第21話 聖女はナンパされる
翼竜飼育場でしばらく過ごした後、わたくし達はオーディータ夫妻と別れました。
夫妻は
「屋敷に泊って行くといい」
と仰ってくださいましたが、リュウ様が
「俺達が泊まっていたら、気が散るだろ?」
と、辞退されたのです。
現在わたくしとリュウ様は、竜車でテラモーリの街中心部へと送ってもらっているところ。
流れる景色を窓から眺めていたリュウ様に、わたくしは尋ねました。
「リュウ様。先ほど仰っていた、わたくし達が泊まっていたら気が散るとはどういう意味ですの?」
わたくしの質問に、なぜかリュウ様はズルっと座席から滑り落ちてしまいました。
ヨロヨロと座席に戻りながら、言いにくそうに説明をしてくださります。
「えっと……だな……。ほら、なんというか……。客人がいると気を遣って、夫婦の大切な夜の時間がな……。あのオッサン、魔獣の氾濫の晩にいそいそと帰って行ったのもそれだと思うしよ」
夜の時間?
ああ。
レオンお父様とアナスタシアお母様が、夜更けにしていた遊びみたいなものでしょうか?
ですが乗馬鞭で打たれて恍惚としているオーディータ様も、ハイヒールで踏みつけながら「この豚野郎」と罵るカーラ様もイメージできません。
「聖女様? 何か、変な想像してねえか?」
「いえ。仲睦まじかったお父様とお母様を、思い出していただけですわ」
「そ……そうか。とにかくこういう話は、聖女様にはまだ早すぎる」
む?
また、子供扱いですの?
そういえばオーディータ邸での未成年発言及び誕生日忘れについて、まだ抗議していませんでした。
「リュウ様。今日がなんの日か、忘れていませんか?」
ちょっと、冷たい口調で言ってやります。
少しは戸惑うかと思ったのに、リュウ様のお顔に浮かぶのは余裕の笑み。
「聖女様の誕生日だろ? 今日から15歳、成人だな。おめでとう」
「えっ? 忘れていたのでは? 忘れていなかったのなら、なぜオーディータ様のお屋敷でわたくしのことを『未成年だ』などと……」
「あの場面ではああ言っとかねえと、オッサンもカーラさんも俺と聖女様をくっつけようとするぞ? そうなったら、聖女様も迷惑だろうが」
わたくし、別に迷惑だなんて――
そう思っていたのに、恥ずかしくて言葉にはできませんでした。
「……というわけで、今からテラモーリ中心街で聖女様の誕生日と成人のお祝いだ。約束通り、なんでも奢るぜ」
「うふふ……。何を、奢っていただきましょうかね? あっ。お食事の前にお買い物をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「この街は何度か来たことあるから、案内できるぜ。サレッキーノで作られたアクセサリー類も、多く売られている。聖女様も、そういうの好きだろう?」
「ええ。楽しみですわ」
わたくしだって、女の子なんですもの。
可愛い小物や、アクセサリー類は大好きです。
思わず頬が緩むわたくしを見て、なぜかリュウ様もゴキゲンです。
竜車の中には、彼の陽気で上手な鼻歌が響き続けました。
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テラモーリの中心街は、活気に満ち溢れていました。
整然と敷き詰められた石畳の街路を、多くの人々や竜車が行き交っています。
魔族の方々が多いですが、わたくしと同じ人族もちらほら。
ひょっとしたら人族ではなく、竜化していない竜人族なのかもしれませんけど。
服装も聖都ミラディアのものと違い、多種多様です。
リュウ様がお召しになっているような、露出多めな衣装の方もそこそこいらっしゃいます。
「俺みたいな恰好はな、暑い火竜領のファッションなんだ」
なるほど。
火竜領の暑さに、感謝ですわ。
おかげでわたくしは、リュウ様の芸術的な筋肉を常日頃から拝むことができるのですから。
「聖女様は、なんの店が見たいんだ?」
「首元を飾る、ネックレスなどを探していまして」
わたくしは聖女時代、教会神官の証である護符を首から下げていました。
慈愛と安息の女神、ミラディース様が象られたものです。
今は神官でなくなったので、身に着けてはいません。
10歳からずーっと護符を下げていたので、なくなると首元が寂しい気がするのです。
「ふ~む。そうなると、やっぱあの店かな。……案内するぜ。行こう」
中心街のメインストリートを、リュウ様に続いて歩きます。
道の両脇に立っているのは、お洒落なお店ばかり。
大きなガラス張りのショーウィンドゥは、見ているだけで飽きませんわ。
「あんまりキョロキョロしていると、迷子になるぜ」
そんなことを言ってくるリュウ様でしたが、まったく迷子になる気はしません。
なぜならリュウ様は、一緒に歩くわたくしを常に気遣って下さるから。
歩く速度を合わせるのは、もちろんのこと。
何度もわたくしの方を振り返っては、ちゃんとついてきているか確認してくれます。
――ちょっと、過保護なのではありませんの?
そんなに心配しなくても、わたくし子供ではないのですから。
そうそう、厄介事に巻き込まれたりは――
「ねえ、そこの綺麗なお嬢さん。なんのお店を、探しているの?」
「綺麗なお嬢さん」とのことなので、わたくしには関係ないと聞き流しておりました。
ところが目の前に男性が回り込み、「君のことだよ、君の」と仰るではありませんか。
え?
わたくし?
綺麗なお嬢さんだなんて、この方は目が悪いのでしょうか?
男性は耳が長く、尖っています。
エルフと呼ばれる魔族です。
彫刻のように、整った顔立ち。
世間的に見れば、かなりの美男子なのでしょう。
わたくしはリュウ様やレオンお父様のような、野性的美形の方が好みですけど。
「僕は、この辺りのお店に詳しいんだ。よければ案内……」
「おっと。間に合っているぜ」
ものすごい速さで、リュウ様がわたくしとエルフ男性の間に割り込みました。
なんという身のこなしでしょう。
身体強化魔法を使ったわたくしに、匹敵するスピードでは?
「ちぇっ、彼氏連れかよ。仕方ねえな。まあ、こんな美人なら当然か……」
「悪いな、他を当たってくれ。色男のエルフお兄さんよ」
すごすごと立ち去って行くエルフ男性の背中を、わたくしは不思議に思いながら見送りました。
「あの……リュウ様? ひょっとして今のは、ナンパというものなのでしょうか?」
「ああ。紛うことなき、コッテコテのナンパだな」
「そんな……。あのように綺麗なお顔立ちの男性が、なぜわたくしに……?」
「聖女様は、ああいうタイプの男が好みなのか?」
リュウ様は、なぜかちょっと不機嫌です。
「いえ、全然好みではありません。おモテになりそうなのに、わたくしのような可愛くない女に声を掛けてくるのは不自然だな……と」
「あ~。聖女様は、まだ気づいてねえのか? この魔国と同じ美的感覚のフリードタウンで、1ケ月も暮らしただろ?」
「……? どういうことですの?」
クシャクシャと赤い髪を掻きながら、やれやれといった表情でリュウ様は仰いました。
「いいか、よく聞け。聖女様は、絶世の美女だ。お世辞でも、なんでもなくな。聖女様が以前暮らしていた、聖都ミラディアの美的感覚は偏り過ぎている」
「……えっ? ですがわたくしは小さい頃からずっと、『可愛くない』って言われ続けていて……。容姿を褒めて下さったのは、両親ぐらいのものですわ」
「だからそれは、聖都とかミラディア中心地だけの話なんだよ。童顔な可愛い系だけが持て囃されて、聖女様みたいな大人びた美女は見向きもされないなんておかしいだろ? 周りを見ろ」
言われた通り周囲を見渡せば、男性達からの視線を感じます。
聖都にいた頃感じていた、嘲りや憐憫の視線とは違う雰囲気です。
これは――
よく女性達がリュウ様に向けている、熱い眼差しと同じもの?
「チッ。聖女様は、見世物じゃねえぞ? ジロジロ見てんじゃねえよ」
「で……でもわたくし、スタイルの方も良くありませんし。ほら。ところどころ、醜く出っ張ってて」
「やめろ、指差すな。みんなそこに、注目するだろうが。いいか? 魔国で聖女様みたいなスタイルは、『ボン・キュッ・ボン』とか『ナイスバディ』とか呼ばれて持て囃される。男が群がってくるから、体の線は隠した方がいい」
「ええ~」
実はわたくし今までも、外では体の線が隠れる服を好んで着ていました。
あまり、隠しきれてはいませんけれど。
それは凸凹の激しい体を見せると、蔑むような目で見られるからだったのですが――
この魔国ヴェントランやフリードタウンでは、逆の理由で隠さねばならないのですわね。
ううっ、なんだか嫌です。
ミラディアでの醜いものを見る視線も辛かったですが、魔国で突き刺さる好奇の視線も落ち着かない。
結局男性は、女性の容姿しか気にしませんのね。
しかし魔国の男性に好まれる容姿ということは、ひょっとしてわたくし、リュウ様にも?
「リュウ様も、ボン・キュッ・ボンな女性がお好きですの?」
「お答えできかねるぜ。俺が、聖女様の見た目で好きなのは……」
長い指が伸びてきて、わたくしの髪をすくい上げました。
リュウ様は上から、瞳を覗き込んできます。
「黒曜石みてえに艶やかな、流れる黒髪。そして空を閉じこめた、青い瞳だな。ちょっとタレ目気味なのも、俺好みだ」
どうしましょう?
嬉しくて、胸の奥が熱い。
鼓動が大きく聞こえる。
黒髪と青い瞳は、それぞれアナスタシアお母様とレオンお父様から受け継いだもの。
それを褒められると、ヴェリーナ・ノートゥングという存在そのものを受け入れてもらえたような気持ちになります。
わたくし、単純ですわね。
「……少しは、動揺するかと思ったんだけどな。やっぱ聖女様って、まだまだ無垢な感じで危ういよな」
いえいえ。
かなりドキドキしましたのよ?
なんということでしょう。
またしても「聖女ちゃんスマイル」が発動してしまい、無反応な女だと思われてしまったようです。
「そんなに隙だらけじゃ、また変な男が寄ってくるかもしれねえ。保護者としちゃあ、こうするしかないな」
「あ……」
リュウ様の手が、わたくしの手を握りました。
そのまま優しくも力強く引っ張られ、街路を再び歩き始めます。
火傷しそうに熱いのは、リュウ様の手の平なのでしょうか?
それとも、わたくしの?




