第40話 聖女は筋肉で識別している
レストランの壁面に掛かっている絵画を指差しながら、わたくしはリュウ様に尋ねます。
「リュウ様のお父様達が戦っていらっしゃる、この禍々しい魔獣はいったい……?」
「聖女さんも、名前ぐらいは聞いたことあるだろ? そいつが悪名高い、プラアーサ・クラーケンさ」
プラアーサ・クラーケン!
もちろん、聞いたことはあります。
昔ウ・ミムラー海洋国家連合の周辺諸島を恐怖のどん底に突き落とした、災厄級の魔獣。
その巨躯は、エルダードラゴン並みです。
タコとイカを合わせたような触手が無数に生えた、おぞましい下半身。
見るだけで鳥肌が立ちそうな下半身と違い、上半身は美しい人間の姿をしています。
男性か女性か区別がつかない、中性的な美しさ。
整った顔には、妖艶で邪悪な笑みが浮かんでおりました。
おや?
この絵画、風景がちょっと変です。
まるで海が割れ、剥き出しになった海底にプラアーサ・クラーケンが立っているような構図。
リュウ様のお父様――タツミ様は、海の魔獣相手にどのような戦い方をしたのでしょうか?
「ヴェリーナさん、不思議そうな顔をしているね。僕が語ろう。『千言の魔術師』タツミ・ユージーンと、『剣鬼』オーヤン・モテギ。極東の島国から旅してきた、ミスリル級冒険者コンビの伝説を」
落ち着いた雰囲気だと思っていたシュラ様ですが、今回は少し興奮気味な様子で語り始めました。
ああ。
シュラ様は、リュウ様のご両親に憧れていたとおっしゃっていましたね。
その片割れであるタツミ様に、かなり心酔しているご様子ですわ。
シュラ様のお話によると、プラアーサ・クラーケンは浜辺からアヴィーナ島に上陸して島民達を襲っていたようです。
そこへ駆けつけた、旅のミスリル級冒険者コンビ。
「千言の魔術師」と「剣鬼」。
まずタツミ様は雷の魔法を使い、プラアーサ・クラーケンの触手に捕らわれていた人々を救出したとのことです。
え?
触手に捕らわれていた人々を、感電させずに?
恐らく魔法にアレンジを加えて、電撃が標的以外に流れないようにした。
あるいは同時に雷耐性の結界魔法でも張って、捕らわれた人々を守ったのでしょう。
超人的な魔法技術を必要とする、離れ業ですわ。
電撃に全身を焼かれたプラアーサ・クラーケンは、たまらず海へと逃げ込みます。
いかに「千言の魔術師」と「剣鬼」が強くても、海の魔獣相手に水中戦では勝ち目がない。
周囲の人々が絶望してる中、「剣鬼」オーヤン・モテギはこともなげに言い放ちました。
「海が邪魔だから、斬るぞ」と。
「剣鬼」は、「カタナ」と呼ばれる極東の島国独自の剣を振るいます。
鞘から刃が抜き放たれた時には、もう海が割れていました。
海水と一緒に、プラアーサ・クラーケンも真っ二つ。
しかし相手は、驚異的な再生能力を持つ悪夢のような魔獣。
その程度では、絶命しません。
「剣鬼」が割った海を、「千言の魔術師」は瞬時に凍らせました。
リュウ様も得意とする氷の魔法、【プラチナムワールド】だったそうです。
それにしても、沖合まで海を凍らせるなんて――
さらには割れた海を凍らせたまま固定し続けるなど、とんでもない芸当です。
凍った海の谷間。
剥き出しになった海底を、「剣鬼」が駆け抜けます。
再生を始めようとしていたプラアーサ・クラーケンの眼前まで迫り――
「……そこで、無数の剣閃が走った。『剣鬼』の愛刀【逆鬼丸照護】が、プラアーサ・クラーケンの巨体を斬り刻んだんだ。再生できないほど、細切れに」
シュラ様の語りは、熱を帯びていました。
少々、酔いが回ってきたのかもしれませんわね。
周りのお客さんもシュラ様の語りに聞き入っていたのか、パラパラと拍手が巻き起こりました。
お上手な話し方でしたものね。
わたくしもその場に居合わせたかように感じるほど、臨場感溢れる英雄譚でしたわ。
魔獣退治のお話を聞き終えたわたくしは、再び絵画へと目を向けます。
――あら?
タツミ様やプラアーサ・クラーケンにばかり気を取られて、「剣鬼」オーヤン・モテギ様にはあまり注目していなかったのですが――
「剣鬼」は艶やかな魅力あふれる、色男ですわ。
濡羽色の長髪を、後頭部の高い位置で一括りにしています。
服装は着流しと呼ばれる、極東の島国独自の衣装。
その胸元からは、逞しい筋肉が覗いています。
「『剣鬼』オーヤン・モテギ様……。わたくし、このお方にお会いしたことがあるような……? なんだか筋肉の付き方に、見覚えがあります」
わたくしの発言に、リュウ様が噴き出しました。
「聖女さんは顔じゃなくて、筋肉で人を識別してんのかよ。……まあ分からなくても、無理はねえ。俺が生まれるより前の絵だからずいぶん若いし、筋肉量だって今の方が多いからな」
「……! で……では、『剣鬼』オーヤン様は現在……」
驚くわたくしに対し、リュウ様は微妙な笑みを浮かべます。
そのお顔は、「どうして、ああなっちまったんだろうな?」と言いたげでした。
「俺達のボスである、フリードタウン冒険者ギルドのギルドマスター……。ママの本名は、オーヤン・モテギ。着流しをフリル付きドレスに変え、色男っぷりは女装へと活用されてオネエ街道爆進中だ」
フリフリドレスの筋肉要塞、ママさんのイメージ。
そして着流し姿の美丈夫、「剣鬼」オーヤン・モテギ。
2人のイメージが、どうしても重なりません。
リュウ様が生まれる前ということは、少なくとも25年以上前の絵なのでしょうけど――変わり過ぎですわ。
本当に、何があってああなったのでしょうか?
――まあ「剣鬼」のお姿も素敵ですけど、わたくしは今のキューティーマッソーなママさんの方が好きなので良しとします。
「おっと。タツミ様達の話に夢中になり過ぎて、聞き忘れるところだったよ。リュウ兄さんって、魔王選には出るのかい?」
シュラ様の問いに、お猪口と呼ばれる小さな器でお酒を飲んでいたリュウ様の手が止まりました。
「出ねーよ。まだ、未婚だしな。シュラは結婚後、出るんだろ?」
次期魔王の座を争う、魔王選。
それに出るためには、竜化の力を自在に制御できなければなりません。
竜人族は番を得ると、竜化の力を制御できるようなると言われています。
なので自然と、参加者は既婚者に限られてくるのですわ。
――あら?
そういえば、リュウ様の場合はどうなるのでしょうか?
番を得ずとも、精神力で竜化の力を制御したようですが。
わたくしの回復魔法で正気に戻ったなどとおっしゃっていましたが、そんなはずはありませんし。
やはり、リュウ様ご自身の精神力でしょう。
なにはともあれ、自在に竜化・人化ができるようになっているのです。
魔王選への参加資格を、満たしてしまったのでは?
「僕は……出るよ。いまクサナギ家で、最も強い力を持つ竜人族は僕だ。とっくに父上を上回っている。力を制御できれば……の話だけどね。父上も母上も、僕を魔王にするのにご執心なんだよ。小さい頃から、ずっとね」
シュラ様は遠い目をして、唇の端を歪めます。
きっと何か、嫌な思い出があったのでしょう。
「リュウ兄さんは、まだ未婚で番がいないんだね? ひょっとしたらヴェリーナさんが、それ前提の恋人か婚約者なのかと思ってさ」
「いえ。わたくしはリュウ様とパーティを組んでいるパートナー冒険者でして、そのような関係では……」
代わりに答えたわたくしに、なぜかシュラ様はホッとしたような笑みを浮かべました。
そして、リュウ様は――
どうして、ちょっと不機嫌そうなのでしょうか?
わたくしの視線に気づいたリュウ様は、やや強引な感じで話題を切り替えました。
「シュラ……。お前が魔王になった場合、人族の国家に対してはどう対応するつもりだ?」
そうでした。
クサナギ家は反人族の姿勢を取っていると、以前聞いたことがあります。
クサナギ家長男であるシュラ様が次期魔王になった場合、ミラディア神聖国との関係はどうなってしまうのでしょうか?
「……どうだろうね。父上や母上、クサナギ家のみんなは人族嫌いだから、それ相応の外交を望むだろう。僕は……。正直言って、どうでもいいかな? あんまり人族という種族全体には、興味がないんだ」
「お前が大好きなウチの親父も、人族なんだけどよ。そこの聖女さんもな」
リュウ様とシュラ様。
わたくしを見つめる、4つの金色の瞳。
なんだか、恐縮です。
「タツミ様が人族だっていうのは、もちろん知ってるけど……。ヴェリーナさんも、そうなのかい? ……ヴェリーナさんが人族なら、あんまり争いたくはないかな」
「おう。魔王になったら、そう取り計らってくれ。俺は祖国が聖女さんの国と争うところなんざ、見たくねえ。もうミラディア神聖国には、魔国ヴェントランと同じぐらい愛着があるしな」
「次期魔王の番が人族なら、友好的な外交ができるかもね。今代のルビィ様みたいに」
一瞬わたくしは、魔王になったリュウ様の傍らに立つ花嫁衣裳姿の自分を妄想してしまいました。
わ――わたくし、何を考えていますの!?
リュウ様は、魔王になる気はないとおっしゃったではありませんか
それに、意中の女性がいらっしゃるとも――
わたくしは頭上で手を振って、妄想の世界をかき消します。
「……それは、どういう意味だ?」
冷たいリュウ様の声で、妄想世界の残滓も消滅してしまいました。
わたくしの妄想を見透かされたのかと思いきや、リュウ様の視線はシュラ様に向いていました。
――焼けつくように、苛烈な視線が。
「さあ? どういう意味なんだろうね? お酒、ごちそうさまでした。久しぶりにリュウ兄さんと話せて、よかったよ。ヴェリーナさん達も……またね」
席を立ち、店外へと出て行くシュラ様の背中を、リュウ様はやけに警戒した面持ちで見守っていました。
ついでにミランダも、リュウ様と同じ表情で。
「まーだご飯終わらないのかい? これだから、食事が必要な人族や魔族は面倒なんだ。オイラはいつまで、バッグの中に隠れていればいいのさ」
荷物の中からフクの不満そうな声が聞こえてきたので、わたくし達も店をそそくさと出る羽目になりました。
このガウニー亭は、ペット持ち込み禁止なのですわ。
魔獣、プラアーサ・クラーケンの住処はこちら↓
https://mypage.syosetu.com/675458/
ママさんの本名は、早い段階からこの方のお名前をもじらせていただこうと思っていました。
代表作のおねえつながりで↓
https://mypage.syosetu.com/1489201/
剣鬼オーヤン・モテギの愛刀、そのまんまな名前ですね↓
https://mypage.syosetu.com/202374/




