を発動し、全然恥ずかしくない素振りをします。
こういうドSな男には、平然とした態度が1番面白くないでしょう。
「ふーん。大して恥ずかしくない……ね……。俺は最近、分かってきたぜ。聖女さんって恥ずかしさとか動揺は顔に出ねえが、代わりに耳が真っ赤になるんだな」
ああああーーーーっ!!
そう言えば今日は、髪型をポニーテールにしているのでしたわ!
下ろした髪で隠れているいつもと違い、火照った耳が丸見えなのです。
「……っ! リュウ様のバカ! 意地悪!」
思いっきり恨みを込め、睨みつけてやります。
ですがそんな視線を受けて、リュウ様はものすごく嬉しそう。
失敗ですわ。
これは、ドSを満足させてしまう反応でした。
ついにわたくしはお姫様抱っこのまま、ビーチに上陸してしまいました。
突き刺さる、視線の集中豪雨。
そして、わたくしを称える称賛のコール。
『 女鰤爵! ブリネス! ブリネス!』
ああ。
この島ではゴールド級以上の女性冒険者を、「女鰤爵」と呼ぶのでしたわね。
発案者の初代ギルドマスター、ナマコ・G・タダーノ氏を酢の物にして食べてしまいたい気分ですわ。
出迎えてくれた人混みの中には、ミランダ・ドーズギールの姿もありました。
「ヴェリーナお嬢様、さすがなんダス! ……さて、カメムシトカゲ様。いつまでお嬢様に、触れているつもりなんダスか? そろそろ下ろすんダス、変態トカゲ!」
「あいにく聖女さんは、足をケガしちまっている。このままお嬢様を歩かせるのは、仕えるメイドとしてどうなんだ? ミランダさんよ」
「くっ! フク! 早く、お嬢様のケガを治すんダス」
空中をフヨフヨ漂う茶トラの猫精霊に、ミランダは鋭く指示を飛ばします。
精霊様を、顎で使うとは――
どうやらこのメンバー内での序列は、
わたくし > ミランダ > フク > リュウ様
となっているようですわね。
「え~? ミランダ様。もう少しこのまま、『衆人環視お姫様抱っこの刑』に処しとこうよ。ご主人様には、朝から恥をかかされた恨みがあるしね」
なんということでしょう!
ここで、フクの裏切りですわ!
「恥をかかされた」というのは、マッサージでへそ天させてしまったことを言っているのでしょう。
あんなに、気持ちよさそうにしていたではありませんの。
ミランダは「ぐぬぬぬ……」と唇をへの字に曲げますが、フクはどこ吹く風で空中を飛び回り続けます。
そうしている間に、フンドシマッソーズの皆様が氷漬けのプラアーサ・クラーケンを担いで追いついてきました。
担ぎやすいよう、氷塊を砕いて小分けにしたようです。
それでもかなり重量がありそうなのに、みなさん軽々と運んでおります。
さすきん(さすがの筋肉の略)ですわ。
「ダブルブリ級、リュウ・ムラサメ殿。女鰤爵、ヴェリーナ・ノートゥング殿。プラアーサ・クラーケンの素材……というか肉は、どうするつもりだ? 全部、ギルドでの買い取り希望か?」
フンドシマッソーズの中でもリーダー格らしき、1号さんが訊ねてきます。
最初にアヴィーナ島ギルドの入り口で、話しかけてきた方ですわ。
わたくしには、どうしていいのか判断がつきません。
なのでチラリと、真上にあるリュウ様のお顔を見上げます。
「半分は買い取ってもらって、残りの半分はみんなで食っちまおうぜ。ギルドの外にある広場で、クラーケン焼きパーティだ! 海水浴客のみんなも、暇なら来な!」
伝説の食材であるプラアーサ・クラーケンがタダで振る舞われると聞いて、湧いていた人々がさらに歓声を爆発させました。
あら、意外。
守銭奴っぽいところもあるリュウ様が、半分もタダで他人に振る舞うなんて。
わたくしの疑問を視線で感じ取ったらしく、リュウ様はちょっと照れ気味に答えます。
「親父とママはプラアーサ・クラーケンを討伐した時、大宴会開いて全部食い尽くしちまったらしいぜ。だけど俺は、金を貯めとかないといけねえからな」
「リュウ様は、すでに充分な資産を築き上げていると伺いましたが?」
「まあ、なんだ……。俺1人が生きていくには、充分なんだがよ……。将来設計とか考えると、金はあるに越したことはねえかと……」
最後の方はゴニョゴニョとした声で、いまいちよく聞き取れませんでしたわ。
結婚資金でも、貯めていらっしゃるのでしょうか?
「あら? そういえば、シュラ様は?」
シュラ・クサナギ様のお姿は、忽然とビーチから消えておりました。
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わたくしは水着から私服に着替えるため、更衣室のある小屋へと入ります。
ああ。
やっと、「衆人環視お姫様抱っこの刑」から解放されましたわ。
「あら? いつの間に?」
足の裏にあった切り傷が、綺麗さっぱり治っています。
リュウ様が、回復魔法で治して下さったようです。
いったい、どのタイミングで?
推理を巡らせて、わたくしは気づきました。
わたくしをお姫様抱っこから下ろせと言った時、ミランダは足のケガに気づいていなかった。
つまりあの時にはもう、傷は塞がっていたのですわ。
ミランダはリュウ様の言葉に騙され、外から見えない捻挫か何かだと思ったのでしょう。
――もう!
リュウ様ったら、ひどい!
とっくに治していたのに、延々とお姫様抱っこの刑を続行したのですわね。
恥ずかしくて耳だけでなく、全身がカッカします。
わたくしはカーテンで仕切られた個室の中で、水着を脱ぎ捨てました。
とうとう、ラッシュガードの下にあるビキニ姿を見せる機会がなかったなと思いながら。




