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5話

 ……さきほど見ていたのは夢だったのだろうか?

 入学式の始まる日の朝、悪役令嬢であるこのわたくし朱鷺宮銀華が、乙女ゲーのヒロインと最初に出会うために待ち伏せし、声をかけようとして転んでしまってそのまま彼女の胸にダイブして顔をうずめた記憶があるけど……うふふふふ、そんなことあるわけありませんわよね? 妄想にもほどがある。


 目覚めればいつもと同じ日常が始まる。目覚めれば……あれ? いつもの日常ってどっちだっけ? 朱鷺宮銀華としての日常? それとも前世の貧乏平民OLとしての私の日常?

 まぁいいや。よく分からない。目を覚ましたらそれが真実だ。きっとそれがいつもの日常で……そう思いながら私はゆっくり目を開けた。そしてその目に映ったのは……


「……シマウマの天井だ」


 ぽつりとそんな言葉が出てしまう。見上げた天井は白地に黒いぽつぽつの穴のよくある天井。しかしこんな天井は私の部屋の天井と違う。どちらかというと、職場とかの天井によくあるタイプで蛍光灯も直管のやつで……ってあれ? ここどこ?


「お目覚めかな? お姫様」


 クスクスと笑いながら、大人の男の声が聞こえる。どうやらベッドで寝ていたようだ。横を向いたら、なんか美形の白衣を着た大人男がいた。


中外なかがい先生……」

「こうやって君と話すのは初めてかな? なにせ君は保健室に全く来ない健康優良児だからね。それにしても開口一番天井を見て『シマウマ』って言う人初めてみたよ。あれはどう見てもシマウマの縞模様ではないのにね」


 うるさい、とっさに口から出ただけよ。

 目の前にいるのは常に微笑を浮かべているキツネ目の胡散臭い男。彼の名は『中外なかがい 誠也せいや』。何を隠そう、彼こそ乙女ゲーム【桜色ラプソディ】のお助けキャラ的な保健医……と見せかけてこいつもしっかりと隠しルートの攻略対象である。無駄に大人の男の色気があるのはそのせいだ。もっとも、隠しルートなのでよっぽどのことが無い限り本筋には関わらないが……どちらにせよ、最有力の攻略対象である私の婚約者の男よりは安心してよいが、少しでもヒロインと結ばれる可能性があるなら、警戒すべき相手ではある。ちなみに私は隠しルートに入るやり方をしらない。保健医だからたくさん保健室に通えばいいとか? おそらく通常ルートじゃありえない動きをする羽目になるわね。

 とりあえず私は彼のことを敵認定している。隠しルートとはいえ、ヒロインに近づくお邪魔虫の一人であることには間違いない。それに私が保健室にあまり行かない健康優良児なので今まであまり関わってなかった人物だけど、美少女すぎるこの私が何かの間違いで好かれても面倒そうだ。というわけでまずはジャブ気味に牽制しておこう。悪役令嬢らしい態度と言葉遣いでね。


「レディの寝顔を見るなんて、良い趣味していますわね先生」

「変なことを言わないでくれないか? 僕は君を心配して診てたんじゃないか」

「貴方、いつも女生徒にそんなに慣れ慣れしく話していますの?」

「手厳しいことを言うねお姫様」

「貴方が知らないなら教えてあげますけど、わたくしは朱鷺宮銀華っていう名前がありますの。お姫様とか勝手に変な風に呼ばないで頂戴」

「もちろん君の名前くらい知ってるよ。有名人だからね、君は」


 そう、朱鷺宮銀華はこの学校において超有名人である。朱鷺宮財閥の娘にして、生まれながらの恵まれた容姿。学校の誰もが憧れるスーパー完璧美少女でありカリスマ的存在。この学校で朱鷺宮銀華の名を知らぬ人はいないであろう……と思ってたら目の前のキツネ目の男はくっくっと笑ってこう言った。


「君の奇行っぷりは有名だからね。今日も通学路の桜並木の陰に朝から何時間も立ってて目立ってたらしいじゃないか。そして新入生とぶつかって鼻血出して気絶して保健室に運ばれるなんて、流石に僕もビックリしたよ」

「はぁ!? なんですのそれ?」


 ぬぬぬ、奇行? この完璧な悪役令嬢でありながら、無遅刻無欠席という真面目なキャラにちょっとギャップのある美少女の私が奇行で有名ですと? 朝から通学路で待ち伏せしてるところを多くの人に目撃されても香音ちゃんに会うためだったら別に何にもおかしくないし、香音ちゃんにぶつかって胸に顔をうずめてしまったら鼻血出して倒れるのも何もおかしくないでしょう? どこが奇行? ホワイ? いや、それよりもちょっと待て、確かめたいことがある……


「……ってことは、つまり先生。わたくしは気絶してここに運ばれましたの? 誰に?」

「キミとぶつかった女の子とたまたま通りがかったキミの婚約者さ」

「……え、あの男が? 嘘でしょ?」


 その言葉に私は婚約者の男の顔を思い浮かべる。この朱鷺宮銀華に対しては全く笑顔を向けることのない、不愛想で偉そうなあの男が? ヒロインちゃんを奪う可能性が一番高いあの男が?


「いやぁ、仲悪いって噂もあったけど、ちゃんと婚約者として大切にされてるんだね。先生妬けちゃうなぁ」

「くっ、ヤツに余計な借りを作ってしまいましたわね……」

「ええ……何でこんなほほえましいエピソード聞いてそんな悔しそうな顔してるの……?」


 中外先生は私の予想外の反応にちょっぴり引いているけど、そんなことより確認しなければならない重要なことがある。


「まぁ、あの男のことは置いといて。わたくしを運んでくれたもう一人の女の子の方は?」

「うーん、もう一人の子は初めて会う女の子だったよ。まだ制服姿が初々しいし、僕が知らない女の子ってことは新入生ってことだよね。名前は聞けなかったけど、可愛い子だったなぁ」

「いや、貴方の感想を聞いてるんじゃなくて。その後どうなったのって話を聞きたいのだけど」

「普通に入学式の方に行ったんじゃないのかな? 遅刻したかもしれないけど」


 香音ちゃんはどうやら遅刻濃厚のようだ。うぅ、私が気絶したせいでめっちゃ迷惑かけてしまった……申し訳ない……というか今までの会話で気になることが1つ。


「貴方、なんで私をここまで連れてきた女の子が新入生だと分かりましたの? 在校生かもしれないじゃありませんの?」

「そりゃ見たことが無い子だったからだよ」

「え、どういうことですの? ……もしかしてこの学校の女の子の顔を全て把握してるとか……?」

「もちろんさ。保健の先生としての義務だね」

「うわキモ」


 つい直球で気持ち悪がってしまった。ちょっと目の前にいるキツネ目の常に微笑を浮かべてる美形の男は、どうやら女子高生好きのキモいやつみたいだ。こんなの犯罪だよ犯罪。こんなやつのルートもあるなんて香音ちゃん可哀想。でもこいつ実はゲームのキャラじゃ人気上位なんだよな……顔さえ良ければ何でもいいのか乙女ゲープレイヤーは?


「そんなことより……お礼を言いに行きませんと」

「婚約者に?」


 え、あの男に私がお礼? 冗談でしょ?


「いえ、女の子の方に」

「ブレないねぇ君は。でも名前も知らない新入生でしょ?」

「……知っていますわ」


 当然私は知っている。その子の名前は桜香音。乙女ゲームのヒロインである少女。そして私が前世から恋している相手だ。

 ああ、思い出したら顔が熱くなってきた。そういえば私は、さっきまで香音ちゃんの胸の中に顔をうずめてなかったか!?!? ああ、至近距離に感じる彼女の息遣い。呼吸と共に上下する体。そして慎ましくも柔らかい清楚な胸の感触が……


「……君、ホントに大丈夫? 急に顔真っ赤になったけど」

「だ、大丈夫ですわ! こうしてはいられません! 早く会いにいかないと!」

「あ、ちょっと待って! もうすぐキミの家の人が迎えに来るんだけど……」

「善は急げ! 乙女は待ちませんわ!」


 邪な妄想を振り払うように私は駆け出した。青春は待っちゃくれないぜベイベー。私の中身は成人OLだけど!

どうでもいい小ネタ

中外誠也の名前の元ネタは中外製薬です

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