雪山物語
ウサギのシロはその名の通り、美しく真っ白な毛並みをしていました。一方クロはくすんだ体の色が好きではありませんでした。
「いいよなあ、シロは。君はとても美しいのだから」
とクロはうらやましそうに呟きます。
「あら、あなたは個性的じゃない。白いウサギなんてたくさんいるもの」
シロはクロの背中をなでながら微笑みます。シロは温かな心で、いつもクロを包み込むのです。
二人はいつものように冷たい雪原を跳ね回ります。かくれんぼをしても、クロは目立ってしまうので、追いかけっこをします。
小さな足跡がぽつりぽつりと増えていき、柔らかな雪の感触に胸が踊ります。クロは小さくなっていくシロの背中を懸命に追いますが、どんどん離れていってしまいます。
「おうい、シロってば、置いていかないでくれよお」
走っても走ってもシロから遠ざかります。疲れはてたクロのまぶたは重くなり、ついには意識が途絶えました。
ねえ、という声がして、クロは跳ね起きました。
「随分うなされていたよ」
クロのお父さんが心配そうにしています。
「なんだ、夢だったのか」
クロは眠っていました。夢の中で遊んだシロは幻だったのです。クロはベッドから這い出ると、スコップを背負って玄関に立ちました。
「また山に行くのかい。もうすぐ春になるよ。それまで待ちなさい」
とクロのお父さんは言いました。けれどクロは、
「シロが待ちくたびれているから」
と告げて扉を閉めました。
麓はだいぶ暖かくなり、雪は溶け始めているようです。凛とした空気もどこか穏やかな陽気を含んでいます。
クロは冷たい風が降りてくる山へ向かいます。
シロが雪崩にのまれてから間もなく季節が移ってしまいます。
大雪が降った夜。クロはシロを誘って山へ出掛けました。頂上から眺める星空が、それはそれは美しく、シロにも見せてあげたかったのです。
「楽しみだわ」
はしゃぐシロの手をとって、クロは意気揚々と斜面を登ります。
ふいにシロが立ち止まりました。
「どうしたの?」
「しっ、何か聞こえるわ」
シロの言う通り、お腹の鳴るような響きが、少しずつ大きくなって轟いているのです。すると次の瞬間、山の天辺から巨大な白い波が立ち、猛スピードで二人めがけてやってきました。
逃げようとしましたが、すぐに追いつかれてしまいます。
クロはシロを掴んでいた手を離してしまいました。
冷たい氷の塊が、クロを押し潰すようにのしかかり、どうにも動けません。
それから何日経ったでしょうか。クロは心臓の音が小さくなっていくのが分かりました。もう消えようか、というときに、
「おーい、聞こえるか」
誰かの声がしました。それは仲間の声でした。
ウサギたちの背丈を悠にこえる分厚い雪の壁は、膝の高さにまで低くなっていました。頂上付近にやってきたクロは、担いできたスコップで、手当たり次第に掘り進めます。
雪は掘れば掘るほど冷たく、そして頑丈になります。クロの手はかじかみ、赤く腫れました。
痛みすら感じないくらいに、クロは涙を流しながら雪を掘ります。
「もしもボクと君の体の色が交換できたなら、きっと助かっただろうに」
シロはその美しい白さが災いして、とうとう見つけられないままでいるのです。
「ボクが誘わなければ、君を冷たい暗闇に閉じ込めたりしなかったのに。ごめんね、ごめんね」
クロはひび切れて血にまみれた手を動かし続けます。日が沈み、また昇ってもクロは黙々とスコップを動かし続けます。
やがて野山に鳥の囀りが響き渡り、峠にも草花の緑が映えるようになりました。頂上の雪も溶けて、埋もれていた地面が露になっています。
広大な野原には、柄の折れ曲がったスコップがひとつ落ちています。ずっと雪に晒されていたのでしょう、スコップは錆びて黒くなっています。
スコップのすぐ側には寄り添うように、真っ白な美しい花が春の風に穏やかに揺れているのでした。
人生はうまくいかないことが多い