第11話 聖女は聖水を垂れ流す
■□ソフィア・クラウ=ソラス■□
まったく、もう――
どうしてアタクシが、こんなことをしなければならないんですのぉ?
ここは聖都ミラディア西地区の外れにある、ちっぽけな教会ですぅ。
10日前から聖女になったアタクシは、慰問に来てやったのですぅ。
はぁ~。
最悪ぅ~。
ボロっちい礼拝堂の中は、汚くて臭いガキやジジババで溢れかえっていますのぉ。
この教会で保護している孤児や、近隣の浮浪者どもですわぁ。
「せいじょのねえちゃん、まほう! まほうかけて~!」
ムキ~!
なんなんですのぉ!?
この、鼻水垂らしたクソガキは~!
クソガキはアタクシに近づいてきて、無遠慮に右手の甲を差し出してきました。
どこかに引っ掛けたらしく、小さな擦り傷がありますぅ。
こんな小さな傷に、アタクシのすんばらしい回復魔法はもったいないですわぁ!
このボロ教会担当の神父でも、充分治せるでしょう?
「ねえちゃん、できないの~? まえのせいじょさまは、なおしてくれたよ~」
本当に、神経を逆なでしてくるガキですぅ!
なんでアタクシは「聖女のねえちゃん」で、クビになった無能ヴェリーナは「聖女様」なんですのぉ?
「ソフィア様、顔が引きつってますよ? 笑顔でお願いします。あなたは、教会の看板なのですから」
眼鏡を掛けたお付きの男性神官が、嫌味ったらしく言ってきますぅ。
こいつもなかなか、イラッとしますわぁ。
言動の端々に、アタクシのことを認めないという意思を感じますのぉ。
あの無能聖女、ヴェリーナのシンパだった奴ですものねぇ。
教皇猊下に掛け合って、どこか僻地にでも飛ばしてもらおうかしらぁ。
でも猊下って、超絶美女のアタクシに興味がないんですわよねぇ。
おねだりしても、聞いてくれないかもぉ?
ヴェリーナみたいな可愛くない顔と、所々出っ張っただらしない体が好みだなんて――
ホント、趣味悪いジジイですわぁ。
アタクシは失礼なガキと神官への怒りを抑えつつ、回復魔法の準備に取り掛かりました。
まずは、呪文詠唱から。
「え~? ブツブツって、なんだそれ? へんなの~。まえのせいじょさまは、だまってパッとまほうつかってたよ~」
このクソガキィ!
アタクシの効果絶大な回復魔法と、無能ヴェリーナのしょぼい回復魔法を一緒にするんじゃありませんわぁ!
無詠唱だろうが発動が速かろうが、傷を癒せない回復魔法に存在価値などないのですぅ。
アタクシは呪文詠唱を終え、【リカバリーライト】の魔法を発動。
一瞬で、傷が消えましたわぁ。
ドヤァ! ですのぉ。
「小さな傷に対して、ずいぶん無駄に魔力を消費されましたね。魔力操作が雑でした。最近、訓練はちゃんと行っているのですか?」
「……お黙りなさい。アタクシは、聖女ですのよぉ」
「保有魔力量も、見習いの頃から大して伸びていない。もう、枯渇気味とは。やはり魔法は、基礎訓練を疎かにしては……」
「黙れ!」
立場の分かっていない神官を、アタクシは怒鳴りつけてやりました。
なんですのぉ? その溜息は?
やっぱりコイツは、僻地に飛ばしてもらいましょう。
周りの連中も、残念なものを見るような目でアタクシを見て――
この教会への慰問は、次回から外してもらいましょうかしらぁ?
こんな貧乏くさい連中が怪我しようが病気になろうが、アタクシには関係ありませんわぁ。
そんなことを考えていたら、礼拝堂の扉が開きました。
「せ……聖女様……助けて下さい……。お腹が痛いのです……」
外の光を背に受けながら、ヨロヨロと金髪の男の子が入ってきますぅ。
まあ!
なんて可愛らしい子ですのぉ。
青い瞳を潤ませながら、アタクシに助けを求めるその姿。
思わず、キュンとしてしまいますわぁ。
身なりもキチンとしていて、上等な服を着ていますぅ。
これは、どこぞの貴族令息とお見受けしましたわぁ。
「まぁ~。お腹が痛いんですのぉ? それは大変。でも、大丈夫。アタクシがバッチリ、治してあげますわぁ」
アタクシは男の子を優しく抱き寄せて、回復魔法を発動しますぅ。
こういう可愛らしい子の治療なら、大歓迎ですわぁ。
――ん?
この子、どこも具合が悪くなんてないような?
「おっと、声を出すなよ? ド腐れ女」
男の子が、ヒソヒソと囁いてきます。
お腹に何か、固いものが押し当てられました。
おそるおそる視線を下に向けると、そこにあったのは銀色に光るナイフ。
「き……」
「声を出すなと言っている。治療のフリを続けろ」
子供らしくないドスの効いた声と、悪鬼みたいになった表情で凄まれました。
あまりの迫力にアタクシの全身は強張って、周りに助けを求めることができません。
ちょ――ちょっとぉ、お付きの眼鏡神官!
なんでこの状況に、気付かないんですのぉ?
いくらナイフが体の陰になっているといっても、アタクシの表情とかから察しなさいよぉ。
「……にしても、ヘッタクソな【リカバリーライト】だな。お義姉様の回復魔法とは、雲泥の差だぜ」
お義姉……様?
「オレの名は、ジル・ノートゥング。テメエがくだらねえ濡れ衣を着せてミラディース教会から追い出した、ヴェリーナ・ノートゥングは義理の姉だ」
なっ――なんですってぇ!?
あの無能聖女に、義弟が!?
「あれはオレがまだ、浮浪児だった頃だ。腹が減って倒れてたオレを、お義姉様は助けてくれたんだ。あの時はドロドロに汚れていたから、今のオレと同一人物だと気付いてねえみたいだがよ」
恍惚とした表情で、当時を思い出すジル。
ヤバいですのぉ。
この子顔は可愛いけど、イッちゃってる子ですのぉ。
「食いもんを恵んでくれながら、手足をすりむいていたオレに回復魔法をかけてくれた。あんまり治りはしなかったがよ……。温かくて、優しい魔法だった……。体じゃなくて、心が、魂が癒されたんだ……」
そこでジルは恍惚とした表情から、悪鬼みたいな顔に戻りました。
「あの日からオレは、この人のために生きると誓った。幸いにもアナスタシアお義母様の目に留まり、養子としてノートゥング家に入れることになった。……あの方の教育は、地獄だったがよ」
ああ――うん。
神官達から、噂で聞いたことがありますわぁ。
先々代聖女、アナスタシア・ノートゥングのシゴキは悪夢だと。
「ソフィア・クラウ=ソラス。テメエには、宣告しにきてやったんだ。テメエもあのなんちゃって剣聖も、もう終わりだ。ノートゥング家を敵に回して、タダで済むわけねえだろ?」
ふ……ふんっ!
確かに伯爵相当の地位を持つノートゥング聖伯家は、アタクシの実家であるクラウ=ソラス子爵家より爵位が上ですわぁ。
ですがアタクシも聖女に就任したので、そのうち聖伯の爵位を授かります。
ランスロット様と結婚すれば、コールブランド侯爵家の後ろ盾も得られることでしょう。
何も、ビビる必要なんか――
「まあノートゥング家が手を下さずとも、テメエらは勝手に自滅しそうだけどな。知ってるか? ランスロット・コールブランドは今日、実家から勘当された」
そ――そんな!
どうしてランスロット様が――
「『どうして?』って顔してるな? テメエらは、ノートゥング家を舐めすぎだ。レオンお義父様が生前可愛がってた連中は、聖騎士団の要職に就いてる奴が多いんだぞ?」
それは、聞いたことがあります。
ランスロット様も、元々レオン・ノートゥングのお弟子さんだそうですし。
「アナスタシアお義母様もいまだ教会には強い影響力があるし、実家は聖都で1番の大商会だ。その力を取り込み損ねたバカ三男を、コールブランド侯爵が許すわけねえだろ?」
おかしいですわぁ。
即席貴族令息になるべく、厳しい教育を受けたとしても――
ジル・ノートゥングに、持って生まれた素養があったとしても――
この子の考え方や言動は、年相応だと思えません。
見た目は、10歳ぐらいですのに――
まさか、この子も?
「……没落して、野垂れ死ぬのも気の毒だな。オレが今、ひと思いに死なせてやるよ」
唐突に、ナイフがアタクシのお腹に突き立てられました。
ヒュッと喉が鳴るばかりで、悲鳴を上げることもできません。
あああああ!
体から、何か熱いものが流れ出ていきます!
早く――
早く自分に、回復魔法をかけなければ。
ですが恐怖と焦りから、思うように術式を編めません。
誰か――
誰か助けてぇ――
「あれぇ? 聖女様、何か、臭いませんか?」
突然天使のような笑顔に戻ったジルが、白々しく大きな声を出します。
その声に、礼拝堂中から視線が集まりました。
「ああ~。せいじょのねえちゃん、おもらししてる~」
アタクシを指さして叫んだのは、先程の失礼な鼻水ガキですぅ。
えっ? えっ?
体から流れ出たのは、血じゃなくてオシッ――
呆然としていると、床で何かが光っているのを見つけました。
ジルが持っていたナイフ?
アタクシはそれを拾い上げ、刃を指で押してみました。
これは!
本物のナイフではありませんわぁ!
奇術などで使用される、バネ仕掛けで引っ込む木製の刃を持った小道具ですぅ!
――あんのガキィ!
騙しやがりましたわねぇ!
視線を巡らせると、もう礼拝堂の中にジルの姿はありませんでした。
代わりに気の毒なものを見る視線と、小馬鹿にしたような視線と、妙に興奮しているような視線が周りから集まっていますぅ。
視線はアタクシの股間。
濡れた聖女服のスカートに、集まっていて――
恥ずかしさのあまり、アタクシは床に座り込んでしまいました。
お尻に伝わるべチャリとした感触が、屈辱感を一層かき立てますぅ。
そんな――
人前で、こんなことって――
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2週間後――
ようやく、お漏らしの忌まわしい記憶が消えかけた頃ですぅ。
最近聖都には『聖水聖女の羞恥に満ちた日々』なるマニアックな官能小説が出回っていると聞き、アタクシは怒りで目がくらみそうになりましたわぁ。
ジル・ノートゥング!
あのガキは――いえ! ノートゥング家の連中全員、ぜーったいに許しませんわぁ!




