19話 合宿ガールズトーク~朱鷺宮銀華がモテない理由について~
オリエンテーション合宿の夜。今夜は同じ班の女子3人で同じ部屋で寝ることになっている。つまり、わたくしと香音ちゃんと雷花が一緒の部屋で寝ることになる。香音ちゃんと一緒の部屋。つまり……一緒の部屋ということですわね!! 大事なことなので二度言いました
もちろんベッドは3つあるので一緒のベッドで寝ることは無いし、何の他意もない。ええ、ありませんとも! 香音ちゃんだけじゃなくて雷花もいるしね。きっと何も起きませんとも、はい。
それにしても香音ちゃんのパジャマ姿は可愛い! ピンク柄でちょっとダボッとしたサイズ感が良い。ファッションセンターしまむらで親が買ってきたような庶民的なパジャマだけど、それが逆に純朴な味を出していますわ。
あ、わたくしはなんか寝間着がシルク生地ですわ。キラキラしててすべすべですわ。デザインもよく分かりませんけど、結構センス良さそうな気がしますわ。もう15年間銀華として過ごしてたから今更ですけど、めちゃくちゃお嬢様感ありますわねこれ。まぁ、わたくしのことはどうでもいいとして、香音ちゃんは庶民服でも可愛いということが重要ですわ!
というか、さきほどまで香音ちゃんと一緒にお風呂というなかなかに衝撃的なことをしていたはずなのに、全く何も無いままに終わってしまいましたわ……私が香音ちゃんの方を全く見ないように努力していたから。女の子同士なのに、どうしてここまで意識しているのか自分でもよく分からないですわ。他の人の裸なら平気なのに……
私は前世から香音ちゃん以外に恋をしたことが全く無い。とはいえ性欲が無いということもなく、どうしようもなく昂ってしまう夜もある。そういうときは夜中に急に走り出したり海に向かって叫んだりして発散してたけど……香音ちゃんを知ってからは、頭の中が彼女で全て埋まるくらい妄想した時期もあった。それでも今世になってからはなるべく自制してたのだけど……
でも最近本人に会ってしまってから、また昂りが抑えられなくなってきている。私はいわゆる同性愛者……レズというやつなのだろうか?
いいや違う。他の女性では妄想できない。もちろん男でも駄目だ。何故か分からないが、男は……特に同年代の男は好きじゃない。今世では香音ちゃんを奪われるかと思ってもっと駄目になった。要するに私は香音ちゃんだけなのだ。
しかし、何故だろう。お風呂に入る時の香音ちゃんの様子は結構恥ずかしがって見えた。香音ちゃんは乙女ゲームの内容からして異性愛者のはず。同性相手に何を恥ずかしがることが……?ハッ、まさか香音ちゃんは同性愛に目覚めつつある……!?
そんな感じでわたくしの脳内が少し茹だっている頃、一人の乱入者が部屋の中に現れた。
「来ちゃいましたー」
「いやなんで枕持ってきとんねん」
雷花が関西弁で素早く突っ込む。やはり関西人、ツッコミには信頼がおける。部屋に入ってきたのは前髪ぱっつんの背の小さい少女、阿生憂である。ナイトキャップを被ったお子様のようなパジャマ姿で。悪びれもせずに堂々と私のベッドに腰かけた。
「ちょっと憂、わたくしのベッドを占領しないでくださる?」
「えー、いいじゃないですかー。私も混ぜてくださいよー」
駄々をこねるように足をパタパタさせながら言う憂。何気なく履きこなしてるたぬきさんスリッパが可愛らしい。こいつホントに高校生か? 小学生の間違いでは?
「私の班って女子が私しかいないんですよね。だから班の部屋も私だけ。それってちょっと寂しいと思いませんか?」
「それはご愁傷様ですわね……」
「ええ、だからそんな可哀想な私に優しくしてください。よよよ~」
「めっちゃわざとらしい泣き方やな」
「なんだか無性につまみだしたくなってきましたわ」
私がわざとらしい泣き真似をする憂にイラっときて襟首をつかんだら、香音ちゃんが手をアワアワさせて「ちょ、ちょっと待って銀華さん」と声をかけた。
「阿生さんは銀華さんの友達だし、ちょっとくらいいいんじゃないかな……?」
香音ちゃんは上目遣いにそう言った。うぅ、仕方ありませんわね……一応こんなんでも幼少より付き合いのある友人だし。心の広いわたくしは受け入れてあげましょう。
「冗談ですわよ冗談。ちょっとじゃれてただけですわ」
「……一瞬ホントに邪魔もの扱いしてませんでしたか?」
「し、してませんわよ?」
まぁ多少は邪魔に思ってたけど……そう思ってると、香音ちゃんがぽつりと言った。
「阿生さんって飄々としてるイメージがあったけど、意外と寂しいがりやなのかな……?」
「友達も他にいなさそうやしなぁ」
「否定はしませんけどなんか貴方に言われると腹立ちますね。ぺちぺち」
「うわわ、ごめんなさいー」
憂はめちゃくちゃ弱そうな平手でぺちぺちと香音ちゃんの頬を叩いている。これは暴力ではなく、子ども同士の可愛いじゃれあいみたいだ。叩かれた香音ちゃんの方が若干嬉しそうな表情をしてるのは何故だろうか?
「なんや姉妹みたいやなぁ。あの二人」
「は??????今なんて??????????」
「ヒェッ。銀華チャン、顔がこわいで~」
確かに日が浅いのに仲睦まじい様子は姉妹のようにも見える。……ハッ! もしかして私の一番の恋敵って、攻略対象の男どもじゃなくて憂なのかっ……!? 入学式の日には既に声をかけてたみたいだし、憂は香音ちゃん狙い? そういえば憂の恋愛事情とか浮いた話は一度も聞いたことがありませんでしたわ。てっきり彼女はそういうのに全く興味ないのかと思ってたけど、もしかしてあの子レズの可能性が……?
「銀華さーん、おーい銀華さんやーい」
「ハッ!? な、なんですの?」
「何ですのじゃありませんよ。せっかく一緒の部屋に女の子4人が集まってるんですよ? ガールズトークしましょうよガールズトーク」
「が、がぁるずとぉくっ……?」
「そう、ガールズトーク。つまり恋バナです」
「おー、ええやんな恋バナ。ウチも色々聞きたいしなー」
何故かこちらを見ながら言う雷花。え? 何でこっち見てるのかしら? 恋バナって何? 呆然としてるうちに話が始まってしまった。
「銀華チャンって誰が好きなん?」
「初手で!? 直球すぎますわね!?」
「いやー、なんかこの面子の中で銀華チャンの恋愛事情が一番おもろ……気になっとったんや。香音チャンもそう思うやろ?」
そう言って雷花は香音ちゃんに同意を求めると、香音ちゃんは少し顔を赤らめながらぽりぽり頬をかきながら言った。
「まぁ、うん、確かに気になる……かも」
「……え? そうですの?」
「銀華さんってすごく美人だし、かっこいいし、綺麗だし、良い人だし……なんかすごくモテそうで……」
「ふ、ふふ、て、照れますわね……」
香音ちゃんからの評価が思いのほか高くてビックリする。いや、いたって正当な評価なのですけどね。実際この朱鷺宮銀華はめちゃくちゃ美少女設定ありますし!!! でも香音ちゃんに言われると照れるなぁ。
だが、隣のチビっこい悪魔がバッサリ切った。
「あ、銀華さんはモテないですよ。今までモテたところ見たことありません」
「ええっ? そうなの? どうして?」
「そりゃまぁ、銀華さんですからね」
「あーなるほど。銀華チャンやからなぁ」
「ちょっと、どうしてそれで納得しますの!?」
「じゃあ今まで一度でも男子から告白受けたことありますか?」
「う”っ……」
そんなの1回や2回くらいありますわ!と言おうと思ったけど……そういえば……思い当たる節が……全く無いですわ……!? いや、前世から縁が無いですわ。ビックリするぐらい。
「も、もしかしてわたくしってモテませんの?」
「むしろなんでモテ側にいると思ってたんですかねぇ……?」
軽くショックを受けているわたくしに呆れたように言う憂。でもでも、きっとそれは何かの間違いであるはずと思って私は食い下がる。
「で、でもおかしくない? 朱鷺宮銀華ですわよわたくし? あの朱鷺宮財閥の令嬢ですのよ?」
「むしろそれが一番の原因なんですがね。色々と厄介物件なんですよ貴方。自覚有りますか?」
「ほえ……?」
えっと、優良物件の間違いでは? お金持ちだし美少女だし文句のつけようが無いのでは? そう思ってると憂がわざとらしく肩をすかしやれやれとポーズを取ってくる。今日の憂は特にムカつきますわね……
「でも……私も不思議だなぁ。銀華さんってすごくモテそうなのに……」
「せやなー。なんか理由あるん?」
他の二人も私がモテないことを信じられないようだ。そうですわよね。わたくし、普通に考えてモテ側ですわよね? そう思ってると憂が溜め息をつけながら言った。
「外見だけは良いんですけどね、外見だけは……」
「あー、それ以外はダメってことなんか?」
「そういうわけでもないですけど……まぁ、ひとつずつモテない理由を挙げていきましょうか」
「なんかいちいち癪にさわりますわね……でも気になるから続けなさい」
なんだかんだ、憂は頭が良いキャラだと思っている。もしかしたらこいつの挙げる理由を解消すればわたくしもモテを手に入れて、香音ちゃんに慕ってもらえるかもしれないという下心があったので話を聞くことにした。すると憂は恋愛アドバイザーのごとく語り出した。
「まず、家の問題ですね。そもそも朱鷺宮財閥のお嬢様に釣り合う男ってこの学園の中でもほとんどいないんですよ。そのへんで付き合いづらさもあるかもしれません、多少は」
「そうかしら……?そうかも……」
「あと、出会いが少ないんですよね。小中高一貫でずっとAクラスだったから、ずっと同じ面子とばかりでしたね」
「あー、そうですわね……」
「で、ここからが問題でして……普通、上流階級の女子はきちんと教育を受けてる上品な人が多くて、男子に対して気を遣ったり空気を読んだりの処世術を身に着けてるものですが……銀華さんはそういうの全くないです。むしろ喧嘩を売ることすらあります」
「え、そうなの?」
「というか喧嘩売っとるんか!? 銀華チャン!」
喧嘩売ってる……か? うーん、思い当たる点が結構あるかもしれない。そもそも男は香音ちゃんをたぶらかすから敵だと思ってるし。特に御剣刀真。あの男はいつも偉そうなので許さん。
「それも喧嘩を売る相手が男子の中のカースト上位ばかりですからね」
「えーと、わたくしもカースト上位だから良いのでは?」
「銀華さんはそんなスタンスなので、Aクラスの人からは狂犬扱いされてます」
「アカンやつやん。絶対モテへんわそんなん」
「う”っ……」
グサッと言葉の刃が刺さりましたわ! というかクラスでそういう扱いだったのわたくし!?
「銀華さん、良い人なのに……」
「せやなぁ。銀華チャンのおもろいとこ、分かってくれる人がおったらええなぁ」
香音ちゃんと雷花が慰めてくる。うぅ、二人とも妙に生暖かい視線ですわ……
「あー、銀華さんがモテない理由はまだまだありますけど……」
「まだありますの!?」
「もうやめたって!! 死体蹴りやで!?」
そうしてまた容赦ない追撃を開始しようとする鬼畜なちびっ子であった。この子ホントにわたくしの友達なの?




