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18話 お風呂回

 朱鷺宮銀華はふかふかのソファにぐったり体重を預けていた。力の抜けた目で何もない空中にぽけーっと視線を向けるその様子は糸の切れた人形のようであった。銀華のいる場所は学園内のラウンジで、隅っこの方にいるのにその姿はよく目立った。周りにはまばらにDクラスの生徒がいて、それぞれ友人と談笑しつつも時折彼女の様子が気になりちらちらと視線を向けているが、銀華が超絶お嬢様なせいか話しかける勇気のある者はいなかった。

 何故銀華がこのような状態になっているのか……それは本人以外分からない理由であった。


 銀華は今更ながら、前世のことを考えていた。銀華は本来、過去にこだわる性格ではなく、転生後も深く考えずにこの世界をエンジョイしようとまで思っていた超ポジティブ人間である。それが急に前世のことが気にかかるようになった。切っ掛けは些細なこと……料理を作ったことであった。実は銀華は今世ではろくに料理をすることなど無かった。何故ならお嬢様だし自分がわざわざ料理をしなくても、勝手に料理が出てくるような環境だし。だから半ば忘却していたのだが……思っていたより前世の記憶は強固に残っており、自身にとってはおよそ15年ぶりの料理であるにも関わらず、カレーの作り方を思い出してしまった。それと関連するように、前世の母の料理の味も。


 ・・・・・・


 夕食後、学園内のラウンジのふかふかのソファーに体をのめりこませながら、私はぼーっと考え込んでいた。


 私の名は朱鷺宮(ときのみや)銀華(ぎんか)。乙女ゲーム【桜色ラプソディ】に登場するクールで完璧な悪役令嬢、朱鷺宮銀華ですわ。

 夕食のときは前世の母のカレーを不意に思い出してしまってちょっぴりセンチな気分になってしまったけど、それもどうせ過去の話。前世の私は死んでしまったのだから、今の私はもう朱鷺宮銀華として生きるほかないのですわ。

 幸い、今世はとても恵まれている。お金持ちだし、地位もあるし、生まれつき容姿端麗だし、これで文句を言ったら罰が当たるわ。そして銀華のお母様も素敵な人だ。スラッとしたカッコいい美人で、言いたいことははっきり言うし頭も良いし仕事もバリバリこなしている。でも前世の母と違って料理は出来ないのよね……というか家事全般が……


 とまぁ思考が脱線したけど、要するに言いたいことは今世の私はめちゃくちゃ恵まれてるってことですわ。そこに文句をつけるつもりはない。でも前世も別に不幸じゃなかったしそれなりにやれてたのよね……生まれ変わって15年、あまり考えないようにしてたけどやっぱり引きずってるなぁ前世のこと……私自身は幸せなんだけど、お母さんも弟も置いてきてしまったことが気がかりだ……めちゃくちゃ親不孝じゃないか……

 そんなことを考えてると腹部に軽く衝撃が走った。


「なーにたそがれてるんですか?」

「にゃわっ!?」


 唐突にお腹に弱パンチをくらったのでびっくりして変な声を上げてしまった。全然痛くないけどお腹触られるの苦手だからやめてほしい!

 そして不意にかかってきた聞きなれた声に顔を上げると、そこには見慣れた前髪ぱっつんのチビッ子がいた。


「なんだ憂か」

「なんだとはなんですか。気の抜けた声出して」


 彼女は阿生(あそう)(ゆう)。私の数少ない友人である。今日のオリエンテーションでは班が違ったから一緒ではなかったが、今の時間はブランクタイム。各々自由に過ごしている。

 そんな中、だらけきったスタイルでソファに沈んでいた私に、憂は不自然なほどにこやかに笑ってこう言ってきた。


「お風呂入りましょうか♪」

「ふぁっ?」


 ーーーーーー


 憂に連れられてやってきたのは大浴場である。夕食後は就寝時間まで自由なブランクタイムであると同時にお風呂タイムでもある。この学園には浴場があると聞いたことはあるけど、実際入るのは初めてだったりするなぁ。


「へー、立派な浴場やなぁ!」

「ここのお風呂は天然温泉ですからねー。お肌にいいんですよ」

「て、天然温泉っ……?すごいね……」


 そして当たり前のように雷花らいかと香音ちゃんも一緒にお風呂に来ていた。彼女らは既に脱いでおり、その身を隠すのは頼りないタオル一枚のみ! ど、どうしてこうなった!? いや、確かに合宿前に妄想してたシチュだけど、いきなり香音ちゃんのゲーム内ですら見たことのないあられのない姿が見えるとか、もうちょっと段階を踏んで!! いやホントお願いします死んでしまいます!


「ん? 妙に大人しいですけどどうしたんですか銀華さん。もしかして恥ずかしいんですか?」

「う、うるさいですわねっ!」


 憂にからかわれるけど、かくいう私もタオル一枚のあられもない姿をさらしている。前世でも銭湯は何度か入ってるし、今世でも幼少期はお手伝いさんに体洗ってもらってたから今更恥ずかしがるのもおかしいんだけど……いややっぱ恥ずかしいですわ! 同級生のクラスメイトですのよ!? 日常的にあるの!? クラスメイトに裸を見せる機会!?

 ……と心の中では思いつつも、平静を装うわたくしめっちゃクール系美少女ですわね! え? 顔が赤い? 暑いから当然のことではなくて?


「そ、それより憂……あなたしれっと加わっているけど、香音ちゃんだけでなく雷花とも知り合ってたのね……」

「ん、まぁ普通に。同じクラスですし」


 あなたAクラスにいたときは私以外にほとんど話し相手いなかったでしょうがー!

 急に交友範囲を広げている友人にどう反応したらいいのか分からない私だった。なんとなくこの子は激しく人見知りをするタイプだと思ってたんだけど、何故か今期の彼女はいつもより積極的に見える。正直何考えてるのか分からない。

 一方、香音ちゃんは放心したようにほわーと口を開けている。


「す、すごいね。学園内に温泉があるなんて。ね、銀華さん」

「え、ええ。ソウデスワネ……」


 恥ずかしいのか、タオルをギュっと巻き付けてちょっと顔を赤くした香音ちゃんがおずおずとそう言った。

 いややっぱりめちゃくちゃ恥ずかしいですわ! 歳の離れた人ならともかく、同年代と一緒にお風呂なんて、なんか、こう、言いようもない恥ずかしさが……しかも香音ちゃんと一緒になんて……

 チラリと香音ちゃんを見たけど、いくらタオルで重要部分を隠していても、服を脱ぎ去った香音ちゃんをいやがおうでも意識してしまう。童顔に二次性徴前の中学生みたいなぺたんとした体つきだけど、浮き出る鎖骨とか、頼りない肩とか、かぼそくもプニっとた質感の太ももとか、色々と見えてしまう!

 私は慌ててプイと視線を外して、誤魔化すように努めて日常会話に徹した。


「な、何で学園に天然温泉があるのかしらね!?」

「福利厚生の一環ですよ。生徒は誰でも利用できるんですけど、銀華さんは利用したことないんですか?」

「いえ、無いですわ。というかわざわざ学園で入る意味ありますの?」

「スポーツで汗を流したときとか?」

「それで温泉とか変なことにお金かけてますわねこの学園」

「お金持ちの通う学園ですから」

「はー、金持ちの道楽やなー」


 雷花の呆れたような声に内心同意する私。ほんと金持ちの道楽よねこの学園……無駄に敷地広いし、校舎いっぱいあるし、施設いっぱいあるし。ゲーム的な設定に文句言うのもあれだけど、ちゃんと採算取れてるのかなぁ? そういえば学費っていくら払ってるんだろう? 高いって言ってたし100万円くらい? え? もっとする?


 そんな余計なこと考えてるうちに事態は次のフェーズに移行していた。皆お風呂入る前に体を洗い清めて、いざ入る段階になっていた。そんな中、香音ちゃんが恥ずかしそうにタオルを抑えながらうつむいているのを、雷花が囃し立てている。


「うう、やっぱりタオル取らないと駄目……?」

「香音チャン観念せえやー。お風呂にタオルつけるのは厳禁やでー?」

「なんかタオル巻いたまま入ってる子もいるけど……」

「あれはマナー違反や! 香音チャンは良い子やからちゃんとマナーは守るやろ?」


 マナー違反と言われてうってうなるも、赤面しながらまだ抵抗しようとする香音ちゃんが言い返す。


「うぅ……ううう……そもそもなんでタオル巻いたままは駄目なの……?」

「そらタオル巻いたやとなー……なんでやろ?気持ちよくないからか?」

「知らないの!?」

「銀華チャン、知らん?」

「こっちに振りますの!?」


 私が香音ちゃんの裸を見たい気持ちと見てはいけない気持ちでせめぎあっている中で雷花がこちらに話を振ってきた。


「なんや、銀華チャンでも知らんのか」

「知ってますわよそのくらい!」

「ほんまかー?」

「ふふん、タオルは体を洗ったりするのにも使うでしょう? そのときにタオルには垢がたくさんつきますの。その状態のタオルを湯船につけると、垢が湯船に浮かんで汚いんですのよ」

「そうなん?」

「ええ。子供の頃、それで浴槽を汚してめちゃくちゃ怒られましたわ……」

「実践済みだったの!?」


 ええ、前世で実践しました。垢が浴槽にへばりついて時間が経過すると落ちにくくなるんだよね……頑固な汚れ厳禁。うん、恥ずかしいかもしれないけれど、やはり浴槽を汚すのはよくない。恥ずかしがってタオルつけたまま入ってる女生徒もいるけど、やはり前世で私の受けた教育としてはタオルつけたまま入るのはマナー違反だ。そして香音ちゃんがそれを恥ずかしく思うならば、私が先陣を切らねばならないだろう。精神的に年長者の私が!


「ふぅ……やはりタオルをつけたままの入浴は悪いことですわ。ここはわたくしが一肌脱がねばなりませんわね!」


 そう言って私は勢いのままバサリとタオルをはぎとって堂々と裸になった。さっきまで同年代とお風呂入るの恥ずかしいと思ってたけど、よく考えたら私前世は22歳でしたわ。全然同年代じゃなかった。つまりこの子たちは私とは大人と子どもくらいの年齢差! 大人たる私は堂々としてなければならない!


「うわ、めっちゃええ体やな……」

「結構おっぱい大きいですよね、銀華さん」

「人の裸見てセクハラ親父みたいなこと言わないでくださいませ!?」


 雷花がぶしつけな視線でじろじろとこちらを見てくる。一方、憂の視線は完全に私の乳をロックオンしていた。こいつらいかにも興味津々といった感じで、人の裸を見るのに一切抵抗がないですわね!?


「あうぅ、銀華さん……」


 一方、香音ちゃんは赤面しつつ私を直視せずに視線は床を向いていた。この恥じらいの違いよ……これがヒロインとその他の違いなのですわ……


「よっしゃ! 銀華チャンの潔さに続くで!!」

「そうですねぇ。せっかくの温泉ですし、ゆっくりつかりましょうか」


 そう言って雷花と憂もタオルを剥ぎ取り全裸になる。雷花の胸は微妙な膨らみで、憂にいたっては完全に平坦であった。こいつら、どっちもロリ体型なんだよなぁ……


「ほら、香音さんいきますよ」

「銀華チャンがないすばでーを曝してるのに何恥ずかしがっとんねん」

「わ、わかった……恥ずかしがってられないよね……」


 そう言っておずおずと体に張り付いたタオルをゆっくりはがしていく香音ちゃん。うう、遂に、遂に香音ちゃんの裸が……!


 正直そのまま見ていたい気持ちはあった。でも、見ていると心臓があり得ないほど激しく拍動し、顔が熱くなり、いてもたってもいられなくなった。興奮している? そんなに? たかが同性の裸に何を? わけが分からなくなって、もう少しで香音ちゃんがタオルを全部外して裸をさらすことになる……その直前に私は気をまぎらわすように温泉にざぶんと入った。


「はー、イイキモチデスワネー」


 誤魔化すように言ったけど、わざとらしく聞こえたかもしれない。それでも、広い湯船に肩までつかるとじんわりとしたお湯があらぶる感情を沈めてくれるようだった。ああ、お湯が気持ちいいわ……


「銀華チャン、挙動不審すぎひん?」

「挙動不審は毎回のことですけどね」

「本当は恥ずかしいのを勢いで誤魔化してるのかな……?」


 あなた達……聞こえてるからね……


 結局、私は黙々と入浴を済ませて香音ちゃんの方を直視できないまま終わった。うぅぅ、別に同性の裸を見てもどうでもいいのに、何故か彼女だけはめちゃくちゃ意識してしまうわ……ぶしつけな視線で穢しちゃいけない感じがするのよ……

執筆遅くてすみません……

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