第38話 聖女は初めてのアレを怖がる
日が少し傾きかけてきた頃、ようやく入国手続きを終えたリュウ様が事務所から出てきました。
心なしか、ゲッソリしていらっしゃるような――
「参ったぜ。竜化できるようになる前と、ここまで扱いが違うとはよ。……どいつもこいつも、『ムラサメ家の赤竜』にビビり過ぎだろ。過激でヤベエのは、オフクロぐらいのもんだっつーの」
竜化すれば息吹1発で山に大穴を開けるリュウ様が、「ヤベエ」と表現する魔王ルビィ様――
いったい、どんなお方なのでしょうか?
「そういえば……。お母様であるルビィ様のお話は何度か伺いましたが、お父様がどんなお方かは伺っていませんでしたわね。聞いても……?」
「……そういや、そうだったな。まあ、この旅の間に話すぜ。アヴィーナ島は、親父に縁のある土地だからな」
そう言うとリュウ様は、再び竜化。
わたくし達を背に乗せて、市街地の方角へと飛行します。
今度はあまり目立たぬよう、低く、静かに。
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まず降り立ったのは、アヴィーナ島の冒険者ギルド前。
今回わたくしとリュウ様は、冒険者としてではなく観光客としてこの地を訪れています。
ギルドで、依頼を受ける予定はありません。
しかし突発的に強力な魔獣が襲来したり、魔獣の氾濫が発生した時、応援が必要になるということは往々にしてあります。
ある程度の日数滞在する場合、その旨を現地ギルドに申告するのが望ましいという慣習になっているのです。
アヴィーナ島冒険者ギルドの建物は、フリードタウンギルドのものとよく似ていました。
違う点は、食堂スペースが屋外。
オシャレなテラスになっている点でしょうか。
スイングドアを押し開け、わたくしとリュウ様はギルド内へと入ります。
すぐさま周囲から突き刺さる、値踏みの視線。
他所のギルドに行った時には、お決まりの光景ですわ。
「ミラディア神聖国、フリードタウン冒険者ギルド所属。プラチナ級リュウ・ムラサメと、ゴールド級ヴェリーナ・ノートゥングだ。観光でしばらくこの島に滞在するから、挨拶に来たぜ」
わたくしもリュウ様も、冒険者の級をひけらかすのはあまり好きではありません。
しかし最初に高位冒険者だと告げてしまうことで舐められなくなり、話を円滑に進められるケースが多いのです。
「はぁ~? プラチナ級に、ゴールド級だぁ~?」
入り口近くにいた男性冒険者が、こちらを睨みながら接近してきました。
若いリュウ様と小娘なわたくしが高位冒険者など、信用できないというのでしょうか?
ま――まあ!
この方、なんて大胆なファッション!
布を腰に巻き付けただけのこれは、フンドシではありませんの!
周囲を見渡してみれば、男性冒険者のほとんどはフンドシに上着を羽織っただけの恰好。
筋肉が――
逞しい筋肉が、丸見えですわ!
この恰好、わたくしのような筋肉大好き乙女には刺激が強すぎます。
「そんな裸同然の恰好で、聖女さんに近づくんじゃねえよ」
リュウ様がわたくしの前に立ち、フンドシ冒険者さんが目に入らないようにしてしまいました。
ああん。
せっかく、目の保養になっておりましたのに。
裸同然の恰好と言いますが、ローブを羽織っていない時のリュウ様だって半裸に近い恰好です。
下半身は、長ズボンですが。
白い長ズボンに隠された、リュウ様のお尻。
それにフンドシが巻かれた光景を想像し、わたくしは密かに興奮しておりました。
きっと、素晴らしい大臀筋をしていらっしゃるに違いありません。
「ハッ! プラチナ級だのゴールド級だの言われても、さっぱりわかんねえ! 余所者は、わけわかんねえランクの呼び方しやがってよ。ちゃんと、アヴィーナ島ギルドの呼び方で言いやがれ!」
――は?
アヴィーナ島冒険者ギルドでは、冒険者の階級に独自の呼び方があるんですの?
わたくしが戸惑っていると、リュウ様は少し考え込んでから答えました。
どうやら思い出すのに、ちょっと時間がかかったようです。
「こいつは失礼した。俺はプラチナ級改めダブルブリ級、リュウ・ムラサメ。こっちの美人はゴールド級改めブリ級、俺の相方ヴェリーナ・ノートゥングだ」
――ブリ?
ブリってあの、お魚の?
「何ィ!! ダブルブリ級に、ブリ級だとぉ!?」
ギルド内のあちこちから、フンドシマッソーズの皆様が驚嘆の声を上げます。
いったい、なんですの?
「ああ、聖女さん。俺も、話に聞いていただけなんだがよ……」
リュウ様の説明によると、このアヴィーナ島ギルドにおける冒険者ランク分けは――
アイアン級 = ワカナゴ級
ブロンズ級 = ハマチ級
シルバー級 = メジロ級
ゴールド級 = ブリ級
プラチナ級 = ダブルブリ級
――と、お魚の名前になっているそうですわ。
初代ギルドマスター、ナマコ・G・タダーノ様が冗談半分で言い出したら定着してしまったのだとか。
「ほう。こちらの女性、ブリ級ということは『ブリネス』ではないか。若いのにそこまで昇りつめるとは、大したものだ……」
態度を一変させて、感心したように何度もウンウンと頷くフンドシマッソー1号さん。
入り口付近で、最初に話しかけてきた方ですわ。
彼の話によると、ゴールド――つまりブリ級以上の女性冒険者はほとんどおらず、敬意を込めて女鰤爵と呼ばれるのだそうです。
光栄なのですけど――
確かに、光栄なのですけど――
ブリブリと、なんだか下品に聞こえるのは気のせいでしょうか?
「あ……。ちなみに最高位のミスリル級冒険者は、ここではなんと呼ばれますの?」
「トリプルブリ級……略してトリブリ級だな」
答えて下さったリュウ様は、遠い目をしていました。
誰を思い出しているのか、わたくしにも想像がつきます。
可愛らしいドレスに包まれた、要塞のような筋肉――
我らがフリードタウン冒険者ギルドのギルドマスターである、ママさん。
彼(彼女?)は、元ミスリル級冒険者。
つまりアヴィーナ島に来れば、「元トリブリ級」と呼ばれるのですわね。
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わたくし達が宿泊するのは、このアヴィーナ島で最高級のホテル。
もう少し控え目な宿がいいと主張したのに、リュウ様とミランダが勝手に決めてしまったのですわ。
大理石造りの豪奢なホテルロビーを出て、わたくし達は街へと繰り出します。
大きなガラスでできた正面玄関ドアは、通行者の魔力を感知して開閉する自動ドアでした。
す――すごい!
この正面玄関だけで、費用がおいくら万モジャかかっているのでしょうか?
「さ~て。現地ギルドへの挨拶も、ホテルへのチェックインも済ませた。そろそろ、晩飯にするか」
リュウ様が大きく伸びをしながら、皆に呼びかけます。
「ふっふっふっ……。晩御飯を食べるレストランは、わたすが下調べ済みなんダス。案内は、任せて欲しいんダス」
ミランダ・ドーズギールはそう言って先頭に立ち、案内を始めます。
リュウ様の背に乗って飛ぶ時は旅人っぽいズボン姿だったのに、いつの間にかメイド服に着替えていました。
彼女が手に持っているのは、既製品のガイドブックではありません。
独自に調査した内容をビッシリ書き込んだ、手製の情報ノートです。
相変わらずの情報収集力ですわ。
ミランダに連れられてやってきたのは、レストラン街の中心部。
かなり個性的な看板が、目を引くお店ですわ。
波が描かれた、青い背景。
その上に、棘の生えた黒くて丸い謎の物体。
「このガウニー亭の名物は、ウニ丼。看板に描かれているあれは、ウニという生き物なんダス」
ウニ――
これが――
丼というのは確か、大きめの器にお米を盛り、その上に具材をかけて食べるという料理。
極東の島国由来のメニューですわ。
お米はミラディア神聖国の土壌や気候に合っておらず、育ちにくい。
そのため希少品となっており、わたくしはお米も丼も食べたことがありませんでした。
「ええ~ミランダ。あのトゲトゲした黒いものを、お米の上に乗せて食べるんですの? 口の中を、ケガしてしまいそうですわ」
わたくしの発言に、周りの3人はポカンとしていました。
リュウ様とミランダだけでなく、猫精霊のフクまで。
そして一拍置いて、ニヤニヤと笑い始めたのです。
「お嬢様、心配には及ばないんダス。ウニの棘より、身体強化魔法を使ったお嬢様の口の方が頑丈なんダス」
「聖女さん、痛いのは最初だけだ。すぐ、病み付きになるぜ」
「な~に。口の中をケガしたら、オイラの回復魔法ですぐに治してあげるよ」
三者三様に、怖いことを言いますわね。
ビクビクしているわたくしの背中を、リュウ様とミランダは遠慮なく押してきます。
暖簾と呼ばれる異国情緒溢れる布を、わたくしはそーっとくぐりました。
冒険者ランクを出世魚形式にしようと言い出した人(なまこ?)はこちら↓
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ガウニー亭、創始者のマイページはこちら↓
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