第31話 聖女は世界樹に祈る
「ヴェリーナ殿……。リュウ・ムラサメ……。私はいったい、何をしていたんだろうな……」
オーディータ様は、わたくし達に問いかけてきました。
死期が迫っているとは思えない、冷静な口調で。
『さあな。きっと辛いことがあり過ぎて、どうかしちまってたんだ。あれは、俺の知るオーディータのオッサンじゃなかった』
「そうだな……。本当に、どうかしていた。コーダホーヤの研究員や首謀者のグーン・グニルはともかく、人族全体に殺意を向けるなど……。頭の中に、声が聞こえたんだ。『人族を滅ぼせ』と……」
『そんなことして、カーラさんが喜ぶわけねえだろ?』
「全くもって、その通りだ。なぜ私は、あんな声に従って……」
『そんな声、もう放っておけよ。戦う前にも約束した通り、グーン・グニルと今回の事件に関わった連中は破滅させる。俺が、必ず』
「これ以上カーラのような被害者を出さないためにも、頼む。……正直、もう復讐などどうでもいいのだ。私が1番許せないのは、妻を助けることができなかった自分自身なのだから……」
『そう、自分を責めるなよ。オッサンのせいじゃねえ』
静かに語り続けていたオーディータ様でしたが、お顔が苦悶に歪みました。
それはきっと、痛みや死への恐怖からではなくて――
「……子供がいたんだ。カーラのお腹の中に」
――苦しい。
テラモーリでお会いした時のカーラ様の笑顔を思い出し、胸が張り裂けそうになります。
オーディータ様の子供を授かりたいと、心の底から願っていたカーラ様。
やっと――
やっとその願いが、叶ったのに!
リュウ様も、ギリッと牙を食いしばりました。
「すまないな……。私はヴェリーナ殿を、泣かせてばかりだ」
オーディータ様に指摘されて、気付きました。
わたくしの目からは、涙が零れています。
オーディータ邸で、レオンお父様の話をした時と同じですわね。
「……いいのです。わたくしが、泣き虫すぎるだけなのですわ」
「戦いの中でも、私はそなたに酷いことをしてしまった。あの世で、レオンに殴られるかもしれんな」
「わたくし、お父様と同じで頑丈なのです。あれぐらいでは、ビクともしませんの」
むしろ今は、心の痛みのほうが何倍も辛い。
「そうか……。ヴェリーナ殿は、長生きしてくれ……。でないと、私のようになってしまいそうな奴がいるからな。……最期に、頼みがある。カーラを連れてきてくれ。側で眠りたい……」
「ええ……。ええ……。お安い御用ですわ」
わたくしは身体強化魔法を発動させて、ローラステップの入り口まで走りました。
数十秒で辿り着き、土の台座に寝かされていたカーラ様を抱え上げます。
――冷たい。
手の骨が砕けていたので、抱えにくい。
けれども絶対に、カーラ様を落としたりなんかしません。
涙で視界が滲み、前がよく見えませんでした。
それでも一刻も早く、オーディータ様の元へと戻らなくては。
カーラ様を連れてオーディータ様とリュウ様の側まで戻った時、オーディータ様はまだ息がありました。
良かった――
意識があるうちに、カーラ様と再会させられて。
「カーラの亡骸を……私の上に……」
言われるがまま、わたくしはカーラ様をオーディータ様の上へ寝かせます。
残された命を、燃やし尽くすような執念。
オーディータ様は両手を動かし、最愛の番を抱き締めました。
その時、カーラ様の背中が光りました。
幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり、何かの魔法が展開されようとしています。
これは、いったい――
「竜化したカーラは、私と同じ緑色の竜。だが、種が違う。彼女は草花や木、植物を操る魔法を最も得意とする、木竜なのだ」
オーディータ様の体から魔力が吸い上げられ、カーラ様の亡骸へと流れ込んでゆきます。
「生前から、カーラは願っていた。『竜人族としての生を終えたら、木になりたい』と。大樹となって大地に根を張り、子孫たちを見守り続けたいと。だからそういう魔法術式を、体に仕込んでいた。……少し、離れていてくれ」
カーラ様の体から根が生え、大地に伸びていきます。
リュウ様の息吹で焼け野原になっていたのに、そんなことはまるで意に介さない力強さです。
わたくしとリュウ様は根の邪魔をしないよう、後ろに下がりました。
「私とカーラに、子孫は残らない。3人一緒に、ここで眠るからな。だから子孫の代わりに、お主達を見守らせてくれ」
カーラ様の体から、今度は無数の芽が生えてきました。
それが一気に伸び、ねじれ、より合わさって幹を形成してゆきます。
太く、力強く、生命力にあふれた大樹の幹を。
幹に飲み込まれ、お2人の姿は完全に見えなくなってしまいました。
後に残ったのは、立派な大樹。
生まれたてなのに、高さは教会本部の大聖堂ほどもあります。
大樹を見上げて気付きました。
ずっと曇っていた空が、いつの間にか晴れ渡っている。
『まるで伝承にある、世界樹ユグドラシルだな』
リュウ様の言葉で、わたくしもその話を思い出しました。
伝承の世界樹ユグドラシルは、この大樹よりもさらに大きい。
先端は雲まで届き、幹の直径は2kmに達するのだとか。
確か、樹神レナードという神様が宿るそうですわ。
わたくしは大樹の――生まれたばかりの世界樹の前に跪き、両手を組んで祈りを捧げます。
不思議と、折れた手の痛みは感じませんでした。
「地の魔王竜、ブライアン・オーディータよ。その最愛の妻、カーラ・オーディータよ。そして、2人の愛の証よ……。あなた方に、安らかな眠りを。慈愛と安息の女神ミラディースと、樹神レナードの祝福があらんことを」
もうミラディース教会の聖女でも神官でもなくなったわたくしに、祝詞を唱える資格などないのかもしれません。
――それでも、そうせずにはいられなかった。
わたくしの祝詞に続き、リュウ様が咆哮を上げました。
それは高く、長く、繊細な叫び。
追悼の咆哮。
わたくし達に応えるように、世界樹の葉がさわさわと揺れていました。
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1時間後――
わたくしはリュウ様の背に乗り、夕暮れの空を飛んでいました。
夕日を反射して、赤い鱗が眩しい。
黄金に輝く雲の平原が、とても綺麗ですわ。
何はともあれ一旦フリードタウンに帰り、ミランダやママさん達に顛末を報告しなければ。
わたくしの両手の骨折は、リュウ様の回復魔法により応急処置済み。
完全に治ったわけではないので、帰ったら治療を続けなければなりません。
今はドラゴン革のグローブを外し、包帯でぐるぐる巻きにしてありました。
怪我人であるわたくしに負担がかからないよう、リュウ様は静かにゆっくりと飛んで下さいます。
ご自分だって、飛ぶために最低限の治療しかしていないのに――
『なあ、聖女様』
「なんですの? リュウ様」
『実はよ……聖女様の冒険者としての新人研修期間って、とっくに終わってるんだ』
――あ、やっぱり。
『聖女様が依頼を受ける時、俺が勝手について行ってるだけなんだ。だからもし、聖女様が単独で活動を始めたいって言うなら……』
「リュウ様のバカ」
以前地竜領への道中で言った台詞を、そっくりそのまま繰り返してやるのですわ。
『聖女様も、だいぶ口が悪くなったな。荒くれ冒険者生活に、なじみ過ぎたんじゃねえか?』
「いいえ、まだ全然です。わたくしは、冒険者として駆け出しのヒヨッコなのです。最後まで、責任を持って教育して下さいませ」
わたくしはリュウ様の背で仰向けになり、手足をバタつかせます。
まるで、駄々っ子ですわね。
お父様にだって、こんな真似をしたことはないのに――
『ゴールド級まで上がってきておいて、今さら何を……。まあ聖女様が、そう言うんなら。今後も俺と、パーティを組み続けるってことでいいんだな?』
むっ!?
この男ずっと年上のくせに、選択をわたくしにぶん投げる気なのですわね?
いいでしょう。
そっちがその気なら――
「リュウ様こそ、どうしたいのです? わたくしと、組み続けたいのですか?」
数拍の沈黙。
その後に返ってきた念話は――
『そうだな、そうしたい。これからもずっと、俺の側にいてくれ』
それは、どういう意味で言っているのでしょうか?
パートナー冒険者としてのお話なのでしょうか?
それとも――
わたくしに、それを追求する余裕はありませんでした。
心臓がドキドキして、苦しかったのですもの。
頬も熱い。
なのに、わたくしときたら――
「よろしいですわ」
あわわわ。
照れ隠しに、ちょっと偉そうな感じで返事をしてしまいました。
気を、悪くされないといいのですが――
「そうですわ、リュウ様。いつまでわたくしのことを、聖女呼びなさるのですか? パートナーとして一緒に活動するなら、もっとそれっぽい呼び方にするべきでは? フリードタウンの郊外で竜化した時は、ヴェリーナと名前で呼んで下さったではありませんか」
『あ~、そうだっけか? 今さらヴェリーナって呼ぶのも、なんだか照れ臭くってな』
ほほ~ん。
20代も半ばになって、女の子を名前で呼ぶのが照れ臭いとは。
ちょっと、可愛らしいではありませんの。
『そんじゃ、「聖女様」呼びはやめる。これからは親しみを込めて、「聖女さん」って呼ぶぜ』
わたくしは、ガックリと肩を落としました。
なんですの? それ?
「聖女様」も「聖女さん」も、あまり変わらないような――
『そろそろ、高度を下げるぞ。聖女さん、しっかり掴まってな』
しっかり掴まるように言われたので、わたくしはリュウ様の背に張り付きます。
これは、不可抗力ですのよ?
全身でリュウ様の存在を感じていたいとか、そういう不純な動機から出た行動ではありませんからね。
高度を下げて雲を抜けると、広い草原が眼下に見えます。
その真ん中にあるわたくし達の本拠地、フリードタウン。
もう夕刻ですので、窓から明かりの漏れている家や、晩御飯の支度で煙突から煙が出ている家が多いです。
おや?
石畳のメインストリートを、走ってくる一団があります。
身体強化魔法で視力を強化して見ると、ミランダやママさん、フリードタウン冒険者ギルドの皆様でした。
わたくし達の着陸予定地点である門の外まで、我先にと駆けてきます。
――ああここが、わたくしの帰る場所。
あれが、わたくしを待っていてくれる人達。
大地に足を着けたリュウ様。
わたくしはその背から、前方に1回宙返りを入れて飛び降ります。
出発したときの動きを、逆にするように意識してみました。
取り囲んできた皆様に向かって、大きな声で帰還の御挨拶ですわ。
「皆様! ただいま戻りました!」
大歓声に迎えられて、自然と笑顔が零れました。
もちろん営業用の「聖女ちゃんスマイル」ではなく、冒険者ヴェリーナ・ノートゥングの笑顔ですわ。




