2-41 復讐のあらまし
経営が苦しかった牧場をバレンシアの家が買い取り、カミリアたちは金持ちの傘下に入った。
その頃からだろうか。良い牛を庶民にも食べてほしいという、元は優しい気持ちで牧場を経営していた両親が、だんだん変わっていったのは。
金持ちへの憎悪と、支配されていることへの屈辱。一方で、増えた所得により良い暮らしができる事実への執着。
それらが混ざり合い、揃って狂気に呑まれていった。
なんとかして奴らに復讐してやろう。そんな風に考えていた所に、この怪物は現れた。
なんの前触れもなく牧場の中に忽然と現れて、目についた牛をあっという間に殺して食らった。
しかし、恐れながらその様子を見ていたカミリアや両親に、怪物は思っていたよりも理性的な目を向けた。
この怪物とは対話ができる。取引に応じる。そう悟った両親は怪物を丁重にもてなした。
そして、金持ち共への復讐の策を練り始めた。
奴らから再び独立して、今度こそ買収されない牧場にするために。
だから金持ちへの攻撃を、この怪物に実行させる。
特にあのバレンシアの家を無茶苦茶にして、財産を失わせるために。
そして自分たちは、今度は完璧な経営ができるように金を持たなければならない。
だから盗むことにした。憎い金持ちから金目の物を盗む。それはカミリアに任されることに。
泥棒なんか本当はやりたくない。向いているとも思わなかった。
牧場の仕事で普通の人よりは体力があるけど、それくらい。
だけど両親には逆らえなかった。まともな精神じゃなくなってるのはわかりつつ、それに合わせるしかなかった。
カミリアだって、この牧場にしか居場所がないのだから。
それにやり方を研究して少しだけ訓練すれば、思っていたより簡単に泥棒に成功した。
自分の家に泥棒なんか入るはずがない。そんな不用心で愚かな家の鍵を壊し、金目の物を奪って逃げる。
そのうち、街中が泥棒の話題でもちきりとなった。同時に、貧しい者に金を与える義賊なんて噂も立ち始めた。
カミリアはそんなことはしていない。盗んだ金は、すべて牧場の物にしている。
金持ちばかり狙うから、庶民の味方だと誰かが誤解しただけ。
けどそれは、金持ちっていう存在になんとなく不信感を持っている人が多いことの裏返し。
この民衆は自分の味方になりえる。両親はそう思っていて、噂を好意的に捉えていたようだ。
それから盗みの活動が連れてきたものがもうひとつ。便乗して盗みを働こうとする輩の顔を焼く、謎の少女。
その正体がバレンシアの娘だったとは、この時はまだ知らなかった。
何者かは知らないけど、正体不明の力は街の金持ちに恐怖を与えているのは確かだ。それがカミリア自身に矛先が向くのは困るけど、用心していればこっちに有利なものになるはず。
接触して話をして、味方にできるなら取り込みたい。そう考えていた。結局、牛を人前で暴れさせる日までに接触することは叶わなかったけれど。
両親が立てた、金持ちへの復讐の具体的な内容は、次のようなものだ。
泥棒によって金持ち共に恐怖を与えた状態で、あの怪物がバレンシアの家を中心に攻撃をする。
狙いを悟られないように、他の家もまとめて攻撃をする。そんな魂胆。
そしてあの夜、一度実行をした。晩餐会とやらでバレンシアの家に肉を納入した夜。
その肉に、毒が仕込まれると立ち聞きした夜。
怪物の配下の牛がバレンシアの屋敷に大量に押し寄せて、すべて破壊し尽くすはずだった。
だけど阻止された。
魔法少女と名乗る少女たちに。光る者と燃える者。
両者は対立している様子だけど、怪物配下の牛を次々に殺していく。
怪物も、あの少女たちの存在は想定外だったらしい。
計画にやり直しが必要となった。けれどその前に、燃える方の魔法少女を連れ去ることができた。
そしてバレンシアの娘だと、その時点で知った。屋敷で見たことがある顔だった。向こうは認識などしてない様子だったけど。
咄嗟に思いついた嘘を騙り、自分を姉だと騙した。髪色が似ていたのが幸いした。
金持ちにしては気性が荒い少女だけど、所詮は金持ち。甘ちゃんなのは変わりない。
思ったより簡単に騙された。フレア自身に、なにか思うところがあったのかもしれないけれど。
それから一旦別れて、フレアがどうなったかは知らない。家に帰ったのだろう。
怪物が体力を取り戻すのを待って、フレアを屋敷に迎えに行こう。そしてこちら側に付くよう誘おう。
もうひとりの魔法少女の正体はわからないけど、また邪魔するようならフレアをそれにぶつければいい。
そして怪物は、今度こそバレンシアの屋敷を完全に破壊するはず。
もう少し。もう少しでこの苦しみは終わる。
巻き込んだフレアという少女には、悪いことをしたと思っている。
彼女は決して妹なんかじゃない。髪の色が似ているかなと思ったから、そう言ってみただけ。
真実をどこかで明かさないといけない。それが気がかりだった。