2話
わたくしの名は朱鷺宮銀華。
その名を表すがごとく、美しい銀色の髪と宝石のような紅い瞳が特徴の超絶美少女である。このような人外じみた髪色と美しい瞳を持つ私がいる世界は、ファンタジーでも異世界でもなく、なんと現代の日本(!?)なのである!
いやー完全にファンタジーの見た目してますわーこれ。もしこの姿にコウモリの羽根が生えてたら、ヴァンパイアとか言われても仕方ないわ。いくらなんでも、この容姿で日本人って言い張るのは無理がありすぎるでしょう!?
……だが、誰もその容姿に突っ込む者はいない。何故ならば私以外にも、特に理由もなく青い髪や赤い髪の日本人がそこらにいるからだ! 人々はそれに何の疑問を抱くこともなく生活し、当たり前の常識だと思っている……
そう、何故ならここは【日本】という国名の国ではあるけれど、私の知っている【日本】ではない。推測するに、【物語の中の架空の日本】なのだ。おそらく私だけがそのことに気付いている。
私が周囲の異常に気付いたのは生まれてからすぐのことだった。そう、誇張無しに本当に生れてすぐ。正確に言うとずっと暗い闇の中で眠ってる感覚があって、それが突然終わって母の産道を通って初めて呼吸をした瞬間、『私』の意識が急速に覚醒した。
医者に抱えられ取り出されると、ベッドにいる息絶え絶えになった女性を見下ろした。きっと彼女は母親だったのだろう。髪が雪のように白く、肌も白く、とても子どもを産んだとは思えないほど華奢な体つきをしていて、消えてしまいそうな儚げな雰囲気の女性だった。どこかで見たような……でも何故か思い出せない。とてもこの世の者とは思えない、美しい女性だった。
私が羊水でむせて涙ぐんでいると、その母親らしき女性が私を見つめてこう言った。
「なんて綺麗な銀色の髪……決めたわ。銀色の華と書いて……銀華。あなたの名前は朱鷺宮銀華よ……」
【銀華】と呼ばれたときは混乱した。自分が赤子であるという事実と、【銀華】という名に聞き覚えがあったことに頭がついていかなかったのだ。何故なら私には前世での記憶があったからだ。私の前世の記憶によれば、【朱鷺宮銀華】というのは前世プレイした乙女ゲーに出てくる悪役令嬢の名前だった。すぐに思い至ったのは、それがめちゃくちゃ思い入れのある、四六時中頭の中に離れなかったゲームだったからだ。
そのゲームのタイトルは【桜色ラプソディ】。私が人生初めてドハマりした乙女ゲームだった。
そう考えると母親らしき女性はどことなく既視感を感じていた理由は……そう、銀華にちょっとだけ似ていた。雰囲気はあまり似てないし目つきも穏やかだが、なんとなく銀華との血の繋がりを感じる。生まれたばかりの赤子であった私は現状に混乱しながらも、状況を整理する為に前世のことを必死に思い出していた。
前世の私はシングルマザーの母子家庭に生まれた。家族は母と3つ下の弟。父親の顔は覚えていないが、特に興味がなかったから別に気にしたことはない。
裕福な暮らしではなかったが、片親で子ども2人を育て上げたお母さんには感謝している。
前世の私には個人的な悩みがあった。もう色恋ときめく思春期はとっくに過ぎている年齢であるにも関わらず、『恋』というものをしたことがなかったのだ。何故か男性にときめいたことは全く無い。どんなイケメンを見てもそうだ。私の心は何の感慨も覚えなかった。
皆、口々に言う。『恋は素晴らしい』だの『愛は全てを救う』などと。私は『そんなもの下らない』と一笑しながらも、心の中ではうらやましいと妬んでいた。私だって恋できるならしてみたい。でも、そういう感情を抱ける男に実際会ったことが無いのだ。小学校も、中学校も、高校でさえも。身体は大人のように成長していくのに、心は思春期をスルーしたまま年齢を重ねていった。
だから私は自分が人並みに恋も出来ない異常な人間かと思ってずっと悩んでいた。そして周りが恋人を見つけてのろけていることに対して少し焦燥感を抱いていた。そして、私の心を動かすものが存在しないこの世界に……絶望していたのかもしれない。
そんな中で私と同じく男っ気が皆無の変わった友人の女がいた。今となってはその友人の顔も名前も思い出せないので、仮に【友人A】としておこう。その友人Aと私は勝手に似た者同士の同族だと思っていたのだが、ある日その友人Aがある日ゲームを紹介してきた。
タイトルカバーには5人のイケメン、そしてその中央にちょこんとヒロインらしい女の子が一人が描かれていた。それを見た瞬間、何故か分からないが無性に心がざわついた。そのときはまだその心のざわつきが、何によって起こされたのかよく分かっていなかった。そのゲームのタイトルは【桜色ラプソディ】。私はそのジャンルを初めて知ったが、どうやら乙女ゲームというものらしい。恋愛ごとをするゲームだと友人Aは言っていた。
貧乏家庭ゆえにゲーム機など持っていなかった私はその友人Aにゲーム機ごと押し付けられた。恋をしたことのない私に二次元で恋をしろとでもいうのだろうか? まぁいい、どうせ下らないと思いながら……それでも何かを期待するようにゲームの電源を入れた。
そして友人Aの策略通り、私は生まれて初めてやるその乙女ゲームにまんまとハマってしまったのだった。
ストーリーは貧乏家庭の少女がひょんなことから金持ち学校に通うことになり、そこで金持ちのイケメンの男どもと恋愛していく感じ。友人Aは「まぁまぁ王道のストーリー」とか言っていたが、あまりそういうものに触れたことのない私には何が王道なのか分からないが……
ゲームで描かれる金持ち学校の様子はあまりにも生きてる世界が違いすぎて理解に苦しみ、最初は『は? 金持ちイケメン? それがどうした』と思いながらプレイをした。攻略対象の容姿も才能も環境も全てが恵まれた七光りのボンボンどもに私は興味を持たなかったが……正直、主人公の女の子のことは少し気になっていた。そう、今思えば最初からだ。あのタイトルカバーで彼女を見た時から。あのとき感じた心のざわつきは、それを知らせてくれていたのだ。
【桜 香音】。それが乙女ゲームの主人公である彼女の名前だ。ゲームに出てくる華やかなイケメンと比べると少し見劣りするような、ちょっと地味で少し個性の弱い感じの女の子だった。
桜色の髪色のショートボブカット。決して美人を主張していない容姿だが、その分身長低めで目はくりくりしててかわいい。何よりその瞳の虹彩は桜の花びらが浮かんでいるようで、じっと見つめたら引きずり込まれそうな不思議な魅力を持っていた。
性格は大人しそうな見た目通り自己主張があまり強くないが、真面目で心優しくて芯が強い。もちろんゲームのプレイスタイルによって彼女の印象は変わってくるだろうが、選択肢つきのゲームであんまり酷い選択肢が出てこないことから人柄の良さが伺える(なお、ドジな選択肢は割と多い)
最初こそ下らないラブストーリーなんでしょ? とか思っていたのに、いつの間にか私は不思議と彼女の姿を追っていた。主人公が攻略対象の男どもに強引に迫られる場面では「私の香音に手を出すなボンクラども!」と毒づいた。攻略対象に媚びを売らなければ彼女の映ったスチルを見られないというときは、「ごめん……ごめんね香音。こんな男に身を売らせるなんて私最低だ」と泣きながらプレイした。男と香音のキスシーンには頭が崩壊しそうだった。今まで恋をしたことが無い私が、一人の少女の存在にこれだけ感情を振り回されるとは思わなかった。
きっとそれが前世の私にとって、生まれて初めての恋だったのだろう。初めてが女の子で、しかも乙女ゲームに出てくる架空の人物相手なんて自分でも歪んでいると思うけど、それでも彼女のことが一番好きだって想いは本物だったって断言できる。あんなに心動かされたことはいままで無かったから。
そして、その想いを抱えたまま私は死ぬこととなる。死因は詳しくは分からないが、最期の記憶では駅のホームで椅子から立ち上がった瞬間に突然心臓が痛くなり倒れてしまったのは覚えている。その胸に買ったばかりの【桜色ラプソディplus(追加シナリオ有り)】を抱えながら……22歳の春、最期にその目に映ったのは、駅から見える満開の桜だった