第34話 聖女はねんがんの〇〇〇〇〇〇をてにいれたぞ!
「……それで聖女さんが朝起きたら、お腹の上でコイツが寝てたってワケか」
わたくしとミランダ、そしてモフモフな猫ちゃん精霊のフクは、場所をリュウ様の部屋へと変えて話を続けていました。
リュウ様の部屋の床や壁は、顔が映り込みそうなぐらい磨き上げられています。
とても、キレイ好きなのですわね。
それでいて小洒落た置物や手入れの行き届いた観葉植物がある辺り、インテリアへの遊び心も感じられます。
本棚には、魔道書が整然と並べられていました。
呪文詠唱学の権威ナイン・スカーレット様等、高名な魔道士の著書がズラリ。
魔法に関係ない本もチラホラ並んでいるあたり、リュウ様の勉強熱心さが伺えますわね。
「『コイツ』じゃないよ~。オイラにはちゃんと、フクって名前があるんだい。これでも精霊の端くれなんだから、敬意は払ってよね」
わたくしの膝上で毛繕いをしながら、フクはたしなめるような言葉をリュウ様に向けます。
精霊は、霊的高等生物。
ぞんざいに扱うのは、よろしくありません。
「喋れる猫ってのは、確かに聞いたことねえけどよ……。フク。他に何か、お前さんが精霊だと証明できる材料はねえのか?」
リビングのソファに腰かけた姿勢のまま、リュウ様は疑いの眼差しをフクに向けます。
3本の尻尾を持つ茶トラにゃんこは面倒臭そうに立ち上がり、大きく伸びをしました。
「普通の猫に、こんなことができると思う?」
翼が生えているわけでもないのに、フクはフワリと空中に浮かび上がりました。
そのまま長屋の部屋中を、縦横無尽に飛び回ります。
かなりの高速飛行なのに、風切り音が聞こえない。
部屋の空気が揺れない。
これは不思議です。
「あと、こーんな真似だってできるんだからね」
小っちゃくて可愛らしい子猫サイズだったフクは、体をボワンと膨らませました。
その大きさは、まるで虎か獅子ですわ。
「形だって、自由自在さ」
今度は丸々と太ったおデブ猫体型になったり、蛇並みにビローンと伸びた胴長猫ちゃんになってみせます。
これは明らかに、普通のにゃんこではありません。
「ふ~む。しかし、精霊というには根拠が薄いな。知能が高い、新種の魔獣かもしれねえ」
リュウ様はまだ、フクのことを疑っていますわ。
用心深いのは良いことですが、本当に精霊様なら可哀想ですわよ?
「しっつれいなヤツだな~。よーし、とっておきの力を見せちゃうぞ~。リュウとか言ったね。ちょっと、ローブの下を見せて。オイラは全部、お見通しだよ」
フクの言葉に、リュウ様は眉をピクリと吊り上げました。
ローブの下が、どうかしたのでしょうか?
そういえばここ数日のリュウ様は、黒のローブを纏っておられます。
いつもはエキゾチックな露出度の高い火竜領ファッションで、すてきん(素敵な筋肉)を晒してくれていましたのに。
わたくしの方をチラリと見てから、リュウ様はローブを脱ぎました。
久々の筋肉。
ぐふふふ――
などと内心喜んでいたのですが、露わになったリュウ様の上半身を見て下心は吹き飛びました。
「リュウ様……。オーディータ様との戦いで受けた傷は、とっくに回復魔法で全快したと……」
至る所に巻かれた包帯。
青あざ。
擦り込まれた薬草の臭いは、香水で誤魔化していたようです。
ローブを脱いだ今、その臭いもハッキリと分かります。
山ひとつ瞬時に押し潰す魔王竜の重力魔法を、まともに受けたのですもの。
自らも巨大なドラゴンへと変身していたとはいえ、受けたダメージは絶大。
回復魔法をちょっとかけたぐらいで、すぐ治るような代物ではなかったのですわ。
「わたくしの骨折治療など、後回しにするよう言いましたわよね?」
「ちゃんと大体の部分は治療してから、聖女さんの治療に移ったんだよ」
「嘘つき! 怒りますわよ?」
もうすでに、怒っているのですが。
全くもう!
ここまで来ると、優しいというよりただのカッコつけですわ!
殿方という生き物は、どうしてこう――
「ふん。お嬢様の治療を優先したことは褒めてやるダスが、最後まで隠し通せなかったから男として大減点ダス」
リュウ様とわたくしの前にコーヒーカップを置きながら、ミランダは厳しい評価を下します。
「ミランダさん……面目ねえ」
気落ちしてしまったリュウ様を見て、わたくしの怒りは急速にしぼんでゆきました。
元はと言えば、わたくしの骨折は自己責任。
それを治してもらったのに怒るなど、理不尽な話でしたわ。
そもそも、わたくしは元聖女なのです。
わたくしが聖女らしい回復魔法を使えていれば、リュウ様の怪我だって――
「まあまあ。ご主人様もミランダ様も、あんまりリュウを怒らないであげてよ。男には、カッコつけなきゃいけない時ってもんがあるのさ。それに、この程度の傷なら……あらよっと」
フクが3本の尻尾のうち、1本をひと振り。
するとリュウ様の全身が、優しい虹色の光に包まれました。
「え……マジか?」
金色の瞳をパチクリさせながら、リュウ様はご自分の体を確かめます。
肩を回してみたり、腰を捻ってみたり。
その動作は、自然で滑らか。
そして、軽い。
怪我が、完全に治っている?
これは――
こんな強力なものは、見たことがありません。
アナスタシアお母様を、超えているかも?
「回復魔法……」
「ご名答。さっすがご主人様。人族や魔族が使用するものとは、発動原理や展開の仕方がちょっと違うんだけどね。……どうだい、リュウ? これで、オイラが精霊だと信じてくれるかな?」
フクは得意げに言いながら、舐めた前足で顔を洗います。
しかし、リュウ様は――
「傷を治してくれたことには、礼を言うぜ。ありがとよ。……うーん。だが、魔獣だって魔法使う奴はいるし……」
「だーっ! どこまで疑り深いんだよ。もう精霊でも魔獣でも、ただの猫でもいいや。とにかくオイラは、この力を使ってご主人様の願いを叶えるよ」
「わたくしの……願い?」
「そうさ。ご主人様には、ずーっとやりたかったことがあるでしょ?」
ゆ――夢ではありませんの?
ついに、アレを実現させる時がきたのですわね――
わたくしは、椅子から立ち上がりました。
空中に浮きながら腕組みしていたフクに、歩み寄ります。
ああ、足取りがフラフラする。
嬉し過ぎて、熱病に浮かされた気分ですわ。
子猫サイズに戻ったモッフモフなフクに抱きつき、わたくしの胸元へと引き寄せます。
そして、願いを口にしました。
「フク! ウチの飼い猫になって下さい!」
なぜかわたくし以外の全員が、へにゃりと脱力しました。
あら?
わたくし何か、変なこと言っちゃいました?
「え……ちょっと、ご主人様? ご主人様のやりたかったことって……?」
「ずーっと、猫ちゃんを飼いたかったのですわ」
わたくし、にゃんこ大好きですもの。
――はて?
どうして今まで、飼っていなかったのでしょうか?
聖女見習いとなり、教会住まいになってからはともかく――
実家に住んでいた頃なら、飼う機会はいくらでもあったはずですのに。
「へっ……へへへへ……。癒しの力より、『飼い猫になって』か……。いいよ、ご主人様。実はオイラも、ご主人様の飼い猫になりたかったのさ。ずっと……ずっと前からね」
最後の台詞が意味深ですが、わたくしとフクは相思相愛ですのね。
あと、片付けなければならない問題は――
「リュウ様。この長屋、ペット禁止ではありませんでしたわよね?」
「魔獣でもなきゃ、大丈夫だな」
住居に関する問題クリア。
よっしゃあですの!
最後の問題は――
「ねえ、ミランダ……」
「そんな潤んだ瞳で見つめられて、『ダメだ』なんて言えるメイドはいないんダス。それに長屋の部屋は、契約上の名義はわたすでも、事実上はお嬢様のお部屋なんダス。好きにして、構わないんダスよ」
「ありがとう! ミランダ!」
わたくしはフクを抱えたまま、くるくると回転して部屋中を回りました。
「へえ、珍しいな。戦闘時以外はおしとやかな聖女さんが、そんなに嬉しさを爆発させてはしゃぐなんてよ」
あらいけない。
少々、はしたなかったですわね。
わたくしは回転をやめ、楚々とした動作で椅子に戻りました。
もちろんフクは、膝の上ですわ。
「いや、そんなにかしこまらなくてもいいんだ。年相応の女の子らしくって、可愛い反応だったぜ」
まあ!
可愛いだなんて!
聖都ミラディアでは、「可愛くない」と言われ続けてきたわたくしですもの。
言われ慣れていない褒め言葉に、本気で照れてしまいますわ。
特にリュウ様のような、素敵な殿方から言われると。
「あ~。リュウが、ご主人様を口説いてる~。ミランダ様、これは気を付けなきゃね」
「フク、任せるんダス。わたすの目が黒いうちは、お嬢様に変なマネさせないんダスよ」
あらあら。
ミランダとフクは、変な同盟を組んでしまったようですわね。
リュウ様は、なんだか面白くなさそう。
わたくしは「ご主人様」で、ミランダも様付け。
なぜかリュウ様のことだけ、フクは呼び捨てにしていますものね。
「おっと、そうだ。せっかくみんな、集まっているんだ。打ち合わせをしようぜ」
リュウ様の提案で、皆がテーブルに着きました。
「おや? リュウ、なんの打ち合わせなんだい?」
フクだけが、まだ何も知りません。
ですがもちろん、フクも連れて行ってしまうつもりですわ。
不思議そうに問いかけるモフモフにゃんこに向かって、リュウ様は不敵な笑みを浮かべました。
そして、楽しそうに告げます。
「ウ・ミムラー海洋国家連合行きの話さ。リゾート島アヴィーナでの、バカンス計画だ」
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